第5話 失敗を生かせるかが大事だ

約束した明後日になった。

ごちゃごちゃと食材が置かれた家の台所に必要そうな材料を並べていると、開け放した扉からリウスが顔をのぞかせた。


「やっほーレノール!小麦粉と卵、持ってきたぞー」

「ありがとう!」


俺はリウスが持ってきてくれた小麦粉と卵、家にあった牛乳とバターと小麦粉を机に並べる。

ここに塩や砂糖があれば最強なのだが、調味料は珍しいが故に高い。その上、作ろうと思っても精製の方法がわからないのだ。


無いものは諦めて、俺は材料を確認する。

バターと小麦粉と卵と牛乳があれば基本的な食べ物の生地は作れると思うのだ。家畜はうちでも飼っているので、卵と乳製品は材料費がかからないことも嬉しい。


「それにしても、レノールは何を作るんだ?美味しいものか?」

「うん、多分美味しいよ」


リウスが目を輝かせる。

美味しい食事に目がないのは俺も同じだ。


「こんにちはっ!お邪魔しまーす」


ボウルや木べらを準備していると、ツェリアがやってきた。

ツェリアも材料を持ってきてくれたようで、机の上に大量の小麦粉が置かれる。


「ごめんなさい、うちは鶏を飼ってないから卵は準備できなかったの。代わりに小麦粉を沢山持ってきたわ」

「小麦粉はきっと沢山使うから多すぎることはないかな。ありがとう」


ツェリアがにこりと笑う。


俺は材料と道具が揃っていることを確認して、早速お菓子作り開始だ。とりあえず今日は、小麦粉と卵と牛乳で配合を変えながら作ってみたいと思う。


「ツェリア、リウス、見てて。今から作るから……と言っても、成功するとは限らないけど……」


プリッタの大失態を知っている二人は苦笑いし、表情を引き締める。


「まずはボウルに材料を全部入れて、混ぜます」


記念すべき最初の配合は、1:1:1だ。

秤に乗せ、重さを揃えたあと、ボウルにぶっこむ。そして混ぜる。

混ざったものは、トロトロした液状だった。

……失敗だ。


サクサクしたお菓子は確か、まとまった生地を成形して焼いたと思う。液状では成形できない。


「これを焼けばお菓子になるのかしら?」

「……ううん、ごめん。これは失敗作。成功作はもっと生地が固いはずなんだ」

「えぇ!?」


とは言っても素材を無駄にはしたくないので、この生地も焼いてみる。

密閉できる鉄製の箱に生地を流し込み、かまどの中に入れる。火力の調節ができるのは赤色の魔法の使い手の特権だ。


「……大地よ、空よ、炎の如く赤色の魔力を我に与え給え」


これはものを燃やす時の呪文。炎に向かって赤色の光が飛んでいき、炎がちょうどいい大きさになった。俺は満足気に頷く。

この世界では魔法は生活の一部なので、リウスもツェリアも魔法を見ても平然と次の準備をしている。慣れとはすごい。


「次は、配合を変えてみようか」

「水分を減らすのね?」

「うん」


二回目は、卵と牛乳の量を減らす。木べらで混ぜると、ちょうどいい手応えだった。


……これは、成功の可能性!

そう思ったものの、すぐに壁にぶち当たった。

サクサクしたお菓子は、何層も何層も生地が重なっているからサクサクなのだ。しかし、どうすれば何層も重ねられるのだろう?


「なあ、二人とも。簡単に数千層を作る方法って知らないか?」

「ちぎって重ねればいいんじゃない?……それだと面倒か」

「そうだね。うーん……」


俺は必死に前世の記憶を思い出す。

でも、ダメだ。作ったこともない物のレシピなんて知らない。


「折り重ねればいいんじゃね?」

「……それだっ!」


しばらくボツ案を出したり考えたりしていたが、リウスが放った一言で凍結状態は終わった。

俺は名案を出したリウスに全力の拍手を送る。リウスは目を白黒させていたが、満更でもなさそうだった。


固めの生地を何回も何回も折り重ね、層を作っていく。生地第2弾が完成した頃には、失敗作が焼きあがっていた。

火ばさみで鉄の箱を取り出し、ミトンをつけて蓋を外す。ふわっと卵の匂いがして、少し焦げた完成品ができた。


「おお、これはこれで美味しそう」

「……卵と牛乳を使った割に、あんまり量がないな」

「そうね、効率が悪いわ」


残念なことに不評。

少し冷ましてから一口ちぎって……硬すぎてちぎれなかったので、ナイフで切り、食べてみる。固くて粉っぽいいつものパンよりは美味しかったが、固くて卵の味がするパンになっただけだった。

……うーん、確かに効率が悪いな。


第2弾を焼きながら、第3弾のバターも加えたバージョンを捏ねる。


焼きあがった第2弾を食べてみると、少し固さがマシになったが、理想の味と全然違った。このレシピは却下だ。


しばらくして焼きあがった第3弾は意外と美味しくて、配合を変えて何度も挑戦したが理想の味、理想の食感にはならなかった。これも却下だ。


「……そろそろ終わりかな。明日、また来れる?」

「行けるぜ」

「ごめん、私は明日店の手伝いがあるの。二人でやってていいわ。次はきっと行くから」


予定を立て、失敗作を配り、帰る二人を見送る。

俺は成功が見えない挑戦に協力してくれる二人を、改めて心強く思った。




「今日で十日目か。……今日こそ成功するといいな」

「今日は昨日手応えがあったバターのみを改良して、水を入れてみるつもりだ。それがダメならバターのみを改良するか、焼き方を変えるか、作る手順を変えててみよう」

「ええ、わかったわ。今日こそ成功するといいわね」


そう、今日で挑戦も十日目だ。一日に5~10パターン作り、それを十日繰り返してもお菓子の生地は完成しない。

俺は何度も投げ出しそうになったが、その度に二人が引き留めてくれた。

……本当に俺には勿体なさすぎる仲間だ。


俺は二人の期待と我慢を裏切る訳にはいかない。

今日こそ成功する、と毎日念じている言葉を念じ、いつものように生地を作り始めた。


捏ねても捏ねても、失敗は続く。本日三度目の失敗をしたところで、次の生地を焼く。


希望の無い挑戦にため息をついていると、4パターン目が焼きあがったようだ。リウスが火バサミを手に取る。


「ん、これはいいんじゃないか?膨らんだぞ!それに、いい匂いだ!」


リウスの声の調子がいつもと違うことに気づいた俺とツェリアは、リウスの元に駆け寄る。鉄の箱の中を覗き、中のものを確認した瞬間、俺は視界が涙で不自由になった。


「……えっ!?レノール、どうしたの!?」

「そ、そんなに酷かったか!?次のやつを作る気も失せるくらい……?」


何かを感じるより早く、涙がとめどなく溢れてきた。本当に止まらないのだ。こんなに泣いたのは転生してレノールとして生まれた時以来だ。


……成功だ。やっと報われた。これが俺が作りたかったものだ。


俺の嬉しさによる号泣におろおろする二人を見て、少し可笑しくなる。

でも、二人がこんなにネガティブになるほど失敗を繰り返したのは俺なのだ。俺はなんとか言葉を紡ぎ出す。


「……い、こう。…成功だよ……」

「……ええっ!?ついに!?信じていいの!?」

「ほんとか!?…やったぁぁぁ!!」


俺たちは思いっきり笑い合い、成功を喜び、努力を称える。

声が枯れるほど喜んだあと、慌ててレシピを記録し、味見をしてみる。


「……今までのと違う!一番サクサクで、一番美味しいよ!」

「初めて食べる味だわ……!美味しい!これが成功作なのね!」

「……うまぁ……」


前世で食べたことのある懐かしい味に、また涙が止まらなくなる。


「レノール、泣きすぎだぞ!」

「ふふ、明日から売り出すわよ!この努力の分だけ稼ぐんだから!……リウス、誰にも教えちゃダメよ?」

「もちろん。こんなに頑張ったものを教えたりしないさ」


やっと成功した。やっと売り物が作れた。

その喜びを胸に、俺とリウスとツェリアは屋台登録をするために商業協会に向かう。



「……代表、リウス。メンバー、レノール、ツェリア。これでいいかしら?」

「もちろんだ」

「なんか、感慨深いな……」


たくさんの人でごったがえす商業協会で木札に名前を書き、業種、代表者、店名を書く。

店名は、仮としてリウス商店だ。

屋台なので商店はおかしいかもしれないが、別にいいのだ。いつか商店を起こしたいという理想が込められているのだから。


……それから屋台用の大きな机を買い、生産拠点を俺の家の台所にすることを決め、価格をひとつ鉄貨一枚と決める。高めだが、その分美味しいのだ。値段相応の味な自信はある。

売るのは、甘めのフルーツを載せた焼き菓子だ。お菓子の名前は「パフィ」にした。前世でこんな名前だった気がするからだ。




組合に加入したり、材料を揃えたり等の準備を終え、ある日の朝が訪れた。

……今日は、屋台を始める日だ。

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