空が見える日

黒い綿棒

第1話

 ここは、町外れにある工業団地。

ここらに住む住人の大半は、この工業団地の、どれかしらで働き、

物を作って生きてきた。

 かつては、そこで働く全ての人が、まるで家族のような関係を

築いていた。しかし、今では、そんな町も変わってしまって

工場労働を嫌う若者は、次々と違う町に流れていってしまい、

この工業団地の半分は稼働していない。

 どうにか生き残っている工場も、生き残りを懸けて、その人員

不足を補う為、オートメーションの工作機械やロボットを工場の中に

置くようになった。


 数名の作業者に、多くのロボットアーム。

僕も、そんな工場で働く中の一人。


 元来、僕は不器用で、言われた事は忠実にこなせても、

自分で考えて好きに物事をするという事が出来ない。

 そんな僕の仕事は、コンベアで流れてくる部品に、違う部品を

接合すること。毎日、数百という部品を接合し、次の工程に送っている。

みんなは、この単純な作業に耐えれないと言うが、僕は、この仕事が好きだ。

同じ事を繰り返すと、誰よりも集中できる。

 逆に他の仕事をこなす自信もない。だから、僕は、この仕事を失うまいと

一生懸命に働いている。それに僕には、夢がある。きっと、ここで必死に

頑張れば、そんな夢も叶うかもしれない。


 だから、僕は休憩も抜きで働いている。

たまに主任さんが、飲み物を持ってきてくれる。


 ここの人は、みんな優しい。


 僕は、話をする事も苦手。

みんなが休憩室でタバコを吸い、テレビを見て世間話に花を咲かせている

時も、僕はコンベアの前で始業のベルが鳴るのを、ただ待っている。

 話の輪に加わらない僕は、みんなに冷たく扱われても、おかしくない。

けれど、ここでは違う。コンベアの方を向く僕の背中を、誰かがポンと

叩いてくれる。

 それが、毎日の習慣だった。


そんな、ある日。


 僕の背後から、話し声がした。

「おい、聞いたか?ここの工場閉鎖するって!」

「はっ?」

「大阪の工場と統合するらしぞ!」

そんな言葉に、数人が手を止め、僕の後ろに集まった。

僕も、手は止めないながらも、その集まりで話される会話に

聞き耳を立てた。

「お前、それ誰から聞いた?」

主任さんは、そう言うと、僕に手を止めるようポンと背中を叩いた。

いつも大きな音を響かせている棟内は、急に静まり返る。


「本社の偉いさんが、工場長と事務所で話してるのを聞いたんです。

規模を縮小するって」

その言葉に、みんなはザワつき、不安が棟内を包み込んだ。

「俺らは、どうなるよ?」

そんな言葉が飛び交う中、棟内の異変に気が付いた工場長が、

僕たちの所に血相をかいて、やって来た。

「すまん…。どうにか解雇だけはと、掛け合ったんだが」


 棟内は静まり返る。


 みんな悲しい顔を浮かべていた。泣いている人もいる。

僕も悲しかった。すごく…、すごく…。


 けれど、僕が覚えているのは、ここまでだった。

この後、僕は大変な事を、しでかしたらしい。



「で、どうするよ?この不景気で次って、言ってもな…」

「こっちは、もう五十五だぜ。不景気もクソもないよ」

休憩室では、主任さんと古株の作業員が、クダを巻いていた。

そこに、若い作業者が棟内から慌てた様子で、休憩室に飛び込んできた。

「ロボット!ロボットが、暴走しよる!」


 主任さんが駆けつけると、確かにロボットアームが何を考える様子もなく、

部品をコンベアから叩き落とし、アームを右に左に振り回していた。

「電源、落とせ!背中ん所にあるだろ!」

 主任さんの言葉に作業員は、必死にロボットアームに近づこうとするが、

暴走し、アームを振り回すロボットに誰も近づけない。

そんな中、古株の作業者は、どこからか持ってきた大きなハンマーを、

ロボットから延びる配線コード目掛けて振り下ろした。

すると、ロボットアームは、まるで頭を、そのハンマーで殴られたかのように

ガンと動きを止める。

 しばらくして、主任さんは、ロボットが完全に止まったのを確認すると、

背中の制御ボックスを開いた。

「ありゃ、りゃりゃ。こりゃ完全に焼け付いとる」

主任さんが開けたボックスからは、なんとも焦げ臭い匂いが漂っている。

「これも長く使ってるからなぁ。直るかなぁ。おい!工場長に、

ここ閉鎖するなら、古い機械修理するのか、処分するのか聞いてこい」


 僕は、この日。初めて外に出た。

青空の下、僕の夢は叶ったんだ。


「みんなの様に、外に出たいなぁ」

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空が見える日 黒い綿棒 @kuroi-menbou

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