真犯人はお前だ
宇佐美は一通り話を終えると、しばらく体育座りで無言の意思表示を続けていたが、その後やはり疲れていたのか、そのまま横になって眠ってしまった。僕は宇佐美を抱えてベッドに寝かせた。宇佐美は驚くほど軽かった。
この女は気付いている・・・と思う。あの日僕が現場にたまたま居たわけではないことを。僕がこの少女と出会ったあの日の”指切り”であるということにだ。なぜ気付きながらこの子は気付いていないフリをしているのだろう。それどころかこの女は僕により深く、入り込もうとしてきている。なぜだ・・・?
昨日、僕は”指切り”として1人の男を殺した。この男はダサいウェブサイトで好き放題に”指切り”の話を書き連ねていた。無い事・無い事、だ。一体、どうして警察も捕まえられないような、犯人像も絞り込めていないような天才犯罪者の実態を、一般市民が掴めるというんだ。こいつは嘘吐きだ。”指切り”という神性を汚す罪人だ。だから始末してやることにした。呼び出すのは簡単だった。掲示板に書き込みを入れたら、すぐにメールが飛んで来て、あれやこれやと質問された。これまでの殺人の動機だとか、ターゲットはどうやって決めるのかとか、幼少期の話だとか、快楽がどれほど得られるのかとか、他の殺人鬼と同じように、殺人している時に絶頂したのかとか、とにかく下世話な話が多かった。
「ねえ」
考えに耽っていて全く気が付いていなかったが、いつの間にか宇佐美が目の前に居た。膝を抱えて僕の顔を覗き込んでいる。可愛いな。
「わたしもいろんなこと、聞いてもいい?」
「ああ」
「”指切り”って、どうして指を切るのかな?」
「僕は、約束だと思ってるよ。」
「約束?」
「そう、約束。だから指なんだ。あれは、約束をしたというメッセージであり、儀式的な・・・たぶん、そういうものだと思う。」
「ふぅん・・・。ね、”指切り”はどんな人を狙うのかな?」
「その質問って、僕を疑ってるのか?」
「違うわ。あなたの考えが聞きたいだけ。」
宇佐美の表情が曇る。しまった、探りを入れるには露骨すぎたか?この女はどこまで知っているんだろうか?僕が指を捨てた現場を見ただけなのか?本当に顔は知らないのか?殺したところや死体を遺棄したところまで見たのか?だとしたらなぜこの女はここにいるのか?頭の中に文字の羅列がグチャグチャと駆け巡る。尽きない疑問符が脳味噌を掻き回すのが不快で堪らない。僕は努めて冷静に、動揺を見せぬよう慎重に、考え込むフリをしている。今この瞬間も、この女がおそらく抱いている疑念が確信に変わらぬよう、細心の注意を払わねばならない。
「そうだな・・・それはきっと、正義だよ。」
「正義?」
「被害者は全員、何か疚しいところがあると噂されている人ばかりだ。浮気や不倫、借金といったものから、不正や、盗みや傷害といった犯罪に手を染めている人間まで様々だが、指切りはそういう人間を狙っていると思う。彼は、そういった汚れた人間に制裁を加えているんだよ。」
「そんな”指切り”にあなたはあこがれている?」
「そんなんじゃ・・・でも、彼に対するリスペクトはあるかもしれないね。女性じゃなかったというのが残念だが。」
「今回の被害者も、正義のために殺されたのかなぁ?」
「さあ・・・僕にはわからないけど・・・君はどう思うんだい?」
「わたしは、そうね・・・。”指切り”は快楽殺人者よ。標的は、自分の好みの人ね。」
「なぜ断言できる?」
「そんなムッとしないで。”指切り”は死体を壊すことでしか生きる喜びを感じることができないの。ただの勘よ。尻尾をつかまれないように犯行は慎重に、標的は自分の好みでも、消えても困らない人間を選んで・・・見つからないということは、死体はきっと自宅の中に隠されているのね。でも、誰かに自分の破廉恥な姿を知ってほしいの。だから指を人目につくところへ捨てる。話しているだけでもドキドキしてくるわ。わたしもそんな彼の快楽を追求する姿勢をリスペクトしてしまっている・・・。人とは違う特別な人って、どうしてこんなにも惹かれてしまうのかしら?」
「・・・面白い憶測だ。」
「信じてくれなくても構わないわ。ただの勘だもの。でも、わたし、あなたは好きよ。同じ趣味を持っていて、あなたはどことなく、昨日会ったわたしの好きな”指切り”に似てる・・・あ、ごめんなさい。殺人犯に似ているだなんて・・・そんなはず、ないのにね。」
宇佐美は笑顔を作った。目が笑っていない、不気味な笑顔だ。この女はたぶん、僕と同じで気が狂っているんだろう。しかし、この女はまだ僕がその”指切り”本人だということは気が付いていないようだ。しかも僕に好意を抱いていると言う。この女を自分のものにするのは容易いだろう。僕の人生にも運ってものが向いて来たのかもしれない。宇佐美が僕をベッドに押し倒す。僕はされるがまま、宇佐美が僕を見つめるのと同じように宇佐美を見つめ返した。しばらくの後、快楽の波が押し寄せてきた。
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