六枚目

 事が起こったのは十一月の初めの頃だった。

 私は風邪をひいて、学校を休んだ。

 風邪の症状が出始めたのが金曜日の夕方ですぐに病院に行ったのだが、休日中に治しきれずに念のため休むことにしたのだ。

 実はほとんどサボりだった。

 頑張れば行けないことはなかったけど、学校の人達にうつしてしまうとよくないという言葉を免罪符に、私は学校を休むことにしたのだった。

 基本的に布団で横になって次の部誌のための小説を書いていた。

 本当は土日の間にある程度進めてしまう予定だったのだが、風邪で弱っている時には何にも手がつかなかったのだ。

 書けなくてもある程度の構想だけ頭の中で練っておこうとも思ったのだが、それすらできなかった。

 だからその日は基本的に布団の中でスマホのメモ帳で小説を書いていた、時々手元に置いておいた『資料』を見直したりご飯を食べる為に布団から出たこともあったけど。

 夕方になった頃に家のチャイムが鳴った、宅配便だろうかと思って特になんの反応もしなかった。

 玄関で母がやけに賑やかに話している声が聞こえてきた、珍しいこともあるものだと思っていたら、部屋の外から母親に声をかけられた。

 男の子が見舞いに来てくれたと母は言った、どういうことだと部屋のドアを少しだけ開けたら、玄関に立っていた転校生と目があった。

 滅茶苦茶驚いた、なんでうちの住所知ってるのかと問いただしそうになったが、そういえばあの事件の日にうちまで送ってもらった事を思い出して黙り込んだ。

 母はどうも転校生の事をただのクラスメイトではなくいわゆる『そういう』関係だと意味不明な勘違いをしたらしく、私の意見は全く聞かずに勝手に部屋まで通してしまった。

 なんで来た、と転校生に聞いたらお見舞いとプリント渡しに来た、と笑いながら言った。

 うつるかもしれないからもう帰れ、プリントと見舞いはありがとう、と言ったのだが、彼は私の言葉をさらっと無視して私の部屋を見渡していた。

 本棚以外は随分と殺風景な部屋だねえとか笑って、ベッドの枕元に置いてあった『資料』を手に取って、あろうことかそのページを開いた。

 ペラペラとページをめくって、「お隣さんってやっぱりこういうの好きだね」とか言ってた。

 取り返そうと手を伸ばしたけれど、全然手が届いていなかった。

 ジャンプしてもダメだった。

 その無様な様を見て彼は爆笑して、『資料』を返してきた。

 その後にちっちゃいねえって頭をぐちゃぐちゃに撫でられた、すごい微笑ましいものを見るような目だった。

 その後少しだけ会話をして、彼は帰った。

 ……話だけ語ってしまえば、ただクラスメイトが見舞いに来ただけの話だ。

 だけど、これがいけなかった。

 これが決定打だった。


 彼が見舞いに来た翌日、風邪がほぼ完治した私は登校した。

 それから二日は平和な日が続いた。

 だけど三日目の夕方に事は起こった。

 その日の夕方、またカイジンが町に現れた。

 いつも通りこの町の人間の魂からカイジュウが作り出され、そして美少年集団によって退治された。

 それだけなら、ただの異常な日常だ。

 だけど、私にとってはそれでは済まされなかった。

 その日の彼らの戦闘は撮影され、SNSに動画が上げられていた。

 それも普段の事だった、その映像を私が何かのネタにならないものかと見たのも、いつも通り。

 だが、その映像を見て、私は全身の血が凍りついたかのような錯覚を覚えた。

 どこか龍にも見えるそのカイジンが従えていたのは、見覚えのあるというか見覚えしかない姿のカイジュウだった。

 クリオネのような体色の、巨大な猫。

 ご丁寧に頭部がバカリと開いて生き物を捕食するところまで再現されていた。

 頭痛がした、目眩がした、手足が冷たくてどうしようもなかった。

 そのカイジュウの姿は、彼が見舞いに来たあの日にベッドの枕元に置いてあった『資料』に載っている、架空の化物をそっくりそのまま再現したものだった。

 ここで、『資料』について補足説明を行う。

『資料』の書名は『ポケット版 幻想生物図鑑』著者は『水戸千代子』。

 架空の生き物、化物、怪物がイラスト付きで書き記されている、文庫サイズの図鑑で……要するに私が作った同人誌のようなものである。

 作ったのは今年の夏だったが、ネタ自体は小学校卒業間近から書きためていた。

 架空の生き物、化物を考えて、それのイラストとその説明文を書く、というのが私の趣味だった。

 書き始めたのは小学校卒業間近だったが、ただ想像するだけの期間はそれよりもずっとずっと長い。

 結構な分量になってきたので、夏休みを機にデータをまとめて製本してみたのだ。

 ただの自己満足だった、完全にただの趣味だったし、やってみたかっただけだったし、他人に見せるつもりもなかった。

 だけどどうせ作るのならと中身も表紙もこだわった、何も知らない人から見れば普通にどこかの出版社から販売されてそうな見てくれにはなっていると自分では過大評価している。

 一冊から製本できる印刷所があることは前から知っていたので、そこに頼んで一冊だけ作った。

 つまりこの『資料』は現状世界に一冊しか存在していないし、その内容を知っているのは私と、見舞いの時にページをめくった転校生と、製本を依頼した印刷会社の職員くらいなものだろう。

 印刷会社の職員に関しては知ってはいるだろうが覚えてはいないはずだから、ほとんどノーカンとしていい。

 つまり、この『資料』の内容を知っているのは現状二人だけ、私と転校生の彼だけなのである。

 最初は、ただの偶然だと思いたかった、ただのネタかぶりだと思い込みたかった。

 何回も何回も例の動画を再生して、そのカイジュウを事細かく見た。

 だけれど、見れば見るほどに、見直せば見直すほどに、どう考えてもそのカイジュウは私の『資料』の化物を参考に作られているようにしか見えなくなって。

 動画の途中で不機嫌そうに美少年集団に不満の声を上げたそのカイジンの声が、びっくりするほど、どうして今まで誰も気付かなかったのかと思うほど彼の声とそっくりなことに気付いた。

 気付いて、しまった。

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