掲示板の名前は【ハッピー武田の都市伝説を語ろうの板】

 静かな部屋の中、バスルームから水音が響く。・・・この血がついた服は、捨てるしかないだろうな。焼くのがベストだろうが、そんな設備は無いし、目立つ。細切れにして捨てるか・・・うーん、いずれにしても面倒だ。

 それにしても、彼女が会ったという”指切り”はどうして彼女を殺さなかったんだろうか?と考える。自分の犯行をより広めるために生かしたのか、ターゲットが明確に決まっているのか、実はだとか、もしかして、一目惚れしたとか・・・いやいや、さすがにそれは馬鹿馬鹿しいか。だったら誘拐でもしているだろうし・・・。人間の行動など、考えてするものではきっと無いと思う。動機や理由などすべて後付けに違いない。誰もが直感と衝動で行動し、その結果を正当化するために理由を考え出すのだ。例え”指切り”が単なる気まぐれにあの子を殺さなかったのだということが真実だとしても、テレビのコメンテーターなどは何かしらの理由付けを偽装して、もっともらしく語るに違いなかった。

 そんな取り留めもない愚鈍な勘繰りが脳内を駆け回る。”指切り”は証拠を残さないその手口の巧妙さから熱狂的なファンが結構いるらしい。僕もそのうちの一人だ。”指切り”は素晴らしい才能の犯罪者だと思っている。”指切り”のことを考えるのは尽きることのない楽しい時間だった。さすがに警察が捜査をしている中、指の発見現場まで見れたわけではないけれど、これだけの連続殺人事件が起こっている中で、警察はその犯人像はおろか、死体の行方すら未だに掴めていないらしいのだ。ヤツは犯行の証拠として、指をどこかへ捨てる。警察では未だに行方不明事件扱いだが、巷では殺人事件に違いないという声が大多数を占めていた。なにせ、指を切り落とされた被害者が何か月も見つからず、名乗り出ないなど、あり得ない話だったからだ。

 ネットでは様々な憶測が飛び交っている。”指切り”はIQ300だとか、実は男だった、女だった、年齢は10代だとか高齢だとか、本当は病気で体が一切動かない全身麻痺の患者だ、なんてくだらない内容のものがほとんどだ。この間見た一昔前のダサい見た目をしたウェブサイトのなんとか掲示板では、ファン第一号を勝手に名乗るヤツが居て、そいつは一生懸命に”指切り”の人物像を考察していた。確かそいつの思い込みでは、”指切り”は30代以上の女で・・・



「何を考え事してるの?」


 不意に話しかけられて、体がビクッと反応する。他人に悪事を見つけられた気分だ。高揚感が一気に萎えて、冷や汗が背中を伝うのが分かる。


「いや・・・”指切り”のこと、考えていたんだよ。箸にも棒にも掛からぬ憶測ばっかりだけどね。誰も、真実には辿り着いていないみたいだ。」


 宇佐美は黒くて大きな瞳で無表情のまま僕を見つめている。


「あなたはたどりついたの?」


「いや・・・もちろん、僕にもわからないさ。そうだな、でも”指切り”は年齢は30歳以下という意見が多いみたいだな。それは僕も同意見だ。男だと思っている人が多いけど、手口の美しさや、儀式的なやり口、小指という部位の選び方から、僕は女性的な感じを覚えるね。と言ってもただの勘だけど・・・。」


 宇佐美は表情一つ変えず、首を傾げた。


「”指切り”・・・好きなの?女の人だったら、付き合いたいの?」


「君には言いづらかったけど・・・”指切り”は確かに好きだ。ファンってヤツだね。殺人犯と付き合いたいと思えるかは難しい質問だけど、そう・・・魅力的だとは思うね。アイドルとか、芸能人みたいなもんさ。・・・後ろめたいままなのもどうかと思うから言ってしまうけど、君が”指切り”と会ったと知って、正直僕は興奮したんだ。あの連続殺人犯に、僕だけが真実に近づけるんだ・・・ってね。」


 宇佐美は少し視線を落とした。


「そう・・・。」


「あっ、いや、すまない。君を傷つけるつもりは・・・」


「ううん、いいの・・・。助けてもらったから・・・。何が聞きたい?それとも、わたしをどうしたい?」


 宇佐美が一歩、ベッドでスマホを弄っていた僕に踏み出した。だって??唐突になんだ?

 宇佐美がまた一歩近づいてくる。風呂上りだからか、頬が少し紅潮している。いやいや、そんなことを気にしている場合じゃない。頭の中が混乱している。宇佐美がそのまま僕の横に横たわる。僕が何もしないからか、少し困ったような表情で、見つめている。


「ねぇ、どうするの?」


「いや、どうって・・・。その・・・そんなことしなくても衣食住は保証するよ。」


「・・・わたし、魅力ない?」


「いや、可愛いと思うけど、なんていうか、そう。段階があるっていうか・・・」


「なぁんだ。てっきりわたしの身体が目的なのかと思ってたのに。違うならいいようーだ。絶対サセてあげなぁい。」


 宇佐美はベッドからサッと離れて行った。僕はなんだか、自分の心の疚しいところを見透かされたような気になって、後ろめたい気分になった。宇佐美はちょっと不貞腐れたような感じになって、僕に目を合わせないまま話を続ける。


「で、何が聞きたいの」


 僕はただのか弱い少女だと思っていたこの女の意外な一面を見た気がして、動揺していた。けれど、聞きたかったことが聞ける思わぬ好機だった。


「犯人の顔・・・は見なかったんだよね。だから、そう。声だ。声は?男だった?女だった?若かった?それとも年老いていた?」


「怖かったから、あまり覚えていないけど・・・男の人のようだったわ。野太くて、しわがれてはいなかったし、声に力があったから、若かった・・・と思う。ちょうど、あなたみたいに。」


 ドキっとした。僕みたいだったって?宇佐美はそんな僕の気持ちを見透かしたように口を開く。


「そんな驚かないでほしいわ。ただの、なんだから・・・。暴力的で、それでいて知的な声。そんな風に感じたわ。わたしもあなたと同じように、のファンだったから、彼に会えた時は、なんとも言えないような、高揚感を感じたわ。でも、それはすぐ恐怖に変わった。彼と目が合ってすぐにね。顔は暗かったから、良く見えなかったけれど、そう、目が合った。合ったと肌で感じたわ。その時、私の心は凍り付くような恐怖を感じたわ。あの人は、本物の・・・殺人鬼ね。」


 僕は”指切り”に似てる、宇佐美は彼のファン、そんな彼の声に僕は似てる・・・嬉しいような悲しいような複雑な気持ちだ・・・。宇佐美はどうして僕に迫ってきた?もしかして彼女は僕を”指切り”だと疑っているんじゃないのか?あんなに大胆な女が、恐怖に震えるだろうか。彼女は”指切り”のファンだと言っている。僕と同じように、僕が真実に近づけると感じた高揚感を、彼女も覚えているんじゃないだろうか。僕は、彼女が好きな・・・彼女の”指切り”に似ている・・・僕は・・・


「・・・どうしたの?顔色が悪いわ・・・。」


「いや・・・何でもないよ。そう、何でもない・・・。でも、そうか。ヤツは男だったわけだね。僕の予想とは違って。”指切り”は男・・・。」


「残念だった?」


「まぁね・・・。」


「それは性的な意味で?」


「・・・そうじゃない。」


「わたしは性的な意味で、うれしかったかもしれないわよ?」


「ヤったら満たされるなんて、低次元な欲求の消化の仕方だ。君がそういう人間でも、僕は違うよ。見た目が可愛ければなんでも許されるわけじゃないんだ。・・・おっと、説教とかそういうのは趣味じゃない・・・。」


「なによ・・・せっかく、あなた、わたしの好みだったのにな・・・。」


 宇佐美は不貞腐れて後ろを振り向いてしまった。体育座りで僕に無言の抵抗の意志を示している。案外、可愛い女だ。

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