第6話
「それで、さっきのは誰だったの?」
「もう、見てたんでしょ!
「たぶんってなんだよ!」
「だって知らないもん」
湊人は呆れたような表情で
「まぁお試しだしな。これから知っていけば良いだろ」
「海威くん、いいこと言う!」
「だったら俺とでも良かっただろ……」
湊人は小さな声で悲しげに呟いた。しかし、海威はその呟きを聞き逃さながった。これは、先ほどからの湊人の不可思議な行動の説明にもなる。
「湊人、お前もしかして……」
「あぁ、うん。俺、幸彩ちゃんに告ったよ」
「それで振られたっと……」
「そういうことだ」
海威は納得したように何度も頷くと、慰めるように湊人の背中をぽんぽんと叩いた。
「やっぱりもう四回、告白しないといけなかったじゃないか?」
「そういう問題じゃないだろ。あと、俺三回告ったし……」
「もう! 二人ともそんなところから聞いてたの?」
「まぁ……」
幸彩は呆れたように二人を見る。しかし、海威はそれ以上に、湊人が三度も告白したことに驚いていた。海威からすれば、あの湊人が、という思いだった。控えめにいってもモテる湊人なのだ。その彼がそれほどまでに幸彩に惚れ込んでいたとは海威は何も知らなかったのである。
「まぁ、なんかわからないけど、オッケーしちゃった」
「なるほどな」
「そういうもんかな」
海威は納得したように頷くが、湊人は悔しそうに歯を食いしばっていた。やはり湊人は納得できない様子だった。そうして、静まりかえる三人。その頃、
「そういえば、
湊人は思い出したように、海威を問い詰める。
「お前、俺のことも見てたのか?」
「それは誤解だよ! テスト終わってから、海威に会おうと思ったら、忙しそうに教室を出ていくからさ」
「なるほどな」
「で?」
「夏海先輩に会いにいってたよ」
湊人はやっぱりなと、頷いて目を輝かす。何も言わずとも、海威が続きを話すのを心待ちにする。すると、海威は湊人に小声で耳打ちした。
「湊人、二人も聞いてんだぞ」
「別に困る話じゃないだろ」
「まぁそうだけどさ……」
たしかに、海威と夏海先輩がどうであろうと、あまり他の三人からは関係ない。芽衣はなぜか夏海先輩の話をすると無愛想な顔をすることがあったが、今日の芽衣なら問題はなさそうだった。今度は幸彩にも聞こえる声で、海威は話し始める。
「じゃあ、良いニュースからな。俺たちはまだ、付き合っていた」
「えぇ?」
幸彩は夏海のことを知らなかったために、付き合っていた事実に驚いた。海威は彼女の反応に若干傷つきながら、話を続けようとする。すると、幸彩は海威を待たずして、話の続きを求めた。
「じゃあ悪いニュースもあるんでしょ?」
「実は……」
ゆっくりと海威は話し始めるのだが。海威のもったいぶった言い方を、湊人は見透かしたように呆れた表情を見せる。
「悪いニュースなんて、ないんだろ!」
「――湊人には敵わないな」
海威は湊人が自分のことをちゃんと理解していると、嬉しそうに微笑んだ。しかし、面白味がないと、海威は湊人を軽く睨みつける。
「まぁ悪いニュースはないけど、もう一つ良いニュースがある」
「おぉ、マジか。どうしたんだ?」
「明日、実は映画館デートに行く!」
「へぇいいな、それ。もしかして『
『黄身の名は。』とは、
「よくわかったな。湊人、知ってんの?」
「当たり前だよ。だって、今めっちゃ人気じゃん」
湊人は情熱的に映画について語り出す。海威はよく見てもいないのに、語れるなと感心して湊人の話を聞いた。
「だったら湊人も行くか?」
「それはいいよ。二人で楽しんでこいよ!」
湊人は気にしないような素振りで、海威に優しく言う。
「へぇ、なんか映画館デートって憧れるね。ここらへんに映画館はあるの?」
「そっか、幸彩ってもしかして街中まで行ってない?」
「カフェとかはみんなで行ったけど、一人でゆっくり見る時間はなかったかな」
高校の校舎および寮は、町外れに位置している。そのため、映画館やショッピングモールは、いわゆる街中と呼ばれる乗換駅の周辺に集まっていた。そこまでは最寄りの駅から二十分ほどで着ける距離だった。
「幸彩ちゃん、今度紹介するよ」
「湊人くん、ありがたいけど……もう彼氏いるしね」
「……」
「――わたしもその映画、太輔と一緒に見にいこっかな〜」
湊人の顔からはさっと血の色が消えていく。絶望と拒絶。湊人は、今にも叫び出したい辛い思いをそっと胸の中にしまい込んだ。
「そういえば、夏海先輩ってどんな人なの?」
「夏海先輩はダンス部だけど。会ったことあるんじゃないのか?」
「えぇ、ほんと? 今日は先輩、二年の部長しか顔出さなかったけど……」
「……」
湊人はハッとした表情で、まずいことを知ってしまったように、ゆっくりと海威に視線を向ける。海威はまだ信じていないのかのように、必死に夏海の説明を始めた。
「夏海先輩は、長身すらっとしていて、鎖骨の辺りまでの金髪があるんだけど……」
「金髪? まず、それっていいの?」
「うちの学校は、勉強さえやってれば校則はゆるいからな」
「それより、ほんと見てない? 金髪で背が湊人ぐらいあって……」
「まだ一回も会ったことないと思うよ……」
「……」
海威は黙り込んでしまった。そして、湊人はしまったと右手を額で覆った。
「海威、まさか……な」
「会った後、先輩、部活行くって言ったな……」
海威は作り笑顔で、感情を必死に押し殺す。引きつった笑顔に、瞬きをパチクリと繰り返す。湊人は深いため息をついた。
「海威、もう一回聞いておくけど、好きなんだよな?」
「夏海先輩のこと? そりゃ大好きだよ」
「いや、海威がじゃなくて、夏海先輩の方がだよ」
「好きだとは言ってくれたけど」
海威は俯いて、ボソッと呟いた。しかし、彼の言い方からして、はっきりと言われていないような気がしてならなかった。湊人は海威がごまかされているように感じ取った。
「気になるな、その言い方」
「……」
幸彩は気まずくなったため空気に、何も言わず、ただ二人の会話を聞いていた。
「まぁ、明日のデートだな。ちゃんとキスぐらいしろよ。まだなんだろ」
「……」
「どうせ、手繋いで、ハグぐらいだろう。ちゃんとお前のものだってマーキングしておかないと」
まだ恋愛経験がない湊人は、どこか熟練したチャラ男のようなことを言った。しかし、図星を突かれた海威は反論できずに、湊人の方を疑いの目で見る。すると、湊人は照れ臭そうに、頭を掻きながら言った。
「まぁ親友だからな」
湊人のその言葉に、海威は嬉しさと同じくして、不安が押し寄せる。湊人は海威のことをこれほどまでに知っている。しかし、海威は湊人が幸彩に告白したことでさえ、知らなかったのだ。とても親友とは語れない、そう海威は思い始めていた。
しかし、海威の胸に秘めた思いとは裏腹に、幸彩は呆れた表情で二人に言いかける。
「もう、二人が仲良いのはわかったけどさ。そろそろ、二人だけの世界から出てくれる。せっかく四人なんだから!」
「「ごめん、ごめん」」
芽衣は相変わらず、聞いているのかわからない様子でのんびり歩いてた。つまり、幸彩はただ二人が熱中して話す様子を見ているだけだったのだ。
「そういえば、来週が終われば夏休みだけど、幸彩ちゃんは実家とかあるの?」
「実家はないはずだけど、なぜかナゴヤの方に帰るみたいなんだ。サイプライズがあるとかって、お母さんが嬉しそうに言ってたな」
「へぇ〜俺たち三人もナゴヤ出身だぞ」
「本当に!」
三人は意外な接点に驚き、不思議と連帯感を感じた。
「じゃあ日本にいたら同じ中学だったかもな」
「確かに、そうだったら面白いよな」
海威と湊人は意外な展開に、ウキウキと盛り上がっている。しかし、幸彩は冷静にそっと呟いた。
「でも学年は違ったと思うよ」
「「えぇ?」」
幸彩の言葉に、海威と湊人は目を見合わせる。
「ちょっと待って。二条さんって、もしかして一個下なの?」
「そうだよ。アメリカで学年繰り上がっちゃってね」
「へ、へぇそうなんだ〜」
海威は納得したように、頷きながら歩く幸彩を見る。
「海威、いま小さいのも納得だって顔してただろ」
「……」
「それは禁句だよ!」
その瞬間、芽衣はたちまち元気を取り戻し、三人の会話に入ってくる。小さいというのに反応したのだろう。というのも、芽衣は幸彩よりもさらに小さいのだ。四人の中で一番身長の高い海威からしても、頭ひとつぶんほどの身長差が存在していた。
「まぁ、小さいのも可愛いじゃん」
海威はボソッと呟いたが、芽衣は聞き逃さない。やはり小さいという言葉に対して、敏感なセンサーが働いているのだろう。
「それ言う! 夏海先輩みたいなスタイルいい、長身の彼女がいて!」
芽衣はムッと頬を膨らませて、海威に反論した。その勢いに海威と湊人も圧倒される。そして、幸彩は元気を取り戻した芽衣を応援するような心持ちで芽衣を見ていた。
「あと、先輩、胸が大きいし……」
芽衣はスッと呟く。芽衣は低い身長や貧相な胸を無駄に意識しているようだった。そして、豊満な胸を有す夏海に劣等感を感じていたようなのだ。しかし、海威と湊人は、芽衣に対して、少しもそのような目では見ていなかった。
「「まぁ、それはそれだろ」」
「「それって何!」」
幸彩は芽衣と一緒になって、声を荒げた。
すると、芽衣はそっと幸彩の方に目を向け、そして自分の胸を見下ろす。それを幾度か繰り返すと、ムッとした表情で幸彩を睨みつけた。芽衣からすれば、幸彩に怒る資格などなかったのだった。
そうして、芽衣も積極的に会話に参加していき、寮に到着すると、四人の楽しい時間は終わりを告げる。そして、また、四人で帰ろうと四人は約束した。
彼らはまだ、波乱の休日がやってくることをまだ知らない。
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