第3話 親との協力関係が望ましい

「ただいま!父さん、母さん、ちょっといい?」

「どうしたの、レノール?」


ツェリアとリウスと別れ、家に帰った俺はうちの畑に顔を出す。

広くて様々な作物が育っている畑では、両親が何かの種を蒔いていた。俺が声をかけると、二人とも作業の手を止めて俺の方に歩いてきてくれる。


「俺さ、リウスと友達のツェリアと一緒に屋台を始めたいんだけど、父さんと母さんは賛成してくれる?」

「……屋台?レノールは家業を継ぐんじゃなかったの?」

「リウスが商人になりたいって言ってて、俺も協力したいんだ。もちろん農作業は手伝うし、俺の将来の夢は農家だよ」


俺が一時期だけやることを強調すると、両親は思案顔になる。

子を応援したいけど迷う気持ちは分かるつもりだ。なにせ、俺は農家ではものすごく珍しい一人っ子。両親にとっては俺以外に跡継ぎや働き手がいないのだ。

一人っ子なのには理由がある。母さんは俺が生まれたあと、二度の流産、一度の死産を経て、俺の意識がない間に病気にかかっていたらしい。今は体調は良くなり、農作業や日常生活は人並にできるが、子供を産むとなると死亡するリスクが非常に高いそうだ。

俺も母さんに死んで欲しくないし、両親を悲しませたくない。

……できれば両親に迷惑もかけたくないのだが、俺にとってはリウスも両親と同じくらい大切な存在なのだ。片方を選ぶなんてできない。だから、子供のうちはリウスの夢、大人になったら両親の希望を叶えたい。


俺が祈るように両親を見ていると、難しい顔をして考えていた父さんが顔を上げた。目には優しい光を浮かべている。


「レノールは今まで十分すぎるくらい農作業を手伝ってくれたんだ。少しはレノールのやりたいことも応援しないか?」

「……父さん、ありがとう」

「うーん……。まあ、レノールがやりたいなら応援するわ。やるからには頑張ってね」

「ありがとう!」


両親の強く優しい言葉に、俺は感謝以外の感情が湧かない。

……絶対に屋台は成功してみせる。

両親の承諾を得て、俺は気合いを入れ直した。




次の日は早速、リウスとツェリアと屋台を始める計画を立てるために三人で集まる。

俺が計画を話して、ツェリアが同業者目線で訂正して、リウスが進行役として話をまとめる。役割決めは完璧だ。


「じゃあ、レノール。屋台計画について話してくれ」

「おう!」


俺は二人を見すえて、考えていた案を発表する。


「屋台は、料理を売る屋台にしたいと思う。それと、屋台と同時並行で魔法薬を……」

「ちょっと待って」


俺が考える屋台計画を話していると、早速ツェリアから訂正が入った。

ツェリアは首を傾げて、俺の意見に対する考えを述べる。


「料理を売る屋台は難しいと思うわ。ただでさえ、料理を売る屋台は始めやすいから他の屋台より群を抜いて多いのよ。料理は値下げ競争が激しいから高く売れないし、子供が作ったものを買ってくれる人は少ないんじゃないかしら」

「確かに、料理の屋台は多いよな。難しそうだ」


ツェリアの意見に、リウスも頷く。

料理の屋台は確かに他の屋台より圧倒的に多い。他の店と同じものを売ったら、間違いなく俺たちは破産するだろう。

だけど、俺たちが売るのは料理ではない。全く別の世界発の、この世界にはない味、食感の食べ物だ。


「そこは心配いらない。俺たちが売るのは、お菓子だ」

「……は!?レノール、おい正気か!?」

「そうよ、お菓子なんて誰も買ってくれないわ!」


俺が得意げに言うと、リウスとツェリアから猛反対を受けた。

確かに、俺たちが売るのがあのお菓子じゃなければ、リウスとツェリアの言葉は正論だっただろう。砂糖は貴族しか買えないらしいし、蜂蜜は富豪向けの店でしか売っていない。

俺たちは蜂蜜はまず買えないし、蜂蜜入りのお菓子を売ったとしても高すぎて誰も買わないだろう。砂糖なんて論外だ。


でも、あのお菓子……そう、名前は思い出せないが、プルプルしていて果物が入っているあのお菓子(※ゼリーのこと)なら、砂糖も蜂蜜もいらない。必要なのは、ものを固める働きがある薬草と甘い果物だ。


……前世の記憶とは素晴らしい!


一人でニヤニヤしている俺を、不気味なもののように見ている二人に俺は説明をする。


「必要なのは果物と、ものを固める働きがある薬草だ。型に果物と果汁か水と薬草を入れれば作れる」


二人はしばらく不思議そうな顔をしていたが、俺の言った食べ物を想像してみたらしい。変な顔になった。


「……それは、美味しいのかしら?」

「果物は果物だけで食べるから美味しいと思うんだが……」

「そうか?」


もしかしたらこの世界には馴染まないものなのではないか。急に不安が俺を襲う。

……でも、俺はリウスにも、ツェリアにも、父さんにも母さんにも、期待してもらっているから。応援してもらっているから。

俺はキュッと顔を上げる。


「なら、一度作ってみよう。今から家に来れるか?俺が作ってみせる」


ツェリアは目を瞬かせ、リウスは半信半疑な顔を向ける。

……こんな顔ができるのもあと少しだ。きっと…多分…願わくば、俺のお菓子の虜になってくれるはずだから。


「まあ、食べてみてから考えてよ」

「わかった!」

「楽しみにしてるわ」


ということで、リウスとツェリアを家に呼ぶことになった。


家に向かって、雑草が生えた細い道を三人で歩きながら、俺はふと思ったことを聞く。


「リウスとツェリアは、屋台をやるのを家族に反対されなかったの?」

「私はむしろ賛成されたわ。お母さんは馭者で、お父さんは商人だから私も同じ道を歩いて欲しかったみたい。私が事業をやると言ったら大喜びだったわ」

「俺はとにかく兄弟が多いから、収入源が増えることを喜ばれたよ。だから、その分俺は頑張らないと!」


二人とも賛成されたらしい。よかった。

親の反対によって屋台計画が頓挫するのを恐れていた俺は一安心する。


やがて、俺の家に着いた。畑にまわって親に台所を使うことを告げると許可を出して貰えたので、二人を台所に案内する。


「今日はこの果物とこの果物と、あとこの野菜と、薬草のプリッタを使いまーす」


果物は基本的に酸っぱくてえぐい。たまに美味しい果物や野菜もあるが、実は大して美味しくないのだ。

俺が選んだのは酸味が強くて果汁が多い果物と、味が無くて柔らかい果物と、甘めで爽やかな味がする野菜。プリッタはものを固める働きがある薬草だ。実際に固める働きがあるのはプリッタの蜜の部分なので、とても使いやすい。

プリッタは食用に限らずなんでも固められるので、便利植物として一家に数本は常備されている。当然うちにもあった。


「見てて、作るから。まず、果物をむく」


俺はまず、ナイフで果物をむいた。

果汁が多い果物は器の上で果汁を搾り、他の果物と野菜は果肉を切る。

器の中で三つの果物が混ざると、俺はプリッタを取り出した。


「次に、プリッタを混ぜる」


どのくらい入れればいいのかわからなかったので、とりあえず花一つ分の蜜を入れる。

プリッタの蜜は優秀なことにちょっと待てば固まるので、これで俺の仕事は終わりだ。


「これで完成」

「へぇ」

「簡単なのね」


俺が器を観察していると、だんだんと固まってきたのがわかる。完全に固まったと思うので、俺は早速スプーンで完成品をすくった。


「かったっっ!!!」


……プリッタ固まりすぎだろ!?


俺の作ったお菓子は、すくおうとすると金属質な音がするくらいに固まっていた。とてもだけど食べられる代物じゃない。


……つまり、失敗だ。

俺は悔しくて、悲しくて、不甲斐なくて項垂れる。食べてもらう以前の問題だったなんて。


「とりあえず、作り方はわかったわ。よかったら、私の家で作ったものを持っていこうか?」

「俺の家もいくつか果物があるから次会う時までに作っておくな!」


失敗に項垂れる俺を見かねたのか、ツェリアとリウスが提案をしてくれる。

二人には申し訳ないけれど、俺のせいで果物は使い切ってしまった。


「ごめん、二人とも。悪いが、作ってきてくれるか?」

「もっちろん!食べてみないとどんな味かわからないしな!」

「今度会う時を楽しみにしてて」


申し訳ないと思うと同時に、感謝で心が温かくなる。

食べたことも無く失敗する可能性が大きい食べ物を、俺の代わりに作ってくれるのだ。リウスとツェリアの本気を垣間見た気がした。

……それに比べて俺は、リウスの夢を、ダメ元だと思っている。なんだか申し訳ない。


そんな気持ちは顔に出さずに、俺は二人に笑いかけた。


「本当にありがとう。そうそう、このレシピは周りに教えないようにな。俺も、また果物が手に入ったら作ってみる」

「じゃあ……そうね、三日後のお昼に、噴水広場に完成品を持ち寄りましょ。失敗したものでも大丈夫よ」

「はーい」

「わかった」


作り方を確認しながら帰る二人を見送りながら、俺は次の食べ物を考える。

まだまだこれから。俺も頑張らないといけない。

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