第2話 仲間は多い方がいい
俺たちは用も済んだので家に帰ることにした。
変わっていく街並みを見ながら、俺はリウスに今後のやりかたを聞く。
「で、まずはどんな店にするの?」
「え?」
「何を売るとか、どんな客層を引き込むとか、どんな品質のものを売るとか」
「売るものは決めてない。貴族とかが客層で、いい品質の物を売りたい」
……理想はわかるが随分と適当なプランだな。
11歳の農家の子供がそんな店を作れるのだろうか。俺はどうすればそんな店が開けるのか考える。
「……知り合いに、普通の商人とか屋台の店主でもいいから商売人っていないか?」
商売の仕方を知らないなら誰かに聞いてみよう戦法。リウスは友達も多いし、商売人の一人や二人は見つかるのではなかろうか。
リウスはしばらく考えていたあと、顔を上げた。
「……ツェリア」
「ツェリア?」
「そう。確かツェリアの父さんが屋台やってて、たまに手伝ってるって言ってた」
「じゃあ、そのツェリアって人に商売の方法を教えてもらおう。今度会えるか?」
「うん。明日でも会えると思う」
……明日の予定は、午前中は作物の収穫の手伝い、午後は種を売る屋台に買い物だったよな。ならば、午後は休むことも可能だ。
「わかった。明日の午後なら。どこで待ち合わせる?」
「噴水広場の前で待ち合わせな」
「了解」
それからしばらく歩くと、やっと見慣れた農家の家が多くなる。俺は安堵の息を吐きながら、歩く足を早めた。
次の日、畑仕事を手伝い、簡素な昼ごはんを済ませたあと、俺は噴水広場に向かった。
噴水広場は街の端っこにあり、子供の遊び場や屋台を出すために大人気だ。
俺は沢山人がいる中で目を凝らして、リウスを探した。じっくりと一人一人の顔を見ていると、噴水のふちに座ったリウスが見えた。
「おーい、リウス!」
俺が走りよると、リウスと隣に座っているツェリアは俺に気づいたようだ。リウスは手を振り、ツェリアは緊張気味に姿勢を正した。
「待ってたよレノール。ああ、紹介するが、隣に座ってるのがツェリアだ。俺たちと同い年の11歳。お父さんが屋台の店主だ。ツェリア、こいつはレノール。俺の親友だ」
「はじめまして、レノール。よろしくね」
「レノールです。よろしく、ツェリア」
ツェリアは俺よりも少し身長が高く、ピンクっぽい茶色の髪の女の子だ。
俺は早速ツェリアに商売のことを聞いてみた。
「ところで、今日はなんで俺たちに会うことになったか聞いているか?」
「ええ。商売を始めるから参考に話を聞きたいんでしょう?」
「その通りだ。商売のことならなんでもいいから教えて欲しい」
ツェリアは軽く息を吐いて、俺の質問に答えてくれる。
「私も屋台で手伝いをするし、商店を夢見たことがあったから、ちょっとなら力になれるわ。まず、屋台を始めるにも店を持つにも、街の中心部にある商業協会に届出が必要よ。届けないで始めると捕まるわ」
「おお」
「捕まる!?」
早速情報ゲットだ。流石商売人の娘。
捕まるという単語にリウスが驚いているが、こういうのに届出は必要だ。前世でもそうだった。
「ここからは屋台での話になるんだけど、屋台の場合、売上に関係なく毎年銀貨3枚を協会に納めなければいけないの。商店の場合、確か金貨80枚だったかしら」
またまた情報ゲット。
……それにしても、銀貨3枚はさておき金貨80枚は高すぎないか? 金貨1枚で農家の成人男性は1年間生きられるというのに。
貴族や富豪はこのくらいの金額では痛くも痒くもないのだろうか。そう考えると妥当と言われれば妥当な気もする。
「で、屋台では食材を売る屋台、料理を売る屋台、種を売る屋台、道具を売る屋台といったふうにそれぞれの店主組合に参加しないといけないの。参加方法はわからないのだけど……」
「商店もそうなのか?」
「どうかしら。私の意見としてはないと思うわ。もともと商店なんてこの街には数えられるほどしかないのだから」
「そうなんだ!」
商店は富豪向けの店しかないので、数えられるほどしかないらしい。
つまり、俺たちが新しく商店を作るのは、想像を絶するほど難しいということだ。それでも、頑張るしかない。
「店を持つにはどうすればいいの?」
「多分だけど、空き家か土地を買って、改装したり店を建てたりして、協会に届出をして承認されて、売り物を揃えれば開けるんじゃないかな?」
「なら、今すぐにでも店を……」
「待て、リウス」
「リウス、ちょっと考えてみて」
同じようなことを叫んだ俺とツェリアは顔を見合わせて苦笑する。
俺がすぐに開けないと思う理由は、空き家を買うお金がないこと、商品を仕入れるお金が無いこと、商売の方法を知らないからだ。
ツェリアも同じようなことを思ったようで、目を伏せながら具体的な金額を教えてくれる。
「前にお父さんが話してくれたのだけど、最初は私のお父さんも商店を開こうと思っていたの。でも、最初に必要な金額を見ただけで挫折した。富豪区域で空き家を買うだけで金貨200枚、商品として魔法道具を仕入れるだけで一つ金額数枚、高ければ100枚以上。雑貨とかでも、売るほど揃えようとすると金貨はかなりの数が必要よ。それに、従業員の給料、富豪の店で着られる立派な服、合わせて金貨500枚くらいかしら」
「んなっ!?」
昨日行った店は魔法具や魔法薬も沢山あったので金貨数千枚は使われているのだろう。改めて場違いさが身に染みる。
「それに対して屋台は簡素な机、材料だけ集めればいいから銅貨1枚で始められる。これが、屋台が多い理由よ」
「……そうか……はぁ」
「なるほど」
合点がいってスッキリした俺を見て、リウスは表情を険しくする。
「なんでレノールは悔しがらないんだ?金貨500枚なんてとてもだけど手が出ないぞ!?俺たちの親が一年働いても金貨2枚なのに!」
八つ当たりも含まれたリウスの言葉に、俺はしまったと思う。確かに俺一人だけテンションが違う。元から諦めていた俺と違って、リウスは本気なのだ。
……だけど、金額で怯むくらいなら夢のままだ。できる限りの努力をしないと悔しがる権利もないと思う。
「……じゃあ、金貨500枚を稼ぐためにはリウスはどうする?」
俺はリウスにとっておきの難題を突きつける。
問われたリウスは驚いたように目を見張った。考えてもわからなかったようで、リウスはすぐに俺を見つめる。
「わからない」
「じゃあ、ツェリアは?」
「私?」
問われたツェリアは難しい顔をして考え込む。商売人の視点でなにか意見が出るかな、と俺が思っていると、ツェリアは顔を上げた。
「私だったら何年かけてでも魔法薬をつくるわ」
「魔法薬?」
思いもよらない意見が出てきた。
魔法薬や魔法具は聞いたことこそあるが、昨日初めて見たのだ。平民には縁がないし、作り方なんか知らない。
興味に目を輝かす俺を見て、ツェリアは小さく笑う。
「魔法石や魔法植物を集めて、祝福をかけながらつくる薬よ。魔法強化、身体強化、他にも素材によって様々な効能があるの。魔法協会に作り方の資料があるからレノールでも作れるわ」
「作ってみたい!」
突然のファンタジー。
もちろん魔法もファンタジーだが、俺にとっては便利だな〜くらいにしか感じていなかった。だが、魔法薬は違う。薬を作るなんて魔女のイメージそのものだし、それを使って起こることもファンタジー要素が強そうだ。
「あはは、でも気をつけてね。魔法植物のまわりには凶暴な魔法生物がいるし、祝福をかけながら調合するのは魔法の使いすぎによる魔力切れで倒れるかもしれないわ」
「んなっ!?」
ファンタジーがホラーに変わった瞬間。
「それでも、完成した魔法薬は魔法協会に高く買取ってもらえるわ。銀貨8枚くらい、品質がいいと金貨も貰えるわ」
「銀貨8枚か……」
俺たちにとっては信じられないほどの大金だが、目標の500枚には全く足りない。
ちなみに、金貨1枚は銀貨10枚、銀貨1枚は銅貨10枚、銅貨1枚は鉄貨10枚、鉄貨1枚は石貨10枚だ。
……恐ろしいほど足りない。
「……レノールは何かいい方法はないのか?」
「……どうだろう」
いい方法ならある。俺の前世の知識だ。
教科書を作ったら銀貨数枚で売れると思うし、料理を作ったら銀貨をとっても食べに来てくれるだろう。
……けれど、紙やインクや調味料は呆れるほど高いし、場所がない。知識を売るにしても、伝手がない。
要するに、知識の持ち腐れ状態だ。
「リウスが店をやりたいのは本気だよな?」
「もちろん!」
「なら、俺と屋台を始めよう。店を持つまでの間だ。空いた時間には魔法薬も作りたい」
俺は、調味料が必要の無い料理も本当に少しだが知っている。それに、果物や、高級だけど蜂蜜の甘味を使えば何とかなるかもしれない。
まずはできるところから稼ぎ始めたい。
「……屋台?」
「ああ。ダメだったら止めればいい。だけど、俺には秘策があるんだ」
「本当か!?」
「もちろんだ」
俺はにやりと笑う。
リウスは不思議そうな顔をしていたが、すぐにキラキラした目になる。
「よし、俺はレノールを信じる!ありがとうレノール!」
「任せとけ!」
急に少年漫画系のノリになった俺たちを見て面白そうな顔をしていたツェリアも、覚悟を決めたような顔で俺を見た。
「あの…、良かったら私も入れてください!なんか面白そうだし、私も将来的には屋台を継ぐと思うから、色々と経験しておきたいしね」
ツェリアがぎゅっと手を拳状に握りしめる。
俺としては大歓迎だ。詳しい人も、商売人も、俺とリウスは必要としている。
リウスに目配せすると、リウスは大きく頷いた。リウスもツェリアには協力してもらいたいらしい。
「もちろん!ツェリアのような人材は貴重で、必要だ」
「俺たちにとってもありがたい!これから頑張っていこうな!」
「うん!」
ツェリアが俺たちの手を握ってくる。
俺とリウスは握り返した。
「早速屋台を始めるぞ!」
「おー!」
「頑張るよっ!」
気合を入れたあと、俺たちはまたツェリアの話を真剣に聞き始める。
こうして、俺たちの商売は始まった。
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