第8話 魔法薬を作りたい

ドアを開けて、魔法協会に入る。


魔法協会の建物の中は、沢山の魔法植物や魔法生物の標本が飾られ、沢山の魔法道具が動いている、博物館のような場所だった。

でも、博物館ではなく魔法協会な証拠に大きなカウンターと沢山の待合席がある。


「わぁ……すごい」

「色々あるな」


高そうなカーペットを踏みしめ、俺たちはカウンターへ向かう。受付係に魔法薬の作り方が知りたい、と言うと、少し待つように言われた。俺たちは大人しく待合席に座る。


言葉の通り、少し待つと担当らしき女性がひょこひょことやってきた。腰にジャラジャラと液体の入った瓶や変な石の着いたベルトをぶら下げているのが、いかにも研究者らしい。だが、俺はその女性を見て、少しの違和感を覚える。

……協会や商店で働けるのって、確か16歳になって成人したからだよな?どう見ても、この人は14歳くらいにしか見えないのだけれど。

そんな疑問をよそに、女性は俺たちに感情の読めない目を向けた。


「レノールさん、リウスさん、ツェリアさん。魔法薬の講習を受けるのは、貴方達で間違いないですか?」

「はい。間違いありません」


無表情な女性の機械的な言葉に、俺は人間らしくないものを感じる。女性は会議室で講習を行うことを告げ、先導して歩き出す。


階段を上り、着いた三階に会議室はあった。

女性の後に続いて部屋に入る。光が差し込むように設計された会議室は明るかった。


「お好きな席におかけください。改めましてはじめまして。今回の講習を担当します、魔法協会職員のゼライルと申します」


女性……もとい、ゼライルさんはそう告げると棚から資料と箱を取りだし、俺たちに配る。

10枚ほどの資料には、魔法薬の作り方や素材の組み合わせの一覧などが書いてあった。こういう表を見るとワクワクするのは何故だろう。


「まずは簡単に魔法薬の説明でもしましょうか。……魔法薬は、魔法核はありませんが、身体強化系の魔法道具の一種です。貴族だけで魔法道具を賄えなくなったときに、平民に作らせたのが魔法薬と魔法協会の始まりと言われています。一時期は作り方が簡単で消費する魔法量が少ないことから貴族平民問わず大流行しましたが、今では魔法道具が発達したことと、過去の乱獲によって素材が強く、珍しくなったせいで、魔法薬は廃れつつあります。魔法道具は繰り返し使えるのに魔法薬は一度しか使えないことも人気のない理由の一つです」


魔法植物って、乱獲から身を守るために強くなるんだ。ぶっ飛んでるわ。


ゼライルさんはしばらく魔法薬と魔法道具と魔法協会の歴史について、淀みなく話してくれたが、段々とよくわからなくなってきた。こんな長い話、よく覚えられるな……。


「魔法薬の作り方は資料に書いてある通りです。では、箱を開けてください。この中には品質は恐ろしいほど悪いですが、魔法石や魔法植物が入っているので、説明のとおりに作ってみましょう。先に私が実演します」


早速作る様子を見れるようだ。よくわからない歴史の話から解放された俺たちは息をつく。魔法薬を作れるのが嬉しくて、思わずにやけてしまう。

好奇心でいっぱいの俺たちは、椅子に座ったまま少し離れたゼライルさんを凝視した。


ゼライルさんは特に説明はせず、資料に書いてあるとおりに淡々と魔法薬を作っていく。

鍋の中の素材が、よくわからない粉や液体と混ざり、祝福の光を受けて輝いたら完成らしい。目の前で、謎の物質が輝くと液体になっているという光景を見るのはなかなか衝撃的だった。

俺は、祝福の光が青と緑色の2色であることに気がついた。


「ゼライルさんは、二色の魔法が使えるんですか?」


確か平民で二色の魔法が使える人は、ひとつの街に一人いるかいないか、というくらい珍しかったはずだ。首を傾げる俺を見て、ゼライルさんはなんのことも無さそうに答える。


「はい、そうですが。私は二色の使い手ということで特別に未成年で魔法協会職員になったのですから」

「そうなんですね」


二色の使い手かどうかと、魔法協会にいる理由、二つの謎が解けた。

俺が一人で頷いていると、ゼライルさんは完成した魔法薬を俺たちに見せる。


「こちらが完成品です。今回は視力強化の魔法薬を作りました。ですが、素材が悪すぎるので飲んでもなんの効果もありません。では、作ってみてください」

「はい!」


なんの効果もないというちょっとだけ悲しい事実を知ってしまったけれど、それでも楽しみなものは楽しみなのだ。俺は好奇心に満ちた手を素材に向かって伸ばす。


視力強化の魔法薬に使うのは、黒っぽい青色の石と、くすんだ緑色の石と、白っぽい色の粉と、青色透明の液体、何かの葉っぱ、そして透明の石だ。


「貴方たちの中に、青色か緑色の魔法の使い手の方はいますか?」


……そういえば、リウスとツェリアは何色なのだろう。ゼライルさんの言葉に、俺も思わず二人を見る。

ツェリアが手を挙げた。


「はい。私は青色です」

「なら、素材と同じ色の祝福なので魔法薬が比較的作りやすいかもしれません。レノールさんとリウスさんは、無色の祝福は送れますか?」

「「…無色の祝福?」」


聞きなれない言葉に、俺とリウスは顔を見合わせる。

さっぱりわからない。そんな心の声が通じたのか、ゼライルさんは軽くため息をはいた。


「人は、それぞれの色の祝福の他に、無色の祝福も送ることが出来るのです。まあ、個人差があるので、教えたそばから使える人から一生使えない人まで様々ですが。素材の色と自分の色が合わない時は、無色の祝福を使ってください。該当しない色の祝福を行うと魔法薬は作れないか、酷い時は失敗して爆発します」

「爆発……。無色の祝福はどうやるんですか?」

「自分の祝福を無にするイメージです。こうやって……」


そう言って呪文を唱えたゼライルさんの手から、透明の光……と言うよりは、透明の水滴のようなものが溢れる。溢れた水滴のような祝福は、床に触れて水では無いことを証明するかのように消えた。


「……これが、無色の祝福」


ゼライルさんの言葉を聞きながら、俺は驚きや衝撃から口をぱくぱくと動かす。

……11歳になるまで生きてきたが、無色の祝福なんて初めて知った!まだまだ知らないことは多いな。


「大地よ、空よ、光の如く無色の魔力を我に与え給え」


俺は、手を上げて無色の祝福を試みる。

手に神経を集めるようにして、身体中のエネルギーを手に送る。そして、自分の色を抜くように力をゆるめる。

溢れ出した光は、赤っぽい透明だった。


「あと少し、色を抜いてみて」

「はい」


もう一度挑戦する。前回よりも、さらに純度を高く。美しく。

俺の手に温かいエネルギーが集まったと思うと、きらきらと光を反射する水滴のような祝福が溢れた。

その見慣れない光景が不思議なくらいに神秘的で、俺は思わず息を飲む。


そのまま、光に見惚れたまましばらくの時間が経過した。光から意識が戻ったのは、鈍い痛みが後頭部に走ったからだ。

何事!?と辺りを見回すと、目の前は天井、左右には人の足が見えた。倒れたな、と瞬間的に理解する。


「おーいレノール、大丈夫か!?死ぬな!」

「レノール、平気?多分祝福による魔力の使いすぎよ」


死なないよ、と言葉を返しながら立ち上がる。少しよろめいたが、少しすると治った。


「レノールさんとツェリアさんは早速魔法薬を作ってみてください。リウスさんは、無色の祝福の練習を」

「はーい」


リウスが黄色の光をうなりながら出すのを見ながら、俺は鍋に材料を入れていく。かき混ぜ、練習した無色の祝福をかけた。

かけている途中にまた倒れるのではないかと思ったのだが、本当に一瞬祝福をかけたら祝福が移ったかのように素材が光り輝き始めた。


「わぁ……!」

「すごいな……」


同じように光り輝く鍋の中身を見ながら、ツェリアが呟く。俺も同意した。

少しすると光が収まり、代わりに薄い青緑色の液体が姿を現した。


「完成しましたか」


ゼライルさんは細長い瓶を取りだし、鍋の中身を瓶に詰める。


「……まあ、この魔法薬にはなんの効果も無いので、保存したところで意味はありませんが。これは記念にでもどうぞ」


そう言って瓶を俺とツェリアに差し出す。

俺とツェリアは達成感を感じながら受け取った。


「んんんああぁぁ!!祝福が出来ないぃ!!」


そんな俺たちの達成感をぶち壊すリウスの叫び声。

俺たちはリウスを振り返った。……だがしかし、俺たちにできることは無い。応援するのみだ。


「……頑張れ」

「応援してるわ」

「ぅおおぉぉいっ!」


リウスには頑張ってもらうしかない。

応援の気持ちを込めてリウスを見ると、悔しそうに睨まれた。慌てて目を逸らす。


「……あの、良ければ明日、素材収集に行きませんか?」


その声に、俺は驚いた。同様にリウスとツェリアもゼライルさんを見る。

ゼライルさんは相変わらず感情の読めない顔で、俺たちを見遣った。


「そろそろ私の研究室でも足りない素材が出てきましたし、私なら数回の素材収集経験があるので力になれると思います。幸いにも、私は青と緑、リウスさんは黄色、ツェリアさんは青、レノールさんは赤。四色ですが、魔法植物で黒か白の魔法が必要なほど強いものはないと思いますし、採集用の護衛を雇うと高いんですよね」

「え……でも、採集は危険だと聞いたんですけど……」


ツェリアが不安そうに尋ねる。もちろん俺たちに戦闘経験は無い。


「確かに変な魔法をかけてくるやつとか、身体中に巻きついてくるやつとか、ちっちゃい虫を出してくるやつとか、変なものは沢山いるけど大丈夫ですよ。戦闘用の魔法道具をいくつか借りていきますから」

「そういう問題ですか……?」

「そういう問題です」


ゼライルさんは軽く肩をすくめる。行くか行かないかは、俺たち次第だ。


「私は……弱い魔法植物なら、行きます」


俺が考えていると、ツェリアが意を決したようにゼライルさんを見据えた。ゼライルさんは少し目を細めると、頷いた。


「なら、初心者用の魔法薬……そうですね、祝福強化の魔法薬を作りましょう。素材も採りやすいし、作るための祝福量も少なくて済みます」

「なら、俺も行きます」


リウスも決断をしたようだった。俺も腹を括る。


「じゃあ、俺も」


ゼライルさんは満足気に微笑む。

……初めてゼライルさんの人間っぽい表情を見た。

ゼライルさんは資料の片隅を示した。俺は手元の資料を覗き込む。


「では、ここからもそこそこ近い森に行きましょう。そこに生えている大木の実が、必要な素材です。時間があったら巨大な草も採集してきましょう」

「はい」


俺たちは明日の注意事項を聞き、魔法協会に来ることを約束する。

初めての戦闘。それも、よくわからない植物が相手だ。

一抹の不安を抱えながらも、俺たちは期待に胸を躍らせた。

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