第5話 - C5B6DC58-8A0B-4843-A9BC-4AD8066CEEBA

「チェックポイント『救い』作成」


 なんだかわからないが、今さっき、俺の心臓がドキッとした気がした。

 手の中には空になったコーヒーカップがあった。なんだろうか。俺は今さっきまでなにをしていたのだろうか。


「すみません。ありがとうございます」

「え、あぁ」


 エスはなんに対して感謝しているんだ?

 そういえば玄関の鍵はかけただろうか。なぜだか無性に気になった。

 放心状態で俺はエスに近づき、頬に触れる。驚いたような顔をするエスだったが、俺もまた驚いた。


「冷え切っている。とりあえず風呂が沸かしてあるから入るといい」

「いえ、そういうわけには……」

「ファンヒーターよりは体を温めるのに適していると思うが」

「しかし……」

「……着替えなら俺の替えのパジャマを使うか? その白衣みたいなものよりは幾分マシだと思うが」

「そういうわけにはいかないのです。世界線ブランチを……」

「だからといって冷え切ったままは良くない」

「いえ、入ったらもっと危ないのです」

「……なぜだ?」

「……追手が来ています。私を追う者がすぐそばまで」

「どういう意味だ?」

「この家を破壊してまで私を捕まえようとする者がすぐそばまで来ているのです」


 少女は玄関前で応対したときのように必死に言う。

 家を破壊。なんだか現実味がない話だが、妙に信じられた。


「どうすればいい?」

「……あなたは私のことを憶えていてくれますか?」

「は?」

「あなたは、私のことを、どうすれば、憶えていてくれますか?」

「どういう意味だ? 俺はクリスマス・イブに家に押しかけてきた自称魔法使いのことなんてそう簡単には忘れない」

「違うんです!」


 エスは声を荒らげた。その声は俺の頭を、冷水を浴びせるように冷やした。


「……俺になにができる?」

「私を絶対に忘れないでください」

「……忘れない」

「私が助けを求めたらすぐに匿ってください」

「……もうしている」

「次はもっと早く」

「……よくわからないが了解した。次があったら、すぐに匿うことを約束しよう」


 ピンポーン――。


 玄関のチャイムが鳴った。クリスマス・イブの二人目の来客である。全く、一人だけでももういっぱいいっぱいだというのに、なんだってんだ。そんなことを考えながら、居留守を使おうと声を潜める。


「……あなたの名前は?」

「安藤司だ」


 声を潜めたまま答える。


「あなたの好きな異性のタイプは?」

「は? どうしてそんなことを? 今話すことかそれ? この来客ってそういうことだろ!?」


 ピンポーン――。


 玄関のチャイムがもう一度鳴った。二人目もまた、この家に妙に執着するようだ。なんなんだよ全く。


「それでは、あなたは今まで誰かとキスをしたことがありますか?」

「は? ねーよんなもん。それより――」


 そこから先の言葉は口を塞がれたことで消えた。背伸びをし、俺の服の襟を掴んだ彼女は目を閉じていた。その目から流れる一筋の涙を、俺はただぼうっと眺めていた。重なり合ったくちびるから、なにかを求めるように舌が触れてきた。コーヒーの香りがした。なぜだかはるか昔のことに思えた。惜しむかのようにほんの少しだけ離した唇が、魔法を紡いだ。


「『逃走』ブランチのチェックポイント『訪問』へ移動」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る