第7話

海威かい、お待たせ〜」


 紺色のリボンのついた麦わら帽子に、真っ白なレースワンピースを着た女性は、笑顔で手を振って海威の前に現れた。天使のようだ、そう誰もが見惚れてしまうほどに美しい夏海なつみの姿に、海威は言葉を失ってしまった。


「夏海先輩……」

「もう夏海って呼んでって。あと、敬語も禁止だよぉ」

「そうだったね。とっても綺麗だよ、夏海」


 海威は本心を言っただけだ。しかし、そのさらっと言った一言に、夏海の頬はポッと紅く染まった。


「ありがと」

「じゃあ、映画館に行こっか」

「うん」


 夏海も寮生であるため、待ち合わせは寮の出口。二人は久しぶりのデートに映画館に行くことになっていた。

 夏の強い日差しが容赦無く二人に照り付ける。


「海威ぃ!」


 夏海は嬉しそうに、ぎゅっと海威と腕を組んだ。左腕にあたる柔らかい感触。久しぶりの彼女の温もりに、海威は心がぽっと暖かくなるのを感じた。


「もう夏海、くっつきすぎだって。汗かくだろ!」

「だって久しぶりだもん! 海威の汗なら気にならないよぉ」


 夏海は蔓延の笑みで、海威に笑いかけ、海威も彼女の可愛らしさを再確認する。そして、やっぱり自分は夏海が好きなのだと、理解するのだった。



 二人はたわいのない話をしながら、最寄りの駅へと向かう。そして、電車にしばらく揺られていると、あっという間に映画館に到着した。この映画館は、学校周りでも一番大きく、ここにくるのは海威にとって、夏海との初デート以来だった。


「なんか懐かしいね」

「ホントはもっと海威と来たいんだけどねぇ」


 夏海は甘い声で、ポツリと言った。そして、海威を見上げた彼女は、上目で海威を見つめる。その愛らしさに、海威は自然と顔が赤らめた。ちょうど海威と夏海は海威と夏海がチケットを買い終わったとき、そこに偶然にも現れたのは手を繋いだ幸彩さち太輔たいすけの二人だった。


「あっ、海威くんじゃん!」


 幸彩は海威に気づくなり、手を振って海威の元に走ってくる。幸彩は白いビッグシルエットTシャツにデニムのショートパンツ姿。一瞬、何も下に履いていないと錯覚させられる格好だ。抵抗しようと試みた海威だったが、抗えず彼女の魅力に目が奪われてしまった。夏海はムスッとした表情で海威の顔を強引に自分の方に向けた。

 ちなみに、太輔は黒い半袖に白パン。シンプルだけども、どこかお洒落さを感じさせる服装だなと、海威はふと思った。それに比べて、海威は結局、いつも寮で着る服と対して変わっていない。前夜に選ぼうとしたが、もともと種類がないことに気づいたのだった。


「に、二条さん、こんにちは」


 挨拶をされては、知らん顔で通り過ぎることもできない。海威は慌てて幸彩に挨拶を返す。夏海は幸彩を、太輔は海威をそれぞれが睨んでいる。


「もしかしてこれから映画?」

「そ、そうだけど……」


 太輔の睨みに気づいた、海威は言葉を濁した。


「海威くんが昨日『黄身の名はきみのなは。』を見に行くって言ってたじゃん。それで気になってたら、太輔も見たいってね」

「へぇ、そうだったんだ……」


 二人の会話を聞く夏海は、一層強く海威の腕をぎゅっと自分に寄せる。すると、柔らかい感触が海威の左腕をしっかりと包み込んだ。

 夏海は海威の耳元で囁いた。


「昨日って何ぃ? あの可愛い子だれ?」

「昨日、湊人みなと芽衣めいと一緒に帰ったんだよ」

「へぇ〜芽衣ちゃんもかぁ」


 夏海は声色に嫌悪感をにじませながら、そう呟く。しかし、二人っきりではないとわかると、腕の締め付けも弱くなった。このまま終われば問題ない、海威がそう思っていると、空気を読めないのか、幸彩は話を進める。幸彩は両手をパチンと思いついたように合わせた。


「ねぇ、私たちダブルデートしない?」

「「「……」」」


 幸彩以外の全員は一斉に黙る。太輔と夏海はあからさまに嫌な顔をし、海威は一人困った表情で幸彩を見た。わかってくれ、そう目力でなんとか幸彩にアイコンタクトをとる。


「良し! じゃあ決まりね………」


 幸彩に主導権を取られたまま、四人は結局ダブルデートなるものをすることになった。しかし、結局映画を見るだけであるため、ダブルデートであろうが関係ないことに四人が気づいたのは、映画館に入った後だった。



 そのころ、サングラスにマスクをした怪しい二人組が彼らの動向を伺っている。彼らは朝から映画館に張り付いて、海威ら四人の到着を待っていたようだった。

 そして、怪しい二人組は言わずもがな、芽衣と湊人だ。芽衣は幸彩と太輔のデートを見守るために、湊人は海威と夏海のデートを見守るために、それぞれの言い分でこうして映画館にいる。しかし、明らかに芽衣は海威を、湊人は幸彩を見つめていた。

 両者がシアターに入っていく様子を見届けると、二人はこっそりと話し合う。


「まさか同じ時間に来るなんてね」

「てか、初デートの始まりでもう手を繋いでいるってなんだよ!」

「別にそれぐらいいいじゃん」

「……」


 湊人は納得できないと、腕を組んで顔をしかめる。


「それよりもあの腕組んでるやつ何! 胸が大きいからって自慢げに押し付けてさ!」

「それこそ付き合ってたら普通だろ」

「湊人は黙ってて!」


 芽衣はつい声を荒げて湊人に怒る。気が立っているせいが、二人はいつもになく険悪だった。

 まもなく『黄身の名は。』が始まる時刻。そうして二人は、ひっそりと同じシアター内に入った。海威たちカップルにはおすすめの映画だったかもしれない。しかし、芽衣と湊人のいまの心にはまったく響くものがなかった。



「ふぅー面白かった」

「確かに面白かったな」


 偶然にも、幸彩と海威は同じように、両腕を上に伸ばして背を伸ばす。


「ねぇ、この後お茶行かない?」

「えぇ?」


 今回もやはり太輔と夏海はあからさまに嫌そうな顔をする。海威を含め、誰もが二人っきりの時間を楽しみたいのだ。ただ、幸彩は本当に楽しむことを考えているだけのようだった。


「でも……」

「私の彼氏を紹介したいしさ。ねぇ?」


 あれでけ顔をしかめていた太輔は、幸彩に彼氏を紹介したいと言われて、満更でもないような表情に変わる。夏海をうかがうと、私も紹介してよと、海威に目で言っていた。


「じゃあ決定だね」


 そうして、四人は映画館の近くのカフェに足を運んだ。席についた四人は、簡単に飲み物をオーダーし、早速話し始めた。もちろん、あの怪しい二人もこの後をつけている。


「まず私からいいかな? 私は一年A組の二条幸彩って言います。下の名前で呼ばれた方が気楽です。一様、ダンス部に入部しました」

「ぼ、僕は、上木太輔って言います。僕も太輔でいいです。サッカー部で一様、レギュラーやってます」


 太輔はどこか恥ずかしそうに、右手で頭をかきながらそう言う。一年生の夏にすでにレギュラーということは相当上手いんだろうと、海威は一人でに納得していた。


「レギュラーって凄いな!」

「そんなことないよ。二条くんだって、成績めちゃくちゃいいし!」


 太輔がそう言うと、なぜか夏海は自慢げな顔で微笑む。しかし、海威は成績が良いって言いてもなぁ、とひとりでに考え込んでいた。

 幸彩は海威の脛を蹴ると、その痛みによって我に帰った海威は、焦って自分の自己紹介を始める。


「じゃあ、俺か。俺は二条海威です。まぁ海威って呼んでもらっても大丈夫。で部活は帰宅部です」

「あたしは朝倉夏海。海威の彼女です」


 夏海は幸彩に牽制するような目つきで見て言った。そのとき、太輔は抗えまいと、視線が夏海の顔よりも下がっている。海威はその様子を見て、太輔もやっぱり男だな、と心の中で微笑していた。


「夏海、ちゃんと俺たちの聞いてたか?」

「えぇ、じゃあ、二年です。あと、ダンス部です」


 夏海は興味がなさそうに、あっさりとそう言うと、夏海は今度が興味がありそうに、海威と幸彩の関係を問い詰め始める。


「私と海威? なんだろ、芽衣と仲がいいから知ってるぐらいかな」

「それだけ?」


 夏海と太輔はどこか疑っているような様子で、海威を見る。


「本当にそれだけだって! まず、昨日で話したの二回目だったわけだし……」

「な〜んだ」


 夏海は安心した様子でそう言い、太輔も胸を撫で下ろす。しかし、幸彩と海威は意外にも接点がないに、どこか親密に感じることに違和感を感じた。

 その後、夏海と幸彩に関しては、いわゆる女子トークで盛り上がる。ダンス部の近況やファッションについて、どうも幸彩はかなりファッションに精通しているらしかった。

 対して、困ったのは海威と太輔の方だった。海威は勉強漬け、太輔はサッカー漬けの生活を送っている。盛り上がれる共通の話題があるわけもなったため、二人は期末テストについて、なんでもない会話をしていた。



 気づくと時間は経ち、最初の気まずさはなくなっていた。それどころか、幸彩と夏海に関してはLINEも交換して、かなり馴染んだ様子だった。


「結構時間経っちゃったね」

「だな。まぁ映画が見れたから良かったけど」

「じゃあ、こっからは別行動ってことで解散かな」


 そう言った幸彩に、ぎゅっとガッツポーズをする海威と太輔。デートに戻れること以上に、彼らは幸彩と夏海から解放されることに喜びを感じていた。

 そして、海威と夏海はあまり惜しむこともなく、カフェで二人と別れた。


「「「「バイバイ」」」」



 幸彩と太輔はまだ夜ご飯まで食べていくらしく、街中へと消えていった。しかし、海威と夏海は寮に帰ることにした。というのも、二人はカフェで軽食をとったことからあまり空腹感を感じていなったのだ。

 そして、帰り道、駅から寮への人通りの少ない道で海威は足を止める。


「夏海、俺のこと好きか?」

「もちろん大好きよぉ」

「なら、なんでダンス部のこと……」


 夏海は驚いたように海威を見ると、俯いて呟いた。


「海威に心配かけたくなくて……」

「心配って…… もしかして男とでも遊びに行ってたのか?」

「う〜ん、いたにはいたけどぉ……」


 夏海は気まずそうに、ボソッとそう言った。海威もとやかくは言いたくないものの、良い気分はしなかった。


「でも、やましいことはないんだよな? 他のやつが好きになったとかさ」

「そう言うのじゃない! それは、ほんと!」


 夏海は必死に否定する。そして、夏海を信じようと、海威は心に決める。今回の件は水に流そうと、海威は決断したのだった。


「信じるよ、信じるけどさ。もう嘘はなしにしてくれないか?」

「わかったぁ」

「つぎ嘘ついてるのわかったら……別れよう――」

「わかってるぅ! もう絶対しないから」


 夏海は目をうるっとさせ、海威の右頬にそっとキスする。しっとりと柔らかい唇の感触が、海威の頬に伝わった。紅く染まる海威の頬。そんな顔を見せまいと、海威は夏海を自分のもとへ引き寄せると、ギュッと抱きしめた。

 そして、夏海の耳元で囁く。


「夏海、好きだよ」

「私も海威のこと愛してるぅ」


 そんな甘い夕方の駅の帰り道。道の真ん中で抱き合う二人。

 暑さなどは忘れて、海威も幸彩もこれが幸せなんだとしみじみ感じていた。

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