第4話 情報管理は大切だ

三日後、俺は一番に集合場所に着いた。

着いたと言っても、リウスかツェリアが来ない限り暇なので、俺は次に作る料理の構想を練りながら二人を待つ。

料理のレシピを思い出せずに唸っていると、蓋付きの器を持ったツェリアが小走りでやってきた。


「レノール!作ってきたわ!すっごい美味しいの、これが!」

「本当か!?」

「うんっ!」


ツェリアは笑顔でそう言うと、器の蓋を開ける。

中には、カラフルな果物が詰まった、俺が作りたかった状態のお菓子があった。

見た目も綺麗で、丁寧に作られたことがよく分かる。


「プリッタは本当に少しだけ入れると程よくプルプルになるの。味も抜群よ!」


得意げに胸を張るツェリア。

そのドヤ顔が面白くて、お菓子の成功が嬉しくて、俺は思わず笑ってしまう。

ツェリアも一緒になって笑っていると、リウスがやってきた。


「ん?何があったんだ?」


リウスは俺たちを見て目を見開く。

俺たちの笑いが治まると、リウスは拗ねたような顔をして器を差し出した。


「なんかあったなら俺も混ぜてよ。二人だけなんてずるい!ほらほら、これ作ってきたから食べてみてよ!」

「俺たちが笑ってたのは本当にどうでもいい事だから気にしないで。リウスのは美味しくできたか?」

「もちろんだ!」


俺はリウス作のお菓子を受け取り、蓋を開けてみる。

中に入っていたのは、真っ赤に光り輝くお菓子だった。


「……え?」


真っ赤なのはまだわかる。赤い果物は数多くあるから、そのうちの一つの果汁の色だろう。

光り輝くのは、意味がわからない。まず、光る食べ物を知らないのだが……。


「すごいだろ? ふっふっふ、どうやって作るかわかるか?」

「……わからない」


リウスが「わからないと言え!」と言わんばかりのキラキラした目で見つめてくるので、俺は苦笑いしながらわからないと言う。

でも、わからないのは本当だ。前世にも光る食べ物なんて無かった。もちろんこの世界でも、俺の知識の範囲ではないのだ。


「カラーラでしょ?」

「な、なぜわかった!?」


俺が孫を見るような目でリウスを見ていると、空気を読まないツェリアがあっさりと答えを出した。

リウスの悔しそうな顔を見て勝ち誇ったように笑うツェリア。……強い。


「なんで光るんだ?」


一人だけ答えがわからない俺は、二人に向かって首を傾げて見せる。

リウスはにんまりと笑い、手品の種を明かすように教えてくれる。


「レノールはカラーラを知っているか?」

「ごめん、知らない」

「カラーラは祝福をかけると光る魔法植物だ。食べても何の利もないから魔法生物も近くにいないし、数少ない安全に採集できる植物なんだ。ちなみに、そこらへんに生えてる」

「そのカラーラを、これに入れるのか」

「その通りだ」


光る理由がわかった。

魔法植物を入れてプレミア感を出すとは、なかなか賢い。これは将来有望かもしれないぞ。


「じゃあ、早速食べてみよう!」


俺は家から持ってきたスプーンを取り出す。


「「「大地と人々に感謝をし、この食事を無駄なく頂くと誓います!」」」(※この世界での「いただきます」的なもの)


俺は、まずはツェリア作の無難な方を食べてみる。

スプーンをさしてみると、プルッとした触感がして、簡単にすくえた。前回の金属並みに硬い失敗作と比べると、信じられないほどの進歩だ。素晴らしい。


口に入れると、柔らかくプルプルな食感。味は甘酸っぱくて、あまりエグみは感じない。

それぞれの果物の欠点を、他の果物が補っている感じだ。

……とても美味しい!


「美味しい!」

「当然よ、美味しくしたくて何回も作ったんだから!」

「レノール、俺のも食べてみてくれ!」


自信満々なツェリアを内心でべた褒めして、俺はリウス作のキラキラバージョンに手をつける。

……見た目は奇抜だが、味は普通に美味しい。

ツェリア作のものよりも若干エグく、酸味が強い。大人向けの味だと思う。ハマる人はハマる味だ。


「リウスのも美味しい。見た目は奇抜だけどね……」

「かっこいいだろ?キラキラしてて!」

「うーん……」

「私はキラキラしない方が美味しそうに見えるわ」


発想がまさに11歳男子そのもの。前世でもこういう子供、いたよな。

まあ、その結果いいものができるんだから結果オーライだ。

俺とツェリアの反応が芳しくなかったからか、リウスは不満げに唇を突き出す。


「母さんも褒めてくれたし、近所の人も褒めてくれたぞ?作り方を教えてあげたらとっても喜ばれたんだ!それでな、さっき屋台でもキラキラが売られてたんだ!すごいだろ?」

「そうなんだ……って、え?もう一回言って!?」

「俺のキラキラバージョンを褒めてもらったんだぞ!ふふん、きっと今頃はキラキラブームだな!」


俺は急速に体温が下がっていく感覚がする。

頭の中まで冷えるような感覚で、一瞬言葉も凍る。

ちょっと経ったあとに言語機能が仕事を再開したのにも関わらず、俺は言いたいことは何も言えない。


「リウス……」


俺の言葉のトーンが違うことに気づいたのか、リウスが俺を不思議そうに見る。

その不思議そうな顔が、恐怖に引きつった。


「なんで言ったんだ!?」


自分でも信じられないくらい大きな声が出た。でも、そんなことは気にせずに俺は言葉を続ける。


「レシピを教えたら誰でも作れちゃうだろ!?せっかく俺たちだけで売ろうと思ったのに!もうレシピが広まったなら俺たちが売っても誰も買ってくれないじゃないか!なんのための新しいお菓子だと思ってるんだ!?」

「…………え……」

「この……リウスの考え無し!!」


思いっきり叫び、荒い息を吐く。

しばらく深呼吸をしたあと、呼吸を整えてはじめて、俺は自分がやらかしたことを悟った。

ツェリアは驚きのあまりに固まり、リウスは涙目になっている。

……ここまで言う必要はなかったのではないか。

急に激しい罪悪感に襲われ、俺は項垂れる。


「……ごめん。言いすぎた」


謝罪の言葉に反応は返ってこない。

……嫌われた…。


自分で怒って、自分でぶち壊しただけなのに、嫌われて悲しむなんて自分勝手にも程がある。

そう思えば思うほど、感情の制御が出来なかった自分を恨めしく思う。だけど、いくら恨んだってもう遅いのだ。

……考え無しは自分だ。


「レノール、リウス。ちょっと注目」


ツェリアの声が聞こえた。

反射的に顔を上げた俺は、リウスと目が合って気まずくなる。


俺とリウスは、言葉の真意が掴めないまま、ツェリアのピンク色の目を見つめる。


「お父さんが言ってたことよ。商売をする上で一番大切な事はなんだと思う?」


……商売をする上で一番大切な事?


考えるが、よくわからない。

お金?お客さん?仲間?アイデア?向上心?良い立地の店?それとも……なんだろう。

候補の中からひとつに絞れないでいると、ツェリアは口を開く。


「人間関係よ。仲間との信頼関係。お客さんとの信頼関係。みんなと仲良くなれば、いい客やいい人材が集まって、商売は必ず成功する、と言っていたわ」


……そんなの綺麗事じゃないか。


そう思ってはみるものの、俺はツェリアの言いたいことがわかって複雑な気持ちになる。

仲直りはしたい。謝りたい。

そうは思うが、一方で、リウスが悪いとも思ってしまう。


様子を伺うようにリウスを盗み見ると、リウスは強く拳を握っていた。


「……ごめん」


リウスの口から放たれた小さな呟きに、俺は目を見開く。……てっきり許してもらえないと思っていた。


リウスはキュッと背筋を伸ばし、俺の瞳を見据える。


「……ごめん。俺が無知だった。その……レノールがどんな気持ちでお菓子を考えて、俺たちに教えてくれたのか、俺は理解しようとしなかった。その挙句に、レノールのレシピを勝手に教えて、気持ちを踏みにじって……ほんと、ごめん……」


そう言ったリウスの目からは、今にも泣きそうだ。

つられて、何故か俺も泣きそうになった。まだ俺はリウスに謝っていない、と自分に言い聞かせ、なんとか涙を引っ込める。


「俺こそごめん。周りに教えないように、ってことをもっと強調すればよかったし、一度のミスでそこまで怒ることもなかった。……次からは気をつけてほしい。俺も気をつける」


俺の言葉を聞いたリウスは、心外そうに目を見開く。


「……許して、くれるのか?」

「もちろんだ。逆に、俺のことはリウスはどうするんだ?」

「許す。レノールに怒られて、怖かったし悲しかったけど、そのおかげで大切なことを知った。次は無いように、頑張る」


……これで、仲直りはできたのだろうか?

俺が不安な顔でリウスを見つめると、リウスは俺の言いたいことを察したように笑う。安心した俺は、やっと体の力が抜けた。


「……ひとつがダメだったら、別のものを作ればいいしな」


そう自分に言って、俺は自然と笑顔になる。

だが、笑顔にならなかった人がいた。


「……レノール?まさか……まだ、新しい料理の案があるのか?……いや、まさかな…」

「ええ、まさかね……。そんなわけはないと思うわ……」


リウスとツェリアは引きつった表情を浮かべて頷き合う。どうやらドン引きされたようだ。

……確かに未知の料理をひとつ知っているだけでも変人なのに、未知の料理をいくつも知っているなんてバケモノだな。


俺は客観的に見れば変人を越したバケモノなのだ。心に刻もう。


「まだいくつかあるよ。そうだな、次は……サクサクした焼き菓子(※パイのこと)でも作ろうか」

「……サクサクした焼き菓子?」


二人の顔が蒼白になる。二人のまさかが現実になったのだ。当然驚くだろう。


「よし、じゃあ今度作るか!いつなら空いてる?」

「わ、私は基本いつでも」

「俺は明後日なら……」

「じゃあ決定。明後日に、うちに来てくれ。あったら小麦粉と卵を持ってきて欲しい」


実は、サクサクしたお菓子の生地の作り方がわからない。だから、お菓子作りに必要そうな素材を片っ端から集めて、実験しながら作るつもりだ。


「心機一転。次こそ成功するぞー!」

「「お、おー……」」


テンションが低いが、まあよしとしよう。


「レノール、そのレシピはどこで知ったんだ?」


リウスがこわごわと聞いてくる。


……さすがに前世の記憶とは言えないもんな。

俺は色々考えた挙句、曖昧すぎる答えを出す。


「……さあ、どこで知ったんだろうな?」

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