第15話 講習と本番

「会場って、ここよね?すごく広いわね!」

「たしかに、流通協会って広いよな……」

「集まってくれた採集者も沢山いるね」


講習当日、俺たちは、開始時間に間に合うように流通協会のホールにやってきていた。

主催者側は忙しそうに動き回り、参加者側は期待に満ちた目でホールを見回している。俺たちは、午前中は参加者側だ。

大多数の参加者と同じように、俺たちは近くにあった椅子に腰かける。


「やっぱり、私たちと同年代の採集者はいないわね……」

「そうだな。まあ、危険だし仕方がないのかもしれない」


ツェリアの言う通り、この会場内に俺たちと同年代の採集者はいなかった。多く感じるのは、働き盛りといったイメージの20代から30代。だけど、意外とおじさんも多い。

改めて、自分たちの異質さがよくわかった。


それから少しして、数え切れないほどの採集者が集まったあたりで、講習は始まった。


流通協会の副協会長という偉そうな肩書きの人が講習のはじめの挨拶をして、顔見知りの魔法協会職員が採集者の現状の危険さを話す。

そこまでは知っている話がほとんどだったが、危険で無謀すぎる採集者の現状を知らなかった人も多かったようで、すでに会場は真剣な雰囲気が漂っている。

その人の話が終わると、いよいよ本題である。魔法素材の採集難易度や死亡率を下げるための方法が、複数の魔法協会職員から語られた。ついでに、魔法道具が高い理由もちゃっかりと語っていた。

採集には四色の人間がいるようなパーティーを組んだ方がいいこと、魔法生物よりも魔法植物の方が採集しやすいこと等、言われてみれば納得な話が多い。

ためになる話や知らなかったこと、無意識に実行していたことがわかってとても面白かった。ついでに、採集に失敗した時の末路の話は怖かった。

……そんな状況は絶対に起こらないで欲しいけど。

それからも役立つ情報を大量に教え、採集者に感謝をされながら、座学講習は終わった。


一息つき、参加者の雑談があちこちから聞こえる中、俺たちは講習を終えたゼライルさんに駆け寄った。


「お疲れ様です」


壁際で会場を見回していたゼライルさんは、俺たちに気づくと、軽く頷いた。


「ありがとうございます。そうだ、今のうちに最終確認をしましょう。魔法道具は現地で渡す、ということでしたね。あとは……」


ゼライルさんと俺たちで、タイミング、見学する採集者を守るための手順、失敗した時の対応などを確認する。

ゼライルさんは、見学する採集者を結界で守る役目だ。


「では、そろそろ実践に向けて移動ですね。本番は離れたところにしかいられませんが、頑張ってください」

「はい!」


ほとんどの採集者は実践にも行くようで、たくさんの人が移動をしている。これならリターチェが生えている森までは迷わずに行けそうだ。

たくさんの人の後ろについてしばらく歩くと、見覚えのある森が見えてきた。


「ここね。はぁ…、緊張する」

「俺たちなら多分大丈夫だよ!ツェリアは強いし!」


正直、俺もかなり緊張をしている。リウスのポジティブ発言が、本当に有難く感じる。


なんとか緊張に喰われそうな精神を保ちながら、さらに森の中を歩くと、ついに目を引く大木が俺たちを待ち受けた。


「いよいよだな……」


俺は頭の中で手順を復習する。

……よし、大丈夫そうだ。

周りからは、簡単そうだとか、とるだけだとか、そんな声も聞こえてくる。それらを聞いて、やっぱり実際に魔法素材の採集の方法を見せることの重要性を感じた。


「では、ここからは実践に移ります。今までの知識をどう活用するか、よく見ていてくださいね」


その言葉に続いて、俺たちが呼ばれる。

明らかに未成年の俺たちを見て、採集者たちが驚くのがわかった。

バカにする声、心配する声、好奇心に満ちた声などがここからでも聞こえる。負けず嫌いのリウスの心に、火がつくのがわかった。

俺たちは、ゼライルさんから魔法道具を借りると、緊張を鎮めながら、何度も戦ったことのある大木の前に立った。


「……いくわよ」

「うん」

「おう!」


ツェリアが軽く背伸びをして、リターチェの実を採る。ここは練習と同じだ。

ツェリアがこちらを振り向いた瞬間、リターチェが黒く輝いた。

採集者からどよめきが聞こえてくるが、ここからは真剣勝負だ。見学者の反応に構ってはいられない。


「大地よ、空よ、剣の如く赤色の魔力を我に与え給え!」


俺が唱えた呪文に、リウスとツェリアが呪文を唱える声も重なった気がした。


それから俺は、適当に枝をあしらいながら素材に近づいていく。もちろん、今回の目的は「戦うこと」ではなく「採集すること」なので、何よりも素材採集を優先しなければいけない。

すでに素材を獲得したツェリアは周りの枝をなぎ払い、俺とリウスのサポートをしてくれている。


「リウス、爆弾を処理したら一気に行くぞ」

「了解!レノールも気をつけろよー!」


しばらくすると爆弾……というか、リターチェの花が降り注ぐ。魔法攻撃で吹き飛ばしたり、手で掴んで投げながら爆弾をやり過ごすと、俺たちは緩くなった木の攻撃の合間をくぐり、実をもぎ取る。


「来るぞ!多分、太いやつ!」


リターチェの最後の攻撃は、いくつかのパターンがあるようなのはこの前の練習で知った。今のところは、太くまとまってぶつかってくるタイプと、尖った枝が飛んでくるタイプしか知らない。だが、他にもタイプがあり、新タイプに今日遭遇したらどうしようかと思ったが、幸運なことに経験済みのタイプだったようだ。


「盾を展開して!危ないわ!」


ツェリアの叫び声が聞こえてくる。俺は呪文を唱えて盾を作ると、来るはずである衝撃に備えた。

全身の力を盾に注ぎ込むイメージをしていると、音にならない激しい衝撃が盾を通して伝わってきた。思わず盾に触れていた手を引っ込める。

……ゼライルさんに言われた通りに盾を作ってるけど、これ、めちゃくちゃ怖い!!壊れないとわかっているのに、心臓が止まりそう……。


慌ててもう一度盾を作ると、作った瞬間に再び激しすぎる衝撃が伝わる。

それからも、何度も何度も太くなったリターチェの枝に殴られ続ける。恐怖で集中力が切れそうになった頃、やっと攻撃の手が止まった。

盾越しにリターチェを眺めると、枝がシュルシュルと幹に向かって縮んでいくところだった。伸びた枝を回収したリターチェは、もう一度黒く光り、もとの茶色い木になった。


「レノール!ツェリア!大丈夫か?」


リウスが心配げに駆け寄ってきたので、俺は笑顔で頷いてみせる。少し離れたところで、ツェリアが同じように頷いているのが見えた。


これで終わりですよね、と俺がゼライルさんの方を見ると、ゼライルさんは言葉の代わりに結界を解除した。

……成功だ!良かった……!

喜びを噛み締めていた俺は、たくさんの足音によって意識をこちらに戻された。

目の焦点を合わせると、そこにはたくさんの人がいた。


「すごいな!採集ってああやるって初めて知った!」

「ぜひ俺とパーティーを組んでくれ!」

「あの武器はどこで売ってるんだ?」

「あの技が凄かった!どうやればいいのか教えてくれ!」


あまりの勢いに若干引きながら、それぞれに答えを返す。一段落した俺は、リウスとツェリアを探した。

案の定、二人とも俺と同じように採集者に囲まれていた。偶然目が合ったリウスと苦笑いを交わしながら、俺はさりげなく輪の中心から脱出する。


「ふぅ……疲れた……」


思わず呟きがもれる。採集は怖かったし疲れたし、質問攻めもかなり神経がすり減った。

採集者はこれからの採集ライフが楽しみなようで、談笑しながら次の素材ターゲットについて話をしているし、やってよかったとは心底思う。これで事故が減ってくれたら嬉しい。


「レノール」


名前を呼ばれて振り返ると、そこにはリウスとツェリアが立っていた。


「報酬を渡すから来て欲しいって流通協会の人が言ってた」

「ああ、今行く」

「……ちょっと待って」


リウスの後に続いて行こうとした俺は、ツェリアの言葉に振り返る。


「ん?まだ何かあったっけ?」

「いいことを思いついたのよ」


いたずらっぽく笑ったツェリアは、きっと思いもしなかったアイデアを持っている。

リウスと俺は、いいことが何なのかわからずに目で先を促した。


「魔法薬。魔法道具は買えないけど、魔法道具と同じような効果を持った魔法薬をその都度買えばいいのよ。そうすれば安全に採集できると思わない?」


その言葉の意味を理解するまで、数秒がかかった。

言葉を余すところなく理解した俺は、驚きに鳥肌が立った。


「それ!!それだ!」

「なるほどっ!すごい!」


俺とリウスに褒めちぎられたツェリアは、得意そうにはにかむ。


「採集者が、魔法道具は高すぎて買えないって言ってて、それを聞いて閃いたの」

「じゃあ、魔法協会に行くか!」

「魔法薬が値下がりしててよかったわ」

「まあ待て、まずは報酬を受け取ろう」


俺たちは、今後の方針を決めるほどの大発見とともに、採集者生活の幕開けを知った。

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