第13話 講習と役割

明後日になった。


俺たちは、鐘が鳴るとまずは流通協会に寄り、申請の結果を確認した。

予想した通り、あっさりと許可証を貰えたので、お礼を言って魔法協会に向かう。


少しだけ申し訳なく思いながら、抗議に集まった人を掻き分けて魔法協会に入ると、丁度よく分からない石をどっさりと持ったゼライルさんと目が合った。

ゼライルさんは、大量の石を近くにあった棚に置くと、俺たちの方に歩いてくる。


「こんにちは。講習と打ち合わせの日程が決まりましたのでお知らせしますね。講習は、流通協会のホールを使った座学講習と、近くの魔法植物群生地での実践の二部構成となります。最初の打ち合わせは明後日の午後始業の鐘、二度目にして最後の打ち合わせは六日後の午後の始業の鐘と共に始まります。本番は七日後の始業の鐘なので、早めに集まってください」

「わかりました」


俺は頷くが、リウスは首を傾げる。


「俺たちは、そこで何の役割を割り振られたんですか?」

「貴方たちには、知識と協力の大切さを教えてもらいます」

「どういうことですか…?」


ゼライルさんの回答に、リウスだけでなく俺たち三人は首を傾げる。

魔法素材の知識は初心者よりはあると思うけど、ゼライルさんをはじめとする魔法協会の人には及ばない。協力と言われても、どの分野の協力かも分からない。商人になるための協力ならしているけど、求められているのとは違うと思う。

疑問が顔に出ている俺たちを見て、ゼライルさんは詳しく説明をしてくれた。


「座学講習は、一般の方と同じように聞いてもらっていて構いません。貴方たちにお願いしたいのは、実践での見本です」

「えっと……、それならゼライルさんの方が強いんじゃ?」

「貴方たちが他の新人採集者と違う点は、採集の知識とまともな経験があることです。見た目は未成年の初心者である貴方たちが、完璧で模範的な採集をしてみせ、その技術は講習で習ったもの、となれば新人採集者さんも自信がつくと思うんです。正しい知識と協力体制があれば、誰でも安全な採集ができる、というような自信です。それに、正しい採集の方法を知らないと、あとが大変ですから」

「なるほど。だから初心者の俺たちなんですね」


理解したが、理解した瞬間、俺は愕然とする。

……完璧で模範的な採集、俺たちにできるか!?

採集経験は一度きり、それもゼライルさんの全面的な協力のおかげで成功したようなものだし、さらにその経験も一年半前のことだ。


「私たちに、完璧な採集ができるかしら……」


そう思ったのは俺だけではないようで、ツェリアとリウスも不安そうな顔をしている。


「貴方たちならできます。初心者にありがちな「自分は強い」という勘違いをしていませんし、魔法道具を扱えますし、経験も知識も信頼関係もあります。それを見込んでお願いしたのですから」


ゼライルさんに言われるとできそうな気がしてくる。精神的効果、気がするだけかもしれないけど。


「ですが、しばらく採集はしていませんし、予行練習のために一度採集をするのをおすすめします。実践で使用するのは、一年半前に採集をしたことのある、リターチェです」


……リターチェか。

言われたとおり、リターチェは一年半前に採集をしたことのある大木の魔法植物だ。カラフルな花を爆発させて攻撃してくるやつ。

植物名と植物がちゃんと結びつくのは、一年半の勉強の成果だと思う。自分の知識量の成長を感じられて嬉しい。


「リターチェですか……。でも、私たちでは無理だと思います。魔法道具もないし、本当なら私たちはリターチェに殺されていたはずでしたから」

「魔法道具は貸し出しますのでご心配なく。採集の予行練習は、魔法協会職員が付き添い、いざとなったら助けるので大丈夫です。二回目は、一回目の半分くらいの難易度だと思いますよ。それほど、経験の効果とは大きいんです」


俺たちは半信半疑だが、仕事を受けたからにはやりきりたい。それに、どのみち俺たちは採集を始めるところだったのだから、経験がある魔法植物を相手にするのは丁度いいと思う。


「では、予行練習の予定はいつにしましょう?講習本番の前に、二回目ほど練習できるのが理想です」


俺は、話を聞きながら予定を思い出す。

……特になかったと思うな。


「レノール、ツェリア。七日後までに、予定のある日はあるか?」

「俺は特に」

「私も、予定は無いわ」


全員、予定がないようなので、リウスは少し考えてから言う。


「じゃあ、明後日と四日後の午前でいいですか?レノール、ツェリア、これでいい?」

「大丈夫」

「もちろんよ」


ゼライルさんは、予定が書き込まれている木札を見ると、顔を上げた。


「明後日は私が付き添いますね。申し訳ありませんが、四日後は予定が入っているので、他の職員に付き添いを依頼しておきます」

「ありがとうございます」


魔法協会には、よく行く関係か知り合いも多いので、これで一安心だ。

打ち合わせの連絡も聞いたことだし、魔法協会での用事も終えたので帰ろうとすると、ツェリアが口を開いた。


「ねえ、レノール、リウス。相談なんだけど……、魔法道具を買わない?今後も採集をするから魔法道具は必要だし、講習で魔法道具の必要性を知った人がこぞって買うと、いいものは品切れになっちゃうかもしれないし……」


ツェリアの言葉に、俺は意表を突かれる思いだった。

借りるという発想しか無かったが、それは講習だからだ。

前回貸してくれたのはゼライルさんが付き添ってくれたからだし、付き添ってもらえるのも予行練習が最後だと思う。それに、魔法協会の前で抗議と文句を言っていた人たちは、間違いなく魔法道具を買うだろう。必要な魔法道具が選べなくなったら、今後の資金集めに影響を及ぼす一大事だ。


「たしかにそうだな。必要だと思う」

「俺も賛成。屋台で稼いだ金貨を使ってもいいか?」

「もちろん、いいよ」

「そのための金貨だからな」


三人のうちで話がまとまると、俺はゼライルさんに向き直った。

魔法協会は、貴族と魔法道具、魔法薬をやり取りするための窓口だ。


「俺たちに魔法道具を売ってください」

「わかりました。では、盗難防止の魔法結界が張られた部屋に案内しますね。決して安くは無いものも含まれていますので」

「わかりました。……って、金貨!!」


俺は重大なことに気がつく。今、手元に金貨がないことを忘れていた。


「あっ!そういえば、うちにあったわよね、金貨!取りに行ってくるわ」

「ごめんな、ありがとう」

「ちょっとまっててね!」


家に向かって猛ダッシュするツェリアを見届けると、俺たちは時間を潰すために、魔法協会に飾られている魔法道具を見ることにした。

戦闘用のものも多く飾られており、見た目がカッコイイものを見ると思わず興奮してしまう。


目についた、大きく光り輝く宝石……ではなく、魔法核がくっついたお洒落なデザインの剣を見て、俺はゼライルさんに尋ねる。


「これは、どのくらいの値段がするんですか?」

「こちらは……魔法攻撃強化の魔法道具ですね。多分、金貨二百枚ほどでしょうか。魔法核の大きさと効果の強さは比例しますから」

「……すごいですね」


とてもだけど手が出ない。カッコイイものは高いというのはお約束なのだ。

それからも、三十個ほどの飾られている魔法道具を見ていると、魔法協会の扉が開く音が聞こえた。

ツェリアかな、と振り返ると、案の定、息を切らせたツェリアが金貨を入れた袋を持っていた。


「お待たせ……、はぁ、疲れた……」

「大丈夫か?」

「うん……、大丈夫…」


ツェリアが呼吸を整えるのを待つと、ゼライルさんに先導されて、盗難防止の部屋に向かう。

盗難防止の部屋は、部屋全体が薄い白っぽい光に包まれた会議室のような場所だった。


「戦闘用の武器、でいいですか?」

「お願いします」


ゼライルさんは、部屋の奥にある棚から、たくさんの箱を取りだした。

大きくて細長いものがほとんどだが、たまに小さいものや平べったいものもある。

興味津々に見ていると、ゼライルさんは机に箱を置き、次々と開封をした。


「……魔法協会って、すごい沢山の魔法道具があるんですね」

「魔法道具の取引が主な仕事ですから」


ゼライルさんの手元を見ていると、全ての開封が終わったようだった。目の前に沢山の武器が並んでいる。おお、とリウスが目を輝かせたのがわかった。


「こちらは、戦闘用の魔法道具の一部です。値段は箱の裏についています」


俺は、手が震えるのを感じながら、近くにあった魔法道具を持ってみた。

ずしりと重みを感じ、魔法道具の中心で魔法核が光を反射する。

箱の裏の値段を確認すると、俺は武器を取り落とさないように身体中の力を手に集中させた。


「金貨、25枚……」

「これは金貨72枚だって…!」

「たかっ……」


予想はしていたが、予想しても衝撃なくらいに高かった。

魂が抜けたような俺たちを見て、ゼライルさんは目に困ったような色を見せる。


「いかがでしょう?」

「もう少し安いものはありますか……?これ一つで25年暮らせます……」

「そんなにですか……」


……この会話を聞く限り、ゼライルさんもかなりのお金持ちなんじゃないだろうか?

確か、協会や商店の給料は高いと聞いたことがある。

……とりあえずそんなことは置いといて、今切実なのは武器を買えないことだ。


「安い、と言うとこの辺りでしょうか。品質はあまり良くはありませんが、価格は安めです」


そう言ってゼライルさんが示したのは、小さな魔法核がついた武器だった。


「こちらは金貨5枚ほどですね」

「……金貨5枚……」


リウスが唸る。

俺たち、というか、商店用の貯金は、金貨7枚と少し。これでは、低品質な武器ひとつしか買えない。

迷った末、俺は言う。


「……リウス、ツェリア、とりあえず講習では武器を借りて、買う武器はそのあと決めないか?」

「そうね。今のままではひとつしか買えないわ」

「もっとお金を稼がないといけないのかー!やりがいがあるな!」


超ポジティブ思考のリウスに少しだけ勇気づけられた。


「ごめんなさい、買うのはまた今度にします」

「わかりました。もう少ししたらまた値下がりが起こるかもしれません。安くなったらお知らせしますね」

「すみません、ありがとうございます……」


ということで、武器購入はお預けとなった。

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