八枚目
私が彼の正体に行き着いてから、一週間と少し立った後、つまりは昨日の事を書き記そう。
その日の夕方、下校途中に偶然カイジンがカイジュウを引き連れて美少年集団と戦っている場面に遭遇した。
カイジュウを引き連れていたのは、クリオネのようなカイジンで、彼ではなかった。
チャンスだと思った、口の中はカラカラに乾いていた、手足は震えていた。
美少年集団がカイジュウをいつものように退治して、クリオネのカイジンが撤退したその直後に、私は思い切って美少年集団のいる方に駆け寄って、途中で一回転んでそれでも這いつくばって近寄って声をかけた。
幸か不幸か、転んだせいで美少年集団の注意を引く事に成功したらしく、彼らは立ち止まって私の話を聞く体制に入ってくれた。
私は、彼らに助けを求めるつもりだった。
自分のクラスに、カイジンと思しき怪しい人物がいるのだと、偶然彼の正体を知ってしまって、どうすればいいのか分からなくなってしまったのだと。
美少年集団はカイジン達を取り逃し続けてはいるものの、それでもカイジュウを退けられなかったことは一度もなかった。
だから、彼らに保護してもらえれば命だけは助かるのではないかと、そう思った。
そうする事で彼がどうなるのかは、あまり考えたくはなかったけど。
彼のことは別に嫌いではなかった、でかいし何考えてるのかよくわからないから少し怖かったけど、ただのクラスメイトとして生きられるのであれば、それが一番だとは思っていた。
なんだかんだいって意図はわからないが一度命を救われている、その恩義はしっかりと感じていた、意外な事に自分はそこまで薄情な人間ではなかったらしい。
それでも、殺されたくはなかった、正確にいうと痛い目にはあいたくなかった。
もっと嘘が得意だったのなら、私が何も知らなかった頃の自分を完璧に演じられれば、それで何もかも解決しただろう。
だけど私にはそれができなかった、遠からず破綻するのは目に見えていた。
だから私は、助けを求める事にした。
その上で話し合いによる平和的解決ができないものかと頼み込みたかった。
助けてくれと美少年集団に言おうとしたその時、真上から何者かによって美少年集団が攻撃された。
上を見上げると、いつからそこにいたのか、どう見てもどう考えても非常に機嫌の悪そうな龍に似た姿のカイジンが上空に浮かんでいた。
勘付かれたと思った、手遅れだと思った。
私ではなく美少年集団をあえて狙った彼の意図はわからなかったが、おそらく彼は私が美少年集団に話しかけた時点で、私があの転校生を疑っていると確信したのだろう。
彼を見上げて、全身から血の気が引いた、口の中はカラカラに乾いていた。
同時にこれが本当の意味で最後のチャンスであることにも気付いていた。
彼を見上げてこう言えばいい、「お前、転校生だろ?」と。
そうすれば全てが終わる、彼の正体を暴いた私を彼は殺そうとするだろうが、それでも美少年集団が揃っている今なら、守りきってもらえる可能性は十分ある。
けれど、私はそのチャンスをふいにした。
彼の姿を目視した直後、その場から全力で逃げ出したのである。
駄目だ駄目だと思った、それでも足が勝手に動いていた。
カイジンは私を追っては来なかった、後から知った事だが、その後カイジンは美少年集団との戦闘にそのまま移行して、互いにボロボロの状態になった頃に味方であるカイジン(ウミウシ)に回収されたらしい。
私は逃げて逃げて、気がついたら家の前に立っていた。
どうしようか迷ったけど、結局私はそのまま帰宅して、何があったのかと心配そうにする家族に何もないと答えて、夜になったらベッドに潜り込んで息を潜めた。
一睡もできなかった、いつ彼が殺しに来てもおかしくはない状況だったからだ。
だけど、夜が明けても彼は私を殺しに来なかった。
学校には行きたくなかったけど、行かなければ行かないで逆におそろしいので私は寝不足と心的疲労でふらふらの身体を引き摺って登校した。
彼はすでに教室にいた、誰がどこから見ても不機嫌そうで、ピリピリとした嫌な緊張が教室に張り詰めていた。
隣の席の彼に小さな声でおはようとだけ言って席に着いたら、ドスの効いた声で「昨日のアレはどういうつもり?」と問い詰められた。
まさか真正面から、しかも教室でそれを問い詰められるとは思ってもいなかったので、ひとまずなんのことかと問い返す。
そうしたらなんであの美少年集団に声をかけたのかと脅すような口調で問い詰められた、ああいうなよなよしたいかにも弱っちい見た目の男が好みなの趣味が悪いとか言ってたけど、そこは別にどうでもいいと思う。
なんでそれを知ってると聞いたら、たまたま動画で見たと答えられた。
そう答えられると、そうですかとしか言いようがない。
私は咄嗟に「文芸部で出す部誌のネタ集めのために取材がしたかっただけだ」とそれらしい言い訳をした。
彼は疑いの目を私に向け続けたが、駄目押しで私が「それだけだよ。そういう理由でもなければ私がわざわざ他人に声をかけるわけないだろう。あとあの美少年集団はどちらかというと私の好みではないし、見た目だけならお前の方が格好いいと思ってる」と言ったら多少……結構態度を軟化させて、一旦は納得してくれたようである。
とりあえずその場はなんとか誤魔化したが、多分もう後がなくてどうしようもないと、半分くらい状況を整理するという意味合いも兼ねてこの文を書き始めた。
思いの外長くなってしまった、後はこれを印刷して封筒にしまって図書室の本のページに挟むだけである。
そうは言っても難易度が高い、封筒にしまうまではどうとでもなるが、図書室の本のページに挟むのは難しいかも知れない。
私は彼の気配に気付けないから彼に気付かれないように行動するというのが難しいのである、いっそ適当な本を借りて家で挟んで即座に返すという手も取れるが、下手なページに挟むと図書委員に早期発見される可能性が高いし、何よりも私が借りた本だからと彼が興味を持つ可能性が非常に高い。
この文をどうやって残すか、その方法はもう少し考える事にする、どちらにせようちの学校の校舎内のどこかに隠す事になるとは思う。
長くなってしまったが、この辺りで終わらせようと思う。
最後にこの手紙を見つけてしまった誰か様と、そして美少年集団へ。
この手紙があなた達の手に渡った頃、私はきっと死んでいる。
だけどもそれだけだ、あなた達には何の非もないから、どうか気にしないで欲しい。
結局ここまで長々と書き続けてきたが、私にももう、この手紙を書いた意味がよく分からない。
最初はただ書かなければならないと衝動的に思った、彼の正体を知る私が殺されるのであれば、この先生き続ける人々の為に一つでもいいから何かしらのヒントを残さねばならないのではないかと、そう思っていた。
けれどその先のことは何一つ考えていなかった事に書いている途中で気付いた。
私は、彼があなた達に殺される事を、倒される事を願っているわけではないのだ。
彼はきっと私を殺すだろう、だが何故か不思議と恨みや憎悪、怒りなどの感情は一切ないのだ。
あるのはただ恐怖だけだった。
自分が異常者であることは随分と前から理解していたが、自分でも今の自分の異常さに少し驚いている。
たとえどんなに酷い方法で殺されたとしても、何度その場面を想像しても彼に死んで欲しいとは最期まで思えなかった。
何故だろうか? 彼のことは嫌いではなかったからだろうか? 自分でもよくわからない。
きっと今更答えを見つけようとしても仕方のないことだし、そんな事をする意味はない。
だから、ここでこの文を終えることにする。
これを読んだ人々がどのような選択をとるのかは私には皆目見当もつかないけど、それができうる限り穏やかなものである事を願う。
とはいってもこれが無責任な発言であることはわかっている。
だから、あなた達にとっての最善の行動をしてくれれば、それでいい。
それでは、お付き合いいただきありがとうございました。
さようなら。
彼に殺される前に 朝霧 @asagiri
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