第18話 疑問
「おーい、レノール、大丈夫か?」
「レノールって頭が良くて色々知ってるのに、なんて言うか……運動神経が良くないのね……」
森から出た頃にはかなりボロボロになっている俺を見て、二人は俺に哀れみの目を向ける。ツェリアのコメントが辛辣すぎるが、ツェリアに悪意がないことは知っているから怒れない。
……だって、前世でこんな過酷すぎる採集なんてしないんだ!体は過酷な労働に耐えることが出来る異世界人でも、中身が文明人じゃ使いこなせないんだよ……!
俺は、そんな言い訳は顔には出さずに、膨れてみせる。
「運動音痴で結構。さあさあ、俺なんか気にせずに流通協会に行こう」
「そうだな。とりあえずこの薬草を塗っとけば?」
俺は大人しくリウスから受けとり、薬草をすり潰したものを、身体中に塗る。
採集の疲労と、魔法薬による体への負担と、森への恐怖による精神的ストレスのせいで転びまくった俺は、我ながら見ていて痛々しいほどボロボロだった。身体能力がこれほど重要だとは思わなかった。
適当に薬草を塗りたくった俺は、リウスにお礼を言い、分担して持っていた素材を持ち直す。
「レノール、大丈夫か?痛かったら俺が持つけど……」
「ううん、大丈夫。それより、流通協会が閉まる前に、素材を売りに行こう」
「無理するなよ」
……リウスの優しさが身に染みる……。
本当に良い友達を持ったな、俺。
しみじみとそんなことを感じながら、歩くこと長時間。流通協会の近くまでたどり着いた頃には、俺は疲労の限界に達していた。
足が筋肉痛でつりそう……というか、半分つった。
足を引きずりながらさらに歩くこと少し、やっと俺たちは流通協会に到着した。
この時間に採集が終わった採集者は多いようで、流通協会の中にある素材買取カウンターには行列ができている。
根気強く並んでいると、想像していたより早く俺たちの番になった。
どうやら、素材の種類を見て、数えて、支払うだけなので早く進められるらしい。
「こちらの素材を買い取って貰いたいんです」
「少々お待ちください」
言葉と共に素材をカウンターに置いたリウスは、期待と興味で目を輝かせている。
俺も、実は結構楽しみだったりするのだ。自分の命を懸けてまで採集した素材。一体いくらで買い取ってもらえるのだろうか。
カウンターの受付係の、素材と価格表を行き来していた視線が止まる。緩慢に顔を上げた受付係は、営業スマイルを浮かべて値段を言う。
「こちらの素材は一つ鉄貨2枚、それが12個で銅貨2枚と鉄貨4枚。こちらは、一つ石貨5枚、それが10個で鉄貨5枚。こちらは一つ銅貨1枚、それが5つで……」
受付係は、それぞれの素材と、その個数と合計金額を淡々と述べていく。合計金額を頭の中で計算していた俺は、予想しなかった金額に驚く。
「銀貨2枚と鉄貨3枚……」
「合わせて、銀貨2枚と鉄貨3枚で買い取らせていただきます」
俺と受付係の言葉が重なった。
確かに、悪い金額ではない。農業よりはよっぽど採算がいいし、一日で農家の平均年収の五分の一を稼いだのである。
……でも、採算は合わない。
俺たちは、この採集のために魔法薬を買った。三人分の総額は、金貨3枚と銀貨5枚。
つまり、俺たちの今回の収入は、魔法薬代の14分の1でしかない。
やっぱり、そう簡単に大金が手に入るなんてありえないのだ。これが現実である。
「……すいません。やっぱり、少し考えます」
計算に没頭していた俺は、リウスの意気消沈した声を聞いて、リウスも同じ思いであることを知った。見れば、ツェリアも困惑と絶望の入り交じったような顔で頷いている。
後ろに並んでいる人のためにも、俺たちは素材を再び持ち、カウンターから足早に去った。
しばらく歩いたところで足を止め、俺は独り言のようにつぶやく。
「……なんか、拍子抜けと言うか、もっと高いかと思ってた」
「私もよ。これじゃあ、大損か大事故しかできないわね」
魔法薬を使えば大損、魔法薬を使わなければ大事故。そんなことなら、何もしない方がマシである。
「……せっかく、やっと、開店資金を集められると思ったのに……っ」
リウスの悔しそうな声を聞いて、俺も歯を食いしばる。
悔しい。残念。そんな感情しかわからない。
自分たちで考えた、最良にして効率的な資金集めの方法が、一瞬でダメになったのだ。精神的なダメージが大きすぎる。
暗い雰囲気のまま流通協会を出た俺たちは、なんとなく、噴水広場まで来ていた。
夕暮れ時にも関わらず、噴水広場は多くの人と屋台で賑わっていた。そんな中で不釣り合いな暗さの俺たちは、足を止める。
「……次は、どうしようか……」
こんなときでも、次のことを考えられるリウスは、本当に強い。俺は頭を捻ってみたが、気分のせいか何も浮かばなかった。
「採集を続けるのなら、安い魔法薬を買うか、高く売れる素材を採るかの二択ね。でも、どちらもきっと難しいわよ。魔法薬は魔法協会と商店でしか売ってないし、私たちでは作れない。高く売れる素材は、採集が危険すぎるわ」
「確かに……」
ツェリアの言葉は、正論だ。
その言葉が正論すぎて、この現実を信じたくなくて、俺は押し黙る。
「とりあえず、今後の方針を決めるために、明日魔法協会に行くか。やっぱり儲かるのは魔法関連なんだよなぁ……」
「そうだね。とりあえず、行ってみる価値はあると思う」
釈然としないまま解散になろうとした瞬間、リウスは俺とツェリアの名を呼んだ。
「なに?」
「どうしたの?」
振り返った俺は、首を傾げて見せる。
「二人ともさ……、俺に付き合うの、面倒くさくない?」
「ええ?」
「どこが?」
「え?」
驚いた俺たちの反応に驚くリウス。ちょっとだけ滑稽である。
「だってさ、昔はわかんなかったけど、レノールは冗談半分で俺に付き合ってくれただろ?俺の夢はそのくらい無謀だし……」
「まあ、前はそうだけど」
二年前のことを思い出した俺は、嘘はつかずに頷く。リウスは、不思議そうな顔をしたツェリアの方を向いた。
「ツェリアもさ、俺たちに協力してくれたのは、ただの好奇心だろ?俺の夢が叶えられるわけがないこと、ツェリアならわかったはずだ」
「ええ。……いや、無理とは思ってないけど、難しいことは承知よ」
リウスの言葉の真意を掴み損ねた俺は、言葉の意味を探るようにリウスを見つめる。リウスは、心の底から不可解そうに俺とツェリアを見た。
「なんで、そこまでして協力してくれるのかなって……。今回の採集は、下手したら死ぬ。死ななくても、相当な体力と時間を奪われる。親から全面的に協力されてるわけでもない。なんで、そこまで俺を手伝ってくれるんだ?」
「え、なんでって言われても……」
俺がリウスを手伝う理由は、最初は現実を見させて諦めさせるためだった。
リウスの夢は、人脈も、具体的なプランも、資金も無い。あるのは意思だけだった。
でも、ツェリアと出会い、一生懸命屋台を切り盛りし、ゼライルさんに出会い、親に止められて、また採集を始める。そんなことをしたのは、止めたいからじゃない。応援したいからだ。
最初は遊びだったが、リウスとツェリアの人柄に惹かれ、夢を追う楽しさを知り、自分の存在意義を知れた。商店を開きたい、というリウスの夢は、俺にとって、今はもう、遊びじゃない。夢だ。
俺たちの夢だからだ。
「叶えたいから、かしら」
今、まさに言わんとしていたことを、ツェリアは言う。
俺も、ツェリアと全く同意見だ。
感情豊かで、率直で、ポジティブなリウスと、少しだけ毒舌で、でも仲間思いで、物知りなツェリア。俺は二人のことが好きだし、尊敬しているし、大切な仲間だと思っている。
夢を追いたい。叶えたい。達成感を感じて、みんなで喜びたい。そのために、俺は手伝うことを選んだ。
「手伝いたいから手伝ってる。叶えたいから夢を追う。リウスとツェリアのことが好きだから、二人の役に立ちたい。それだけ、かな」
感情を、率直に、飾らずに言葉に乗せる。
ツェリアは頷き、リウスは目を見開いた。
気まずくはない沈黙が、俺たちを包む。
やがて、リウスが言葉を放った。
「……ありがとう。二人に拒否されないで、本当によかった」
「そういうことだから、今後一切、俺たちに迷惑をかけてるとかは思わないで。迷惑をかけてるのはお互い様だし、俺は自分の意思でここにいる」
「その通りよ。私は、二人を応援したいと思う私のために、手伝ってるんだから」
リウスは、堪えきれない嬉しさを噛み締めるように笑った。つられて、俺も、ツェリアも、心の底から笑う。
緩んだ空気の中で、リウスは真顔になって言った。
「俺さ、二人が乗り気じゃないことに気づいてから、ずっと迷惑をかけてるか心配で、怖かった。その割に、あんまり遠慮はしなかったけど……そこはごめん。今後は何回もこういった失敗も絶望もすると思うし、迷惑をかけるなら最小限がいい。そう思って、思わず聞いたんだ。ごめん」
「いやいや、大丈夫。その迷惑込みで楽しいから」
「死なない限り協力するわ。だから、心配しないことね」
一度気持ちが明るくなると、不思議なことに、前向きになるし、色々な考えが浮かんでくる。それに、忘れられていたプラス感情が精神に溶け込んでいく感覚がする。
明日魔法協会に行くことを約束して、俺たちは別れた。残念なことがあったのに、俺の気分は晴れていた。仲間がいるから、なのだろうか。すごい効果だ。
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