転生先で商人始めました。
白音りん
大商人を目指そう!
第1話 転生先の無茶振り
気がつくと、俺は思いっきり泣いていた。
悲しいわけでもなく、嬉しい訳でもない。自分がなぜ泣いているかもわからない。
「*☆~>△¥#@$…¥★∀○」
なんとか泣き止み、ぼやっとした視界には幸せそうに泣いている女の人が映る。
女の人の口が動いているので何か喋っているようなのだが、聞いたことの無い言葉でさっぱり理解できなかった。
それよりも、ここはどこだろうと思う。
俺は先程癌の手術のために手術室に向かったはずだ。だけど、ここは病院じゃない。
……ああ、俺、手術に失敗して死んだんだな、とふと感じる。不思議と悲しみや恐怖はない。
ぼんやりと視界に映るのは木の板のような天井。そして、沢山の知らない人。
その知らない人達は、次々と俺に光をぶっかけてくる。
……んん!?
光をぶっかける!?
俺は慌てて自分の状況を見ようとする。光は綺麗だが、熱いし眩しい。もしかしたら火傷や失明をするかもしれない。
今のところ痛みは無いので急いで光がかかった箇所を見ようとしたが、頭が重くて動かない。
頑張って動かそうともがいていると、ふわっと体が地上から離れる感覚がした。急激に高度が変わる感覚が少し気持ち悪い。
「#←”.?↑¥$$∀Σ★●厂◆△§♀」
目の前でにっこりと微笑む女の人が、またよく分からない言葉で俺に何かを言う。
そこで俺は気付いた。三十歳過ぎの俺が女性に軽々と抱き上げられていることを。
俺の体が異様に軽いことを。
俺の体が信じられないほど小さいことを。
……これって、今俺は生まれたばかりの赤ちゃんだということだよな?
そう言えば体のことは全て説明がつく。
もちろん説明がつくだけで、納得した訳では無い。頭では理解しているつもりだけど、精神が頭に追いつかない。
そして、説明がつかないのは環境のことだ。
俺には周りにいる人が誰なのかも、ここがどこなのかも、ぶっかけられた光の正体も、全てが分からない。
「…………んん……」
俺は何かを言おうとしたが、俺ではない大きな何かの力で言葉が押し戻される。まるでその言語がこの世界に存在してはいけないかのように。
抵抗しようとしたら、脳の中をかき混ぜられるような気持ち悪さが俺を襲った。
……それから暫くの間の記憶は俺には無い。
それから何年が経った後、俺の前世の記憶は復活した。
まあ、前世の記憶があるからといって何かが起こるわけでもなく、優しい家族や気の合う幼馴染と農業をしながらのびのびと生きるだけだ。
そんな日常にちょっとした変化が起こったのは、俺が11歳の誕生日を迎えた直後だった。
「おーい、レノール!ちょっと来て!」
「なに、リウス。こっちは忙しいんだけど」
俺……ことレノールは、家の前にある井戸で水汲みをする手を止めて、隣に住んでいるリウスに駆け寄る。
レノールはくすんだ金髪の、いわゆるかわいい系男子。リウスは俺の隣の家に住んでいるグレーの髪をした体育会系の少年だ。確かレノールとリウスは同い年らしい。
俺は精神的にはもっともっと歳をとっているのだが、そんなことを言っても誰も信じてくれないだろう。
そう、俺は気がついたら成長していた。そして、この世界の言葉を話せるようになっていたし、現実を受け入れられるようになった。
おまけに、魔法も使えるようになっていた。
ちなみに生まれてすぐにぶっかけられた光も魔法だ。
魔法は、赤、青、黄、緑、白、黒の六色の魔法があり、俺は赤色の魔法の使い手。赤色は炎や熱関係の魔法だから、結構便利だ。
すごい人では六色全ての魔法や高度な複合魔法が使えるらしいが、三色以上使える人は貴族や王族しかいないのて俺には縁がない。
……とは言っても、前世は魔力ではなく科学の力に頼ってきた俺からすれば一つでも十分にすごい。
生まれてすぐの気持ち悪さは今も思い出せるが、今となっては暫く前世の意識の出番がなくなってよかったと思っている。
もし意識があったら、今頃現実を受け入れられず、文字も言葉もわからなかっただろう。
……考えるだけで恐ろしい。
リウスは真面目な顔をして、寄ってきた俺を見つめる。
思わず喉がごくりと音を立てた。
「レノール、お願いだ。俺の夢を叶えるのを手伝ってくれ」
「お前の夢?……好きな女の子でもできたのか?」
「んな訳ねぇだろ!」
んな訳ないと言われても、精神年齢おじさんには他に何も思いつかない。
必死に記憶を漁るが、リウスの夢を聞いたこともない。当てろと言われても無茶振りだ。
「お前の夢ってなんだ?」
「え?言ってなかったっけ」
「聞いてない」
俺の言葉にリウスに目を瞬かせる。
お互いがお互いに勘違いしていたらしい。意思疎通は大事だ。
改めてリウスは夢を話してくれる。
「……俺の夢はすごい商人になることだ」
「すごい商人?」
「ああ。そこら辺の屋台の店主とかじゃなくて、貴族とか王族御用達の商人になりたい」
……無理じゃね?
そう思ったが、口には出さないでおく。子供の夢を壊す権利は俺にはない。
しかしまあ、その夢は前世で子供が「スポーツ選手になって金メダルを取りたい」と言うくらい無謀ではなかろうか。
大商人になるためには血筋も必要だし、まず俺達には人脈がない。うちやリウスの家はそこまで貧乏でもないが、両親は農家だし、親戚に富豪はいない。
こんな時は、夢を否定するのではなく理由を聞いてみよう。もしかしたら意外な繋がりがあるかもしれない。
「なんですごい商人になりたいんだ?」
「理由は幾つかあるんだけど、毎日泥だらけのお父さんやお母さんに楽な生活をさせてあげたいし、富豪の食事は美味しいらしいから食べてみたいし、何より楽しそう」
「なるほどな」
子供っぽい単純な理由だが、強い気持ちは伝わってきた。
確かに親を見ていると忙しそうな割に収入は少ないし(それで普通に生活は成り立つのだが)、店を開いて、あちこちに買い付けの旅に出るのは楽しそうだし、平民の食事はまずい。そう、まずい。ここ大事。
平民の食事には調味料という概念がないのだ。素材をそのまま生で食べるか、焼くか煮る。素材そのままと言えば聞こえはいいが、水に野菜を入れただけの野菜スープなんてスープじゃない。想像してみてくれ、塩も何も入ってない水に野菜が浮いているんだぞ?
俺も生まれた時から食べているので慣れてはいるが、美味しくはない。前世の記憶が無いリウスにとって、食べたことの無い美味しい食事は魅力的だろう。
「……商人になるために、どうするんだ?」
「それをレノールに考えて欲しい」
……ダメだこりゃ。
そうは思っても、リウスは数少ない大切な友達だし、今まで恩も沢山ある。
俺は少ない容量の脳をフル稼働した。
そして、面白みのない結論を出した。
「…やっぱり商人に会ってみるのが一番いいんじゃないか?なるもならないも、なれるもなれないも、まずは情報がないとな。家にある一番綺麗な服を着て行けば立派な店に入れるかもしれない」
「流石レノール!よし、じゃあ明日の朝ここに来て!」
「わかったわかった」
異様に褒めてくれるリウスに苦笑しながら、俺は街の地図を思い浮かべる。
……ここは農地に近い街の外れで、確か中心の貴族区域に近づくほどお金持ち区域だったはず。
実は俺もリウスも街の中心部に行ったことがない。明らかに中心部に行っていい身分ではないという暗黙の了解があるし、何とも言えない恐怖感がある。それに、万が一貴族に会ってしまった時の礼儀作法がなっていない。
不安を抱えた冒険気分で俺は明日を待った。
次の日、待ち合わせ場所に行くと、綺麗な服を着てそわそわとしたリウスが待っていた。
リウスは俺を見つけると顔を輝かせる。
「おはようレノール!…そういえば、今日は農作業を手伝わなくていいの?」
「今日は市場に納品に行く日だから作業は休み。リウスもか?」
「うん。よし、すごい商人になる方法を教えてもらうぞ!」
やる気十分のリウスと一緒にひたすら中心を目指して歩く。
歩いているうちに、俺たちの普段着と同じような服を着た人が歩く土の道から、綺麗な服を着た人がいる広めの石畳の道になり、ごてごてした服を着た人や馬車が行き交う噴水や街灯で装飾された綺麗な道になってきた。
あまりの格差に歩いている俺とリウスは愕然とする。
貴族区域はもっと綺麗なのだろうか。
リウスが怖気付いたような顔で俺を見る。
こんな所に来ていいのか、と目が言っているが、俺も同じ気持ちだ。
「……中心部ってすげぇな……」
「なんかやたらと無駄が多いよな。服も道も建物も」
そうリウスが言う。
その無駄さが芸術というものなのだが、効率重視の平民の感覚では確かに無駄だ。
……前世って凄い所だったんだな。大切なものは無くしてから気づくって本当だ。
俺は呆気にとられている自分の精神を連れ戻し、商店を探す。
……だが、見つからない。商店がないというより、店がない。
見渡す限りの道、装飾、高級そうな家。
「レノール…、本当にこんな所に商店があるのか…?」
「俺もわからん」
探しても探しても見つからない。
困った俺は、必殺「他人に聞く」を発動させた。
ターゲットは近くを歩く優しそうなおばあちゃんだ。
俺は笑顔でおばあちゃんに近づく。
「すみません、あの、この辺りに商店はありますか?」
「商店?……ええ、ありますわ。この道を右に曲がってしばらく進むと大きな商店がいくつかありますわよ」
「右に曲がってまっすぐですね。ありがとうございます」
おばあちゃんがにっこりと微笑むのを見て、俺はリウスに向き直った。
リウスは先程のおばあちゃんを凝視している。どうかしたのだろうか。
「リウス?どうした?」
「あのおばあさん、絶対金持ちだぞ。よく話しかけられたな」
「話しかけないとわからないじゃん」
身分差に怯む気持ちはわかるが、商人に会うためだ。命に関わらないなら特に人見知りはしない。
リウスは腑に落ちないような顔をしながらも、言われた方向に歩き出した。
ひたすらに綺麗な街並みに不相応な俺たちは嫌でも注目を浴びるが、気付かないふりだ。
「ここか」
「ここだね」
しばらく歩くと、商店らしきものは見つかった。
普段の生活では目にすることは無いような豪華な建物。
輝くほど磨かれた重厚感のある木の扉の前にはドアマンがいるし、ショーウィンドウにはよく分からない雑貨やごてごてした服が飾られている。
中ではいかにも富豪といった感じの人が楽しそうに買い物をしていた。
「ここに入るのか……?」
「入るときは一緒だぞ」
「おい……」
周りの視線を浴びながらも、俺たちはドアの前に立った。
開けてもらえると思っていたのだが、現実はそう甘くない。ドアマンはどう見ても富豪には見えない俺たちを見て、困ったような顔をした。
でも、さすが接客業。すぐに笑顔を作ると、ドアを開けてくれた。
扉を見ながら、俺は変な緊張感に駆られる。
「わあ!」
「すげぇ!」
開けてもらったドアの先の店内には、普段の生活とはかけ離れた光景が広がっていた。
真っ白な壁に、磨かれた白い石の床。
綺麗な棚や台には布、武器、魔法具、魔法薬、ペンなどが美しく並べられていて、値段を見ると、どれも信じられないほど高かった。
俺たちを入れてよかったのか疑問に思ったが、盗難防止のための魔法がかかっているのが扉の内側を見てわかって安心する。
「食材はないか……」
「ないっぽいね」
食事に興味津々だったリウスは残念そうに俯くが、本来の目的を忘れていないか?
本来の目的は商人に会うことだ。
「商人……店員さんも商人なのかな。忙しそうだね」
「確かに。他の客の迷惑になっても悪いしな」
「うーん……」
店員はいるが、商品を並べたり、会計をしたり、客を案内していたりと忙しそうだ。
俺が話しかけて仕事の邪魔をしてウザがられる未来しか見えない。
でも、ここまで来たのだ。聞いてみようじゃないか。
「あの、すいません。商人のお仕事について、よければ教えて貰えますか?」
言った瞬間、空気が凍った。
まあ、凍るのも仕方がない気もする。貧乏寄りの平民が富豪向けの商店でお仕事インタビュー。うん、頭おかしいな。
周囲からはありえないものを見るような目で見られるし、店員さんは驚きすぎて青ざめている。
……まさかここまでとは思わなかった。
「……お前、正気か?」
「この店をどうする気だ!?」
「それを聞いてどうするんだ?」
予想はしたけど、すげぇ俺ディスられてる。
富豪たちの中にはドン引きしている人と俺を睨みつけている人しかいない。
「申し訳ありませんが、仕入れルート、仕事内容、顧客等は全て秘密となっております」
「わかりました」
店員さんが精一杯丁寧に答えてくれたので、俺はあっさりと諦める。
どうやらお仕事インタビューはタブーだったらしい。後で知ったことだが、お仕事インタビューはある種のスパイ行為のようだ。おお怖い。
「じゃ、リウス、帰るか」
「う、うん」
目的は果たしたので、俺は店員さんに頭を下げて店を出る。
店を出てすこし歩いたところで、誰かから声をかけられた。
「貴方たち、商人を目指すんですか? さっき、騒ぎを見てしまいまして」
「え?」
振り向くと、そこには高級そうな服を着て数人の侍従を従えた、見るからに大金持ちの男性がいた。
どうやらさっきの店にいたようだが、間違いなく俺とは縁のない人種である。
突然の事態にリウスは固まり、俺もしばらく思考がショートした。
「あ、はい。そのつもりですが……」
突然の緊張でカラカラになった口から言葉を絞り出し、そっと男性を見る。
男性は、掴みどころのない笑顔で俺たちの方を見ていた。
「夢があっていいですね。はは、久しぶりに元気な者に会い、興味が湧いてしまいました。もしかしたら貴方たちは未来の同業者かもしれません。そのときはどうぞよろしく」
「えっ、おじさんは商人なんですか?」
おじさん呼びは失礼かもしれないが、お兄さんでもおじいさんでもないし、おじさんの敬語バージョンは咄嗟に思い出せなかった。
「ははっ、私は王都で商会を営んでいる者です。では、貴方たちも頑張ってください。また会えるといいですね」
「あ、はいっ。えーと、ありがとうございます」
そのあと、男性はすぐに馬車に乗ってしまったから俺の言葉が届いたかどうかはわからない。
ただ分かるのは、男性が商人であることと、男性がとっても格好よかったことだった。
「……あれが商人…………!」
硬直状態から解放されたリウスの一言は、俺たち二人の間に流れる空気に溶け込んで、自然と耳に残る。
「あれが商人!!めちゃくちゃかっこいい!!やっぱり俺も商人になる!!」
「まあ、確かにかっこよかった」
「だよな!かっこよかったよな! レノールもいっしょに商人やろうよ!」
……勢い9割だけど、じきに飽きるだろう。
そう判断した俺は、リウスを手伝うことに決める。もともと娯楽もないから農作業以外は暇だったし、丁度いい。それに、あの男性が格好よかったのは事実だ。
「ああ、俺も手伝うよ」
「本当か!?ありがとう!」
リウスのキラキラした笑顔を見て、俺も嬉しくなる。恐らくすぐ挫折するけど、現実を見るには経験も大事だ。
「頑張ろうな」
……この時の俺の予測は、見事に180度外れた。
この約束のせいで、俺は自分とリウスとその他大勢の運命を変えてしまうが、この時の俺はそんなことを知らない。
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