第41話 幻聴、逃走指示

思いの外、時間を取ってしまった。

急がんと、そろそろ奴らが動き出す時間だ。


二階に辿り着くと、すぐさま刀印を結んでクロケルの魔法陣を素早くえがき、指先に浮かんだ魔法陣を四つの扉に押し当てて回る。


全ての扉に魔法陣を押し当てた後、その結んだ刀印を口に当て囁く。

「皆おきろ!緊急事態だ。この宿の奴らは盗賊団だ。今すぐ逃げるぞ。準備が出来たら、そっと扉を開け廊下に出てくれ。急げ!」


扉の向こうに居る皆には、大声でワシの声が聞こえた筈だ。

クロケル、天使の姿を持つその悪魔は、人々に幻聴を利かせる権能を持つ。


直接脳内に響くこの幻聴を聞いて、起きん奴はそうそう居らんだろう。


そして、暫くも経たない内に、最初に開いた扉はジム達の部屋の物だ。

「あれ、旦那?」

扉を薄く開け、その隙間を覗く様にジムがワシを探しておる。


目の前に居るんだが……。

成るほど、隠身かくりみのせいで、ワシの姿が見えんのか。

術を解いて、声を掛ける。

「ジム、此処ここだ」


「え?旦那いつの間に……。いや、そんな事より、声がデカいぜ旦那。奴らに気付かれる心配は無いのかい?」

ああ、幻聴の事か。

「問題無い。ちょっとした仕掛けを使っている。部屋の中の者にしか聞こえん」

「成るほど……ちょっとした仕掛けねぇ」


「ともかく、話した通りだ。既に外に馬車を待たせておる。急げ」

「ああ、分った」



暫くすると、それぞれの部屋の扉がそっと開き、恐る恐ると駅馬車の乗客達が出て来る。

全員を集めて、さっき下で見聞きした事、逃げる手筈を伝える。

「そうですかい、猫の旦那……アーウィンが奴らに……」

バリーの表情が陰る。

タッドに続いて、また知己ちきを亡くしたのだ。

気の毒な事だ。


「宿屋の前に馬車を留めている。ジムとワシの馬もだ」

「それで、今のうちにニーリーを離れると云う事じゃな」

確認する様に問い返すモーリスに頷く。


「ただし、既にこの宿屋の周りは奴らに取り囲まれておる。何事もなくとは、残念ながら行かんだろう。トマス、レオナード、銃は使えるか?」

「ええ、商品として扱っていますからな、まあ人並みには」

「俺は上手くは扱えませんが、撃つだけなら」


「十分だ。馬車の座席に二挺弾を込めたスペンサーを置いてある。万が一の時はそれを使え」

二人が頷く。


「ジム、先頭を頼めるか?ワシは殿しんがりを務める」

「ああ、良いぜ」


ジムを先頭に、バリー、モーリスとケイティ、トマス、コクラン夫妻、そして三人娘が、忍び足で階段へと向かう。

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