第11話 制限
流通協会。魔法協会、商業協会と並んで「三大協会」と呼ばれ、街中のありとあらゆる品物を管理し、他の街との貿易の要である協会。
散々道に迷った末、俺たちは、そんな流通協会に足を踏み入れた。
「魔法協会とはまた違った感じだな……」
「確かに。何となく倉庫っぽいね」
流通協会の内装は、効率的という言葉が似合うような、シンプルで機能的なデザインだった。扉が沢山あり、そこかしこに木箱が置かれ、作業の邪魔になるような飾りが一切ない。高級という言葉が似合う魔法協会とは対照的だった。
たくさんの人で賑わうロビーを抜け、受付の列に並ぶ。流通協会の内装や行き交う人を観察していたので、しばらく待ったにも関わらず暇ではなかった。
列が進むにつれ順番が近づき、やがて俺たちの番になった。空いた受付に進むと、受付係は俺たちを見て、わかりやすく不審げな顔をする。
……なんか、子供を不審がる視線に慣れてきた。いいことかは分からないけど。
「あの、魔法素材の売買について伺いたいのですが……」
「魔法素材!?」
おずおずと尋ねると、受付係は顔をしかめて俺たちを上から下まで眺める。そして、不思議そうに首を傾げた。
「魔法素材の売買を行うんですか?」
「はい」
再び受付係は固まる。
確か、魔法素材の売買はとても珍しいと聞いた。採集のリスクが大きすぎるし、採集したとしても魔法薬にしてしまうからだ。
そんな珍しい魔法素材の売買を、成人前の子供だけでするのだから、不審がられても当然だと思う。
「失礼ですが、魔法素材の収集には大きすぎる危険が伴います。もう一度考えられてはどうでしょう?」
「……考えました。その結果、俺たちは、魔法素材の売買をしようと思いました」
「え……。リスクもきちんと考えて、ですか?」
「はい」
受付係は心配そうな顔をして、俺たちを見る。
……この人は多分いい人だと思う。
「両親の許可は取ってあるんですか?」
「……いえ、まだです」
受付係の言葉にハッとしたのは俺だけではなかった。リウスもツェリアも、思い出したように目を見開く。
……親に確認するのを、忘れていた。
「では、親の許可を取ってからまた来てください。もし許可が降りたなら、魔法素材の取り扱い許可証申請を出しますので」
「ありがとうございます」
後ろにたくさんの人が並んでいるので、俺たちはすぐに受付を去る。
俺たちは大事なことを忘れていた。俺たちがまだ子供だということを。
俺たちはなんとも言えない気持ちで、家までの道のりを歩いた。
「父さん、母さん、話があるんだけど」
「どうしたの?」
家に帰り、農作業を手伝ったあと、俺は父さんと母さんに改まって話しかけた。
両親は、農作業で汚れた手を念入りに洗いながら、俺の話を聞いてくれる。
「魔法素材の採集と、売買をしたいんだ」
両親は、視線で「なぜ?」と俺に先を促す。俺は少し遠くを見ながら、言葉を選んだ。
「商店を始めるには、たくさんのお金がいるんだ。今まで、屋台とか魔法薬とかをやってみたけど、どれも大した利益にはならなかった。今考えられる中で一番利益が出るのが魔法素材なんだ」
「だからといって、わざわざ命の危険がある魔法素材に手を出す必要は無いだろう。利益が少なくても、コツコツ続ければいつかは目標金額に届くんじゃないか?」
「……商店を持つには、少なくとも金貨500枚は必要なんだ。魔法薬は売れるものを作れないし、屋台では半年で金貨7枚。それに、金貨7枚も新しい料理だったからだ。あと100個も料理なんて開発できない」
「え……?」
両親は絶句する。
息子が金貨を500枚集めようとしていることも、半年で金貨7枚を集めたことも、驚くに足りる材料だったのだろう。
新しい料理を開発したことは両親に伝えたが、それで何とかなると思っていたようだ。俺もはじめはそう思っていたが、現実は甘くない。
「でも……そのために、命を危険に晒すの?お金のためなら死んでもいいの?」
「……それは、嫌だ」
母さんの言葉に、俺は返す言葉がなかった。
お金のために死ぬ?……そんなのは絶対に嫌だ。でも、死を恐れるあまりお金を稼げないのも嫌だ。
頭の中では激しい矛盾が討論を繰り広げている。だが、結論は出ない。
「レノールは、本気で商人になりたいのか?それとも、リウス君の友達だからという理由で付き合っているだけなのか?」
父さんの疑問に、俺は即答する。
「どっちも。それに、父さんと母さんを困らせたくないし、将来は農家になりたい。でも、商人もやりたい。これは全部本気」
「……そうなのか」
「レノール……」
リウスに付き合っているのは事実だし、将来は家業の農家を継ごうと思っているのも事実だ。
だが、今は昔ほどリウスの夢を無理なこととは思ってないし、それどころか俺とリウスとツェリアが頑張れば実現できると思っている。俺は、段々とリウスの夢を本気で応援し始めている。
しばらくの間、沈黙が降りる。
時間が経ち、沈黙を破ったのは母さんだった。
「レノール、これはレノールだけの問題じゃないの。レノール、リウス君、ツェリアちゃん、そしてそれぞれの親である私たち、全員の問題。……今度、関係者全員で話し合えない?」
「わかった、次会う時に二人に聞いてみる」
そうして翌日に会ったリウスとツェリアに聞いてみると、快く了承してくれた。だから、魔法素材を集めてもいいのかどうかは、今度の関係者会議で討議することになった。
関係者会議の開催が決まってから、しばらくたったある日。
あまり広くはない我が家のリビングに、関係者会議メンバーが集まった。
それぞれの両親がいるのがなんだか新鮮で、俺は忙しなく周りを見回してしまう。
「揃いましたね。わざわざありがとうございます。早速ですが、魔法素材の採集を子供たちがすることについて、皆さんはどうお考えですか?」
俺たちの運命を決める会議は、母さんの一声で始まった。
その言葉に、大人子供問わず、緊張感が体を包む。
「私は、危険のない範囲でならいいと思うのだけれど……」
「おれも同意見です。ただ、おれも商人を目指したことがあったけれど、別世界すぎて諦めました。ツェリアも、少し無謀なことをしているという自覚は持って欲しい」
口を開いたのは、ツェリアの両親だった。
その言葉で、少しだけ部屋の空気が緩む。
「やりたいことをすりゃあいいんじゃねぇか?リウス達だって死ぬような状況になったら気づくだろ?」
「それはそうだけど……今のリウスに、危険を感じとる能力があるの?」
リウスの両親も同じような意見。
だが、危険を感じとる能力とは、どのようなものなのだろう。
「今のレノールたちには、危険を感じとる能力は、私たちほどはないと思います。積んできら経験が違うから」
「そうね、どのくらいの年齢になったら一人前なのかしら」
「やっぱり成人じゃないかぁ?」
俺は、リウスの父さんの言葉に戦慄する。
……このままでは、成人する日まで事業ができなくなってしまう!
成人までに、俺たちの仕事は決まる。基本は家業を継ぐか、知り合いの工房や屋台で雇われるのだ。
この就職の時点で、商店を持ちたいという夢は通用しない。夢があろうが理由があろうが、強制就職させられるだけだ。抵抗しても、現実を見ろと言われるだけ。
…つまり、成人までに事業を起こすか、働かない理由が作れるほど事業を完成に近づけないといけないのだ。でなければ、強制的にどこかで働くことになる。
そして、成人まで魔法素材を採集してはいけないのなら、必然的に商店以外で働くことになる。リウスの、商店を持つという夢は潰されてしまうのだ。
「ちょ、ちょっと待って!それじゃあ私たちは商人になれないじゃない!」
「せめて、十三歳辺りから採集可能にしてくれ!」
「成人まで採集禁止?それは酷すぎる」
そのことに気づいた俺たちは、猛抗議をする。両親たちは、俺たちの様子を見つつ、また討議を始めた。
今回の争点は、魔法素材の採集をしても大丈夫なのは何歳からか、という究極の難問。
俺たちは、両親の会話に時折口を挟みながら、動向を見守る。
かなりの間話し合い、やっと結論が出たようだった。
話の流れで何となく察してはいるが、俺たちは背筋を伸ばして両親たちの結論を聞く。
「レノール、リウス君、ツェリアちゃん。あなたたちの魔法素材の採集は、十三歳になったら許可します」
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