第16話 商会再び

「こんにちは!魔法薬を買いに来ました!」

「ああ、こんにちは。魔法薬ですね、少々お待ち下さい」


俺たちが講習を終えてすぐに魔法協会へ向かうと、知り合いの魔法協会職員が受付をしていた。

職員はすぐにカウンターに魔法薬を出すと、俺たちに苦笑いを向ける。


「申し訳ない。今、魔法協会にはこれだけしかないんです」


その言葉とともに差し出された魔法薬は、ものの数個。あまりの少なさに驚いたのは俺だけではなかった。


「これしか扱ってないのはなんでですか?」


ギョッとしているリウスの質問に、職員は簡潔に答えた。


「最近、全くと言っていいほど魔法薬を売ってもらえないんです。まあ、買う人はもっといないから問題は無いんですけど」

「そういえば、そうでした」


たしか、魔法道具が飛躍的に便利になって値段が下がったせいで、安さを売りにしていた魔法薬の売上が激減したらしい。

魔法協会は、貴族と平民の間で魔法道具、魔法薬の売買を中継する組織だ。魔法協会が中継するためには需要と供給が必要であり、最近、魔法薬は需要も供給もほとんどない。

つまり、少ししか売られていなくて当然なわけだ。


……だからと言って、俺たちが必要としているのは変わらないが。


「……うーん…。他に、魔法薬を売っているところって知ってますか?」

「知っていますよ」


ダメ元の質問にあっさりと答えられたので、俺は拍子抜けをする。


「商店です。商店なら、少し昔、魔法薬全盛期に作られた魔法薬も多く扱っていると思いますし、他の街の魔法協会や外国から仕入れた魔法薬もあるはずですから。その分高いですけど……」

「商店……」


言われてみれば、二年以上前に行ったことがあるんだった。すぐに退店したけど、確かに魔法薬が売られていた気がする。

いい思い出とは言えない記憶を思い出したのはリウスも同じだったようで、リウスは口元を歪める。


「他には何かありませんか?」

「……他の街の魔法協会に行く、などでしょうか。ですが、隣の街は歩いて十日ほどかかりますし、魔法薬一つにそこまでしなくてもいいと思います」

「……そうですね……」


俺はこの街を出たことがない。隣町と言ってもかなり離れているようで、片道十日、往復二十日。こんなに時間をかけたら肝心の採集がしにくいし、親に迷惑をかけてしまう。だとしたら、この街の中心部にある商店に行くほうが現実的だ。


「なら、どこの商店がおすすめですか?」


俺の質問にリウスは顔をひきつらせたが、職員は即答した。


「ランダート商会」

「ランダート商会?」


商店の名前なのだろうが、どこのどんな店の名前なのか皆目見当もつかない。

リウスとツェリアの方を見たが、二人とも、知らないというふうに首を振った。


「ランダート商会は……ここを出てすぐの通りを進んで、曲がって曲がって……。やっぱり地図を描いておきます」

「ありがとうございます」


説明でも全くわからなかった俺はほっとしながら描かれた地図を見る。

地図には、道を表す数本の線と、魔法協会を表す文字と、商店を表す文字が書いてあった。魔法協会には十回以上来ているので、魔法協会周辺の道は比較的わかる。


「ここですね!ありがとうございます!」

「いえいえ、こちらで取り扱っていなくて申し訳ないです」


俺たちは三人で礼を言うと、一旦それぞれの家に向かった。

商店に行ってもいいような綺麗な服に着替え、ツェリアの家で商店のための貯金と、一年半前にゼライルさんにもらった紹介状を持ち、もう一度来た道を引き返す。

地図は正確で、道が描かれた木札と現実の道を比べながら歩くと、立派な店の前に着いた。


「ここか。あのときの店じゃないみたいだ」

「そうだな」


二年前に行ったことのある商店とは別の店だったが、規模や外装からして、ここ、ランダート商会の方が大きい店のようだった。

店に入ろうと扉に近づくと、ドアマンが手で俺たちを制した。


「お客様、当店は会員制の商店となっております。会員証、又は会員か協会からの紹介状はお持ちですか?」

「ええと、これです」


ツェリアが紹介状を出すと、ドアマンは小さい魔法道具で紹介状を照らし、俺たちに向かって微笑んだ。


「大変失礼致しました。どうぞ、お買い物をお楽しみください」


……ゼライルさんに心の底から感謝!!


俺は、ゼライルさんに心の中で礼を言うと店の中に足を踏み入れた。

店の中には、丁度いい間隔をあけながらも綺麗に商品が並べられ、店内はふんだんに使われたランプのおかげで明るい。商品も、見たことの無いものや、魔法協会で飾られていたような高級品ばかりだった。


「わあ!すごい!色々あるわね!でも、盗まれないのかしら?」

「たぶん盗難防止の魔法道具があるはずだ。なんか、二年前を思い出すな」

「それにしても広い店だな……。会員制?っていうのもはじめて知った」


広くてたくさんのものがある店にそれぞれの感想を持ちながら、俺たちは魔法薬と思われる瓶がある場所に歩く。

魔法薬がのっている棚や台には、数十個の魔法薬が並んでいた。カラフルな魔法薬が凝ったデザインの瓶に入っていて、いかにも高級品という感じである。

瓶には、魔法薬の効果が書いてあった。


「うわ!すごい!これって貴重な素材が無いと作れないやつだ!」

「これとかどうだ?魔法攻撃で使える魔法量を増やす魔法薬!」

「これは外国の素材を使った魔法薬ね。さすが商店」


俺たちは散々迷った挙句、一人一本ずつ欲しい魔法薬を買うことにした。

だが、そこで問題点に気づく。


「……値段は、いくらなのかしら?」

「どこにも書いてないな」


……本当だ。値段が書かれていない。

とりあえず俺は、近くにいた店員さんを呼んだ。


「すみません。この魔法薬は、いくらですか?」


呼ばれた店員さんは、どう見ても裕福には見えない俺たちに対しても一流の営業スマイルを浮かべながら、それぞれの値段を教えてくれた。


「こちらの二つが金額一枚と銀貨三枚、こちらは銀貨九枚です」


……おお、想像の範囲内の価格。

でも、それでもやはり高い。魔法薬だけで今までの稼ぎの半分を持っていかれる。

若干迷いが生じた俺は、不安になってリウスとツェリアに尋ねる。


「これ、本当に買うのか?もっと安いものもあるかもしれないし……」

「俺はこの魔法薬がいいかな。レノールは、安くて低品質な魔法薬に命を預けてもいいのか?」

「別に、このくらいの価格の魔法薬を買うために稼いだようなものだし、今が使いどきじゃないかしら?」


二人の言葉を聞いて、俺の中ではびこっていた迷いが消えた気がした。

買うことを決めた俺を見て、リウスは店員さんに向き直る。


「じゃあ、この三つを買います」

「かしこまりました」


俺たちは、三つの魔法薬を持った店員さんに誘導されながら、店の最奥にあるカウンターへ向かう。

会計係と思われる女性は、金貨と銀貨を受け取ると、魔法薬を何かの機械に入れた。

……きっと、盗難防止の魔法道具を外したんだと思う。


「お買い上げありがとうございます。今後もどうかご贔屓に」


会計係は俺たちの周りを見ると、不思議そうに俺たちに魔法薬を渡した。たぶん、従者を探したけどいなかったんだと思う。

残念ながら、俺たちは平民だから、従者なんて無縁だ。


今度はなんのトラブルもなく店を出た俺は、気になっていたことをリウスとツェリアに尋ねる。


「二人はどんな魔法薬を買ったんだ?」

「魔法薬?えーと、これよ」

「俺はこれを買った」


二人は、買ったばかりの魔法薬を手に取ると、俺にラベルを見せた。


「私は、青色専用の魔法攻撃強化の魔法薬。持続時間は短いけど、爆発的に攻撃力が上がるはずよ」

「俺が買った魔法薬は、これ。脚力を向上させる魔法薬だ。これで早く動けるし、高くジャンプできるぞ」

「なんか、二人のイメージそのままだね」


なんとなく思ったことを言うと、リウスとツェリアは目を見開いた。


「私ってそんなに魔法攻撃のイメージかしら?」

「俺って、そんな脚力人間だっけ?」

「ツェリアは強くて魔法攻撃担当なイメージがあるし、リウスは目的にまっすぐ突っ走ってるイメージ。俺的には、そんな感じ」

「そうか?」

「そうかしら?」


二人は腑に落ちない顔をしているが、イメージはそんな感じであっていると思う。あくまでも俺的には、だけど。


「で、レノールはどんな魔法薬を買ったんだ?」

「これこれ」


俺は、手に持っていた魔法薬をリウスの前に差し出す。


「……体内の魔力を、常に体外と循環させる魔法薬?どういうことだ?」

「これは、俺の体が持っている魔力を、体の外に出して盾を作る魔法薬なんだ。ほら、ここに小さく書いてある」


リウスはしばらく小さい文字とにらめっこしていたが、やがて眉をひそめて顔を上げた。


「さっぱり分からない」

「んー、なんて言うんだろう。とりあえず、俺の体の表面を自分の魔力で覆って、その魔力が盾になる、みたいな感じ。俺はよく盾の魔法道具を発動させちゃったから、防御系じゃないと死ぬかなって……」


俺の説明を難しそうな顔で聞いていたリウスは、勢いよく顔を上げた。


「でも!ずっと出してるんじゃ、魔力切れで死ぬんじゃないか!?」

「大丈夫。魔力を循環させるから、俺の魔力の絶対量を、出して戻して、って感じだ」

「……なんか、凄そうね」

「確かに」

「その通りだな」


俺の買った魔法薬の説明は、ツェリアの一言に集約された。


「じゃあ、今から次にとる魔法素材を決めよう!魔法薬の効果がある時間のうちにいくつかとれるように、数種類の魔法植物が自生しているところにしよう」

「賛成!」


そうして、俺たちはある森に目をとめた。

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