これは魔王討伐を終えたあとの、とある勇者ととある少女の物語~すぐに結婚したけれど~

 勇者。

 それは神に選ばれ、魔王を倒すことが定められているもの。

 神からの祝福を受けたそんな存在。

 勇者は、この度、魔王を倒すことに成功した。それも、ほんのわずかな期間で。

 歴代最高の勇者と呼ばれる存在。





 それが、今代の勇者———エセルト。


 家名が存在しないのは、彼が平民の出だからである。

 歴代の勇者は、魔王討伐を完遂出来た際に神から褒美を受け取っていたという。それは、富だったり、名誉だったり、理想の美女だったり、神は勇者の願いを叶えてきた。

 しかし————、今代の勇者が、何を望み、何を手に入れたのかは勇者自身しか把握していないことだった。






 さて、そんなこの世界を救った勇者は突如、同じ村出身である少女と結婚をした。














 勇者、エセルト。

 たった三カ月で魔王を倒した歴代最強の勇者。





 彼は勇者となって、その名を世界に響かせた。黒髪黒目の美しく強い勇者のことを異性が放っておくわけもなく、彼は多くの美女に迫られた。だけど、彼は一度としてその首を縦に振ることはなかった。





 魔王退治さえも軽々とこなした歴代最強の勇者は、周りに対して興味を持っていなかった。クールと言う言葉がよく似合い、誰も寄せ付けない雰囲気を身に纏っていた。






 ――そんな勇者が選んだのは、何処にでもいるような赤髪の少女だった。






 同じ村で育ったと言っても、その村でほぼ関わり合いはなく、魔王討伐後に同じ街にいようともかかわりはなかった。何故、彼は彼女を選んだのだろうかと、人々は多く噂した。





「勇者様と同じ村の出身なんでしょう? だったら誰も知らない所で愛を育んでいたのよ」

「でもあの女、勇者と同じ村でもかかわりはなかったって言ってたらしいわよ? あの村の人たちも驚いていたって話だし」

「どういうことかしら。こんな急に結婚までするなんて。まさか、あの女が惚れ薬でも盛ったというの?」





 勇者は高嶺の花のような存在だった。どんなに美しい女性が話しかけてもそっけなく、どんなに愛らしい少女が告白をしてもすぐに断る。人に関心が少なく、孤高という言葉がよく似合った勇者。そんな勇者が急に結婚までしたことを人々は噂していた。










「ねぇ、エセルト、私あんたに惚れ薬飲ませたらしいわよ?」




 さて、そんな話は当人たちの耳にまで響いていた。シャーリーはクスクスと面白そうに笑っている。



「なんだそれ」

「私たちが急に結婚までしたでしょう? それで周りは訝しんでならないってところね。お母さんたちも凄く驚いてたし。でもおばさんはそんなに驚いてなかったわね」

「……後から聞いたら母さんは、俺がシャーリーを見てたのは知ってたらしいから」

「そうなのね、エセルトは今回の人生でも私の事ずっと、見てたのね。ふふ」

「何で笑ってるんだ……シャーリー」

「本当にエセルトは私の事、大好きなのねって思っているだけよ。すぐに結婚にまで持ち込んだし。自然さを見せつけるためにはもう少しお付き合いの時間があった方が良かったのかなっても思うんだけど」

「……シャーリーとはやく結婚したかったんだよ。結婚したら今までより一緒にいられるし、何かあってもシャーリーのことを守れるだろ」





 そんなエセルトの言葉にシャーリーは思わず笑ってしまった。本当にエセルトは自分の事が大好きでたまらないのだと実感して嬉しかった。

 ――ただ不満がないわけではない。












 勇者、エセルトがシャーリーのことを心から思っているのは確かである。それはこの何百回も繰り返した世界こそがその証であろう。そこに愛がなければエセルトは途中で心を折り、シャーリーのことを諦めてシャーリーの居ない世界で一生を終えた事だろう。





 シャーリーはエセルトに愛されていることを自覚している。寧ろシャーリーが生きる未来のためだけにエセルトが世界を繰り返し続けたということは、シャーリーにしか執着していないということと同意義である。何故なら、全てを守り抜くなどは勇者であっても不可能なことだったから。






 例えば前の世界では生きていた人が死んでいたり、違う人と結婚していたり、そんな変化が確かにみられる。それは繰り返していた記憶を持っているエセルトとシャーリーしか把握していない事実だが、このシャーリーとエセルトが共に歩む未来を手にするために多くのものが犠牲になっていると言えるだろう。

 例えば最初の人生で村の幼馴染と結婚していた村人が、今回の人生では村を訪れた旅人と恋に落ちて村から出て行ってしまった。最初の人生で確かに歩めていたはずの幸せを繰り返しという力技によって奪ったのはエセルトであると言えるだろう。エセルトは繰り返すことによって変化してしまった他の人物の人生を全て捨てて、ただシャーリーが生きる未来だけを望んで繰り返していたのだ。





 シャーリーのためだけにと繰り返し続けていたエセルトは度重なる繰り返しによって精神をすり減らし、徐々に目的を叶えるためだけの存在のようになっていた。感情を外には出さず、ただ作業のように魔王を退治し、世界を巻き戻す。





 それを繰り返し、ようやく目的を叶え、愛しい少女が隣にいる勇者は徐々に感情を取り戻してきていた。

 エセルトが記憶の中にある昔のエセルトのように笑う事がシャーリーは嬉しかった。愛されている自覚はあるし、新婚生活はある一点を除いては順調であると言える。





 そのある一点とは――、





(なんで、エセルトは夫婦になっても私を抱かないのかしら?)




 そう、勇者エセルトは夫婦になってからもシャーリーの事を抱かなかった。愛されている自覚はある。大切にされている自覚はある。だけど、どうして、夫婦としての営みをやらないのかシャーリーには分からなかった。




(……私は、エセルトの事が好き。私が生き残る未来のためだけに世界を繰り返し続けた馬鹿な幼馴染の事を愛しく思うし、放っておけないと思う。ずっと一緒に過ごしてきた記憶の中で私はずっとエセルトのことだけが特別だった。記憶がなかった繰り返した人生の中でもいつもエセルトの事を考えてた。最期に泣きじゃくるエセルトに泣かないでほしいって願ったり、離れていた時はエセルトに最期に会いたかったななんて考えてたり……。いつも、そうだった。……私もエセルトだからこそ結婚しようと思った。エセルトになら抱かれても構わないって思っているし、エセルトの子供も産みたい)




 シャーリーはそう思ってる。





 目を瞑れば昔の記憶も思い浮かべられる。繰り返された人生の中で、今の人生以外ではエセルトと少なからず関わっていた。





 その中でシャーリーはいつもエセルトのことを考えていた。泣きじゃくるエセルトに泣かないでほしいと願ってたり、会えない時は会いたいと願ってたり――、シャーリーはエセルトのことが好きだ。だから、好きな人に抱かれたいと、その子供を産みたいと思うのは当然だ。





 しかし、エセルトはなぜか抱かない。

 そして、何故エセルトが自分を抱かないのか、シャーリーは聞き渋ってしまっていた。






(やっと、やっと……一緒に居れるようになった。エセルトが私を好きなのは間違いない。でも、それは本当に私と同じなんだろうか。エセルトは私に執着していた。私が生き残るまでずっと繰り返していた。私は愛されてる。そのことは疑いようがないけれど)





 エセルトがシャーリーを大切に思い、愛しているのは事実だと思う。結婚を急いで、シャーリーと一緒にいたいと行動を示していた。いつだってシャーリーを大切にしている。でもそれは、本当のものなのだろうか。——愛とかではなく、ただの執着なのだろうか。





 それが分からなくなってしまった。

 シャーリーはエセルトと幼馴染として生きた記憶を思い出した。エセルトの事をこの世界の誰よりも理解しているという自負はある。馬鹿な幼馴染とこれからずっと一緒に生きていくんだってそう思ってる。

 でも不安になった。






 シャーリーはシャーリーが死んでからのエセルトを知らない。今世では、エセルトと同じ村に居て街にいて、でもエセルトと生きていたわけではない。





 初めての、エセルトと共に生きる事が出来た未来。もし、自分の気持ちとエセルトの気持ちに差異があったら、一緒にいられなくなるのではないか。シャーリーはそんなことを考えてしまっていた。








 *






 エセルトとシャーリーは結婚をしてから、村への挨拶を済ませて一度街に戻ってきている。というのもシャーリーは街で働いていて、その契約期間がまだ終わっていなかったからだ。


 エセルトとしてみれば、この街に留まって注目を浴びて好き勝手言われるのも面倒だったのだが、真面目なシャーリーがせめてキリが良い所まで働いてからと言ったのでしばらくこの街に滞在することになった。






 エセルトは周りが原因でシャーリーが死んだりした記憶があるので、シャーリーを守るためにもなるべく騒がしくない場所で過ごしたいとも思っていた。もしくはせめてエセルトとシャーリーのことで周りが騒がしくなくなるまで、旅をして思い出の地を巡りたかった。エセルトにとってはシャーリーが全てなので、シャーリーが危険ではないように街を去りたかったのだ。

 今も街ではシャーリーという突然勇者の傍に現れ、妻の座を掻っ攫っていった女狐と噂されている。最も、シャーリーの傍にいるエセルトを見て、その噂は徐々に沈下してきているが。





 誰にも興味を持たず、ただシャーリーが生き延びる未来のためだけに生きていたエセルトはシャーリーの前でだけそれはもう幸せそうに微笑む。シャーリーの前でだけ人間味を帯びて、少しずつ感情を取り戻している。





 勇者が少女を心から大切に思っていることを知った者は少しずつシャーリーのことを受け入れてきているのだ。

 ついでにいえば一部の王侯貴族たちは勇者に惚れ薬や洗脳魔法といった物が利かないことも知っている。というのも勇者を傀儡にしようとそういうことを試した馬鹿がいるのである。そのため、彼らに関して言えばそういう類のものが勇者に効かないことは知っている。しかし突然現れたシャーリーについて彼らは調べているようだ。





 最も、そういう輩は全部エセルトが排除している。





 もうこの世界では、シャーリーが死んでもやり直せないのだ。だから、シャーリーのことは守らなければならない。シャーリーに手を出す輩を許せるはずがない。エセルトはシャーリーを守ることばかりを考えていた。もう二度と失わないために、と考えてばかりのエセルトはシャーリーが自分のことで悩んでいることなど露知らなかった。




 ……何百回も魔王を倒し勇者としては優秀だったとしても、エセルトは何百回繰り返した人生で誰かと恋人になった事もなければ結婚したこともない恋愛初心者なのであった。










「ねぇ、エセルト……」

「どうした、シャーリー」

「あんたは、私の事、好きよね?」

「……ああ。シャーリーが好きだよ」

「エセルトは――」

「シャーリー?」

「ううん、何でもない」





 ようやく愛しい少女を手にした勇者は、少女が何度も「好きよね?」と言った確認をしていることに気づかない。彼はただ、少女が隣にいて、笑ってくれるだけで幸せを感じていた。

 浮かれている、ともいえる。

 何百回も記憶を所持したまま繰り返してきた勇者は、少女が生きていて、笑っている――それがどうしようもなく幸福だった。






 *






 あははははっ。勇者ってば、本当に彼女を生き残らせるためにしか生きてなかったから色々と歪だよね。本当見ていて面白いよ。

 繰り返していく人生の中で精神を疲弊させ、何も感じなかった勇者じゃ、色々と分からないのも仕方がないけどさ。折角一緒に居るんだからもう少し年頃の女の子の気持ちとか分かっていればいいんだけど。




 まぁ、あれだけ何百回も繰り返した人生の中で告白さえ一度も出来なかったヘタレ勇者には無理かな。

 このままこじれては欲しくはないけど……、僕は干渉が出来ないし、残念ながら見ていることしか出来ないんだよね。

 ……まぁ、彼女と勇者なら大丈夫かな?



 誰よりも勇者と接してきた神は、彼らを見つめて心配そうに、だけどどこか楽しそうに笑った。






 *








 少女の中に一つの不満はあるものの、勇者と少女の暮らしは平穏に進んでいた。最初の頃は少女の悪口を言っていたものも、少女の前にいる勇者の姿を見てその声を潜めていた。何度か突っかかってくるような存在もいたが、それは少女と勇者の手によって丁重にお引き取り願った。





 何度も何度も人生を繰り返した記憶のある少女にとって夢見がちな少女一人を追い返すぐらいは簡単に出来たのである。


 しかし、厄介な女がエセルトがいない隙にシャーリーに接触する。






「――貴方が、勇者様の妻? 貴方のようなみすぼらしい方が? 何故、あの方は貴方のような方を選んだのかしら。理解に苦しむわ」

「それはエセルトに聞いてくださいませ。王女殿下」




 目の前に現れたのは、黄金の髪を持つ美しい王女である。繰り返した人生の中でパーティーメンバーとなったこともあったが、一度として王女がシャーリーを認めることはなかった。この美しい王女はエセルトに恋情を抱いている。

 そしてただの平民であるシャーリーを、エセルトに大切にされているシャーリーを認めようとはしない。

 久しぶりに対峙したこの王女は、シャーリーの記憶にあるようにやはり強烈だった。




「まぁまぁ、ただの平民でありながら勇者様を呼び捨てにするなんて身の程しらずな。どうやって勇者様の事をたぶらかしたのかしら」





 クスクスとあざけるような笑みを溢す。

 王女の後ろにいる騎士や侍女たちは、王女をいさめようとしているものもいれば、シャーリーに王女と同じような目を浮かべているものもいる。





「私はエセルトをたぶらかしてなどいません。——エセルトが、私を愛してくれているだけです」





 抱いてくれないことに不満はある。自分と同じ感情ではないのではといって不安もある。けれど、その事実は胸を張って言えることだった。






 この世界において、エセルトと幼馴染として過ごしてもいなければ、共に魔王討伐に行った実績もない、幾ら何百回繰り返した世界でエセルトの幼馴染で、エセルトと共に魔王討伐にでかけ聖女と言われた実績があろうとも、このやり直しの効かない世界においてはそれは何の意味もなさない。ただ、シャーリーが胸を張って言えるのは、エセルトに愛されているという事実だけである。






「まぁ!! なんて生意気な。勇者様に相応しいのはこのわたくしですわ。勇者様は魔王を倒した英雄ですわよ。そんな英雄にあなたのようなただの村娘が相応しいわけがないでしょう? 貴方、突然現れて勇者様と結婚したんですってね。勇者様を脅しでもしているのかしら?」

「エセルトは誰かの脅しに屈するような人間ではありません」

「何を知ったような口をっ。勇者様は私と愛し合っているのです! 私は勇者様と一夜を過ごしたこともあるのですよ!!」

「……一国の王女様とエセルトがそんな軽率な真似はしないでしょう」





 そう答えながらシャーリーは少しだけ胸が痛んだ。エセルトはシャーリーを愛してくれている。この目の前の王女様と一夜を共にしたことは恐らくないだろう。エセルトの性格的にそんなことをするはずがない。エセルトは王女を嫌っている。




 だけど――、



(この何百回も繰り返した世界でエセルトが誰も抱かなかったということがあるだろうか。私の事は抱かないけど、誰かのことは抱いたりしたのだろうか)



 そのことをシャーリーは考えてしまった。





 エセルトは自分を愛している。大切にしている。だけど、抱かない。でもこの何百回繰り返した世界で一度もエセルトが誰かを抱かなかったという奇跡があるのだろうが。シャーリーは繰り返した人生の中で誰かとそう言う関係に陥った事はなかった。でもエセルトはどうだろうか。

 それを考えると、シャーリーの心はもやもやした。





「なにを生意気に――」

「何をしている」





 王女が言いつのろうとした時、エセルトが帰ってきた。

 エセルトが冷たい目で王女を見ている。よっぽど王女の事が嫌いなのだろう。それが見て取れてほっとした。それと同時にこういうことでほっとしている自分がちょっと嫌だとシャーリーは思った。







「勇者様っ。こんな小娘より―」

「シャーリー以外要らない。早く去れ。去らないと俺は何をするか分からない。そしてもう二度とこちらに現れるな」





 エセルトはその身に魔力を纏わせてそう言った。エセルトはやっぱり王女を好いてはいないらしい。去らなければ殺すのも厭わないといった様子は何処か狂気じみていると言えるだろう。





「エセルト、私は大丈夫よ。少し王女殿下と話していただけだもの」





 シャーリーがそう言えば、エセルトは少しだけ魔力をおさめた。その隙に動けるようになった騎士たちは慌ててへたり込んだ王女を連れて去っていった。














「シャーリー、大丈夫か? あの女、何か言ってたか?」




 エセルトは王女が去った後、心配そうにシャーリーの方を見る。




「……エセルトと寝た事があるって言ってたわ」

「はぁ? そんなことするわけないだろ。シャーリーも知っているだろ。俺はあの女が嫌いなんだ」




 普段のシャーリーならこんな戯言気にしない。こんな言い方はしない。けれど、自分を抱く事のないエセルトに不満がたまっているからこそ、こんなことを言ってしまう。




「……シャーリー、どうした?」




 少し様子がおかしいシャーリーに、エセルトは顔を覗き込むように問いかける。


「……どうして」

「え」

「……どうして、エセルトは、私の事を抱かないの?」


 そしてシャーリーは中々聞けなかったことをついに口に出してしまった。この言葉で関係が壊れてしまうのではないかと不安で仕方がなくて、言えなかった言葉。

 だけど、どうしても口から出てしまった言葉。






「え」

「私たちは夫婦になったわ。エセルトが、私の事を愛してるといって、私も答えた。でもエセルトは私のことを抱かないわ。私は、エセルトのこと、ちゃんと一人の男として大好きよ。記憶の中にある私もずっとあんたを大好きだった。だから、私は……あんたに、だ、抱かれたいって思ってたのよ!! でもあんたは全然、私に手を出さないし。それに何百回もやり直しているあんたは沢山異性にもててて、そういうこと他の人としてたんじゃないかって思うと、私ってあんたにとって何なのって思ったの……。ねぇ、エセルト――、あんたは、ちゃんと、私のこと、好きなの? ……私と、同じ、好きなの? わ、私ってそんなに、魅力ないの……?」






 一気に言ってしまった言葉に、思わずシャーリーの目から涙があふれてしまった。






 分からなかった。エセルトの気持ちが本当に自分と同じなのか。そして繰り返した人生の中で誰かを抱いたのかと思うと、胸が苦しかった。

 思わず下を向いたシャーリーに、エセルトの声が響く。





「シャーリー、ごめん!!」




 そう言って、エセルトはシャーリーのことを抱きしめた。





「……それは、何に対しての謝罪?」

「……俺は、シャーリーが隣にいるだけで嬉しかった。生き残らない未来ばかりしかなかったシャーリーがようやく生き残る未来が来て嬉しかった。シャーリーが傍にいるだけで……俺は幸せで満足してしまってた。シャーリーが生きているのが嬉しくて、もうやり直しのきかない世界だからシャーリーが死なないようにってそれしか俺考えてなかった」

「……それは、知ってるわ。でも、どうして抱かないの」

「シャーリーが隣にいるだけで満足してたから……。それに、シャーリーが大事だからそんなに簡単に手を出せないし、……あと、俺と関わるとシャーリーは死んだから、肉体関係まで持ったらどうなるんだろうって怖かったし……。というか、本当俺はシャーリーが横にいるだけで幸せで、生きているだけで十分で、それしか考えてなくて」







 そんなことを言うエセルトにシャーリーの体からどっと力が抜ける。







 幼馴染が馬鹿なことを知っていたはずだった。馬鹿であきらめが悪いからこそ、これだけシャーリーを残らせるためだけに世界を繰り返してきたのだ。

 エセルトはシャーリーが生きているだけで十分だった。それだけで幸せで、それ以外を考えられてなかった。あとヘタレで手を出せなかったというのもあるが。一番の理由は隣にいるだけで満足していたからである。繰り返し過ぎて精神が疲弊している勇者に普通の感覚は通じない。






 顔をあげたシャーリーは、




「ばっかじゃないの!」




 自分より背の高いエセルトの頬を両手でたたいて真っ直ぐにエセルトを見た。




「シャ、シャーリー?」

「エセルト!! 私もあんたも、生きてるのよ!! 何よ、あんたは私がただ生きてさえいたら満足だっていうの!? あんた、繰り返し過ぎていたからって自分の欲まで抑え込んでんじゃないわよ!! 私はね、あんたにしてほしいことが沢山あるわ。エセルトと一緒にしたいことも沢山あるの!!」




 シャーリーはエセルトに怒鳴りつけるように言った。

 シャーリーはエセルトの言葉に言いたいことが沢山出来た。





「そして私はあんたと対等で居たいの!! 私がやってほしいことが沢山あって、一緒にしたいことも沢山あるっていうのに、あんたは私が生きてればいいなんていうの!? それじゃあ私ばかり与えられてばかりじゃない!! 繰り返した人生の中でエセルトは無欲にならざるを得なかったのかもしれないわ。私があまりにも死ぬから、私が生きている未来さえあればいいってそう思ったのかもしれない!! でも、今はその未来をつかみ取ったのよ。他でもない、エセルトが」





 勇者エセルトは何百回と繰り返してきた人生の中で、大切な少女があまりにも死に過ぎるため、ただ彼女が生き延びるだけの未来を望み続けた。生きてさえいいと、それだけを望んだからこそエセルトが一度も関わらないシャーリーの今世が出来たのだ。エセルトはシャーリーを生き残らせるために無欲にならなければならなかった。




 だからこそ、シャーリーが生きてさえいればいいなんていう。

 けれど、そんな無欲のままでいることをシャーリーは認めない。





「エセルトがこうしてつかみ取った未来なの。エセルトが何百回もやり直したからこそ、私は今生きているの。なら、エセルトはもっと我儘になりなさい。そしてもっと、欲を言いなさい! 今までの人生で無欲にならざるを得なかったっていうなら、私がエセルトを我儘にしてあげる! もうあんたはそんな風である必要はないの。もっとやりたいことを言って、もっとやりたいことをやって、自由に生きていいのよ!! それに私を守らなきゃって。私も死にたくないからいざって時はあんたに守られるのは仕方ないけれど、そんなに過保護にはならなくていいわ。さっきも言ったけど、私はエセルトと対等でありたいの。エセルトに守られ、保護されるだけの存在になんてなりたくないわ。エセルトは? 私を守られるだけの籠の鳥にでもしたいの?」




 一気に言いきった言葉にエセルトはしばらく無言だった。だけど、次の瞬間笑った。


「はははは……、本当、シャーリーはシャーリーだなぁ」

「なによ、それ」

「ごめん、シャーリー。俺は確かに、シャーリーさえ生きてたらいいって思ってた。シャーリーが生きてさえいれば他はどうでもいいって。シャーリーが幸せならなんでもいいって。シャーリーを守って、シャーリーとずっと一緒にいるって決めたけど、俺、自分が何をしたいかとか考えてなかった。ただシャーリーが生きていればいいってそれしかなくて、俺がシャーリーと結婚して何をしたいかとか何も考えてなかった。俺は、シャーリーを籠の鳥になんてする気はなかったけど、結果としてそうしようとしてたのかもしれない」







 エセルトは言う。何百回も繰り返してきた人生の中でそんな気持ちなんてなくなっていたのだと。







「私だけ幸せになっても意味がないじゃない。あんたも、我儘をいって、やりたいことをやって幸せになるよ。……ずっと繰り返してきたからあんたは我儘の言い方を忘れてるのかもしれない。やりたいことをやりたいっていう気持ちも忘れてるかもしれない。でもね、それじゃあエセルトが幸せになれないでしょう。生きてるって言えないでしょう。私は……エセルトにも幸せになってほしいのよ」

「うん。ありがとう、シャーリー。俺、全然、そういうの気づいてなかった」





 そんな会話をして、エセルトとシャーリーは笑いあった。






「ほんとうに、あんたは馬鹿ね。よし、エセルト。エセルトは私のこと、ちゃんと私と同じ気持ちで愛しているのよね?」

「ああ」

「なら、私のこと、抱けるわよね?」

「はっ!?」

「何よ、私と同じ気持ちで愛してるっていうのは嘘なの? 愛してるならそういう気持ちもあるでしょ?」

「う、嘘じゃないけど、そういうのはちゃんと――」

「はいはい。いいからベッドに行くわよ。エセルトのペースに任せてたんじゃ、一生そういうことにならないじゃない」

「シャ、シャーリー、ちょ、まっ」





 ……シャーリーは無理やりエセルトをベッドに連れ込むのだった。その後のことは想像におまかせする。ただ翌日、シャーリーは今まで悩んでいたのが嘘のように幸せそうに微笑んでいた。












「ねぇ、そういえば結局聞き忘れたけどエセルトはやり直してきた人生で誰かとそういう関係になったりしたの?」

「……なるわけないだろ。俺が好きなのはシャーリーで、その……そ、そういうことをしたいのもシャーリーだけだ」

「ふふ、本当にエセルトは私のことが好きね」





 そうして、勇者と少女は笑いあうのだった。

 勇者は少女が傍にいることで、自分の欲を出していく。

 少女とああしたいとか、こうしたいとか。

 何が食べたいとか、これをやりたいとか。

 そんな小さな欲でも、勇者が発する望みは少女にとって嬉しいことで。

 叶えられる範囲の望みを少女は叶えていく。そして少女も勇者に望みを言う。




 そこにあるのは対等な関係だ。





 王女も追い返し、ただ幸せそうに笑う二人は何処からどう見ても相思相愛の夫婦でしかなかった。










 *








 あはははっ。流石、彼女だね。

 勇者はヘタレだからあのぐらいの相手の方が丁度いいよね。本当に良かった。

 離縁でもしたらって少しハラハラしていたけど、やっぱり勇者が愛し続けた彼女は強いね。

 ああいう子だからこそ、勇者は彼女をあいしたんだろうけど。

 やっぱり見ていて面白いね。……見ていること知ったら勇者は怒りそうだけど、まぁ、勇者は分からないだろうし、たまに覗こうと。






 神は笑う。

 あまりにも覗きすぎて、上位の神に怒られるぐらいにその神は勇者と少女を気にしてる。








 ―――――これは魔王討伐を終えたあとの、とある勇者ととある少女の物語~すぐに結婚したけれど~

 (何度も繰り返し続けた勇者の精神は歪になっている。けれど、勇者の傍に少女がいるからこそ、勇者はちゃんと生きていく)

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