第4話
「もう眠い……明日、朝勉する!」
「「――起きないだろ!」」
今日から始まる地獄の五日間。二十四時をすぎた日曜日の深夜。すでに期末テストの最初の試験までのカウントダウンが始まっていた。
「ねぇ海威、ここわかんない!」
芽衣はぐったりと机に突っ伏して、数学の演習問題に指を差す。仕方ないなと海威はため息をつき、息を吸い終わらないうちに、スラスラと問題を解き終えた。
「海威、ありがと」
芽衣はまだ突っ伏したままだが、嬉しそうに微笑んだ。そして、彼女はさらっと解法に目を通しはじめる。
海威は人との勉強を好まない。単純に集中できないからだ。しかし、テスト勉強は積み重ねだと心得る海威は、前日になって焦るような真似はしない。だからこそ、今こうして芽衣の勉強に付き合っているわけだ。帰宅部の海威の平日は、勉強付け。放課後は静かな図書室で勉強し、寮での夕食後は、自習室に籠もって、深夜まで勉強していた。
「海威、これ次!」
芽衣はまた、問題に指を指して、海威に解くように求める。海威は仕方ないなと、またさらりと難なく問題を解いた。余裕の海威に、焦る芽衣。では、湊人はというと彼は余裕組の一員だった。
湊人は、チャラけた印象を持たれることが多い。実際、調子のいいことを言うことも多い。しかし、彼はかなり堅実とした性格の持ち主だった。海威と違って自習室で勉強はしていないものの、いつも芽衣と二人、食堂で勉強している。だが、とくに話すこともなく、自分の勉強に集中して取り組むのだ。そして、期末テストに関しても、湊人は計画を立てて少しずつ二週間前から準備してきていた。
「なぁ海威、今日は早めに寝といたほうが良くないか」
「だよな。俺もちょっと眠くなってきた……」
海威は大きな欠伸をして言った。彼の頬を伝って一筋の涙が流れる。海威は自習室での勉強が終わると、決まって湊人のもとにやってくる。そして、二人で部屋に帰っていくのだった。
というのも、寮は三人一部屋のルームシェア。海威と湊人は同じルームメイトなのだ。そして、もう一人の学生が10時過ぎに就寝することから、二人はできる限り勉強を部屋の外で済ませて、部屋に戻る時は二人そろって静かに帰っていった。
「えぇー、待ってよ。二人が帰ったら、ウチどうすればいいの!」
「だから勉強しとけって前から言ってただろ」
「そんなこと言ったって!」
芽衣はふてくされた態度で、ムッと頬を膨らませる。海威と湊人はそろってため息をつくと、呆れた表情でお互いを見合う。そして、二人はコクリと頷く。
「「あと三十分だけだからな!」」
「海威、湊人、本当にありがと」
四人席に向かい合うようにして座る湊人と芽衣。湊人の横に座っていた海威だったが、手伝いやすいからと芽衣の隣に移った。一人になった湊人は。暇そうにうっとりと遠くの方を見つめる。その先にいるのは、勉強している
もちろん、食堂で勉強しているのは三人だけではない。特に期末テスト前ともなれば、芽衣のようにギリギリで詰め込む生徒もたくさんいるのだ。そして、幸彩も七八人の友人に囲まれて勉強していた。
あの日、幸彩は海威ら三人と一緒に下校した。しかし、もともと芽衣とは体験入部で数回顔を合わせただけの仲。クラスの友達はもちろん、他にも体験入部で知り合ったたくさんの友達と幸彩は交友関係を持っているのだ。
「ねぇ、幸彩ちゃん、これ発音してみて!」
まさにネイティブと言わんばかりの発音で、幸彩はスラスラと英文を朗読する。他のテーブルで勉強する生徒たちも、CD音源が流れ始めたのかと驚いたように、幸彩の方へと顔を向けていた。
「やっぱり幸彩ちゃんの英語は綺麗だよね」
「もうそんなことないって」
幸彩は少し照れ臭そうに、可愛らしく微笑む。
「ねぇこの問題なんだけど……」
「「「幸彩ちゃんにはわたしが教えるよ!」」」
幸彩の友人たちは取り合うように幸彩に教えたがった。幸彩は男子にはもちろん、飾らない態度やその純粋な可愛さが女子たちをも虜にしている。幸彩たちはそうしてワイワイと楽しく盛り上がりながら、食堂の一角でテスト勉強に励んでいるのだ。
ワイワイと楽しむとはかけ離れた世界にいるのが、海威たちインテリ系だ。一緒に勉強していても黙々と勉強することが多いし、芽衣を除いてはギリギリになって焦ることも少ない。海威の交友関係も、ほとんどがこのグループに属するメンバーが多かった。
「なぁ芽衣」
湊人は思いついたのかのように、ふと芽衣に尋ねる。
「なんで芽衣も幸彩ちゃんたちと勉強しないんだ?」
「……」
芽衣は不思議そうに首を傾げる。
「――ウチ、あまり歓迎されないから……」
「そっか……」
芽衣はそう言うと、寂しげな表情でそっと俯いた。芽衣はたしかに明るくて友人も多い女子高校生だ。交友関係も広く、男女をも厭わない。しかし、彼女は寮生の女子たちに疎まれる存在であることを、湊人と海威は知らなかった。
なぜなら、その原因の張本人が二人だからだ。
湊人は水泳部での活躍はもちろん、明るいクラスのムードメーカー的な立ち位置である。しかし、ちゃんと勉強もできるという意外性もあって、なかなかの美少年だった。太陽に照られた肌は綺麗に焼けていて、ほんのりと色の抜けた髪が彼の雰囲気にうまく馴染んでいる。また、鍛えあげた身体には贅沢に割れた腹筋があり、彼の笑顔はアイドルに負けない爽やかさがあった。
湊人の女子人気は一年男子の中でも圧倒的であった。
「海威、こっちの問題なんだけど……」
海威はというと、湊人のように飛び抜けた美少年ではない。中の上というべきか、身長も高めで、いい意味で無難だ。しかし、成績の良さと気さくな性格から一部の女子からを集めている。どこか近寄りづらい印象もなく、海威は気軽に声をかけても、勉強を教えてくれると評判が良い生徒の一人だった。
つまり、芽衣はそんな二人を独占しているように周りからは見えているのだろう。とくに、寮生の女子たちからすれば、勉強も一緒にしてる彼女の存在を好意的には思っていなかったのだ。
「まぁ芽衣には俺と湊人がいるもんな」
「そ、そうだね」
海威は勉強を教えながら、ボソッと呟いた。そして、芽衣も顔をあげると、どこか無理したような笑顔で湊人に微笑んだ。
「なんだよ、それ。お前は
「まぁそうなんだけどさ……」
「海威、何かあったのか?」
「ちょ、ちょっといいか――」
海威はまじめな声色で、言いにくそうな表情をとる。海威は芽衣の隣から、また湊人の横へと戻っていった。そして、海威は芽衣には聞こえない声量で、しんみりと話始める。
「ここ三日、先輩と会ってない……」
「マジか」
「うん、マジ……あと」
「まだあるのか!」
驚いた湊人はつい大きな声で反応する。芽衣も一瞬、集中が途切れた様子で顔をあげるが、すぐに切り替えて、真剣な眼差しで問題に取り組み始めた。
「あと一週間会話もしてないし、連絡も取ってない……」
「お前、それ付き合ってんだよな」
「一応そのはずだけど……」
海威は自身がないような様子でボソッと呟く。
「最後にデートに行ったのはいつだ?」
「えっと一ヶ月前ぐらいじゃないかな」
ぼんやりとそう言った海威は、日にちを確認しようとスマホのカレンダーを開く。そして、予定のない真っ白なカレンダーを見て、海威は長いため息をついた。
「いや、それ自然消滅説あると思うぞ」
「自然消滅……マジか」
「今は忙しいと思うけど、試験終わったらソッコーで連絡しろよ!」
「あぁ」
「先輩のこと好きなんだろ?」
「そりゃもちろん……」
海威は気の抜けた返事をした。そして、湊人に相談してよかったと海威が呟くと、湊人は嬉しそうに蔓延の笑みで微笑んだ。
「終わった――」
バンザイをして背筋を伸ばすように、嬉しそうな芽衣は声を抑えて叫ぶ。
「結局、一時間いちゃったな」
「あぁほんとな」
幸彩たちのグループも五人と人数が減った様子で、食堂で勉強していた生徒もかんあり減っていた。湊人はスッと立ち上がって、そろって大きく欠伸をする。すると、海威も同じようにつられて欠伸をした。
「よし、寝るか!」
「やっとだな」
芽衣も急いで机を片付けると、目を擦りながら立ち上がる。
「「じゃあ、芽衣おやすみ」」
「海威、湊人、おやすみ〜」
「絶対寝坊すんなよな!」
「わかってる〜」
「バスの時間遅れんなよ!」
「わかってるって……」
ふらふらと歩きながら芽衣は空返事をする。海威は心配そうに彼女を見つめるなか、湊人はもう諦めたような表情で呟いた。
「あいつ大丈夫か?」
「さすがにルームメイトが起こしてくれるだろ」
「だよな……さすがにな……」
二人は心配に一緒になって目尻を下げると、噴き出すように笑い合った。
「「良し、寝よう!」」
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