第9話 魔法薬のためなら
次の日になり、俺とリウスとツェリアは待ち合わせたあと、一緒に魔法協会まで行く。
親には森に行く、としか言っていない。嘘をついて申し訳ないとは思うのだが、魔法植物と戦いに行くと言ったら両親は絶対に俺のことを心配して止めてくれる。それでは困るのだ。
親に心配をかけないためにも、怪我などには気をつけようと決めた。
昨日も歩いた道を辿ると、魔法協会の特徴的な白い建物が見えてきた。約束の時間に遅れないように少し足を早める。
魔法協会の扉を開いた先の待合席では、ゼライルさんが大小様々の箱を抱えて待っていた。
ゼライルさんは俺たちに目を向けると、緩慢な動きで立ち上がった。
「おはようございます、レノールさん、リウスさん、ツェリアさん」
「「「おはようございます」」」
そう言うと、ゼライルさんは椅子に置いてある箱を手に取った。
……なんだろう?
その箱は俺も気になっていた。思わず箱を見ようと前かがみになる。
「これらが、今日の採集を効率的に進めるための魔法道具です。私が借りるための保証金を払ったため無償で貸し出しますが、破損、紛失をしてしまったらひとつにつき金貨数枚から数十枚が必要になるので気をつけてください」
「は、はいっ!」
あまりの金額に恐怖を覚えながらも、俺たちは何とか頷く。
……壊さなければいい話。そう、大切に扱えばいいのさ……。
俺たちが若干脅えている間に、ゼライルさんは箱を開封していたようだ。椅子の上には、カラフルな光を放つ石がついた、武器やアクセサリーやマントがあった。
この光る石が魔法核なのだろう。
「では、こちらの魔法道具を貸し出しますね。レノールさんはこの剣とマントと指輪を。リウスさんはこの槍とマントと指輪を。ツェリアさんは、この剣とマントとネックレスを身につけてください」
そう言ったゼライルさんも準備は万端なようで、指輪やネックレスを身につけ、マントを羽織り、パンパンに膨らんだバッグを肩にかけている。
俺たちも恐る恐る魔法道具を手に取り、それぞれ身につける。不思議と身につけるとサイズはピッタリだった。
「この武器は魔法攻撃の威力を強化できるもの、アクセサリーは魔法量の回復速度を一時的に飛躍的向上させるもの、このマントは命の危険に晒された時に、数秒間破壊不能……と言っても、一度使うと一日は使えない盾を作り上げる魔法道具です」
「そんな威力があるのね……」
「すごいな!」
なんだか前世でやった何かのゲームのアイテムみたいだ。
ツェリアとリウスの言葉を聞いたゼライルさんは、少しだけ口の端をつり上げる。
「ええ、魔法道具は素晴らしいのです。こちらは安価なものなので効果も弱いのですが、強いものは信じられないほど強いのですよ。少し昔、魔法道具の奇跡とも呼ばれる、複数の魔法核を合体させることの出来る魔法道具が発明されてからは、魔法道具の技術は飛躍的に向上したのです。天才とはいますよね。いつか強力な魔法道具を目にかかりたいものです」
そこまで言って、ゼライルさんは我に返ったように口を噤んだ。
……ゼライルさんは、絶対に魔法道具魔法薬オタクだよな。じゃないとこの熱意、この情報量に納得がいかない。
「では、早速採集場所の森まで行きましょうか」
「あの、森はかなり遠くないですか?どうやって行くんですか?」
ゼライルさんは、俺の言葉に軽く首を傾げる。
「魔法生物ですよ。そうすればあっという間ですから」
「ふぇっ!?」
「魔法生物……って、乗れるんですか?」
魔法生物は、一般的には訳の分からない攻撃を繰り出す超危険生物だ。乗る、とはどういうことなのだろうか。死なないといいのだけれど。
ゼライルさんの後について行くと、魔法協会の白い建物の屋上に出た。屋上の床まで白い。
なぜここに来たのか、理解が追いつかない俺たちを置いて、ゼライルさんは屋上にある白い小屋に寄っていく。
不審に思ってゼライルさんを観察すると、小屋の中に入り、しばらくすると何かを連れて出てきた。
俺は何かを見るために目を凝らす。
……ああ、あれが魔法生物か。
大きくて真っ黒のモコモコとした、一見可愛らしい魔法生物。首には金色の鎖がついていて、人を襲わないように注意を払われているというのがわかる。でも、口元と爪は凶暴そうな黒い光を放っているし、金色の目も敵意に燃えている。
俺たちは思わず一歩後ずさった。
そんなことはないと信じているけれど、今にも襲われそうな気がした。あの魔法生物の身体中を敵意が包んでいて、俺たちは明らかに敵認定されている。冷や汗が頬をつたった。
リウスとツェリアも同じようなことを思っていたようで、俺たちは顔を見合わせる。
「さあ、行きましょう」
ゼライルさんは慣れたような動きで、その手の指輪を光らせる。
指輪が光った瞬間、シンクロするように鎖も光り輝き、直後に魔法生物が発する殺意が消えた。
当然のようにその背中に乗り込むゼライルさんに続いて、怖気つきながらも、俺たちも背中に乗り込む。ふわふわしていた。
ギュッとゼライルさんが鎖を握ると、ふわりと下で支えるものが無くなった感覚がした。
ちょっとだけ気持ち悪くなり、喉を押える。
命綱無しで空を飛んでいることに気づいたのは、到着する一瞬前だった。
心臓が凍ると共に地面に降り立ったので、何とか俺の心臓は守られた。
魔法生物から降りて、ここが森の中であることを確認する。目の前には古そうな大木があったので、それが今回のターゲットだろう。
「ここですね。……最近は乱獲が減ったからでしょうか、素材がこの前より増えています」
ゼライルさんはくるりと森を見渡し、俺たちに鋭い目を向ける。
思わず姿勢をただした俺たちを見て、ゼライルさんはこう告げた。
「この木に、カラフルな実がなっているのはわかるでしょう?実の色は適応する属性の色です。なるべく自分に合った色の実を採ってください。ちなみに、誰がとっても効果は同じですが、今回は自分のものは自分でとってみてください。こんなに弱い魔法植物なんて滅多にないのですから。最初に実を採ったら、戦闘が始まります。あちらの攻撃方法はこちらに花をぶつけて花を爆発させることと、枝と根がこちらに絡みついてきます」
「……不安要素しかないんですが……死なない保証はありますか?」
ツェリアが不安そうに尋ねる。今ならまだ引き返せる。
「怪我さえもさせない自信がありますよ。ただ、実を採ると採るほど木からの攻撃が激しくなるので、一人一つとったら離れてください。欲張ると死にます。強力な攻撃を繰り出すか、人が居なくなると自然と攻撃は止むので安心してください」
「は、はい!」
「じゃあ、行きますよ。武器を構えてください。適当に実をとって、身を守ればいい話ですから」
それが最高に難しそうなのですが……。まあ、怪我しないとゼライルさんが言うなら信じるしかない。俺は剣を構える。
ゼライルさんは小さなナイフを俺たちに渡し、自分も槍を構える。
「行きます。何かあったら叫んでくださいねっ……!」
言葉を言い終わらないうちに、ゼライルさんは低い位置にあった青色の実をもぎ取る。
その瞬間、木が真っ黒に輝き、触手のように伸びてきた無数の根と枝が俺たちを襲った。
「うわ!?」
「えっえっえっ?」
「ひゃぁ!」
思わずパニック状態になり、剣を放り出しそうになる。慌てて思いとどまり、俺は剣を枝に向けた。
サクッ、と軽快な音を立てて枝は崩れ落ちた。……なるほど、この枝や根はすごく弱い。極論、武器で触るだけで崩れていく。
リウスとツェリアもそのことに気がついたのか、少し冷静な表情を取り戻して無心に枝を刈っていた。
「花が来ます!降ってしばらくすると爆発するので気をつけて!」
「はいっ!」
ばらばらとカラフルな花が降ってきた。
避けようとするが、枝や根が邪魔で上手く避けられない。
近くに青い花が落ちた。慌てて近くの枝を刈り、離れようと思うが、動けない。
……いつからこんなに枝に囲まれていたのだろう!?
青い花が黒い光を放ち、一瞬光が止まる。おそらく爆発するのだろう。そう理解したところで、心臓が凍る。
俺はあまりの恐怖に枝を刈る手を止め、来る衝撃に備えて手で頭を覆う。
なんとも形容し難い爆発音が響き、俺は自分のは死を覚悟した。
………………。
……………………………。
………………………………………生きてる?
爆発音も消え、周りには巻き添えをくらって吹き飛ばされた植物が散乱している。
状況の読めない俺は、それでもまずは自分の安全を確認せねばと思った。
頭を触る。血の感触はしない。
体を見る。大きな怪我はない。
不審に思って焦点を体から木に向けると、俺は自分が無事であった理由がわかった。
マントの効力でできた盾がそこにはあった。破壊不能な盾は、俺が見た瞬間に時間制限のために消える。
「レノール!?大丈夫!?」
「うん……、一応」
少し遠くにいたリウスが駆け寄ってきたので、俺は立ち上がる。
「急いで実を採ろうぜ。花を爆発させたあとは少しの間攻撃が止まるらしいぞ。そこが狙い目だって」
「そうなのか!?急ごう!」
言われた通り、確かに枝や根の攻撃は止まっていたので、木の近くには簡単に辿り着けた。ツェリアはもう実をとっていたようで、青色の実を大切そうに抱えている。
気の近くで武器を構えているゼライルさんは俺たちを見て、早く行くよう顎で示す。
「行こうリウス」
「おう!」
ゆっくりだが動き出した根と枝を見て、俺たちは足を早める。
木の前に立ち、低い位置にある赤い実をとった。リウスは黄色の実をとった。
呆気ないほど簡単に採集は終わった。
「……なんか、面倒な割に簡単だな」
「ああ。……って、ええ!?」
笑いながら頷いたリウスの顔が引き攣る。
リウスの見たものを見ようと振り返ると、俺の顔も引き攣った。
実を更に二つとられたことを怒ったのだろう。急激に真っ黒な枝と根が伸び、数箇所に集まって枝同士で絡まりはじめた。
不気味で意味不明すぎる動きに俺たちは固まるが、ゼライルさんは気にする素振りもなく金色の鎖を振り回した。何度か鎖を振っていると、遠くから鎖にくっついた魔法生物が引き摺られてくる。
「先に乗っていてください。この枝を処理したら私も乗るので」
ゼライルさんはそう言うと同時に、絡まり合い、太くなった枝が急に伸び、俺たち目掛けて襲いかかってきた。
「大地よ、空よ、剣の如く二色の魔力を我に与え給え」
二色バージョンの詠唱はこうなんだ、と思っていた俺は、一秒後に度肝を抜かれることになる。
「……え?」
「嘘でしょう?」
「……どういうことだ?」
あまりの光景に、魔法生物に乗りかけていた俺たちは呆然と言葉を漏らす。
ゼライルさんが詠唱をする。青色と緑色の光が溢れる。そこまでは良かった。
そのあと、二色の光は黒い枝を包むように飛んでいき、直後、光は大量の枝と共に消えた。
……俺たちがあんなに苦労した細い枝よりも、数百倍は太かったと思う。その枝数本を、魔法道具の補助があったとしても一度の詠唱で根絶させるなんて。
木には相変わらずカラフルな実がなっていたが、この攻撃によって生命力を削られたのか、黒く禍々しいオーラは消え、一見すればただの木状態に戻っていた。
「色が増えると、色の数ほど魔法の威力が強くなるらしいですよ。二色でもこれなんですから、全色はどのくらい強いのでしょうか……」
あっさりと木を撃破したゼライルさんは、魔法オタクの表情で溜息を吐く。俺たちはゼライルさんの高すぎる威力に感嘆の息を吐く。
「それでは、帰りましょうか」
「はい」
初めての対魔法植物戦は、ゼライルさんの威力への驚きと、初めての魔法素材を俺たちにもたらした。
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