第19話 もうひとつ
「こんにちはー!」
「こんにちは。今日はどのような要件でいらしたのですか?」
「ちょっと相談に乗ってもらいたいことがありまして……」
「魔法関連なら、ぜひ聞かせてください」
素材収集の問題点が見えてから一日。俺たち三人が魔法協会に行くと、ゼライルさんが受付に座っていた。
丁度よかった。魔法協会には相変わらず人がほとんどいないことを確認する。俺たちはゼライルさんのいる受付の前まで行くと、今までの経緯を話した。
基本は魔法薬と魔法素材の話なので、ゼライルさんも頷きながら話を聞いてくれている。
魔法素材が安いこと、魔法薬が高くて赤字なこと、でも使わないと命が危険なこと。
話しながら、段々と自分が情けなくなってきた。
大まかな話を聞くと、ゼライルさんは頷き、口を開く。
「それで、素材収集はやめるんですか?」
肯定しようとした俺より先に、言葉を発したのはリウスだった。
「はい。いつか魔法道具が買えたら採集するかもしれないけど、今のところはやらないつもりです」
「魔法道具があれば、再開するつもりなのですか?」
「……んん、まあ、はい」
不思議そうな顔で、曖昧な返事をするリウス。俺も、ゼライルさんの言葉の真意が掴めずに、内心首を傾げる。
そこに、ゼライルさんは爆弾発言を投下していった。
「魔法道具を無料で手に入れる……いや、正確には頂く方法も、無いことは無いんです」
「ええ!?」
「ほんとですか!?」
「それって盗難品の類……な訳あるわけないわね」
思わず俺たちは大きな声を出す。ツェリアがめちゃくちゃ失礼なことを聞いたが、ゼライルさんは軽く頷いた。
「もちろん正規の方法です。盗むのは無理ですが。必要なのは人格と運とコミュニケーション能力です」
「どうするんですか!?」
どんな方法なんだろう!?
いただく?誰から?俺には全く想像もつかない。リウスもツェリアも期待に満ちた表情でゼライルさんを見つめている。
「貴族と仲良くなることです」
「仲良くなると貰えるんですか!?」
「貴族は魔法道具を作ることが出来ますから。少し古い型の魔法道具なら、貰えることもありますね。頼めば貰えると思います」
一瞬小躍りしそうになったが、俺はすぐに思いとどまる。少し考えると、貴族と仲良くなることの難しさ、と言うよりは無理さを感じた。
まず、会えない。
次に、話せない。
そして、貴族は怖いという意識が抜けない。
言葉で言うには簡単だけど、実行することは果てしなく難しい。そんなことを思っていると、勇敢にもツェリアが最重要ポイントを尋ねた。
「どうすれば、貴族と仲良くなれるんですか?」
「貴族によります」
当然だ。
思わずツッコミを入れてしまった。
興味深そうに目を見開いたツェリアは、さらに奥深くまで質問をしていく。
「例えば、私なら誰と仲良くなれそうですか?」
何となく占いを彷彿とさせる質問に、ゼライルさんはは少し考え込む。
正直、俺たちは貴族のことなんて全く知らないから、名前を言われてもさっぱり分からないと思う。それでも、知らないよりは全然いいはずだ。
「そうですね……、リリアローネ様やグリーエ様などでしょうか?」
「リリアローネ様?どこで聞いたっけ……」
なんだか、この名前を聞いたことのあるような。
必死に記憶を辿っていると、少し前のある記憶とぶつかる。
たしか、リリアローネさんという人は、この街の貴族の中で最高位の人の娘だったはずだ。魔法協会に飾られている魔法道具の中に、リリアローネさん作の短剣があったはず。それを見た俺にゼライルさんが解説をしてくれた。
「リリアローネ様って、飾ってある短剣の作者さんですか?」
ぼそりと口に出すと、ゼライルさんはぱあっと顔を輝かせた。それを見た俺は悟る。
ああ、ゼライルさんの魔法オタクモードが発動してしまった……。
「はい!六色の魔法の使い手を数多く輩出する名門一族のご子息で、リリアローネ様自身も大変優秀な六色の使い手なのです!魔法道具作りの腕前も天才的で、魔法道具好きの中でリリアローネ様を知らない人はいません!それに、リリアローネ様は魔法素材の採集もお得意で、貴族内の採集大会では未成人にも関わらず、毎年好成績を収めていらっしゃるんです!また、リリアローネ様の使う魔法は…」
「えーと、すごいですね!!」
まだまだ話が続きそうなゼライルさんの言葉をさえぎり、俺は率直な感想、というか不安を漏らす。
「すごいけど……、平凡な庶民の俺が、そんなすごい人と仲良くなれるんですか?」
「はい。もちろん、相性等もありますが。そもそも、貴族とははるか昔の戦争で活躍して、褒美に特権を王から与えられた平民ですから。下位貴族だと特権意識をふりかざす方もいらっしゃいますが、リリアローネ様のような上位貴族は民に信頼されることの重要さを知っておられますから、平民にもとても友好的です」
ちなみに、あとから知ったことだが、下位貴族は三色から四色、中位貴族は四色から六色、上位貴族は六色の使い手の貴族らしい。一族の中で何色が何割いるかで貴族内の順位が決まり、上位貴族はほとんどか全員が六色の使い手なんだとか。
……恐ろしい世界だ。
六色の使い手で、完璧な家柄で、その上友好的。リリアローネさんて人は、完璧すぎて俺の理解を超えている気がする。
あまりの完璧ぶりに呆然とする俺は、対照的に顔を輝かせるツェリアを視界に入れる。
ツェリアは、期待が内側から溢れそうな表情で、ゼライルさんにずいっと近寄った。
「どうすれば会えるんですか?」
「リリアローネ様への面会依頼の書類を貴族区域の守衛に渡して、お返事が帰ってきたら書かれている日程に会えます」
「なら、早く面会依頼を書いた方がいいわよね?木札でいいかしら……」
「ツェリアさん、よろしければ私が面会依頼を出しましょうか?一応、リリアローネ様との面識もありますし、お返事をいただける可能性は高くなると思います」
ツェリアの顔がさらに輝く。ぱああああ、という効果音がつけられそう。
「お願いします!」
「わかりました。お返事は……いただけるなら、遅くても十日後には届くと思うので、十日後にまたいらしてくださいね」
「「「はい!」」」
思わぬところから希望の光が差し込んだ。
あとは十日後次第だ。
ふと、人の繋がりは大事だなぁ、と思う。
ゼライルさんに出会うことが出来なかったら、きっと俺たちは魔法関連には手を出さなかったし、ツェリアがいなかったら魔法協会に来ることもなかった。リウスがいなかったら、そもそも商人なんて目指さなかった。
二年前にツェリアから人間関係が大事とは言われたけれど、実感が伴う言葉の重みは違う。
だけど、このようにまわりの人のおかげでどんどん物事が進むのは、ありがたい反面、俺の存在価値がわからなくなる。
存在価値が欲しいなんて厚かましいことは言わないけど、リウスとツェリアの力になれる何かを見つけたい。
まあ、それが難しいんだけどな。
「レノール、せっかくだからこのあと噴水広場で昼ごはんにしないか?……ん?どうした?」
「どうしたの?なにか悩んでるなら、話くらいなら聞くわよ」
俺の存在価値と言っても、技術が発達していないこの世界ではあまり使えない前世での知識くらいしかないのではないか。他には、何も無い。
そんな、悩みとも不安ともつかない感情が顔に出ていたらしい。リウスとツェリアの声で意識を戻された俺は、曖昧に笑ってみる。
「なんでもないよ」
リウスは俺の顔をじっくりと覗き込み、軽く俺の頭をたたいた。……結構痛い。
リウスは、俺よりかなり高くなった背丈をかがめ、軽く笑う。
「悩みすぎたらなんか言ってくれよ。俺たちに遠慮はいらないから」
「わかった」
少なくとも、今は悩みすぎてはいない。
いつか自信を手に入れた時に無くなる問題だと思う。そうだといいな。
「レノール、なにか困ったことがあったら私たちに言うのよ。三人で、商売を始めるんだから」
「そうだぞー!」
「あはは、ありがとう」
早いうちに二人の役に立てるようになりたい。なら、努力をすればいい話だ。
そう思うと、かなり楽になる。
「ねえ、私も一緒に噴水広場に行ってもいいかしら?」
「もちろん!いいよな?」
「大歓迎だよ」
道も開けて、仲間もいて、信頼出来る協力者(?)もいて。あとは、俺だけだ。
「四日後ですか!?ほんとですか!?会えるんですか!?」
「はい。こちらがリリアローネ様から頂いたお返事の文と、通行証です」
超興奮状態のツェリアが、食い入るように文面を眺める。
じっくり、隅々まで読み終えたツェリアは、信じられないというふうにリウスの方を見た。
「お返事が来たのよ!会えるらしいわ!」
「奇跡だ!本当にゼライルさんありがとうございます!」
「いえいえ。よかったですね」
貴族を頼ることを提案してもらってから、きっかり十日後。
俺たちを待っていたのは、ゼライルさんと、リリアローネさんからのお返事だった。
リウスとツェリアはひたすらに喜び、俺は半ば信じられない気持ちでいた。
「そうだ。貴族に会うためには、色々と準備が必要だよな?服装とか、謝礼とか」
「謝礼……」
頼み事をするときに対価を渡すのはどこの世界でも同じだが、俺は平民が貴族に渡す物の最適解を知らない。
そんな俺の心情を知ってか、ゼライルさんは細かい注意事項を教えてくれた。
「服装は、リウスさんたちの今着ている服装でもいいと思います。言葉遣いも、最低限の敬語は使えるので問題ないですね。ですが、挨拶の定型文などは知らないと思うので後で教えます。献上するものは、新しいものが望ましいですね。貴族は新しいもの好きですから」
「新しいものって、最新鋭の魔法道具みたいな、高級品の方がいいんですか?」
だとしたら、俺たちには手が出ない。
最新鋭の魔法道具より開店資金の方が安いと思うくらい、高度な魔法道具はバカ高いのだ。
「いいえ……例えば、新作の料理とかでも喜んでいただけることもありますよ」
「そうなんですか!?」
それを聞いて、一気に親近感が湧いた。
そして、親近感が湧くと同時に、俺はある考えを導き出した。
「レシピはありですか?」
「ありです」
「レシピ?」
「レシピって、料理のか?」
俺は黙って頷く。リウスとツェリアは、揃って不思議そうな顔をした。
「レシピって言ったって、私たちが知るレシピは、貴族ならとっくに知っているんじゃないかしら?」
「そうだよな……って、いや待て。レノールなら新しいものを開発しかねない」
「そういえば、二年前も新しいお菓子を作ったわね。でも、レノールだけに負担を押し付けるのも申し訳ないわね」
「いやいや、大丈夫。俺に任せて」
「本当にいいのか?」
もちろん、と笑って見せた俺は、すぐに覚えているレシピをふるいにかける。新しくて、美味しくて、貴族に喜んで貰えるようなレシピは、あるようであまりない。だけど、砂糖や塩が使えるのは本当にありがたい。それだけで料理のバリエーションが数十倍増える。
「よし、決めた」
貴族の料理には詳しくないが、これらなら新しくて美味しくて気に入って貰えると思う。
「なあ、なにか俺たちに手伝えることってないかな。例えば、レシピを書き写すとか」
「じゃあ、書き写すのを手伝って欲しいかな」
「了解!」
これで謝礼問題は解決、と言ってもいいと思う。レシピの細かい内容は後で決めることとして、俺はひとつ、気がかりなことをゼライルさんに聞いた。
「あの、疑問というか心配というかなんですけど……」
「どうかしましたか?」
「貴族なのに、ホイホイと面会を承諾してもいいんですかね……?もちろん俺たちはそんなことはしないけど、暗殺とかされたらどうするんですか?」
貴族に会えると知った時に少し疑問にも思ったが、貴族は危機意識が無さすぎる気がする。剣と魔法の世界であるここでは、暗殺や下克上が起こらないほうがおかしいだろう。
そんな俺の疑問に、ゼライルさんは簡潔に答えた。
「貴族は信じられないほど強いので大丈夫ですよ。常に体表に魔力を流していますし、たとえばリリアローネ様なら、暗殺者は一瞬で返り討ちにできますから」
……心配無用だった。
それから、俺たちは四日間の間にレシピをまとめ、親を説得して、貴族区域の地図とにらめっこをしたりして過ごした。
迷子になる恐れも無し、謝礼よし、覚悟よしである。
面会の日の朝、俺たちは最終確認をしていた。なんだか遠足に行くような気分。
「じゃあ、行こうか」
「そうね。時間より早く着かないと、心証を悪くしてしまうものね」
「成功するといいな」
リリアローネさんとの面会の成功を祈って、俺は緊張しかけた自分を奮い立たせた。
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