第2話
それから一週間、そして二週間が経とうとしている。
そして、今日も
「やっぱりここにいた!」
勢いよくシャーっと音を立てて開く図書室の扉。青春から切り離された、放課後の静かな図書室に少女の元気な声が響いた。
あまりの音に海威は急いで振り返ると、ゼェゼェと息を切らした
「芽衣、そんなに焦ってどうしたんだ?」
「ちょっとわからない問題があってね」
彼女は大きく深呼吸をして弾んだ鼓動を落ち着ける。そして、可愛らしく微笑むと、海威に一枚のプリントを渡す。彼女から数学の演習問題を受け取った海威は、スラスラと問題を解いていった。
「これで問題ないはずだけど……」
「早ッ! ありがと。あとこっちもなんだけど」
芽衣はプリントを裏返す。すると、空白になった数学の問題が現れる。こちらも難なく海威は解いていった。どちらの問題も事実それほど難しいものではない。海威の知っている芽衣なら解けてもおかしくはないだろうと海威は思った。
「にしても放課後の学校で何してるの? 部活休みだろ」
期末テストは一週間後。今はすべての部活動は休みのはずなのだ。部活がないためにほとんどの生徒は帰宅する。しかし、放課後にもかかわらず、芽衣は学校におり、彼女はジャージ姿だったのだ。
「今ね、ダンス部の一年で集まって勉強会をしてるんだ」
「あぁ、なるほどな。それは一年だけか?」
「あっ
「そっか……」
芽衣は外で勉強をするという自分の言葉に、違和感を感じるように言った。ただ、海威が気になったのは、彼女が外で勉強をしにいくことを海威はなにも知らなかったことだった。てっきり寮に帰ったのかと思っていたのだ。
「な〜に、もしかして夏海先輩と上手くいってない感じ?」
「芽衣には敵わないな……」
芽衣はどこか嬉しげに海威を問い詰める。しかし、海威としてもあまり触れられたくないトピックのようで、不機嫌そうな顔で頭を掻いた。
「まぁ何かあったら相談してね。ウチ、それぐらいしかできないから……」
芽衣は悲しげに、また心配そうに呟く。そして、今にも図書室から駆けていこうとしたとき、海威は芽衣の手首を掴んだ。
足をすっと止めた彼女は顔を赤く染めて、海威の手を振りほどく。
「ちょっとなに!」
「いや、ごめん……湊人はもう帰ったか知ってるかなっと思って」
「そ、そっか。湊人なら今ダンス部と一緒に勉強してるけど……」
「マジかよ」
「まぁ結構助かってるよ」
芽衣は不機嫌そうにそう言って、海威を見つめる。海威はふふんと納得したように、芽衣に黙って頷く。湊人が女子に囲まれているところに嫉妬したのだと、海威は確信していた。しかし、二人の関係に踏み込むのも野暮だと考え、本題でもある帰りの予定について話し始めた。
「そういえば、芽衣たちは最終バスまで学校にいそうか?」
「うん。帰る生徒は多いみたいだけど、ウチはギリギリまで粘る予定だよ」
「そっか、なら呼びに来てくれる? 部活で忙しかったから、三人でなかなか帰れなかっただろ」
三人は中学時代のとき、よく一緒に帰ることが多かった。何気ない三人の何気ない時間。しかし、高校に入って、芽衣はダンス部へ、湊人は水泳部に入ったことで、一緒に帰ることがほどんどなかった。海威はあの当たり前だった三人の下校道に、懐かしさと寂しさを感じていたのだ。芽衣も納得したように首を縦に振る。
「確かにね、わかった。じゃあ湊人にでも呼びにこさせるね」
「おぅ、じゃあ」
芽衣はどこか嬉しそうに駆け出すと、勢いよく図書室の扉を閉めて、図書室を出ていった。そうして、また、静かな海威だけの図書室が戻ってくる。もう期末テストまで時間はない、そう言って、海威はまた集中し始めるのだった。
集中するとあっという間に時間は過ぎてしまう。勉強に熱中している海威は、最終バスの時間近くになっても、まだ図書室で勉強をしていた。
「海威、急げ! そろそろバス出るぞ」
図書室の扉がシャーっと勢いよく開くと、湊人は大声で叫ぶ。時刻は18:58。最終バスの出発19:00までに残り二分しかない。これは、かなり焦らないと間に合わない時間帯だった。
「――今いく!」
海威はちらっとスマホで時間確認するや否、急に焦って準備を始める。筆記用具と教科書、ノートを無造作にカバンへと放り込み、海威と湊人はすぐに図書室を後にする。
廊下を全力疾走する二人。外履きに履き替えて、必死にバス停へと走っていく。
二人がバス停を目で捕らえたそのとき、がたがたという振動音とともにバスが発車する。海威と湊人の前から、どんどんとバスは遠のいていくのだ。二人の惨めさに追い討ちをかけるようにして、排気ガスの臭いが二人の鼻を刺した。
「行っちゃったな……」
「あぁ……行っちゃったよ……」
残念がる二人の前にバス停から現れたのは芽衣と
「もう行っちゃったじゃん! 待ってたんだよ」
「……先に行けば良かったのに」
「久しぶりに一緒に帰るって約束したじゃん」
「――芽衣、ありがと。にしても、なんで二条さんが……」
海威はちょっと嬉しそうに耳を掻きながら、幸彩がいることを疑問に思う。芽衣も湊人もB組で、幸彩と同じクラスの海威ですらほとんど交流がない。いくら幸彩はどんどんと友達を増やしているとは言え、芽衣と一緒にいるのはどこか不自然だった。
「幸彩ちゃんはダンス部に入る予定なんだよ。先週までいろいろな部活を体験してたみたいだけど、やっぱりダンス部がいいんだって!」
芽衣はそう、どこか誇らしげに語った。
「まぁ待つことないってウチからも行ったんだけど、幸彩ちゃんもせっかくなら一緒に帰りたいってね」
「せっかく芽衣ちゃんとも仲良くなれたからね」
二人は仲良しのようにお互いを見合うと、にこりと二人で微笑んだ。そして、湊人も二人の様子を見て、どこか嬉しそうにしている。
「でも、芽衣ちゃん。寮行きのバスってもうないんだよね……どうするの?」
「うん、歩くよ!」
「えぇ」
幸彩は真偽を確認するように湊人と海威の方へと顔を向ける。すると、二人は黙ってうなずいた。幸彩はひとり落胆した様子で、重いため息をつく。
「……」
幸彩は今までバスを逃したことがなかったのだ。
しかし、寮生にとっては当たり前のこと。最終バスを逃すと最後。学校から寮へは自力で帰らなければいけない。そして、選ぶのは徒歩20分の道のりだ。もちろん公共バスもあるが、お金がかかる上に、直行便がないため面倒だったのである。
「なんかごめんね。二条さん……」
「海威くん、気にしないで。歩いて帰るのも良い経験になるしね」
申し訳ないと俯く海威に、幸彩は焦ってフォローする。これがまさか二人の最初の会話だとは、二人も想像していなかっただろう。
「じゃあ行くか!」
「よししゅっぱーつ!」
湊人と芽衣の陽気な声が静かな夕暮れ時の道に響く。
こうして、海威と湊人、芽衣、幸彩の四人は、寮までの20分の道のりを一緒に帰ることになったのであった。
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