四枚目
あれは十月の下旬のことだった。
部活で夕方になるまで学校に残っていた私は、早く家に帰る為に急ぎ足で校舎を出た。
そうしたらちょうど学校に来ていたカイジンが三年生の担任をカイジュウに変えたその場面に遭遇してしまった。
私以外にも何人か目撃者はいた、遅い時間だったのでそれほど人数がいなかったのは不幸中の幸いだったのかもしれない。
三年生の担任は、蟹と鋏が合体したようなギャグっぽい見た目のカイジュウにされていた。
合体というか、蟹のハサミの部分が文房具の鋏になってただけだけど。
見た目は子供のおもちゃっぽいのに鋏の刃が無駄に鋭くて、それがアンバランスに見えたのをよく覚えている。
こっそり逃げるかそれとも下手に刺激しないように何もせずにいた方がいいのかと迷って、結局さっさと帰りたいから逃げるという選択肢を取ることにした。
その場に残って巻き込まれてお陀仏、となるのは嫌だったし。
それで逃げようとしたのがよくなかった。
その時居合わせた生徒達はほとんどその場で棒立ちになっていた、ひょっとしたら私が来る前に何かがあって下手に身動きが取れない状態だったのかもしれない。
そんな状態で私だけがその場から離れようとしたものだから、どうも悪目立ちしてしまったらしい。
私はカイジュウに狙いを定められてしまった、少し離れていたからどうにかなるかと多少楽観視してしまったのを覚えている。
カイジュウが私に右の鋏を向けた、何だろうと思った直後にその鋏が私に向かって発射された。
どうもこのカイジュウ、鋏をミサイルのように発射する&何度でも鋏が生え変わる、という特殊能力を持っていたらしい。
発射されたのを目視した直後に全力で避けた、今思うと信じられないくらい俊敏に避けた。
私はなんとか鋏を避けきった。
だけど無様に転んで尻餅をついていた、転んだ時に左足を軽く捻ってしまったのですぐには立ち上がれそうになかった。
自分のすぐ横の地面にナイフのような鋭い刃を持つ、私の全長よりも少し小さいくらいの鋏が突き刺さっているのを目視して全身の血の気が引いたのを覚えている。
カイジュウの方を見ると、今度は左の鋏をこちらに向けていた。
逃げようとはした、けどおそらくもう間に合わない。
私は呆然と鋏が自分に向かって発射されるのを見るしかなかった。
その時全身に真横から衝撃が、思わず目を閉じていたら、すぐ近くから声が。
大丈夫、と随分と慌てた声だった。
声は転校生のものだった、転校生は自分の身を顧みず私を助ける為に飛び出して私の身体を突き飛ばしたらしい。
大丈夫だと返しながら、転校生は無事なのかを確認する。
幸い、彼は無傷だった。
ならよかった、と思ったが、状況はあまりよくはなかった。
私を庇ったせいで、今度は彼もカイジュウの標的にされてしまったのだ。
どうしようどうしよう早く来てくれ美少年集団と祈っていたら、転校生が私に「ここでおとなしくしててね」と言いながら地面に突き刺さっていた鋏を引き抜いて、カイジンに向かってぶん投げた。
開いた口が塞がらないというのは、ああいうことをいうのだと思う。
彼がぶん投げた鋏はカイジンの守りに入ったカイジュウの硬い甲羅に弾かれていたけど……直撃していたらカイジンとはいえど流石に致命傷だったと思う。
あの時のカイジンはウミウシっぽい見た目のどちらかというと女っぽいかんじのカイジンだったし。
それでもカイジンは鋏をぶん投げた彼を指差して何故か爆笑していた。
彼は「オレのお隣さんに手ェ出してんじゃねえよ」と怒鳴り散らしていた、この時だけはカイジンよりも彼の方が恐ろしげな何かに見えた。
もう一本の鋏を彼が引き抜こうとした時に美少年集団が現場に到着してくれた。
それでもカイジンとカイジュウへの殺意を引っ込めない彼にもうやめておいた方がいいと言いながら立ち上がろうとしたら捻った足の痛みでまたすっ転んだ、ものすごく恥ずかしかった。
けどそれで彼の意識をカイジン達から引き離せたので、結果オーライという感じだったけど。
なんかすごく心配された、少し擦りむいたのと左足を軽く捻っただけだって言ったのに、大仰なくらいに。
今度こそ立ち上がって、「助けてくれてありがとうございました」と深々と礼をした。
足が痛かったので、このままの状態では家まで帰れないと判断し、保健室に行くことにした。
幸い美少年集団が現れたことで私も彼もカイジュウ達の標的からは外れていた。
私は彼に怪我はないかと聞いた、ないと答えられたので、それじゃあ気をつけて帰ってくれと言って、保健室に向かった。
左足は痛かったけど、一人で歩けないほどではなかった。
ひょこひょこ歩いていたら突然背後から抱き上げられた。
何事だというか誰かと思ったら転校生で、私はそのまま肩に担がれて保健室まで運ばれた。
途中で何度か一人で行けるから下ろして欲しいと頼んだけど、彼は下ろしてくれなかった。
保健室で主に捻ってしまった左足を診てもらって、少し休ませてもらった。
転校生には暗くなるから先に帰ってくれって言ったのに、ずっと付き添っていた。
歩けるようになるくらいまで痛みが引いたので私は帰ることにした。
付き合わせてしまって悪かったと頭を下げると彼は別にいいと言っていたが、少し機嫌が悪そうだった。
校舎から出ると、すでに決着が付いたのかカイジンもカイジュウも美少年集団もいなくなっていた。
それじゃあまた明日と校門のところで手を振ったら、彼はもう暗いから送っていく、と。
そんなに距離はないし、そこまで暗くもないから大丈夫だと言った、これ以上手間をかけさせたくなかったのだ。
それでも彼はしつこく食い下がってきた、このままだと埒が明かないので結局送ってもらうことにした。
……この時のことを、彼の正体に勘付いた後に後悔しなかった日は一度もない。
私はあの日彼に送ってもらうべきではなかった、なんとしてでも一人で帰るべきだった。
なんなら怪我をしたから迎えにきて欲しいと母親に連絡を取ればよかったのだ、そうすれば少なくともあんなことにはならなかったはずなのに。
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