これは魔王討伐を終えたあとの、とある勇者ととある少女の物語~勇者side~
勇者。
それは神に選ばれ、魔王を倒すことが定められているもの。
神からの祝福を受けたそんな存在。
勇者は、この度、魔王を倒すことに成功した。それも、ほんのわずかな期間で。
歴代最高の勇者と呼ばれる存在。
それが、今代の勇者———エセルト。
家名が存在しないのは、彼が平民の出だからである。
歴代の勇者は、魔王討伐を完遂出来た際に神から褒美を受け取っていたという。それは、富だったり、名誉だったり、理想の美女だったり、神は勇者の願いを叶えてきた。
しかし————、今代の勇者が、何を望み、何を手に入れたのかは勇者自身しか把握していないことだった。
さて、今代の勇者、エセルトの話をしよう。
エセルトは魔王討伐を終えて、とある街に滞在している。黒髪黒目の美しい顔立ちをした勇者は魔王討伐後、王女に望まれ、国に望まれ、神殿に望まれ――、様々な地位を提示され――、だけれどもそれを全て蹴って、この街に滞在していた。
彼の目的を知るのは彼自身だけである。
――この街には、彼が誰よりも幸せになってほしい存在がいる。それは同じ村、出身の少女であるシャーリーである。
……この時間軸では関わった事も一度もない、少女。だけれども、エセルトにとっては誰よりも特別で、誰よりも幸せになってほしいと望んでいるただ一人の少女だった。
エセルトは、ただ彼女に話しかけることはなく、彼女の事を見つめているだけだ。赤髪が特徴的などこにでもいる少女。その彼女のことを、勇者が気にかけていることを誰も知らない。
――そもそもなぜ、勇者が彼女を大切に思っているかと言えば、一番目の魔王討伐時に話は戻る。
魔王を討伐することによって、勇者は神に願いを叶えてもらうことが出来る。
一度目の魔王討伐時の時間軸にいて、勇者エセルトは少女シャーリーと最も長く関わっていた。幼い頃、それこそ物心がついたころから、エセルトの傍にはシャーリーがいた。
ずっとそばにいた同じ年の女の子は、エセルトにとって何よりも大切な少女だった。
エセルトが勇者として選ばれ、白魔法に適性のあったシャーリーは共に魔王討伐の旅に出かけた。その旅において、王女や騎士たちと共にパーティーを組んだ。
シャーリーはその旅の中で、魔物の襲撃により死んだ。エセルトの目の前で、血だまりの中で命を失った。
……エセルトにとって、シャーリーは特別な少女だった。
昔から共にいて、共に過ごし、共に歩んできた。失った時に初めて、彼は彼女が何よりも大切で、彼女に特別な感情を抱いていることに気づいた。
そこからは、屍のように彼は魔王を倒す旅をつづけた。
シャーリーが居ないこの世界なんて、無くなってしまってもいい。そうとさえ思っていたぐらいだった。それだけ彼にとってはシャーリーという少女は特別で、彼女が死んでしまったことで、彼の世界は色を失った。
それでも彼が魔王討伐を行ったのは、勇者が神に望みをかなえてもらえることを知っていたからだ。
長い年数を得て、勇者は魔王を倒した。
長い年数をかけて魔王を倒した彼が望んだのは、彼女のことだった。しかし、幾ら神と言えども死んでしまった人を生き返らせるのは許されないことだった。だから、彼は巻き戻しを望んだ。
数年もかかった魔王討伐の旅を、彼女が生き延びるためなら何度繰り返しても構わないと彼は神に告げた。
神は呆れた顔で「いいよ」と口にしながらも、どうせこの勇者も何度も繰り返せば諦めるだろうと考えていた。
何故なら、神がこのような望みをかなえるのは一度目ではない。
勇者の周りは特別な運命が巡っていて、その運命は覆ることは中々ない。だからこそ、一度やり直したあと、その運命を受け入れるものばかりだった。
魔王退治という過酷な旅を、何度も何度も繰り返すことは勇者と言えど出来ることではないのだ。それは精神的にも肉体的にも。繰り返すという過程の中で、ただ一人だけ前の記憶を所持する。そして何度も何度も繰り返す――。それは精神的にも耐えられるものは然う然う居ない。
すり減っていく精神――。その中で歴代の勇者は諦めて、受け入れてきた。
だからこそ、神は彼もそういう勇者だと思ったのだ。幾ら、少女の死を望まなかったとしてもその運命を覆すのは大変なことなのだ。その途中で、勇者は少女の死を受け入れるだろうと考えていた。
けれど、彼はあきらめなかった。
*
少女は何度も命を落とした。
彼の目の前で、何度も何度も。その命の灯が消えるのを、数えきれないほどにエセルトは見てきた。
その何度も何度も繰り返す人生の中で、少しずつ変化を作っていった。どうすれば、シャーリーが死なないと、ただそれだけを望んでいた。そのためだけに、少しずつシャーリーと関わる頻度を変えていった。
最初の方のやり直しでは、シャリーが死んだ直前に戻してもらっていた。でも死因を省いても死ぬ。だから次に、魔王討伐旅に向かう直前に戻してもらう。シャーリーと仲良く過ごした幼少期を抱いて、旅に出かけた。シャーリーも共に旅に出かけた。けれど、その前の死因を幾ら省いても、何度も何度もシャーリーは死んだ。
彼女は死ぬ。
「……シャーリー」
何度も何度も彼女を失って、物言わぬ死体を抱えて、エセルトは涙を流した。何を変えても、彼女は死んでいく。殺されていく。
最初の頃は王女たちもつれてのパーティーだった。その中で、王女はエセルトに恋慕を抱き、シャーリーの事を疎ましく思っていた。
勇者という特別な存在の幼馴染が、白魔法が得意とはいえ平民の少女であるというのが認められなかったのだ。
エセルトがシャーリーを特別に思っていたことは、パーティーメンバーも知るところで、王女はシャーリーを邪魔に思っていた。わざと危険な場所に飛び込ませたり、エセルトと仲違いをさせようとしたり、王女が原因でもシャーリーは死んだ。いや、王女だけではない。騎士や王女の身の回りの世話をする侍女が原因で亡くなったりもした。
それだけ運命という力は強く、シャーリーという存在は驚くほどに沢山の要因で死んだ。
何度も繰り返してもエセルトはあきらめない。次にパーティーメンバーを変えてみた。王女たちではなく、募集して向かってみた。
しかし、それでもシャーリーは死んだ。
あらゆる要因で、シャーリーは死んでいく。何度も何度も繰り返して、シャーリーは命を落とす。
あきらめの悪い勇者は、数えきれないほどに神に願った。
やり直すことを。
*
あきらめの悪い勇者を前に神は呆れたように笑った。
次に会う時には、もうあきらめるというのではないかとそう思っていた。でも勇者は富でも名誉でもなく、彼女が生きる道を望み続けた。
彼女に死なないでほしい。
彼女に生きてほしい。
そう願い続けて、どうしてもシャーリーが死ぬから徐々にやり直す時間を変えていく。少しずつ少しずつ、子供の頃に戻っていく。
けれど、一緒に旅に出なくても、シャーリーは死ぬのだ。
村で魔物に襲われて死ぬ。崖から落ちて死ぬ。盗賊に襲われて死ぬ。
――少女はいつだって、死んでしまう。
それは総じて、エセルトが勇者として選ばれ、魔王討伐の旅に出かけてからのことだ。いつも、少女は命を落とした。
何十回、何百回――数えきれないほどの時を、勇者エセルトは繰り返した。
――ただ、少女に生きてほしいとその望みだけを抱いて。
*
もう何度目の繰り返しなのか、エセルトは思い出せないほど繰り返している。
あきらめればいいのにと神は笑った。
けれど、エセルトは諦めることは出来なかった。
それは意地だったのかもしれない。シャーリーに感じている特別な感情は、一度目の人生ほど純粋なものではなくなっていた。
――それは執着ともいえる感情なのかもしれない。
彼女が特別で、彼女に生きていてほしいと思い込んでいただけなのかもしれない。
けれど――、勇者が守りたかったものは世界でもなく、少女だった。勇者が生きてほしかったものは、世界でもなく、少女だった。
少女が居ない未来なんて、考えたくもなかった。
魔王討伐後に、「お疲れ様、エセルト」と笑ってほしかった。
「おかえり、エセルト」と笑ってほしかった。
彼女が笑って、幸せでいてくれるのならばそれだけで構わないと思ってた。
――だから、中々、彼女自身と関わらないやり直しを決行出来なかった。
繰り返していくやり直しの時の中で、少しでも彼女と関わる事をエセルトは望んでいた。しかし、少しでも彼女に関わった人生では、彼女は命を落としていった。
――関わらないからといって、彼女が生きるとは分からなかった。
だけど、一種の賭けだった。
最初から初めて、彼女に関わらない人生を歩むことにした。
けれど、それは「おかえり」と彼女に笑ってもらえない道だった。親しい者に見せる笑みを、きっと彼女は浮かべてはくれないだろう。ただ同じ村にいたけれども、ほとんど関わったことのない勇者になんて。
それに、もし仮に、彼女に関わらない道で彼女が生き延びたとしたら、その後、彼女に関わることは恐ろしいと感じていた。
――そして一度目も少女と深く関わらなかった人生で、少女はようやく生き延びた。
そのことにエセルトは歓喜した。神も、長い付き合いになった勇者の望みが叶った事を喜んだ。
ようやくだね。
―――ああ。
でも、いいの? これで。
――構わない。
じゃあ、望みはどうする?
―――あいつが、幸せになりますように。
君はぶれないね。了解。
―――ああ。
そして、勇者は彼女の幸せを望んだ。
*
勇者エセルトは、少女シャーリーに関わることを恐れていた。けれども、シャーリーの姿が見えない場所で生きる事が嫌だった。
何度も何度も繰り返して、ようやく生き延びてくれた勇者エセルトの一番の宝物。何よりも大切な少女。関わることを恐れながら、姿だけは見たいと望んだ。
だからエセルトはその街に滞在していた。
ただ、少女シャーリーの姿を見たいというただそれだけの理由で。
服屋で働いているシャーリーを見るだけでエセルトは幸せだった。ただ彼女が魔王討伐後も生きている、それだけの事実がエセルトにとっては涙が出るほどに嬉しい事だった。
(ああ、シャーリーが生きている。元気そうにしている……)
それを思うだけで、エセルトは嬉しかった。
それだけ繰り返し続けた勇者にとって、少女が生きていることは奇跡だった。そして少女が死んでしまうことを恐れていた。今度死んでしまえば、もうやり直せないから。
だからエセルトはシャーリーに話しかけない。
けれど、彼女の姿を見たいから、元気な様子を知りたいから、いつも彼女を見つめていた。
彼女がどんなふうに過ごしているか把握して、彼女に危害を加えそうな要因がないかを調べる。
エセルトは何度も人生を繰り返していたため、精神年齢はすさまじい事になっていた。そんなエセルトはやり直した記憶を全て持っている関係で、周りに中々興味を持てない男に成長していた。
ただシャーリーが死なないように、それだけを望んで繰り返してきたエセルトの魔王討伐後の趣味はシャーリーの様子を見ることだけだった。
願いを叶える前も、願いを叶えた後も、エセルトの頭の中はシャーリーのことしかなかった。
女性に多く囲まれていても。
王女や貴族令嬢から手紙をもらっても。
――どれだけ異性に好かれようとも、エセルトにとって特別な女の子はシャーリーだけだった。
だから、彼は誰の手も取らない。
*
ある日、関わらないようにしていたのにエセルトはシャーリーにぶつかってしまった。
――これだけ近くでシャーリーに触れたのは、シャーリーを感じられたのは久しぶりだった。だから表情を変えてしまった。
……これだけ近くに、シャーリーがいる。それを感じただけで近づきたくなってしまった。
シャーリーに近づいて、シャーリーと話し、シャーリーに触れたい。そんな願望は、エセルトの中には当然あった。生きてさえいてくれたらそれでいいと望んでいたはずなのに。それなのに、少し近づいただけで傍に近づきたいと望んでいる自分にエセルトは呆れた。
(俺が近づけば、シャーリーは死ぬかもしれない。俺が全く関わらなかった人生でシャーリーは生きた。もうやり直せない。だから、関わってはいけない。……でも、シャーリーに「おかえり」って笑ってほしい、そんな気持ちが湧いている。………生きてさえいてくれればいいと思っていたはずなのに)
エセルトはそう考え、シャーリーと関わらないことを改めて決意する。
だけど――予想外の事が起きる。
「魔力……シャーリーの」
白魔法を一度もたしなんだことがないはずの、今のシャーリーが白魔法を使った気配を感じた。
白魔法の適性はあっても、勇者と一度も関わらずに魔法を学ばなかったシャーリーがそんなものを使えるはずがないのに。でもそれは確かにシャーリーの魔力だった。エセルトが慣れ親しみ、心地よいと感じる特別な少女の魔力。それをエセルトが感じ間違えるはずがなかった。
エセルトは戸惑った。
あるはずがないことが起こった。けれども、エセルトはシャーリーに関わることをしたくなかった。だから、気にしながらもただ見つめるだけの日々に戻るはずだった。
でも、『聞きたいことがあります。一人で裏通りの1番街のはずれに来てください』と今のシャーリーが知るはずもない暗号文をシャーリーが書いた。
それは、最初の方の巻き戻しで、シャーリーとエセルトが子供時代に作った暗号文。この暗号文を作って遊んで、二人で笑いあった。
今の、一度もエセルトと関わったことのないシャーリーが知るはずがない情報だった。
だから、エセルトは戸惑った。
(どうして記憶を覚えていないはずのシャーリーが、この文字を使っているんだ……。覚えてるのか?)
戸惑いを感じながらも、エセルトは少しだけ期待している自分にも気づいて馬鹿らしいと思った。自分が何度も死んだ記憶など愛しい少女に覚えていてほしいはずもない。ただ生きてほしいと願っていたはずなのに、覚えているなら笑いかけてくれるだろうかと馬鹿みたいな期待を感じていた。
矛盾する気持ちを抱えているエセルトはシャーリーに呼び出された場所に向かった。
「……覚えて、るのか」
我ながら絞り出すような声で驚いた。
「覚えて、いるって?」
「……あの文字使ってただろう」
「……何だか、思い浮かんだから。なんであんな文字、知ってるか知らないの」
「……そうか」
覚えていない。なのに、あの文字を使っている。その矛盾にエセルトは頭がこんがらがっていた。何故、どうして――、その気持ちでいっぱいだった。
そして真正面からシャーリーを見た。久方ぶりにシャーリーを間近で感じ、シャーリーの声を聞く。ただそれだけで愛しさが芽生えてくる。我慢をしなければ、抱きしめてしまいたい。もっと声を聞きたいとそんな願望さえもあふれてくる。
――こ
の時間軸で、一度も深く関わった事がない相手が親し気に話しかけてくるなんて相手からしたら気持ち悪いことだろうに。それでもシャーリーと関わってきた記憶を全て覚えているエセルトは、関わるのを恐ろしいと感じながらも、関わりたい気持ちも確かに持っていた。
その気持ちを振り払うために、声をかける。
「……魔法、使っただろう」
「え?」
「魔力感じた」
「………え、ええ。なぜか分からないけれど、使える気がして」
「……そうか。それで、聞きたいこととは」
「……私と、貴方はかかわりがある?」
「それは、一番自分でわかるだろう」
「……私は、エセルトとかかわりはほぼないと思っている。同じ村出身なだけで」
「なら、そうだろう」
「なのに、夢を見る。私が、エセルトと仲良くしていた夢。一人で旅に出た勇者が数人で旅する夢。私が……魔法を使って人を助けている夢。そんな、記憶ないのに」
「………なら、そんな記憶はないと切り捨てたらいい」
「切り捨てられないわ。エセルトは、何か知っているんでしょう? だったら、教えて。この記憶は何? さっきの覚えているのかって何?」
「……気にするな。シャーリーは、俺に関わらない方が、いい」
「待って!!」
シャーリーの話を聞いたエセルトは、制止する声を無視して踵を返した。
その心の内は、
(あいつ、余計なことをしやがったな!!)
という神に対する罵倒の言葉を感じていた。
*
(おい、何でシャーリーが記憶を思い出してんだ。聞いてるだろうが)
エセルトは神殿で、神に対して話しかける。
エセルトを何度も繰り返させ、長い時の中を関わってきた神に対する言葉を心の中で告げる。
(聞いてるだろうが、返事をしろ……! ってやっぱり返ってはこないか)
返事をしてほしいとエセルトは思う。説明をしてほしいと。だけど、返事はない。それも当然と言えば当然だった。あの神は、もう二度と会う事はないだろうけどと最後に口にしていた。
――願いを叶えられておめでとう。ようやくだね、よかったね。
そう言って笑った神は、もう二度と会う事はないだろうと言った。
だけど、エセルトはシャーリーの記憶が夢として形に現れている事が納得がいかなくて、何度か神殿で神に怒りをぶつけた。
返ってこない返事にいら立ちを感じていたある日、シャーリーが倒れた事を聞いた。
エセルトは、今の時間軸でシャーリーに関わった事がなかったのに、血相を抱えてシャーリーの元へ向かってしまった。
そして眠る彼女が生きていることを確認すると、ほっとした。そしてはっとなってすぐに飛び出した。
神殿で祈りをささげて倒れた彼女。
何故倒れたのか、理解してしまった。きっと、彼女は思い出している。前兆はあった。
勇者は神殿に向かい、声を上げて、神に怒りをぶつけた。
けど、やっぱり返事はなかった。
*
シャーリーが倒れて、数日、エセルトはどうするべきか考えた。
関わってしまえば、シャーリーは死ぬかもしれない。今すぐ姿を消すべきだろうか。しかし、シャーリーの事が心配だとも感じた。シャーリーが目を覚ますまでは……そんな風にずるずる考えているうちに、シャーリーが目を覚ました。
だけど、会っていいのか分からない。会わない方がいいのではないかと、目覚めたシャーリーに会いに行くこともせずにエセルトはこの前、シャーリーと話した場所にただ突っ立っていた。
そして、今までの記憶を思い返した。
シャーリーと過ごした幼少期、一度目のシャーリーの死、何度も繰り返した人生、その中で驚くほどに何度も何度も死んだシャーリー、そしてようやく生き延びてくれたシャーリー。
思い出されるのはシャーリーとの記憶ばかりだった。
何度も何度もやり直して、擦り切れていった精神の中で、ただシャーリーが生き延びることだけを望んでいた。後半になればなるほど、他の者を気に掛けるような人間味は失われ、シャーリーにだけ執着し、シャーリーへの思いだけがやり直す日々の中で残った。勇者エセルトの中に残ったただ一つの人間としてのすり減らなかった感情――それがシャーリーへの気持ちだと言えるかもしれない。
一度目の人生から今の人生までの間に、エセルトも変化していった。
一番最初のエセルトとシャーリーとは変わってしまっている。それでも、エセルトはただシャーリーが大切だった。
「エセルト!!」
シャーリーが、俺の名を呼ぶ声がする。
俺の事を、昔と同じように呼んだシャーリー。それが嬉しくて、だけど、複雑だった。
「……やっぱ、思い出したのか。あいつ……」
「神様にあいつなんて、言わないの! それに思い出したのは、私がそれを願ったからよ!」
「なんで……だよ。何度もやり直した記憶なんてあっても辛いだけだろ!」
「忘れたくなかったから、に決まっているじゃない!! 大体、思い出してみて思うけど、あんたどれだけやり直しているのよ!! 私が死ぬ運命だったっていうならそれでいいじゃない。あんなに、記憶が残ったままやり直すなんて———!!」
ああ。シャーリーが俺の前にいる。俺に対して怒ってる。俺が記憶を残したまま数えきれないほどやり直したことをシャーリーは怒ってる。
神に対する怒りが湧く。だけど、それと同時にシャーリーが俺の名を呼んで、笑いかけてくれることが嬉しかった。
「シャーリーが死んで、良いわけあるか!!」
「だからって、あれだけやり直すなら普通諦めるでしょうが! あんた、どれだけ私のこと、好きなのよ!」
「……好きで、悪いかよ」
「……悪くないけど、そこで照れないでよ。私も恥ずかしくなるじゃない」
シャーリーに「好きで、悪いかよ」なんて好きという気持ちをほのめかした気持ちを言うのなんて初めてだった。
この数えられないほどの人生の中で、異性に迫られることは何度もあった。整った顔立ちを持ち、誰よりも強い魔王を倒した英雄。
そんな存在がモテないはずがない。
だけど、エセルトの大切にしている存在はシャーリーだけだった。
「あれ、でしょ。あんた、私に関わるなといいながらこの街にいるのも、私と同じ街にいるためとか、なんでしょ、どうせ」
「……ああ。悪いか」
「悪くは、ないわ。でも関わりたくないならここにこなきゃよかったのに」
「……それは、俺が嫌だったから」
「大体諦めてもよかったのに。私は、死ぬたびに、エセルトが苦しまなければいいって、幸せになってくれればいいって……。無事に魔王を倒してくれればいいって思ってたのに……。エセルトは……、魔王を倒してもまた、やり直して。やり直して……魔王を倒せなかったらどうするつもりだったの」
「その時はその時だ。シャーリーも、俺も死んだってだけだろう」
「……世界が大変なことになってたわよ? きっと。魔王を倒すのも大変なことなのに」
「もう慣れたからさっさと倒せるし、途中からはただの作業だった」
何度もやり直してきた。その戦闘経験はエセルトの体に刻まれていた。魔王は毎回同じ魔王だった。だから、勝てないことなど考えてもいなかった。エセルトにとって、魔王退治はシャーリーを生き延びさせるための通過儀礼でしかなかった。
「エセルト、私、あんたとこれからかかわって生きていくから。エセルトに拒否権はないから」
「待て。シャーリー。思い出したのは、わかるが……俺とかかわって何度死んだと思っているんだ。もうやり直せない、のに」
「……だから、何? 私はエセルトの傍に居たいもの。私は私のやりたいようにするわ。……というか、エセルトのことだから、どうせ、最後の神への願いも私に関することでしょう?」
「………」
「無言ってことは図星ね。なら、大丈夫じゃないかしら」
エセルトは、シャーリーの言葉に無言になる。
(ああ、シャーリーだ。俺に一切のためらいもなく意見を言ってくる。そして俺の事を分かってくれている。シャーリーが生きていてくれている。目の前にいる)
その事実が、俺は戸惑いと嬉しさを感じていた。すべてを覚えている事実に、何とも言えない気持ちと神への怒りは芽生える。けど、それでも、目の前に愛しい少女がいることに心が温かくなる。
「ねぇ、エセルト。あんた、今までの記憶の中で、ただの一度も、私のこと、なんて思っているか言ってくれたことないんだけど」
「……っ」
「さっき、私のこと、好きだって認めてたわよね? 今までの記憶からエセルトの思いなんてバレバレだけど、ちゃんと、聞きたいわ」
シャーリーにそんな言葉を言われて、仕方がないとエセルトは諦める。
「――――シャーリー」
そして、シャーリーの名を呼んだ。そしてその小さな体を抱きしめる。
「生きててくれて、ありがとう」
「……うん」
それは心の底からの言葉。生きていてくれて、ありがとうとその言葉しかエセルトには出てこない。
「―――愛している」
「うん、私も」
そして告げた言葉に二人で笑いあった。
「なぁ、シャーリー……お帰りっていってもらっていいか?」
「……急にどうしたの?」
「……俺、魔王討伐が終わった後、シャーリーにお帰りって笑いかけてほしいって思ってたから」
「そうなの? なら、幾らでも言ってあげる。お帰り、エセルト。エセルトの帰る場所は、ずっと、私の隣ね」
「ああ」
「ふふ。エセルトは、本当に私の事が好きね。……皆、どうして私たちがって驚いているわ。お母さんとお父さんも」
「……おじさんとおばさんか。あまり関わってこなかったから」
「ええ。ねぇ、エセルト、村にも顔を出しましょう。色々聞かれるかもしれないけれど、私はエセルトとの思い出の場所を巡りたいわ。ううん、村だけじゃなくて他の場所も――」
「ああ。そうだな。村の皆にも会いたいな」
エセルトがそんな言葉を発せられるのは、側にシャーリーがいるからだ。繰り返していった人生の中でエセルトの精神はすり減っていった。作業のように繰り返していく中で、シャーリー以外のものへ対する関心も減っていった。
そんなエセルトが、シャーリーが傍にいて、笑いかけているからこそ、その心を正常へと戻していく。
シャーリーの傍にいるエセルトは、今までのエセルトが嘘のように優しく笑う。どんな時でも戸惑うことなく、いつだって何もかもそつなくこなし、表情を変えることもなかった勇者が、一人の少女の前では勇者ではなくただの少年へと変わっていた。
だからこそ勇者の傍に現れた少女に周りは驚きながらも、勇者が少女を大切に思っていることを知っているからこそ少女の存在を認めていた。
中には少女の存在を認めないといった存在もいたが、それでも長い時間の中で太い絆に結ばれている二人を引き裂くことなど出来ない。
この世界でただ二人、繰り返してきた時間を全て覚えている。——そんな二人は、寄り添いあって、勇者が救った少女が生き延びた世界で生きている。
勇者と少女は、幸せそうに微笑みあう。
少女の前では勇者は微笑む。
少女が隣にいるから勇者はその心を取り戻しくいく。
――勇者は神への怒りを感じながらも、少女が生きて、側にいてくれることに幸福を感じている。
傍にいれば死んでしまうのではないかと不安になっていたが、側にいる少女は元気そうに微笑んでいる。
隣で少女が笑い、声を上げる。
それを感じるだけで幸せだった。
その幸福を感じると、神への怒りも薄れていった。
――シャーリーに記憶を戻してくれたことを結果的に感謝するしかないか。
とそんな素直じゃない感謝の気持ちを心の中で神に向かって告げるのだった。
そして勇者と少女は共にいる。それは、このやり直しの効かない人生が幕を閉じるまでずっと続くことだろう――。
―――――これは魔王討伐を終えたあとの、とある勇者ととある少女の物語~勇者side~
(何度も何度もやり直した勇者は、少女への思いだけを胸にそれを成した。そして数えきれないほどの人生の先で、勇者は少女と共にある)
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