第20話 貴族の中の貴族
「そういえばだけど、リリアローネ様って、確か俺たちより一つ下だよな?」
「ええ。十二歳だったはずよ」
緊張を紛らわすために、俺は歩きながら誰もが知っているような事実を話題に出す。
答えてくれたツェリアの表情も、緊張からか少し強ばっていた。
「なんか、すごいよな……。正直に言うと、そんなすごい人と会えるなんて今でも少し信じられない」
「だよな。だけど、会えるからには、少しでも俺たちと会話をしてもらえるよう、全力を尽くすのみだ」
「そうね。頑張りましょう」
「そうだな」
……言葉が続かない。
それから、しばらく沈黙が続く。
沈黙が破られたのは、貴族区域と平民区域を分ける門が見えてきたあたりだった。
「ええと、あの門の守衛さんに文を見せて、中に入ったら中心の大きい建物まで歩くんだよな」
「うん。中に入ればわかるはずだ」
貴族区域と平民区域をわける門は、シンプルだけどやたらと魔法核が埋め込まれている壁の一部にはまるように佇んでいた。その前では、数人の守衛さんが通行人を睨むように監視している。正直、見た目からしておっかない。
守衛さんの余所者を排除するような視線に耐えながら門に近づいた俺たちは、やっと守衛さんと話せる位置にたどり着き、ほっと息を着く。
「すみません。リリアローネ様と面会をしたいのですが……」
「通行証はお持ちですか?」
「はい。これです」
リリアローネさんからのお返事に同封されていた通行証を見せると、守衛さんは奥からなにかの魔法道具を持ってきた。
何事かと見守る俺たちの前で、守衛さんは、通行証に埋め込まれている魔法核に奥から持ってきた魔法道具の魔法核をぴたりとくっつける。
すると、ふたつの魔法核は音もなく消え、代わりに輝く文字が浮かび上がった。
隣でリウスが確かめるように文面を読む。
「この者の通行を許可する。リリアローネ・アーメラッド……」
魔法道具はこんなことも出来るのか。
少し脱線した思考をしながら、俺は守衛さんを見る。守衛さんは俺と目が合うと、少しだけ表情を緩めた。
「確認しました、通行を許可します。アーメラッド家の面会室まで案内をするので、ついてきてください」
「はい」
俺たちは身体検査を終えると、守衛さんに案内……と言うよりは監視されて、門の中の貴族区域へと足を踏み入れた。
そして、貴族区域内があまりにも幻想的すぎて、軽く驚く。
「なんか……、俺たちの世界とは別のところみたいで、落ち着かないな」
「レノールもそう思うか?なんか綺麗すぎて怖いよな」
「私もそう思うわ……。貴族ってこんな場所に住んでるのね」
広い真っ白な道の脇には、綺麗に剪定された木が立ち並び、真っ白でところどころに金や魔法核で飾られた建物がそびえ立つ。それなのに、誰もいないかのように静かだ。
「あっ!見て見て!あれって城だよな?な?」
リウスの興奮した声を聞いて顔を上げると、道の先には城と言っても過言でないくらい大きい邸宅があった。おそらくリリアローネさんの家がそこなのだろう、案内役の守衛さんの足が真っ直ぐそこへ向かう。
貴族区域内の建物は広いとは言っても貴族の数はそんなに多くないようで、貴族区域を少し歩くとリリアローネさんの邸宅に到着した。
そして、そのあまりの大きさ、豪華さに、俺たちは息を飲む。
「……お城ね」
「大豪邸だ」
「……さすが貴族の中の貴族」
俺たちの感想は、おそらく平民の誰もが思うことだろう。真っ白で汚れのひとつもない門には数えられないほどの魔法核が埋め込まれ、さりげなく金銀で縁取られている。その奥に見える塔や屋根は信じられないほど大きくて、何に使うか皆目見当もつかない。
前世でも平民だった俺にとっては、二度生まれて初めて見る大豪邸だった。
……いったい、建築にいくらかけたのだろう……。
それぞれが感想を呟きあっているうちに、豪華な門が開き、中から執事さんらしき人が現れた。
反射的に姿勢を正した俺を見て、執事さんは爽やかな笑顔を向ける。
「ようこそいらっしゃいませ。応接室までご案内致します」
「は、はい。お願いしますっ」
執事さんは、俺たちの歩幅に合わせて邸宅内を歩いていく。俺たちも緊張を抑えながら後に続いた。
敷地内は、とにかく広い。
磨かれた石畳が緩く蛇行している中庭には名前も知らない植物が生えていて、それがまた異空間感を際立たせている。
執事さんについて歩くと、建物の中に入り、ある大きな扉の前でおもむろに止まった。
この部屋で面会をしてもらえるのだろう。この扉の先に、本来なら関わるはずのない生きた偉人がいる、という事実は、現実感が無さすぎてよくわからない。
「……大丈夫よ、さすがに初対面で殺されたりはしないわ」
「……それは当然じゃないか……?」
リウスとツェリアが謎の会話をしているが、それが緊張からのものだということが表情から見て取れた。
言葉では形容することの出来ない重々しいノックの音が聞こえる。少しすると、内側から扉が開き、側仕えと思われる女性が姿を現した。
簡単な受け答えを済ませ、俺は改めて部屋の中心にいる女の子……リリアローネさんを見つめる。
お金と権力で好きなだけ美しい人を娶ることができる貴族だから当然かもしれないが、ものすごい美少女だ。
すこしウェーブのかかった艶やかな銀髪に透き通った金色の瞳は、もともとは俺たちと同じような先祖を持つとは思えないほど幻想的で、美しい。少しだけ幼さの残る整いすぎた顔立ちは、人間を超越したなにか別の存在のようだ。
思わず見とれていると、隣に立っているツェリアに軽くつつかれた。
……そうだ、早く挨拶をしないと。
この国の貴族は元は軍人で、現在も戦争があれば第一線で戦うこともあり、そこまで面倒な作法や遠回しな会話などは必要ない。仮にあったとしたら、俺たちでは習得不可能だろう。だが、幸いにも戦場で求められるのは素早さと正確さ、形式よりも柔軟さだ。
そんなことを考えながら、俺はリウスとツェリアに目配せをする。挨拶の順番は、リウス、ツェリア、俺だ。
緊張で吹っ飛びそうになる挨拶文を何とか頭の中に固定する。
そうして、俺は緊張で震えながら無事に挨拶文を言い終えることが出来た。
何とか第一関門突破である。自分を褒めちぎりたい。
そんな俺たちを見て、リリアローネさんは、にこりと微笑んだ。
……凄まじい破壊力の笑顔である。視力を奪われそうだ。
「はじめまして。どうぞよろしくお願いしますね。ところで、本日はどのようなご要件で?」
「厚かましいお願いだとは存じますが……、使わなくなった魔法道具を譲って頂きたいんです。どうしても必要なのに手に入れることが出来なくて……。あと、よろしればこちらを受け取って頂けると幸いです」
変に飾って話が通じなかったら意味が無い。単刀直入に切り出した俺を見て、リウスが慌てたように箱を取りだした。
リウスがおずおずと差し出したレシピの入った箱を、リリアローネさんの側仕えが受け取る。興味深そうにそれを一瞬眺めやり、リリアローネさんは俺たちの真意を見抜くような目になった。
「……魔法道具ですか。探しているのは戦闘用のものですか、それとも生活用のものですか?譲ることは可能ですが、用途にもよります」
「せ、戦闘用です」
俺の答えを聞いたリリアローネさんは、不思議そうに尋ねる。
「何に使うのですか?現在は我が国を巻き込む戦争はありませんし、同盟国も外交的には安定していますが」
「……採集のために使うつもりです」
「採集?なんのために?」
俺たちは、商人を目指していること、資金集めに苦戦していること、魔法素材に目をつけたことを丁寧に話していく。
「なるほど、商人ですか……。夢がありますね」
その言葉が本意なのか、皮肉なのか、それ以外なのかは分からない。
リリアローネさんは、少し俯いて考え込む仕草を見せる。対する俺たちは恐怖さえ感じる緊張でいっぱいである。
時間感覚が失せたまま時間が過ぎ、リリアローネさんは顔を上げた。
「数年前に作った武器でしたら譲ることができます。ただ、六色の使い手を前提としているので、皆さんには少し扱いが難しいと思います」
「……ありがとうございます。そうですよね…、使いこなせるかどうか」
おそらく、少し扱いが難しい程度ではないだろう。
二色の魔法の使い手であるゼライルさんでさえ、俺たちの百倍は軽く超えた威力なのだ。六色ともなれば、数万倍以上の威力は確実にあるだろう。それはすなわち、数万倍の威力分の消費に耐えうる魔力と体力が必要ということだ。
もちろんそんなものは持っていないし、だから六色の使い手を前提とした魔法道具は、絶対に俺たちでは扱えない。
残念な気持ちを絶対に顔に出さないように表情筋に力を入れていると、リリアローネさんから思いもよらない声が発せられた。
「一色の使い手用の武器はあったかしら……。あとで探させてみますね。もしあったら、魔法協会に届けます」
「ありがとうございます……。本当に、色々とありがとうございます」
語彙力が崩壊しているが、本当にお礼の言葉しか頭に浮かばない。
優しさに泣きそうになっていると、隣にいるツェリアが感激と疑問の混ざった表情でいるのが見えた。
そして、俺が止める間もなくツェリアは感謝八割の疑問を口に出す。
「本当に、感謝の意しかありません。……愚問なのですが、どうして私たちのために、そこまでして頂けるんですか?」
不格好な敬語の中から溢れ出そうなツェリアの疑問に触れて、リリアローネさんは、少し驚いた顔をした。
当然だろう。普通は喜んで感謝して終わりのはずだ。驚いているのは俺も同じなのだから。
リリアローネさんは、優美な動きで少し首を傾げると、言葉を作り出した。
「使わないものを欲しい方がいるのなら使ってもらいたいし、国民の要望には極力応えるのが私たち貴族の義務だと思うので。それに、現在は極度の素材不足なので、採集者の方は貴重なんです。増えてもらえるとこちらとしても助かります」
その答えは、善意だけではなく、将来性、義務感、自分に還ってくる利益までも考えられたものだった。
また、言葉にはしないだけで、俺たちに恩を着せる価値や、紹介した魔法協会への忖度も含まれているのだろう。
ここまで考えが及ぶ大人はいくらでもいるだろうが、転生者でもなんでもない、十二歳の少女の思考としては賢すぎた。
もちろん、その事実に一瞬呆気に取られたのは俺だけではない。ツェリアもリウスも、側仕えまでもが動作を止めてリリアローネさんをまじまじと見た。
俺たちは、美少女で、頭の回転が早くて、強くて、選ばれた階級に生きている人間と同じ空間にいる事実に驚いたのだ。
「このような理由で、譲ろうと思うのですが……不自然ですか?」
「いえ。答えていただきありがとうございます。リリアローネ様のお考えの深さに驚嘆いたしました」
ツェリアの答えを聞いたリリアローネさんは、どこか照れたような笑顔を見せた。
そのあとは少しだけ当たり障りのない会話を交わし、リリアローネさんの次の予定があるということで緊張から解放されることとなった。
しっかりと別れ際のあいさつを述べ、自分より身分が上の人が部屋を出るまで表情を引きしめて待つ。
扉が閉まった音を鼓膜が捉えるとともに、俺の緊張の度合いがわかりやすく下がった。
それからは、往路の反対の動作を行うだけである。執事さんに案内されて力が入りにくい足を引きずるように敷地の外に出て、守衛さんに見張られながら汚れひとつない街を歩く。
貴族区域門の外に出ると同時に、俺たち三人は同じタイミングで息をついた。
「はあぁ……!!リリアローネ様って、想像の百倍いい人だったわ……」
「なんか、非日常な場所だったな……」
「とりあえず、お願いは考えていただけて良かったわ。本当に、すごい人だったわね」
「うん。今思うと、本当に現実だったのかわからない」
「はは、現実じゃなかったら困るな」
平民モードの会話を交わしながら、足は自然と家へと向かう。
「それにしても、敬語って難しいよな……。緊張のせいで何を話したかさえもほとんど覚えてないけど」
「それでも、貴族を相手にするような商店を開きたいなら完璧にしないとだよ。それならば、仕事の度にあの緊張を味わうってことか」
「商店を始める頃には最強のメンタルになっているかもな」
「それが理想ね」
やっぱり、慣れ親しんだ場所は落ち着く。
ほんの少ししか貴族区域に入っていないのに、何年も帰っていなかったような心地になってくる。
「魔法協会には、いつ頃届けて頂けるのかしら。ゼライルさんへの報告とお礼も兼ねて、近いうちに行ってみない?」
「そうだな」
「賛成。じゃあ……俺は明日は作物の収穫があるから、明後日とか?」
「俺は大丈夫」
「私も大丈夫よ」
そんなことを話しながら、夢へと一歩前進した俺たちは、慣れ親しんだ道を楽しげに歩いていく。
あとは、ちょうどいい魔法道具が見つかったら有難いが、そうなるかはリリアローネさんにしかわからない。どのみち、最大限の誠意と感謝を持って待つだけだ。
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