第12話 一年半の変化

「十三歳……」

「全員が十三歳になったら、採集を許可します。それまでは、家か魔法協会で魔法素材の採集の危険さを学び、命を守れる判断力を磨くこと。あ、あと、十三歳になっても大怪我や死亡事故が起こったら、それ以降商人になるのは無条件で禁止。わかった?」


俺たちは、数秒考えたあと頷く。


俺は、今は十一歳の半ばである。十三歳まで採集禁止なら、禁止期間は一年半。成人まで三年ある。成人まで採集禁止、と言われるよりは信じられないほど良い条件だ。


「十三歳になったら、採集してもいいって保証してくれる?」


リウスが強い口調で尋ねる。

この場にいる大人たちは、大きく頷いた。

俺は安堵の息を吐くと、両親を見つめる。


「……えっと、許可をくれてありがとう……」

「ふふ、十三歳までできることをやるのよ」


俺たちの間に笑顔が浮かぶ。

関係者会議は、平和的解決で幕を下ろした。




それからの一年半は、農作業や家事を手伝いながら、魔法素材についての勉強をして過ごした。

魔法協会から一気に大量の素材についての資料を借り、一年半かけて何度も何度も読み込んだのだから、かなり魔法素材には詳しくなったと思う。


わかったことは、素材の名前と特性。そして、商人になりたいというリウスの夢を、一緒に追いかけるのは、とても楽しいということだ。

もちろん家族と一緒に畑作業をしたり、リウスやツェリアと一緒に魔法素材の勉強をするのも楽しい。だけど、夢を追いかけているときの興奮や達成感、全力を注ぐ何かがあるときとは別物。

楽しいけれど少し気怠い一年半を過ごしながら、俺は夢と生きる活力の関係性の論文を書ける気がしていた。書かなかったけど。




そして、平和で忙しい一日も、何百回も過ごすと自然と年は過ぎていく。

リウスが十三歳になり、ツェリアが十三歳になり、今日、俺は十三歳になった。


楽しみすぎて、昨日の夜はしばらく眠れなかった。俺は早起きし、晴れた空を眺め、口元がにやけるのを必死に抑える。

親はもう起きていたようで、リビングに行くと祝福の言葉とともにカラフルな光をかけてもらった。


「外にリウス君とツェリアちゃんが来てるよ。ふふ、よっぽど楽しみだったんだろうね」

「ほんと!?いま行く!」


思いっきり扉を開け、勢いそのまま外を見回す。


「レノールっ!お誕生日おめでとう!祝福あげるね!」

「誕生日おめでとう、レノール!いよいよ今日から採集ができるな!あと、俺、無色の祝福ができるようになったんだぜ!」


言葉と共に、大量の祝福が俺に降かかる。

リウスは無色の祝福をマスターしたようで、水滴のような透き通った光もカラフルの中に混ざり、虹と雨のようだった。


「ありがとう!やっと十三歳だ……!」

「ふふ、採集が始められるわね」

「今日までに、貰った資料の中で採れそうな素材を探しておいたんだ!ほら、これ」


そう言って、リウスは魔法素材の一覧を指さす。


「……確かに、この辺りなら簡単そうね。でも、緑色の使い手がいないから、緑以外の色指定の素材の方が討伐しやすいかもしれないわ」

「そうだな、下手に護衛を雇うと高くつくし……」


俺はリウスとツェリアの言葉に頷く。

そして、思い出す。


「そうだ、まず、流通協会で許可証申請を出してもらおう。そのあと商業協会にも寄らないと」

「そうだ!じゃあ、今から……」

「ちょっと待って、まだ早朝よ」


リウスが相変わらず猪突猛進で、俺は思わず吹き出す。

ツェリアもつられて笑いだし、悔しそうにしていたリウスもいつしか笑っていた。


それから、時間を潰すために、家で家族とリウスとツェリアと一緒に朝食を摂り、素材一覧を眺めながら計画を練る。

父さんと母さんは微笑ましそうに俺たちを見ていた。


午前中の仕事の始まりを告げる鐘の音が街中に響き渡ると、俺たちは全力で流通協会に向かって走り出した。

家の近くの農道を走り抜け、細い路地を通り、段々と広く、綺麗になっていく道を駆け抜ける。もちろん途中で息切れして歩くことにしたが、それでも高揚した気持ちは収まらなかった。


流通協会の無駄のない建物を見るのも一年半振り。変わらずに機能的で、木箱が散乱している流通協会を見ると、少し安心した気持ちになれる。

鐘が鳴ってすぐということもあってか、列は空いていた。すぐに俺たちの順番が来る。


「あの、魔法素材の売買がしたいんです。許可証申請をして頂けませんか?」

「……魔法素材の取り扱い許可証申請ですね。では、こちらに記入をお願いします」


前回よりも遥かにスムーズな手続きに驚いたのは俺だけではない。俺たちは少し驚きながら、申請用の木札に必要事項を記入した。

木札には、オブラートに「死んでも自己責任」と書いてあったが、俺たちは淡々とサインや記入をする。


「できました」

「はい、では申請を出しておきますね。明日には結果が出ると思うので」

「ありがとうございます」


結局、せっかく貰った紹介状は使わなかったな、と思いながら流通協会を出ようとすると、ひとつのカウンターに目が留まった。

カウンターには、「魔法素材買い取り」と書いてある。不思議に思ってその文字を凝視していると、後ろから声をかけられた。


「こんにちは。両親から許可は出ましたか?」


後ろを振り向くと、何となく見た事のある、ニコニコとした女の人が立っていた。

……誰だっけ?

俺より早くその人の正体に気がついたのは、ツェリアだった。


「ええと……たしか、一年前の受付係さんですよね?両親からの許可は、十三歳まで魔法素材について学ぶことを条件に出ました」

「その通り、一年前に受付係を務めていた者です。魔法素材の勉強をする、という条件付きなら……少しだけ安心かもしれません。今から許可証申請ですか?」

「いえ、今出してきたところです」


そう答えると、女の人は微笑んだ。


「一年前より手続きが簡単になっていたでしょう?あのときは、何度も確認してしまい、申し訳ありませんでした」

「大丈夫です。おかげで大切なことに気づけましたから。それより、このカウンターは一年前はありませんでしたよね?」


女の人は、少し困ったように笑う。


「少し前に発明された魔法核を合体させる魔法道具が広まり、貴族の間では高度な魔法道具作りが爆発的に広まったんです。その結果、慢性的に素材が不足し、平民がとった素材も高く買われるようになりました」

「つまり、一攫千金を狙おうとする採集者が増えた、ということですね?」

「その通りです」


なるほど。人数が増えたから、申請が簡単になったり、専用のカウンターが作られたりしたのか。

納得した俺は、ある問題点に気付く。


「それによって、事故の増加や乱獲は起こらなかったんですか?」

「……起こっています」


女の人は、悲しそうな、怒っているような笑顔をする。どうでもいいことだが、この人の笑顔のバリエーションが多すぎる。


「二年ほど前までは、魔法素材の取り扱い許可証を持った人はこの街に数十人いて、事故死者は毎年二人から三人でした。ですが、今年は、許可証を持った人は千人ほどに増え、事故死者は今の時点で百七十人ほどです。採集者は、職業ではなく副業であることも人気の原因なのでしょうね。乱獲も、被害状況は不明ですが起こっているようです」


1000人中170人が死亡……。俺たちも、ゼライルさんの助けがなかったら、木の根に絡まれた時点で170人側だったはずだ。

改めて魔法素材の恐ろしさ、魔法道具の強さを知る。


それでも人気なわけは、副業、つまり、職業に関係なく採集者にはなれるということだ。一年前は素材は安値で取引されていたが、今は貴重さ故に高値で買われるものもある。資格不要、一攫千金な採集者が人気なのも頷ける。


「そうなんですね……。教えていただきありがとうございます」

「いえいえ。皆さんも採集の際は気をつけてくださいね」


俺たちは礼をして、流通協会を出て行く。

この様子なら商業協会に行く必要は無さそうだ。


「レノール、ツェリア。魔法協会に資料を返しに行かないか?」

「そうね、行きましょう」


一度家に帰り、資料を持って魔法協会に向かう。

魔法協会の白い建物……の、入口の扉を見て、俺は目を疑った。


「え?」

「なんで?」

「どういうこと?」


リウスもツェリアも、この光景が衝撃的すぎて呆然としている。

魔法協会は、基本は魔法薬、魔法道具を平民と貴族間でやり取りする時の仲介組織だ。他にも研究、素材の保管、資料の作成等の仕事はあるが、今は関係ない。

そんな、魔法オタクしか訪れないはずの過疎の象徴である魔法協会の入口に、行列というか人だかりというか、とにかくたくさんの人が集まっていた。


……え?この世界は明日滅びるの?

そんな不安を覚えながらも、俺は人だかりに近づく。野次馬根性というやつだ。

端の方にいる人に、どういう状況なのか聞いてみた。


「あの、いま、魔法協会では何が……?」

「ん?あぁ、お前らも採集者か?全く、魔法協会も酷いよなぁ」


……何があったか聞いてるんだけど?

俺は言葉が通じない謎は置いといて、めげずにもう一度尋ねる。


「何があったんですか?」

「だから、魔法協会の奴らに怒ってる採集者が集まっただけだ」

「はい?なぜ?」

「魔法協会は、魔法植物や魔法生物に対抗出来る武器や防具を持っているらしいんだ。採集者だって命懸けだろ?だから武器を貸すかくれるかしてくれって頼んでるのに、奴らは無理だ、とか、保証金の金貨数十枚が必要、とか言うんだぞ?ふざけんじゃねぇ、お前らに採集の何がわかるって言うんだよ!ってわけさ。ったく、心が狭いよなぁ」


……馬鹿なの?と言いたいが、向こうは魔法協会に入ったことがないのだろう。

魔法協会の仕事内容や魔法道具の価値を知っていることを前提に話を進めてはいけない。


「どこがおかしいの?当然じゃない」

「保証金を払わずになんで貸してもらえると思ってるんだ?……んぐっ!」


首を傾げ、正論で火に油を注ぐツェリアとリウスの首根っこを掴み、魔法協会に抗議する集団から離れる。


「何すんだよレノール!」

「私は魔法協会の役割も知らない、自分は正しいと勘違いしている馬鹿に真実を教えただけよ?」


……辛辣すぎるだろ。まぁ、気持ちはわかるけど。


「それでも、そう言うと余計に魔法協会に迷惑がかかる。それで逆上して、俺たちや魔法協会が襲われたらどうするんだ?」

「あいつが投獄される」

「違うその前だ」

「はい!俺たちが怪我をしたり、魔法協会が被害を被る!」

「リウス正解」


ツェリアは腑に落ちない顔をしているが、俺は前世三十年間、今世十三年間の経験でわかる。金に目が眩んだ人間は、基本なんでもするんだ。


「じゃあ、どうすればいいのよ?私たちは資料を返したいんだけど」

「正面突破はどうだ?入口を開ければ、ゼライルさんもいるしこっちのもんだろ」

「そうしよう。それがダメなら諦める」


そう言うと、俺たちは行動を開始する。行動と言うほど大層なものでもないが。

心を無にして人混みを通り抜け、子供の体格を利用して人々の隙間を潜り、扉の前に立った。

ダメ元で扉を開けると、あっさりと開いた。


「あれ?これで大丈夫なのか?」


リウスの言葉に共感しながら、俺は中に入ろうとした。


「痛っ!」

「うわあ、なんだこれ!?」


入ろうとすると、顔面を思いっきり殴られたような痛みが俺を襲った。ついでに、ぶつかった箇所の音がうるさい。耳がキーンとするような高音。

……え?なにこれ!?

よく見ると、魔法結界が張ってあった。俺はそこに顔をぶつけたという訳だ。痛い。

……これでは、入れない!


「どうしよう!入れないじゃん!」

「うーん……」

「張り込みでもしたらどうかしら?」

「え?」

「最終手段としては、いいんじゃないか?」


突拍子もない意見に、俺たちは傾きかける。


そんな俺たちを救ったのは、魔法協会側の人間だった。


「資料の返却ですか?」

「ふぇ?」


聞こえてきた声に、思わず間の抜けた声を出してしまう。


「ゼライルさん?」

「はい。魔法協会魔法薬科職員のゼライルです。約一年半ぶりですね。お久しぶりです」

「えーと、何故ここに?」

「職場ですから」

「なぜ入口に?」

「魔法結界に人がぶつかったようなので、悪質なものだったらぶつかった人を手加減無しの二色でぶっ飛ばせ、という協会長の命令により参りました」

「あ、やっぱり迷惑ですよね!?よかったぁ、私と同じ思考の人がいて!」


ツェリアが仲間を見つけた雪山遭難者のような顔をするが、ゼライルさんは無表情で一蹴する。


「人々の抗議内容はどうでもいいのですが、結界にぶつかられると迷惑なんです。結界は建物の周りを全て覆っているので、一箇所にぶつかられると全体に音と振動が伝わり、とてもうるさいんですよ。こちらには業務妨害という大義名分があります」

「……たしかに、この音がそこかしこから聞こえてきたらぶっ飛ばしたくなる気持ちも分かりますけど……」


想像しただけで耳が痛い。それにしても、結界の魔法道具は便利だが、うるさいという致命的欠陥を抱えている気がする……。

そして、俺は恐ろしい可能性に思い当たった。


「ぶっ飛ばされた人は……いるんですか……?」

「いいえ、一人一回までは見逃しています。間違いというものは誰にでもありますから。一度脅しをかけるために、敷地内に生えている木を魔法攻撃したら、結界を壊す気が失せたようで、攻撃の手を止めてもらえました」


……よかった、誰も攻撃されてなくて。ゼライルさんの本気は、普通に人を殺せると思う。人殺しなんて嫌だ。

それに、講義中の採集者が賢明で良かった。そうでないと、魔法生物並に強いゼライルさんにぶっ飛ばされるところだったのだから……。


現に、入口の結界越しに話しているゼライルさんを見ても、採集者たちは文句も言わず、口も開かない。その目には、明らかな怯えの色が浮かんでいた。

少しだけ採集者に同情する。


「これをどうぞ。結界を通過できる魔法道具です。安物なのであげます」

「あ、ありがとうございます……」


俺たちは魔法道具を受け取り、結界の中に入る。通れるとはわかっていても、一度激痛を食らわされた結界を通る時はドキドキした。

ゼライルさんは扉を閉める前に、採集者にこう言う。


「死亡事故の爆発的増加を踏まえて、流通協会と魔法協会が合同で、採集者向けの採集講習を開く予定です。詳細は未定ですが、続報をお待ちください」


ゼライルさんへの恐怖からか、講習が行われることで少し機嫌が良くなったのか、採集者たちは少し静かになった。


俺は、本日の目的である、抱えていた資料を返す。


「あ、これ、資料です。貸していただきありがとうございました」

「いえ、沢山あるものなので。魔法素材の勉強は捗りましたか?」

「はい。とっても」


沢山あるとは言っても、何となく俺は借りたものを返したくなる性なのだ。


魔法協会の中は、一年半前と変わらずに過疎の象徴だった。さっきまで流通協会にいたせいもあって、過疎具合が引き立つ。


「そういえば、協会長から貴方たちに要望がありました。今言った、流通協会との合同の採集講習に協力して欲しいとの事です」

「私たちが?」


ツェリアが不思議そうに首を傾げる。

たしかに、何も俺たちを頼らなくても、ベテラン採集者は数十人いたはずだ。


「はい。なんでも、ひと目でわかる初心者で、採集経験があって、魔法素材に詳しい人材がいたら紹介して欲しいと流通協会長から要望があったそうです。協会長が思い浮かんだのが、貴方たちでした」


……適任すぎる。


「俺たち三人で、ですか?」

「はい。謝礼は一人銅貨一枚と、お好きな中ランク素材をひとつずつ。いかがですか?」


とりあえず、お金と素材が貰えるということだ。俺は頷いた。

暇だし、採集の基本を学べる講習には参加したいし、参加してお礼が貰えるならもっといい。


「ご協力ありがとうございます。では、講習の打ち合わせの予定は明日わかるようなので、明後日に魔法協会に来て頂けませんか?」

「分かりました」


一年半で、魔法素材を取り巻く環境は変わっていた。でも、変わったなら、俺たちも変わればいい。

俺たちは新たな資料をいくつか借りたあと、魔法協会をあとにした。

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