三枚目
ここから先は、彼がカイジンであると私が気付いてしまった、その経緯を書いていこうと思う。
まずはきっと誰もが知っている始まりから。
20XX年の三月の半ば頃、人の魂(もしくは精神、心といったようなもの)からカイジュウを作り出す力を持つカイジンがこの町に現れた。
カイジュウは、基本的に海の生物とそれ以外の何かを掛け合わせたようなデザインの巨大生物で、オカルト的な能力を持っている。
つい最近になって思ったのだが、ひょっとするとカイジュウは『怪獣』ではなく『海獣』と字を書くのかもしれない。
海に住む哺乳類の総称ではなく、単純に海の獣、バケモノという意味で。
だとするとカイジンも『怪人』ではないのかもしれない、『
彼らが自らをカイジン、使役するものをカイジュウと呼んでいるのは周知されているが、よくよく考えるとどういう字を書くのかは誰も聞いたことがない。
なので、基本的に彼らに関してはカタカナで書き表すことにした、ネットでは怪人と怪獣と書かれることが多いのでそちらに合わせても別に構わなかったのだろうけど。
……それは別にどうでもいいか。
話を戻そう。
あの日、カイジンはカイジュウを使役し、町の人々を襲い出した。
このままどうしようもなく殺戮の限りを尽くされてしまうのではないかと誰もが悲嘆した頃に、美少年集団が現れ、カイジュウを倒した。
カイジュウが倒されると、カイジュウの元にされた人間は意識を取り戻したが、カイジュウとなっている間のことは何も覚えていなかった。
その日以降、似たような『事件』が何度も続いた。
美少年集団の人数が増えたり、カイジン達のメンツが若干入れ替わったりもしたが、基本的に起こることはいつも同じ。
私はこの町に住む一般人だったが、幸い『事件』に関わることはなかった。
親戚の恋人がカイジュウにされたのでそちらから少し話を聞いたことがある程度だった。
春が過ぎ、夏が終わりきらない九月を迎えても、私にとってカイジンとカイジュウとそれに対抗する美少年集団が引き起こす『事件』に関しては、同じ町で繰り広げられる他人事だった。
ずっと他人事でいられればよかったのに、そうはいかなくなってしまった最初の不幸が私の前に訪れたのが、九月の始まり、つまりは夏休みが明けたその日だった。
転校生として、彼が……カイジンが私のクラスに現れたのである。
とはいっても、この時は誰も、そして私も彼の正体がカイジンであるということに微塵も気付いていなかったが。
彼の第一印象は、でかい、怖い、関わらないでおこう、の三つだった。
その身長はクラスで一番背が高かったバスケ部のエースの身長を余裕で抜いている上に、クラスどころか学年ひょっとしたら学校一低身長の私とは50センチ以上の差がある高身長だ、ただそれだけでとてもこわい。
顔は整っている方だと思うが、性格がちょっとおかしい、気分屋というか少し前に笑っていたくせに急に何でもないことでキレたりしていた、多分不良の人だし多少とはいえ暴力沙汰も起こす問題児だった。
あと全体的になんとなくカタギっぽくない雰囲気が醸し出されている。
同じクラスではあるけれど、接触は控えようと思った。
というか余程のことをしなければ関わらずに済むと思っていた。
私は所謂影の薄い陰キャである、それに少し頭がおかしいという自覚もある。
少なくとも他人から積極的に友達になろうとは思われない性格をしているつもりだ。
それでも影が薄いおかげなのか、それともただ運がいいのか高校ではいじめやカツアゲなどの被害にはあったことがなかったので、こちらから不必要に接触しようとしなければ、関わらずに済むだろうと楽観視していた。
しかし、そこで二つ目の不幸が起こった。
学期が変わり、転校生がやってきたという節目を記念して、我がクラスで愚かにも席替えが行われたのである。
席替えの結果、私は廊下側の一番前の席から廊下側の一番後ろの席へ移動となった。
内心ガッツポーズをしていた私のすぐ隣の席に座ったのが、転校生であったのである。
……せめて彼が私のすぐ前の席であったのなら、身長差のせいで黒板が見えないからと席を変えてもらうこともできただろうにと、何度思った事だろうか。
視力には問題ないし、私の前方にはそれほど身長がある生徒がいなかったので、視界は良好だった。
こんな状態で前の席に変えてくださいと申し出れば、かえって顰蹙を買うのではないかとそう思って私は現状を甘んじて受け入れることにした。
席替えが終わった後はすぐに解散となったので、私は転校生という物珍しさからクラスメイト達に囲まれている彼を横目にすぐに帰宅した。
翌日からは通常授業が始まったが、彼に話しかけることも話しかけられることも基本的にはなかった。
朝の挨拶くらいはしたが、その程度だった。
彼の周りにはしばらくの間は人が集まっていたので、その居心地の悪さから私は昼休みが始まると昼食を急いで食べてすぐ図書室に向かって、昼休みが終わるギリギリまで教室には戻らなかった。
多少は惨めな気持ちになったが、昼休みを図書室で過ごすのはいつものことだったのであまり気にはならなかった。
そんな生活が、一週間と少し続いた頃だった。
私はその日も昼食を急いで食べて、いそいそと図書室に向かった。
図書室の扉を開いて、特に後ろを確認せずに閉じて、定位置に置いてある踏み台をコロコロと目的の本棚まで移動させて、台の上に乗った。
数日前から昼休み中に読んでいる本は変わらずそこにあったので、それを手に取って台から降りようとした時に、すぐ隣に誰かが立っていてかつこちらを見ていることに気付いた。
転校生の彼だった。
私は台に乗っているのに目線があまり変わらなかった、というかこちらの方が下だった、一体どういうことなのか。
後々調べてみたのだが、私の身長ではあの踏み台に乗っても彼の身長には10センチ近く足りていないようだ、世の中は理不尽である。
咄嗟に自分と彼の足元を見た、自分の足は台の上にあるが彼の足はなんの段差もない床に上に置かれていることを確認して、何故かニコニコ笑いを浮かべている彼の顔を見て、自分の顔が思い切り引きつったのがわかった。
それでも愛想笑いだけはぎりぎり顔に貼り付けられた、ものすごく小声でどもりながら「どうも」とだけ言って、私は台から降りた。
台をコロコロと定位置に戻している最中に後ろから「ちっちゃいねぇ」と言われた、確かに私はチビだがお前が異様にでかすぎるんだよと思ったが、それを口にすることはなかった。
ただ惨めに「そうだね。あはははは」となにかを誤魔化すようなよくわからない小さな笑い声をあげただけだった。
特に私個人に用があるわけではないのだろうと勝手に判断して、彼のことは気にしないようにいつもの席に座って本を広げた。
多分きまぐれで図書室に来てみたら隣の席のチビが踏み台に乗ってて、かつそれでも自分よりも目線が下になっているのが面白くて見ていただけなのだろうと。
栞を挟んでいたので、昨日の続きを開いて黙々と読み始めた。
その時読んでいたのは、日本の妖怪やら怪異に関する本だった。
文芸部で書く部誌のネタ探しであると同時に、個人的な趣味で書いているもののネタ探しも兼ねていた。
ページを開いて、最初の数文字を読んだ頃に横から「なに読んでんの?」と声が、いつの間にか隣に座っていた転校生が私が開いた本のページを覗いていた。
ものすごくびっくりした。
今思い返してみると、この転校生やたらとでかいくせに気配を消すのが上手いのである。
台に乗っていた時もそうだが、この時も彼の方から声をかけられるまで接近されていることに気付かなかった。
そういう癖でもついているのか、それともカイジン特有の何かなのか、単純に私が鈍すぎるだけなのか。
今でもどれが正解なのかはわかっていない。
どれが正解だったとしても、きっと対策のしようがないのだろうし。
本の内容を軽く説明して、私は視線を彼から本のページに戻した。
さっさと飽きてどっか行ってくれるといいなと思いながら。
一つの物事に集中すると他のところに意識が向かなくなる私の悪癖はこの場でも発揮され、数行読み進めた頃には転校生のことを忘れていた。
挿絵(江戸時代に描かれたがしゃどくろ)が入ってるページを開いた直後に、やたらと長い指先がそれを指差すまで、ほぼ完全に忘れていた。
そういえば席を立つような音は聞こえてこなかったがまだいたのかと思った、顔を上げると「これなに?」と聞かれたので骸骨の妖怪だと答えておいた。
彼は何故か小さく笑いながらふーんと言っていた。
ちょうどそのタイミングで予鈴が鳴ったので立ち上がって、台を本棚まで転がしてその台に乗って本を元の場所に戻した。
すぐ隣で転校生が「やっぱりちっちゃいねえ」と笑っていた、目線はやはり転校生の方が上だった。
それから時々……いや割としょっちゅう? 転校生は図書室に来るようになった。
ただ私は彼が本を読んでいる姿を見たことがない、ひょっとしたら私が本を読んでいる間に読んでいたのかもしれないけど。
大抵は私のすぐ隣で私が読んでいる本を覗き見していたようだ。
そんなに読みたいのなら私は別のを読むから先に読んで欲しいと本を押し付けようとしたこともあったが、別にいいと断られた。
一体なにがしたかったのか、今考えてもよくわからない。
あんまり突っ込んだ話をして理不尽にキレられるのは怖かったので、その後私は基本的に彼の事を放置することにした。
その時読んでいた本を読み終えて、次の本(海外の架空の生物図鑑)に移っても彼は私の横から私が読んでいる本を覗き見するのをやめなかった。
流石に読む本を変えても覗き見されるとは思っていなかったので、その時は少し驚いた。
それでもいきなり現れて驚かされることと、時々これはなんだと質問してきて読書を中断させられるくらいしか実害がなかったので放っておいた。
今思うと、結局のところ彼が何をしたかったのか、そのくらいは聞いておいた方が良かったのかもしれない。
今はもう聞けない、彼がカイジンであると知った今は、何が起爆剤になるかわかったものじゃないから。
命綱のない綱渡りをしているような心情だ、いつなにがあって殺されるかわかったものではない。
ああ、なにも知らなかった頃に戻りたい、戻って転校生をそれとなく避けたい、もしくは誰かをスケープゴートにしたい。
だけど、過去はどんなに頑張ったって変わらないので潔く諦める。
ひとまずは、十一月まではそんな日々が続いた。
一回だけ事件が起こったが、それ以外は特になにもなく日常は過ぎていった。
この事件についても、一応触れておこう。
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