第17話 魔法薬の威力
「えーと、ここの森までは、ギリギリ歩いて行ける距離かしら?」
「うん。遠めだけど、俺たちが採集可能な五種の魔法植物が生えてるから、行く価値はあるんじゃないかな」
「そうだな」
商店を出た俺たちは、次に行くと決めた森の資料を見ながら、次の最終計画を立てていた。
この森は、正確には十数種類の魔法植物と、三種類の魔法生物がいる、この町周辺では最大の魔法素材採集地である。けれど、ほとんどの植物や生物は強い。ドン引くほど強い。
だから、俺たちがまともに戦えるのは五種しかいないのだ。
「二人は明後日は空いているかしら?」
ツェリアの問いに、俺は頭の中で予定を思い浮かべる。
「俺は……明後日の分の農作業を、頑張って明日中に終わらせれば行ける。頑張る」
「レノールは農作業か。俺は特にないかな」
「じゃあ、明後日、採集用のナイフを持って集合ね。遠いところだから昼食も必要かしら。魔法協会でもう一度植物の特性を確認してから、森まで行きましょ」
無駄がない採集プランだ。俺とリウスは頷き、その日は解散となった。
そして、採集当日になった。
農作業は急ピッチで終わらせたから大丈夫だし、ナイフも魔法薬も弁当も持った。
集合場所に行くと、まだ誰も来ていなかったので、俺は魔法薬を使った戦闘をシミュレートしてみる。
……なんか、不安になってきた……。
採集の度に盾の効果がある魔法道具のマントを発動させてきた俺は、俺たち三人の中で間違いなくいちばん弱い。
足を引っ張らないようにしないと、と気合を入れていると、リウスがやってきた。
「さっいっしゅう!さっいっしゅうっ!あ、レノールおはよう!」
「おはよう、なんかテンション高いな」
「うん!だって、今日は五種類の素材をとれるんだぞ!楽しみだ!」
リウスの暑苦しいまでのテンションは、よく晴れた今日の天候に似合っていた。
それに比べて、俺は不安ばっかりである。
リウスを見て元気を分けてもらおうとしていると、視界の端にツェリアが写った。
「おはよう。二人とも、なんだか楽しそうね?」
「当然だろっ?やっと、やっと、魔法素材でお金を稼げるんだ!」
「ふふ、そうね。とりあえず、魔法薬の分は回収しないとね」
そして俺たちは、魔法協会で採集予定の素材を確認して、少し離れた森へと向かう。
三人でたわいもない会話を交わしながら、街の外れにある川を越え、広い草原を抜けると、うっそうと茂った森が見えてきた。
いかにも凶悪な魔法生物が出そうな薄暗い森を見て、俺は息を飲む。
「……なんか、危ないオーラが出まくってるんだけど……」
「確かに暗いな。ランプ、持ってくればよかった」
「今日は晴れてるし、足元を見て歩けば危険はあまりないと思うわ」
「魔法生物が出そうな危なさ」を「転びそうな危なさ」と認識している二人は、平和的な会話を交わしながらゆっくりと森に入っていく。
こんなところではぐれたら、確実に死ぬ気がする……。そう思った俺は、慌てて二人の後を追った。
直後、転んだ。
「うわぁ!?レノール、大丈夫か!?」
「痛……。…ええと、うん、一応大丈夫」
転んだ拍子に、本能的に前に出した手を豪快に擦りむいて、とても痛い。転んだ直接の原因となった木の根を恨めしく思いながら、俺は立ち上がった。
幸い、骨折などはせずに擦りむいただけなので、採集に支障はない。
時折リウスとツェリアの手を借りながらしばらく歩き、何とか俺は目的地に生きて辿り着いた。
目的地は、うっそうと茂った木々が途切れて陽の光が差し込む、ステージのような場所だった。先客の採集者と、資料で見た事のある魔法植物がいくつか見える。
「先客が一組いるな。邪魔にならないように、もうちょっとこっち側で採集しよう」
「了解。じゃあ、これから行こうか。みんな魔法薬を飲んでくれ」
俺は、目の前にあった、赤い光を放つ自分と同じくらいの背丈の木を手で示すと、魔法薬を飲みほした。
魔法薬は初めて飲んだけれど、味は特にしない。ただ液体を飲んでいる感覚がするだけだ。
飲みほして数秒がたつと、俺の体に、目に見えない変化が現れ始めた。
なんだか、魔法道具の剣を使った時のように、体内の魔力の流れが変わった感覚がするのだ。
「わわっ!なんか、足が軽くなった!」
「私も、体内のエネルギーみたいなのが増えた感じがするわ!」
リウスとツェリアも同じような感じらしい。
「よし、じゃあ行くぞ!」
「おう!」
初めて採集する素材なので、慎重に慎重に進んでいく。
木が放つ赤い光に触れた瞬間、光に殴られたように俺はさっそく吹っ飛ばされた。勢いよく地面にぶつかったが、衝撃と軽い痛みがあるだけで怪我はない。改めて魔法薬の効果を感じた。
俺の見ている前で、木は光を結晶のように固め、結晶はどんどんと数が増えていく。
……なんか、こう、ねずみ算のように増えていく攻撃手段を見るって怖い。
俺は思わず悲鳴をあげる。
「ふえぇぇぇ!?二人とも離れて!」
この植物は、光を結晶として固めて、それを投げて攻撃してくる。素材として価値をなすのは、木になっている光る結晶のような実。光を固めた結晶を使い果たすと、結晶の代わりに実もばらばらになって飛んでくるので、結晶が切れないうちに実を採る、時間との戦いになるのだ。
「ええと、た、たしか、当たると痛いから、二人は結界を張っておいて!俺は実を採ってくる……!」
「了解、援護は任せて!」
俺は、念のために魔法で盾サイズの結界を作ると、大小様々な大きさの結晶に攻撃されながら前に進んでいく。たまに盾で防ぎきれない結晶が当たってきて、かなり痛い。
……これ、めちゃくちゃ怖い。痛いし。
痛みと恐怖で精神的にボロボロになりながら、俺は、何とか木の根元に立つことができた。おずおずと輝く実に手を伸ばすと、伸ばした手に結晶の集中砲火を食らう。あまりの痛みに手を引っこめると、一部に擦り傷が出来ていた。
「ううう、痛ぁ……」
防御力が上がっていると言っても、完全無敵状態ではないので、痛いものは痛い。俺は結晶を睨みつけた。
「レノール!結晶を吹っ飛ばしておくわ!」
ツェリアからの声が聞こえると同時に、青く輝く衝撃波のようなものが結晶を襲い、攻撃の軌道上にあった結晶が無くなった。
……すごい!
「ありがとう!助かった!」
「よかったわ」
その隙に俺は実に手を伸ばし、数個採集した。再び攻撃に遭う前に、木が放つ光の範囲の外に出る。一息つくと、顔を輝かせたリウスが走り寄ってきた。
「すごい!すごい、レノール!よくあの結晶をくぐり抜けたな!」
「魔法薬のおかげだよ。はい、これ」
俺はリウスに実を渡すと、リウスは袋に実を入れた。
「魔法薬の効果が切れる前に、あと四種類採ろう」
「うん!」
「急がないとね」
そう言うと、俺たちは近くに生えていた別の魔法植物の採集を始めた。
魔法攻撃担当のツェリアが攻撃の軸となり、身体能力向上中のリウスがちょこちょことナイフで採集をしたり攻撃をしたりして、俺がリウスを守る、という効率的な採集方法が功を奏して、俺たちは四種類目までの素材を素早く採集することが出来た。ちょっとだけ怪我もしたけれど、大したことは無い。
「よし、この調子で最後まで行くぞ!」
「了解よ。ただ、もうすぐ私の魔法薬の効果が切れるみたい。なんとなく魔力が少なくなってる気がするわ」
「なら、尚更早く採集しないとな」
そう言いながら、俺は急いで頭の中で五種類目の魔法植物の特性を思い出す。
頭の中で特性を唱え終わったところで、魔法植物からの攻撃ははじまった。
攻撃を俺が防ぎ、ツェリアが反撃をして、リウスが素早く採集。五種類目の素材も、魔法薬が切れる前に採集を終えることが出来た。
無意識のうちにかなりの時間が経っていたようで、採集地にはもう俺たちしかいない。
……魔法薬の効果はすごい。魔法薬が無かったら、少なくとも俺は死んでいた。
「……ふぅ、何とか採集し終わったわね。それにしても、初めての植物ばかりだったけど冷静に採集できたわ」
「確かに。魔法植物らあんまり怖くないって知ってるからと、魔法薬のおかげでこっちの方が明らかに強かったからかもな」
そう言ってリウスとツェリアは笑うが、俺は笑えない。
……俺はとっても怖かったよ!?この世界の人、適応力高すぎない!?
未だにガクガクと震える足をおさえながら、俺は二人に近づく。
「じゃあ、そろそろ帰ろうよ。ここ、なんか不気味だし……」
俺の言葉を聞いたリウスは、少しだけ不満そうな顔をする。
俺は嫌な予感がする。
「まだ時間はあるし、もう少しだけ探検しないか?次はいつここに来られるか分からないし」
「却下」
これ以上進んだら、俺の心臓が限界を迎えてしまう。心臓が止まって死ぬなんて嫌だ。
「せっかく採集した素材を無くしたりしたら大変だし、探検は今度にしたらどうかしら?」
「そうそうそういうことだよ!」
ツェリアの無意識の助け舟に全力で便乗する俺。リウスは残念そうだったが、いつか探検をすることで納得してもらえた。
……心臓の寿命が半年くらい伸びた、はず。
「暗くなったら怖いし、そろそろ帰ろう」
「そうだな。素材もとったし、帰るか。いくら分採集したんだろうな?」
「それは流通協会に行くまで分からないわ」
帰ることに合意した俺たちは、来た道を引き返して街へと帰ることにした。
帰り道、魔法薬の効果が切れた俺が何度も転んで傷だらけになったのは仕方がない。
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