現実にさようならを

天道くう

第1話

 この世界のどこかで、わたしは“誰か”から逃げていました。

 “誰か”につかまってしまったら大変なことになります。

 でも、どうして“誰か”から逃げていたのかは、もうとっくの昔に忘れてしまいました。


 左右を田んぼで挟まれた、見渡しの良い一本道。

 風が田舎の匂いを運んできます。

 そんな道の道中で、わたしは少年2人とすれ違いました。

 彼らは声変わりはしていましたが、背はわたしよりも低めでした。


 わたしは彼らに話しかけられます。

 どこか怪しいと思われたのでしょうか。

 わたしは、彼らが“誰か”の仲間だということに気がついていました。


 わたしは当たり障りのない話をしてその場を後にしました。

 でも、逃げるわたしの周りから、彼らの話し声が聞こえてきます。

 彼らは、わたしを追ってきているようです。


 わたしは彼らを撒くように逃げました。

 必死で逃げました。

 でも、彼らの声はどこまでもわたしを追いかけてきます。



 わたしは、地下の世界を目指して逃げていました。

 地下の世界には、二足歩行のうさぎ達が住んでいます。

 そこまで逃げれば、“誰か”も、彼らもわたしを捕まえることはできません。

“誰か”とその仲間達は、地下の入り口を通ることができないからです。



 地下の入り口の近くで。

 ここが地下の入り口だとわかったのは、喋るカカシが立っていたからでした。

「ここは地下の入り口だよ」と、喋るカカシはわたしに告げます。

 わたしは、門番をしていた喋るカカシに「わたしはここには来ていないと彼らに言って」と言いました。

 そして、それから、地下への階段を駆け下りました。



 階段を降りると、そこは、地下なのに青空が美しい世界でした。

 白い雲がいくつか浮いています。

 向こうに見えるのは森でしょうか。

 かなり遠くですが、山も見えます。

 そして、自然豊かなその世界で、白いうさぎ達がせっせと働いているのも見えました。

 うさぎ達はきちんと服を着ていました。

 表情はよくわかりません。



 そのとき、わたしは彼らが入り口までやってきたことに気が付きました。

 そして、思わず、心臓が跳ね上がりました。


 すぐ後から来た彼らに、カカシは、「あの子たちに『ここには来ていないって言って』と言われたよ」と言ったのです。


 彼らはニヤリと笑いました。

 そして、わたしが入り口から出てきたら捕まえると話します。

 詳しい内容はわかりませんでしたが、そんなようなことでした。



 わたしは、これからこの地下の世界で暮らすことになりそうです。

 幸い、とあるうさぎがわたしに掃除の仕事を与えてくれたので、生活に困ることはないでしょう。


 わたしは「5年くらいしたら、わたしのことを忘れているかな」と呑気にそう考えていたのです。





 ***


 目を覚ましたベッドの上で、わたしはもう一度布団を被ります。

 時計の針は、もうすでにお昼を回っていました。

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