第3話
海威はさり気なく、湊人と芽衣を先に歩かせることに成功した。海威もささやかに二人の恋路を応援するつもりなのだろう。決して幸彩の隣を歩きたい言い訳ではない、そう海威は自分に言い聞かせた。
「それで、なんで湊人はダンス部と勉強してんだよ!」
海威はそんな疑問を湊人に投げかけた。
「海威、羨ましかっただろ! 言ってくれれば誘ったのによ」
湊人は振り返って返答すると、後ろ向きに歩きながら、どこか嬉しそうに海威を見た。
「そんなんじゃねーよ。ただ、芽衣が可哀想だろって」
「なんでウチが出てくるの!」
芽衣は膨れっ面に頬を赤く染めて、声を荒げるようにして言った。
「湊人はどうせ幸彩ちゃんがいるから来ただけだよ」
「えぇ芽衣ちゃん、そこ私に振る? まぁ湊人くんは勉強みてくれたし、いてくれて良かったと思うけど……」
焦って様子で話す幸彩を見て、芽衣はふふっと笑う。湊人はどこか照れ臭そうに頭をかきながら、前を向いて少し早歩きになった。
「でも湊人くんが頭いいのは意外だったね」
「意外ってなんだよ!」
「まぁ意外だよな」
「意外だよね〜」
「皆まで言うな!」
ふと目が合う四人。すると、四人は目を細めて一緒に笑い合った。
こんなどこか寂しげな沈む夕日の帰り道。しかし、海威にとって、たまらなく懐かしい帰り道だった。
「でも、海威が俺たちの中では一番頭いいんだけどな」
「ね〜」
「そうなんだ。たしかに、いつも授業も真剣に受けているよね! 私が消しゴム落とした時も気づかなかったし」
幸彩も思い出したように付け加える。すると、海威は幸彩が見られていたことに、頬をピンクにして照れた。隣の席とは言えども、まったく意識されていなかったと思っていた海威。やはり美少女に見られていたと知って心は昂るものだ。
そして、消しゴムが落ちたことに気づけなかった自分に、猛烈な不甲斐なさを感じる海威だった。
「でもそうなら、海威くんも一緒に勉強会くれば良かったのに!」
幸彩は不思議がるように、そう海威に言う。すると、不機嫌そうに反論したの湊人と芽衣の二人だった。
「無駄無駄、こいつが来てくれる訳が無いよ」
「そうそう、海威は一人で勉強しないと集中できないんだって〜」
海威が言いたいことを代弁してくれる湊人と芽衣。やっぱり親友なんだなと、海威はしみじみ実感する。そんな有頂天の気持ちを胸に海威はひっそりと微笑んだ。
「へぇ〜なんか海威くん、私のお母さんみたい! 勉強じゃないけど、仕事は第一主義だし、一人じゃないと集中できないって良く叱られたな」
幸彩の声はだんだんと小さくなっていく。彼女の顔には寂しげな表情が重なって見えた。
「そ、そういえば、幸彩ちゃんのママってどんな仕事してるの? アメリカもママの仕事だったんでしょ」
「おい芽衣、そういうプライベートな質問はタブーだぞ」
身を乗り出して聞く芽衣に、湊人はそう言った。とは言え、湊人も気になるようで、彼の熱い目線は無意識に幸彩に向けられる。
「湊人くん、私は気にしないよ。お母さんはね、洋服の会社を立ち上げたり、経営してたりするのかな? 今はもう日本に帰ってきたよ」
「マジ? 幸彩ちゃん、社長令嬢じゃん! スゲー」
「世界を舞台に働く女性って、やっぱりカッコいいな〜」
湊人と芽衣は目を輝かせる。やはり社長というのはインパクトが大きい。しかし、盛り上がる二人とは裏腹に、海威は取り残されたように静かに下校道を歩く。
幸彩は気を利かせたつもりで、海威に話を振った。
「海威くんのお母さんは、どんなお仕事をしているの?」
「「「……」」」
海威はもちろん、先ほどまでヘラヘラ笑っていた湊人と芽衣さえもが、その一つの質問に黙り込む。海威には母親がいない。そんな共通認識をまだ幸彩は知らなかったのだ。
しばらくその沈黙も続いたため、幸彩もこの異様な空気を理解した。そして、焦って幸彩は海威に頭をさげる。
「――ご、ごめん」
「二条さん、気にしないで」
海威は気まずそうに右の耳元をかきながら、幸彩から目を逸らしてそう言った。
「本当はお父さんのお仕事を聞くところだよね……」
「いや、話の流れ的に母ちゃんの仕事でもおかしくはなかったぞ」
「そうだよ、幸彩ちゃん」
しょんぼりとする幸彩に、湊人と芽衣は必死のフォロー入れる。
「ち、違うの。私がお母さんについて聞いたのは、私のお父さんについて聞かれたくなかったから――だって私お父さんいないから……」
幸彩は言葉が詰まったように、それは言いにくそうに、しかしはっきりと言った。ただ、その発言に湊人も芽衣も信じられないと言わんばかりの顔つきで、パチクリと何度も瞬きをした。驚きに声も出なかった。海威と幸彩はというと、ふたりはなにも言わずに、目をそっと合わせると、分かり合えたようにそっと微笑んだだけだった。
四人の下校道に、初めて長い沈黙が続く。
気まずい空気を作り出した海威と幸彩はもちろん何も言えるわけもない。しかし、湊人も芽衣も、この重い空気に口を閉ざしていた。
しかし、意を決して、湊人はついその沈黙を打ち破る。
「幸彩ちゃんって、結構モテるよね? 気になってる男子とかいないの?」
「湊人それ聞く? ちょっとデリカシーなさすぎ〜」
やっと来たかと芽衣も、話題に合わせる。事実、芽衣は身を乗り出すように、幸彩の方を見ていた。
「えぇどうかな〜 確かに『好きだ、好きだ』って言ってくる男子はいるけど、結局可愛いからとか、どうでも良い理由とかしか言わないんだよね」
「あぁウチも分かるかも! なに表面だけで判断してるんだよってなるよね」
芽衣は分かり合えたように、ギュッと幸彩の両手を握る。そして、そうだ、そうだと頷き合った。もし芽衣が一般的な女子なら、そんな発言もこんな行動もただの自惚れだろう。しかし、海威にとっても湊人にとっても、芽衣が可愛いことは共通認識だった。
幸彩よりもさらに背が低く、芽衣には小動物的な可愛さが秘められている。ショートカットの茶髪で、目はパッチリと大きい。彼女の自然な上目遣いには、多くの男子が悩殺されてきた。そして、頬にある深い笑窪はさらに彼女の魅力を掻き立てている。多少ガツガツと積極的に関わっていく性格上、芽衣は男子には十二分にモテていたのだ。
「芽衣も幸彩ちゃんも、幸せな悩みだな〜」
「ほんと、それな」
湊人と海威はボソッと呟いて、お互いに笑い合う。しかし、芽衣と幸彩は、二人もそこらの男子と変わらない、と言わんばかりに、冷ややかな視線を二人に送った。
そして、四人はお互いの顔を見合うと、また笑い出した。
それからというもの、四人の雰囲気は元どおり。会話にもたくさんの華が咲いた。寮までの長い道のりも、あの気まずい時間を除けば、あっという間。そして、四人はまた一緒に帰ろうと約束したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます