第84話 フラウロスの鍵爪
強い殺気をヤツにぶつける。
ゴォォーー!
と、ひと吠えすると、ヤツは半身に構え、腰を低く落とし、左腕はガードする様に立て、右手は腰ダメに構える。
ほう、正に武術家だな。
構えまで持つとはな。
「成らば、ワシも受けて立とう」
軍刀を鞘に仕舞うと、左右の手で刀印を結び、左右で同じ魔法陣を
左右に浮かぶその魔法陣から召喚されたモノは、鋭い鍵爪を持つ巨大な猫科の獣の手。
魔人フラウロスの手そのものを召喚したのだ。
ワシの左右に浮かぶソレの大きさは、ワシ自身とさして変わらん。
これならば、ヤツの巨大な拳と張り合う事が出来よう。
この魔人の手はワシの左右の手に連動して自在に操れる。
つまり、ワシとこの巨人、存分に殴り合えると言う事だ。
ワシも、身を低く構え、そして……。
「いざ、推して参る!」
グオォォーー!
ヤツの正面に向かって飛び掛かり、フラウロスの右の拳を繰り出す。
それは、ヤツの左のガードで弾かれる。
だが、胸元に隙。
フラウロスの左の鍵爪で引き裂こうと、左手を振り下ろす。
刹那、そこに、ヤツの右の正拳突き!
已む無く、左の拳の軌道を変え、魔人の左手でソレを振り払う。
む、ヤツが大きく体勢を変え、なんと!回し蹴りだと!?
すかさず、再び空中で体を捻り、それを
「フッ、成るほど、足技が使える分、手数はヤツの方が上か」
「成らば!」
直接ヤツの巨体に挑むのでは無く、付近の家屋の屋根を足場に、ヤツの周りを縦横無尽に立体的に駆け回る。
神楽舞の拍子を刻み飛び跳ねる。
ワシの素早い動きを捕らえ切れず、ヤツの拳が空を切る。
そして、すれ違いざま、フラウロスの鍵爪でヤツの分厚い皮膚を切り裂く。
ヤツの巨大な体が、みるみる鮮血に染まりだす。
だが、この戦法では致命傷には至らない。
何か仕掛けねば成るまい。
恐らく、奴もまた、鮮血に染まりながらも、その隙を伺って
ワシが飛び跳ねる神楽舞の拍子は、なにも無意味に刻んでいるものでは無い。
単調な拍子の中に時折、ほんの僅か、不定期に敢えてその刻む拍子のテンポを変えておる。
これにより、敵は知らず知らずのうちに自らの拍子を崩され、狂わされ、隙が生まれる。
本能のままに、達人並みの拳を振るうこヤツとて同じ。
いや、達人の域に達して
ワシの攻撃に乱され、ヤツの構えた防御が僅かに下がる。
「今だ!」
フラウロスの右の鍵爪を伸ばし、ヤツの懐に飛び込み心臓目掛け、鍵爪を突き刺す様に貫手を放つ。
その鍵爪が、ヤツの分厚い胸板に、僅か突き刺さったその刹那!
「何!?」
フラウロスの右手を、ヤツの右手がガシリと掴みおった!
抜かった!
ヤツはワシの術中に嵌って防御を崩したのでは無い。
ワシの攻撃を誘いおったのだ!
マズイ!
このままでは、その掴まれたフラウロスの右手に引っ張られ、ワシ自身もヤツに振り回されてしまう。
「已むを得ん!」
フラウロスの右手と召喚者であるワシとの繋がりを切断、そして、そのまま飛び込んだヤツの胸元をひと蹴りし、向かいの建物の屋根に飛び移る。
ワシへの当て付けか、それとも只の本能かは知らんが、捕らえたフラウロスの右手を口に運び、噛み砕きおった。
フラウロスの右手は召喚された魔法物、肉など有りはし無い。
噛み砕かれたそれは、オレンジ色の粒子と成って霧散する。
ウオォォーーーー!
ヤツが雄叫びを上げる。
フッ、ワシの爪を一本もいで嬉しいか。
ヤツに驕りが有るなら、
ワシには、未だ一本鋭い鍵爪が有る。
今まで左右に割り振っていた魔力を、フラウロスの左手一本に集中する。
「さあ、これが最後だ。次で確実に貴様のその命、狩りとってくれる!」
体をしならせ、全身のバネを使って、ヤツに飛び掛かる。
そして、強い殺気をヤツにぶつける。
それに反応し、ヤツは空中のワシ目掛け、何者をも砕くであろう右の正拳突きを、避ける事も叶わぬほど、実に正確に放ってくる。
だが、避ける必要など無い。
打ち砕いて見せる!
フラウロスの左手に全身全霊の魔力を注ぎ込む。
ワシの、ケットシーとして生前よりも遥かに増したその魔力を吸収し、フラウロスの左手は白く輝き、形を変えて行く。
眼前に迫るその巨大な拳目掛け、その左手を振るう!
ザクッ!
ソレがヤツの巨大な拳の人差し指と中指に食い込み、そのまま切断、その撃ち抜く様に伸ばされた、手首から二の腕に掛けてを切り裂いていく。
そして、その巨大な一本の鍵爪が、ヤツの頸動脈と
この巨大な鍵爪はワシの魔力を吸収し、フラウロスの左手が変異して姿を変えたものだ。
ただ、切り裂くことに特化した鍵爪は、その
プシュューーーーーー!
ヤツの首筋から、鮮血が噴水の様に吹き上がり、辺り一面を深紅に染める。
そして、ゴゴゴォォォーーー!と切り裂いたその喉の奥から、悲鳴とも雄叫びとも付かない怒号を上げ、前のめりに崩れる様に倒れる。
「フゥーー、終わったか……」
血に酔った訳でも無く、ただ純粋に戦いに熱く成れたのは随分と、久しぶりの事だな。
「お前さんを弔う言葉も、その積りも無いが、満足の行く戦いをさせて貰った。フッ、輪廻の輪に戻った暁には、また来世で相まみえようぞ」
ズドーン!
「うむ、どうやらジムも最後の一匹を仕留めたらしい」
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