第10話

 火曜日の深夜のこと。

 湊人みなとの元に知らない連絡先からLINEのメッセージを送られてきた。


「夜遅くにすみません。湊人くん、二年の高倉夏海たかくらなつみです。もう知っているかと思いますが、海威かいと日曜日に別れました。ただ、あたしはまだ海威のことが好きです。だから、別れるとしても、海威にちゃんと知ってもらいたいことがあります。とは言っても、海威はあたしの話をまったく聞いてくれないの。だから、湊人くんに伝えてもらいたいです」


 湊人はいち後輩に対しては少々丁寧すぎる文面を見て、夏海の必死さが詰まっているように感じた。この先には知りたくない情報が書かれている気がして、湊人は一旦スマホを閉じた。

 しかし、しばらくして湊人はやはり知る義務があると、思いたつ。スマホを開き、湊人は長いメッセージの次の段落に目を通した。


「まずは、二日前の日曜日のことをお話します。あの日、あたしは一人で買い物いきました。これは本当です。その理由は、今度の海威とのデートに来ていく服を新調しようと思い、海威には驚いてもらいたくて……だから敢えて海威には内緒にました。ですが、突然メッセージが来たときはびっくりしました。


 おそらく海威が目撃したのは、あたしと須野くんがカフェにいたところでしょう。あるとしたら、それぐらいしか心当たりがなくて……あたしと須野くんには何もありません。あんたが偶然カフェに立ち寄ったら、彼に会ったのです。友達と会ったら挨拶ぐらいは交わすでしょ? 本当に5、6分のことです。というのも、彼は別の子と約束しているみたいで、すぐに追い返されました。だから、本当にあの日曜日は何もなかったのです。だけど、帰ったら海威に突然別れを告げられて……」


 湊人は何も否定できないまま、これは嘘だ、これは嘘だと、自分に言い聞かせる。そして、湊人は自然と須野拓馬すのたくまに連絡をとっていた。メッセージの内容は日曜日の拓馬の動向についてだ。カフェで一緒にいたのは誰なのかを、やんわりと問いただす文面になっている。

 そうして、彼からの返信を待つ間に、湊人は夏海の長文メッセージを読み始めた。


「続いて、ダンス部を休んでいた件です。これは言い訳のしようもありません。ただダンス部は学年ごとの格差が激しくて、先輩たちにはとても逆らえないんです。だから、先輩たちに誘われると、付いていく必要がありました。しかも、なぜかあたしは他の生徒よりも誘われることが多くて……ただ、あたしは大抵早く終わらないかと、ひとり心待ちにしていました。好きでもない他校の男子とかにあって、何が楽しいかといつも海威との時間を思って耐えていました」


 一見出まかせのような文章だ。しかし、洋蘭ようらん学園においては真実でもおかしくなかった。なぜなら、ダンス部の三年生たちはかなり荒れていることで有名で、五月の初めにも飲酒が発覚して、何度目かの停学を食らっているのだ。そして、最近彼女たちの部活動への参加禁止も解けた時期だった。

 蓋を開けてみると、意外にもシンプルなカラクリだったことに、湊人は驚いた。たしかに言われてみると、学園生なら納得できる内容である。


「それで最後に、ずっと海威と連絡をとっていなかった件なんだけど……それは、海威からの連絡を待っていたからです。いつもデートの誘いも、LINEのチャットも、会いにいくのもあたしからだったから、どうしても海威に求められたくて……だから、土曜日のデートは初めて海威から誘ってくれたから、とても嬉しかったと伝えてください。もうこんな結果になっちゃいましたけど、やっぱり海威のことが忘れられない。だから、湊人くん、お願いします。このことを海威に伝えてますか?」


 最後まで非常に丁寧に書かれた文章。夏海の切実な思いが綴られていた。本当に海威が好きなんだな、と湊人は感じずにはいられなかった。



 すると、そこで湊人のスマホに着信音とともに、拓馬からの返信がくる。


「日曜日のカフェって俺のこと見てたのか?(笑)挨拶してくれれば良かったのに。信じられないかもしれないけど、あれ俺の彼女。水泳部二年の綾奈あやな知ってるだろ?」


 今まで夏海の文章を読んでいただけに、拓馬の文面は湊人を多少イラっとさせた。そこに加えて、拓馬からLINEに写真が送信されてくる。あの見覚えのあるカフェの風景に、マグカップを持って、可愛いらしく微笑む綾奈の姿だった。

 部活での厳しい綾奈からは容易に想像できなかった、非常に可愛らしい笑顔であった。すると、湊人は期末試験前あたりから、綾奈のタイムが良くなっていたことを思い出して納得する。


「おめでとう」


 湊人はそっと、そう打ち込むと、拓馬に花火のスタンプを送信した。

 拓馬の証言はいとも容易く夏海の冤罪を打ち破った。これは海威からすれば嬉しい知らせかもしれない。すべての謎が今ここに解明したのだ。しかし、湊人が感じていたのは喜びではなかった。

 絶望感と孤独感だ。

 現況はすべて自分にある。あの写真を身勝手に海威に見せた結果が今にいたる。すると、もし海威が真実を知ったときに、もう親友ではいられなくなるのでは、という恐怖が湊人の心を埋め尽くした。



 もし海威が真実を知り得なかったらどうだろうと、湊人は考え始めた。すると、海威と夏海は絶対戻ることはないだろう。芽衣めいにも海威を狙うチャンスが出る。そして、何よりも湊人は海威の親友としてそばに居続けられるのだ。こっちのほうが全員にとってプラスだと、湊人は自分を正当化する。

 そして、湊人は無心にメッセージを打ち込み始めた。


「すいません。海威に話したのですが、まったく取り合ってもらえませんでした。もう何も信じられないそうです。なので、この話はご内密にした方が、先輩もこれ以上嫌われることもないかと思います。もう海威のためにも、彼を忘れてあげてください」


 勢いのまま書いたその文章を、湊人は迷うことなく夏海に送信する。

 海威が夏海を嫌うわけがない。湊人はそれを知っていながらも、湊人はそのメッセージを送信した。この嘘で塗り固められたメッセージはしばらくすると、既読表示がされる。その後、夏海からの返信は一つとして来なかった。



 翌日、水曜日の朝のこと。

 湊人は今まで通り海威に接していれば、絶対に嘘はバレるはずはない。だからこそ、湊人はいつも通りを心がけて、朝の挨拶をする。


「海威、おはよう!」

「おはよう。なんかお前、顔引きつってんぞ」

「そ、そうかな」

「湊人、なんか変だぞ」

「い、いやぁそんなことは……」


 湊人はいつも通りを演じているつもりだが、海威からすれば、どれもが不自然でしかなかった。


「なんだ。お前まだ朝倉あさくら先輩のこと気にしてるのか? もういいんだよ。俺は湊人が真実を教えてくれたことに感謝してるんだ。俺はお前を信じてるんだって」

「お、お、おぅよ」


 穴があれば潜ってしまいほどに、湊人は居た堪れない気持ちになる。そして、湊人は逃げるようにして海威の前から姿を消した。今まで通りにはいかない、湊人はそう確信した。そして、海威とのいる時間が増えるほどに、この嘘がバレてしまう、そんな気がしていたのだ。

 それからというもの、湊人はだんだんと海威との距離をとるようにいく。朝も起きる時間をずらして、下校時間も夜ご飯の時間もずらした。海威と一緒にいなければ、嘘もばれないのだ。そう思って、ナゴヤへの帰りの約束も、ありもしない急用を理由に湊人は避けることにした。

 湊人はこうして、嘘に嘘を、その嘘にさらなる嘘を塗り重ねていくのだった。



 もう夏休み。海威たちのナゴヤへの帰郷の時期だ。

 しかし、予定通りに帰ることになったのは海威ひとりだった。湊人は急用、幸彩はデート、芽衣は風邪。偶然にしては出来過ぎている。こうもあからさまに避けなくてもいいじゃないか、そう海威は思って重いため息をつく。


「――なんだかなぁ……」


 海威をのせた電車が今、出発をした。

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