第14話 講習と魔法攻撃

「では、練習と講習ではこちらを使用してください」

「はい」


採集の練習の日、まず魔法協会に寄った俺たちは、魔法道具を借りていた。

手に持っているものは、マントと剣と指輪。前回借りたものと同じものだ。

金貨何枚くらいするんだろう、などと考えてはいけない。考えても悲しくなるだけだ。


「採集場所までは歩いた方がいいですか?講習でも歩くっぽいし……」

「そうですね。距離も近いですし、本番形式の練習なので」


ツェリアの疑問に、ゼライルさんは頷く。

俺たちは武器を傷つけないように細心の注意をはらいながら、魔法協会の裏口から外に出て、少し離れた森に向かう。

裏口から入れば魔法協会の前に集まる人に罪悪感を感じなくてもいいのか、と思ったが、裏口は職員か、職員に通ることを許された人じゃないと通れないらしい。残念だ。


そんなことを考えながら、中心街を抜け、農地を抜け、草原を歩く。

草原を少し歩くと森が見えてきて、さらに森の中を進むと見覚えのある大木が目に入った。


この辺りは魔法植物も多いようで、先程から数人の採集者とすれ違った。採集者が激増したことは知っているが、こんなところにも採集者がいるのは、純粋に驚きだった。


「あっ、あれですよね?」

「はい。あちらがリターチェです。……乱獲の影響でしょうか、いつもより実が少ないですね」

「乱獲……」


パッと見は実の量の変化はよく分からないが、よく見るとたしかに減っている気がする。特に、下の方になっている実が少ない。

リウスとツェリアも、目に見える変化に少し戸惑っているようだった。


「リターチェの採集方法、注意事項は覚えていますね?」

「はい。二回目なので」


俺は大きく頷くと、リウスとツェリアも頷いた。


「じゃあ、私が最初に実を採っていい?採れたら二人の応援に回るね!」

「了解。気をつけて」


ツェリアは一度大きく息を吐いたあと、キュッとリターチェの実部分を睨みつける。


「行くよっ!」

「うん!」

「準備バッチリだ!」


ツェリアはつかつかとリターチェに歩み寄ると、背伸びをして頭上にある青色の実を掴み、ナイフでもいだ。

その瞬間、木が黒く光り、枝や根がうねりはじめる。

……この感じ、前回と一緒。確かに、一度経験すると二回目の安心度が桁違いだ。


俺は剣をかまえ、来たる枝と根に備える。

予想通り、黒い根がうねうねと俺の方に絡みついてきた。

俺は前回のようにパニックになることも無く、無心に枝を刈る。刈っても刈っても無限に伸びてくる枝を見ながら、俺は閃いた。


……魔法攻撃でいけるんじゃね!?

何気に、日常生活で魔法攻撃なんて使わないし、前回は攻撃をする間もないくらいにパニック状態だったので、魔法攻撃をするのは今回が初めてだ。俺はワクワクする気持ちを抑え、詠唱の言葉を思い出す。


「……大地よ、空よ、剣の如く赤色の魔力を我に与え給え」


呪文と共に、身体中の熱いものが剣に注ぎ込まれる感覚がする。感覚に身を任せて剣を振ると、赤い光でかなりの数の枝が刈られていた。


「うわっ!?なにこれすごい!!」


初めて見た自分の魔法攻撃の威力に、思わず語彙力皆無の歓声が漏れる。一通り喜んだ俺は、新たに伸びてきた枝に絡みつかれている現実に気がついた。

……喜びすぎて死亡寸前なことに気づかなかった……。


「ぐっ……」


枝に思いっきり腕を締め付けられ、あまりの痛みに呻き声が漏れる。剣で刈ろうと思っても、肝心の剣を持った腕が動かない。

そんな俺を嘲笑うように、新たに伸びてきた枝が首に絡みついてきた。

ゆっくりと、でも確実に、俺の首は締められていく。助けを求めようにも、視界という視界に黒い枝が見えて、もはや空も森も見えない。

唯一仕事をしている聴覚が、誰かの声か、葉が擦れる音か、よくわからない情報を俺に伝える。首に一際強い痛みを感じた瞬間、俺は吹っ飛ばされていた。


……え、え?

……どういうことだよっ!?なんで空飛んでんの!?俺死んだの!?

わけがわからない!


「レノールーー!!」


誰かが俺の名前を叫ぶ。

声の元を探ろうにも、魔法道具の効果による盾で視界はぼやけ、ついでにぐるぐると回転しながら落下しているので、さっぱりわからない。


「ぐえっ!」


地面に打ちつけられた俺は、人間のものとは思えないような声を出す。

……痛い。

盾のおかげでそこまで大きな衝撃でも無かったが、平衡感覚が失せるくらいに空中をぐるぐると飛んだあと、思いっきり地面に打ちつけられるこの感覚は、経験した人にしかわからないであろう。なんというか、痛くて、気持ち悪くて、吐きそうで、呼吸が出来なくて、目が回るのだ。


「レノール!大丈夫!?」


ぐわんぐわんと頭の中で何かが振動しているような感覚から目を覚ますと、心配そうな顔をしたツェリアが俺の顔を覗き込んでいた。


「んん……だ……だ、いじょう、ぶ…」

「本当に?」

「ほ、んん……とう、だよ」


俺は激しい吐き気を抑え、上半身を起こす。

ツェリアは、俺と目が合うと申し訳なさそうに目を伏せた。


「ごめん、私が枝に向かって魔法攻撃を繰り出しちゃったせいで……」

「いや、だいじょ……うぶ。死ぬとこ、だっ、た、から」

「でも……私がもうちょっとまともに魔法を操れたら……。そのせいでレノールのマントの魔法道具も発動しちゃったし」

「へい、き、平気。もうちょ、っとしたら、多分、よく、なる、から……」

「本当にごめん!じゃあ……私、そろそろ花が降りそうだからリウスの応援に行ってくるね!ごめん、本当に」

「が、ん、ばって」


ツェリアは申し訳なさそうに目を伏せると、忙しそうにリウスがいるであろう方向に走りだした。


俺はしばらく寝そべり、平衡感覚と息を整える。体に力が入ってきたので、俺は立ち上がった。

辺りを見回すと、花の爆弾と戦うリウスとツェリアが見えた。俺は手に持った剣を確認すると、二人の方に走り出す。

少し走ったところで、二人に向かって伸びてくる枝に気がついた。


「大地よ、空よ、剣の如く赤色の魔力を我に与え給え!」


俺は剣を振って、二人に絡みつこうとしていた黒い枝を攻撃する。

花のせいで枝に回すエネルギーが少なくなっていたのか、少ししかいなかった枝は、瞬く間に四散し、枯れた。


「ありがと、レノール!」

「お互い様だ、気にするな!」


俺は二人に駆け寄ると、爆発前の花を手当たり次第に遠くに投げる。

すごくカッコ悪い戦法だけど、これが一番効率的なのだ。花は切っても踏んでも爆発するのだから、危険因子は遠くに捨てるに限る。


花が一段落すると、俺はリウスと共に木になっている実を採りに走る。

低い位置にある実はほとんどなかったので、ジャンプして少し高い位置にある実をとる。


「逃げよう!」


実を採るとリターチェが凶暴化することは経験済みなので、俺は急いで木から離れるために走る。後ろからリウス、ツェリア、ゼライルさんがついてくるのを確認した俺は、安心して足を早めた。


「うわぁぁ!?」

「リウスさん、逃げてください!」


後ろから感じる不穏な気配に思わず振り返ると、鋭い針のように尖った枝が、信じられないほどのスピードで俺たちに迫ってきていた。

……は、早い!刺される!

俺は枝が太くなるだけだと勘違いして油断していたが、リターチェの怒り形態はもっと多彩だったのだ。もしかしたらこの二パターンだけでは無いかもしれない。

俺が自らの失態に呆然としている間に、ゼライルさんは早口で呪文を唱えた。


「大地よ、空よ、盾の如く二色の魔力を我に与え給え」


ゼライルさんの言葉と同時に、透明な青と緑のグラデーションの盾が俺たちの周りに展開する。

リターチェの尖った枝が盾に正面衝突する。

盾と枝がぶつかり、金属質な高い音を立てた。俺は思わず頭を覆う。


……だけど、なんともなかった。

ツェリアの歓声で顔を上げると、枝は盾に跳ね返されていた。盾の方が強いようだった。

リウスもツェリアも、驚きと尊敬が混じった表情で盾とぜライルさんを見ている。きっと、俺も同じ表情をしているだろう。


俺たちは、そのまま盾に守られ、森を出た。途中からリターチェは諦めたようで、森を出た頃には不穏な気配はなくなっていた。


ゼライルさんは、俺たちを振り返ると、少し口の端を釣り上げた。

滅多に表情が変わらないゼライルさんの微かな笑顔を見て、俺は少し驚く。


「魔法攻撃をよく使えていました。私からは特に言っていないのに実行できるとは素晴らしいです。採集も成功していましたね。ですが、問題点もいくつかありました」


得意になっていた俺は、その言葉に首を竦める。


「リウスさんは、もっと積極的に魔法攻撃を使ってみてください。今回は一度も使っていませんでしたね」

「……はい。パニックで呪文が分からなくなってしまって……」

「次回は是非、使ってみてください。戦闘がぐっと楽になります。ツェリアさんは、魔法攻撃のコントロールと、戦況を見ることができるようになるといいですね。気持ちはわかりますが、倒れたレノールさんにつきっきりになるのは良くありません。そのせいでリウスさんが危険になるかもしれないので」

「はい!次こそ、誰も危険な目に遭わないようにします…!」

「応援しています。レノールさんは、戦闘中、一回冷静になってみてください。今回は危険でした。一時の興奮で命を落としてはいけません」

「はい。本当に、反省しています」


魔法攻撃で興奮したことも、浅はかな考えで逃げたことも。ゼライルさんがいなければ、俺たちは死んでいたのだ。


「問題点もありますが、今回はよくできていました。もう一度練習すれば、リターチェ戦は完璧に出来ると思います」

「「「ありがとうございます!」」」


俺たちは、反省を胸に森をあとにした。

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