第3話 - B0D730B6-2743-439B-B839-4D5369A49ACE
「チェックポイント『コーヒー』作成。『逃走』ブランチから新規ブランチ『名乗り』作成。新規ブランチへ移動」
なんだかわからないが、今さっき、俺の心臓がドキッとした気がした。
「失礼しました。……私のことはエスと呼んでください」
「あ、あぁ……。了解した」
が、そんなことより俺は、最低限の自己紹介を終えたエスに対し、先程の言動を訊いた。訊かなければならない気がしたのだ。
「エス、君のさっきの『宣言』のようなものは一体なんなんだ?」
「私の魔法です。想像していた魔法とは違うでしょうけれど、あれが私の魔法です」
「……さっきは『魔法は見せられない』と言っていたが」
「私の魔法は、『必要なときに使う』、特殊なものなのです」
「……そうか」
正直なところ、エスの言うことは信じられなかった。信じられる気もしなかった。が、とりあえず、次点で気になっていたことを問いかけた。
「君は何者だ?」
「……魔法使い、です」
「魔法使いには、クリスマス・イブにハロウィンよろしく仮装姿で練り歩く風習があるのか?」
「……逃げてきたんです」
「どこから?」
「……この世の全てから」
どうやら冗談が通じるような状況ではなかったようだ。俺の手の中でコーヒーが大きく揺れた。
「俺は、君が……エスがそのコーヒーを飲み終わったら、エスのことを交番へ送り届けようと思っていたのだが」
「……そうですよね」
「君はそれからも逃げなければならないのか?」
「……はい」
そしてどうやら、この子はなにか大きなものから逃げているようだった。
「私はもう、疲れたのです」
「……それは、どうして?」
「この忌々しい魔法のせいです」
「……俺は魔法使いではないから、君の力にはなれない。俺は一般人だ」
「魔法なんてものは、そんな都合よく人を助けられるようないいものではないのですよ?」
「でも俺は、君の苦労をわかってあげられないだろう。交番からも、警察からも、逃げなければならないような状況を、俺は知らない」
「……」
「でも俺は、できるなら、言葉を交わした人には苦しんでほしくない」
「……え」
「俺になにができる?」
「手伝ってくださるのですか!?」
「頼み事があるなら俺の気が変わらないうちに。早く」
「今晩だけでいいので、ここで匿ってください!」
「……了解した。この家には俺以外誰もいない。好きにしろ」
「いいのですか?」
「悪くはないはずだ」
「……そうですか。ありがとうございます」
流石に俺にも、行き倒れを見捨てることはできなかった。気が変わらないうちに、とした約束を、俺は守らなければならない。
└─*─┐
エスと俺はコーヒーを飲み終わった。コーヒーと言って良いのかわからないほど甘かったそれは、今もまだ口の中に残っているような気がしてならない。
予定では交番へ案内していた頃だが、俺はそうはしなかった。なぜだろうか、後悔する気がしたのだ。
「すみません。少しだけ、いいですか?」
「ん?」
「チェックポイント『救い』作成」
とても凛々しく、聞いていると落ち着く声が聞こえた。チェックポイント」とはなんだろうか? なんだか大事なことのような気がしたが、きっと、魔法に関しては俺の理解は及ばないだろう。余計なことに首を突っ込みはしないことにした。
「すみません。ありがとうございます」
「とりあえず、風呂が沸かしてある。入るといい」
「え。でも流石にそこまでは……」
「ファンヒーターよりは体を温めるのに適していると思うが」
「しかし着替えが」
「……俺の替えのパジャマを着るか? その白衣みたいなものよりはマシだと思うが」
「……ありがとうございます」
「こっちだ」
とりあえず少女を風呂に入れることにした。先程から様子を見るに、この少女には暖かさが必要な気がしたのだ。
リビングから廊下へ出て、風呂場へ向かう。
「ここが洗面所で風呂はこの扉の向こうだ。ここにあるものは基本的に好きに使ってもらって構わないから」
「……本当にありがとうございます」
「ただ、間違っても入浴中には寝ないように」
「わかっています」
「ならいい」
ならいいんだ。さっきまで言葉を交わしていた相手が溺死体になられるといろいろと困る。
「……あの」
「なにか問題が?」
「……あなたは優しいのですね」
「そんなことはない。これはただのクリスマスの施しみたいなものだ。だからなにも考えずに受け取ればいい」
「とても優しいですね」
「早く入れ」
これはきっと、優しさなんてきれいな感情ではないだろう。きっとあれだ。一般人が持っていない才能を持ったエリートな魔法使いに対してマウントを取れて楽しんでいるんだ。
「チェックポイント、『お風呂』作成」
エスは凛々しく宣言した。
「……さっきからのその魔法、なんなんだ?」
「臆病者の保険です」
エスは自信なさげに伏目がちに答えた。
やっぱりわからない。
└─*─┐
俺はなぜあんな怪しい存在を助けようとしたのだろうか。わからない。単なる気まぐれとしか言いようがない。
少女の、エスの魔法はなんなのだろうか。わからない。「チェックポイント」とか「ブランチ」とか言っていた気がするが、その詳細はわからない。
エスが逃げてきたというのは、なにからだろうか。そしてなぜだろうか。正直なところ、面倒事はごめんだ。ごめんだったが、もうここまで来てしまったら後戻りはできないだろう。
ピンポーン――。
玄関のチャイムが鳴った。クリスマス・イブの二人目の来客である。全く、一人だけでももういっぱいいっぱいだというのに、なんだというのだろうか。
そんなことを考えながら廊下の、インターホンの親機に出る。
「もしもし」
「……あーもしもしー? 夜分遅くにすみませんー。こちらに白衣を着た女の子は来ませんでしたでしょうかー?」
「来てませんね」
「そんなわけないでしょう。見たんですよ、あなたが奴を家に入れるのを。開けてくださりませんかねー?」
「なんですか、保護者ですか? 一体全体、なんなんですか?」
「開けてくれませんかー? 話はそれから」
「もう面倒事はごめんです。申し訳ありませんが、明日にでも出直してきてください。今から風呂なんで」
玄関の鍵はかけただろうか。確かかけてあったと思う。が、その心配は悪い意味で必要なくなった。
「破壊せよ」
その声がインターホンから聞こえた直後、轟音が聞こえた。インターホンからではない。玄関の方からだ。
「チェックポイント『お風呂』までリセット」
凛々しい声がお風呂場の方から聞こえた気がした。
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