第2話 別な人
福島県の「道の駅国見」は、とても混雑していた。
タンクローリー運転手時代に、この辺りは何度も来ていたので、大体状況はわかっている。そう、今の時期は特産品の桃が最盛期なのだ。
時節柄、混雑はあまりよろしくないな、ということで、お弁当を買って、車の中で一緒に食べましょう、ということになった。とても美味しそうな、醤油のいらないお寿司があり、これを二人で買うことにした。せっかく来たのだから、と、福島県を応援する意味も込めて、もちろん桃も、二つ買った。
「あれ、財布がない。どうしよう?」
車に帰って、弁当を広げ始めると、カミサンがこう言った。
「赤いやつだろ?足元にあるよ」
お気に入りのバッグの横に、赤い財布は転がっていた。カミサンは安心したようで、弁当を食べ始めた。
体調が悪いのか、全部は食べられないようで、カミサンの弁当の三分の一位は私が食べた。
目的地の二本松に向かって、国道四号線を南下する。走り始めると、カミサンは調子が悪いようで、じっとしている。しかし、様子が少しおかしい。頭が痛いのか、盛んに左の耳の下辺りを気にしている。普段は必ず気にして、私に話かけてくれる、スタンドのガソリンの価格を見ても、何も反応がない。コマレオという老舗のアミューズメントパークがドンキホーテになってしまったよ、と話しかけても、あまり反応しない。いつもは必ず話題になる、JRAの福島競馬場前を通っても、見えていないようだ。
きっと辛いのだろう。私はそっとしておくことにした。
「寄ってくれる?」
次の道の駅「安達」が近づいてきたので、どうするかカミサンに聞くと、寄って欲しいと言う。こちらは国見ほど混雑はしておらず、停めやすかった。
「あのさ、これ、何て言うんだっけ?」
カミサンはスマホを取り出し、待ち受け画面の時計の数字を指差して私に言った。
「14時って時計だよ。数字。あと一時間でチェックインできるね」
私の答えに、カミサンは不思議な顔をしている。
「これなあに?いくらだっけ?」
次は、財布から5000円札一枚と、1000円札二枚を取り出して、私に聞いてきた。
「お札が三枚で、合計すると7000円だね」
私は状況があまりよくわからない。
「これなぁに?」
「500円玉」
「これは?」
「100円玉だ」
「これは?」
「10円玉」
「これ?」
「1円玉」
「どうしよう、何だかわからなくなっちゃった」
カミサンはどうやら、脳に支障をきたしてしまったらしい。会話はできるが、記憶回路に障害が発生してしまったようだ。
がんで大変なのに、更に痴呆にまでなってしまうのかと、私は怖くなった。
「何だっけ、あれ、あれ、何て言えばいいのかな、あれがおかしいんだよ」
言っている意味がよくわからない。
「これわかる?」
右手に財布、左手にスマホを持って、私に聞いてきた。
「何だかわからないのか?」
「わかんないんだ」
こっちが財布、こっちがスマホだよ。
「全然わかんない。見えてて持ってるってのはわかるんだけどさ、それが何かわかんないんだよ」
「数字が特にわかんないよ」
「右の方があまりよく見えなくて」
「動悸と頭痛とめまいがひどいの」
「耳の中が、ぐわぁーん、ぐわぁーん、ってなってる」
「あーどうしよう。嫌だー どうしちゃったんだろう?私」
「少し前から、血圧降下剤と動悸の薬、飲み始めたんだよな」
「うん」
「それの副作用じゃないか?」
「それしかないよね」
しばらく二人で車の中にいて、状況把握をすることにした。最悪は自宅に戻って救急車でも呼ばねばならないかもと思う一方で、私の母がなってしまった脳梗塞のように、症状がそこまで激しくないのは、まだ回復の可能性があるのかもしれないと、素人ながらに考えていた。
「あいつのせいで戻るのなんか悔しいから、とりあえず行こうよ。ごめんね」
「大丈夫か?」
「うん、何とか」
私達は、二本松へ向かった。チェックインの約束である三時を過ぎてしまっていたけれど、案内では、二時間以上遅れる場合は連絡して下さい、とのことだったので、何とかギリギリ、連絡せずに大丈夫だろうと判断した。
以前仕事で出入りしていた佐川急便を過ぎ、少し走ると、ルートイン二本松が見えてきた。
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