第19話 意気軒昂な運び鳥 ④
勢いよくファミレスを飛び出した私はテロの現場であるアパレル街の方へと向かった。
今日はあの無愛想な男の子以外にもう一人、協会の新規会員がこの国裏街に存在している。そこにも、別の特別捜査隊員の人が付いているがテロは未然に防げなかったようだ。
協会の役員と今回の事件に関わる特別捜査隊員のみが知る情報。それはテロの現場には必ず新規会員が存在しているという共通点だ。
そのため、特別捜査隊員は新規会員が国裏街に足を踏み入れると同時に行動を共にする任務が課せられている。もちろんそれは新規会員を守るため、といいたいところだが協会内の大多数の意図は犯人を捕まえる手がかりを手に入れるためだろう。
あの男の子は私の同行を激しく拒絶していたが、事件に巻き込まれる様子もなさそうで一安心だ。それに、偶然居合わせたシロくん先輩とマツリンが近くにいるから、こうして私は安心して動くことが出来る。あの二人の実力は確かなもので、現役の役員と比べても然程変わらないだろう。
アパレル街に到着した私の目に飛び込んで来たのは惨憺たる光景だった。街行く人々はぐったりとした様子で衰弱し、両手と膝を地面につけ、辺りは澱んだ空気が充満している。
「酷い......」
近づいて救助活動と言いたいところだが、無策でここに飛び込んだら自分も毒の被害に遭うことくらいは私でも分かった。そのため、私は一つの策として、一番の隣人を表へ顕在させる。
「呼びましたか、小雪さん」
私の思いに反応して現れた彼女は淑やかな声で、そう尋ねた。
「アリスちゃん! この毒、撒き散らせないかな?」
「撒き散らす、ですか? お安い御用で」
そういうと、アリスちゃんは両翼を大きく羽ばたかせ突風を巻き起こす。その風は激しく吹き荒れて目の前の澱んだ空気を上空へと跳ね除けた。
「ありがとう! アリスちゃん」
その隙に私は一番近くで倒れている人を清潔な空気の下まで運び込んだ。もう一人、とアパレル街へ足を踏み入れようとしたその時、協会本部の救急隊が五台の車と共に到着した。
「キミ! 調査隊の人だね」
「はい」
「人命救助は我々に任せて、キミは事件解決のために動きたまえ!」
「わ、分かりました!」
言われた私は早速行動に移す。協会の専用端末を開き、調査隊員専用のチャット機能を使用した。電話をかける要領で、調査隊員全体のチャット欄から、この近辺にいる調査隊員に向けて連絡要請を送る。しかし、幾度かのコールの後、私の要請は空発に終わった。
もしかしてテロに巻き込まれて負傷しているのか、それとも私からの連絡要請には応えてくれないのか。その詳細は確かではないが、連絡が取れないという状況が緊急事態であることに変わりはない。
事件を早期解決させるためにはどうしても情報が必要だ。
そこで、別の作戦に頭をシフトする。倒れる人々の中からある人物を探し始めた。それは今朝、協会本部から送られてきた機密情報の写真に写る人物。今日、新規登録をしたもう一人である。
探し始めて2、3分で私は目的の人物を見つけることに成功した。その人はブランド物の女性服を取り扱うお店の中で倒れていて、見た目から分かるレベルで昏睡している。歳は私とそう変わらない女の子だ。
顔は写真と一致していて、吊り目が印象的な茶髪のポニーテール女子。その肌は右手から肩にかけて上に登っていくように紫色へと変色している。敵の能力を受けた者の症状として、情報通りであった。
「大丈夫ですか⁉︎ 」
私のそんな問いかけに、目の前の女子は唸るような言葉にならない声を返す。それから残された力を振り絞るように口を開いた。
「たす、けて......」
「うん、大丈夫だよ。今助けるからね」
女の子を抱え、救助隊がいる方へと運んでいく。私はこの人から情報を聞き出さなくてはならない。とりあえずは、この人についていた調査隊員の行方についてだ。私の連絡要請に答えなかった詳細を知りたい。
「辛いときにゴメンね。あなたを案内していたはずの二人はどこにいるの?」
「分からない。けど、周りがパニックになりだしたときに、見つけた! って言ってどこかに行っちゃった」
それを聞いてとりあえず胸を撫で下ろす。どうやら負傷して応答できない状態にある、というわけではないらしい。やはり、私からの連絡要請を煩わしく思ったのだろう。
この女の子を放置して行ったことには少しイヤな気持ちになるが、事件解決の糸口を見つけたということは素直に嬉しい進展だった。
きっと、索敵の能力を持ったチームが担当していたのだ。となれば何人か心当たりがある。
「その人たちの名前ってわかるかな? 一人だけでいいの」
「名前? たしか、
ビンゴだ。その人なら顔も分かるし、触れたことがある。となれば、私の
無事、救助隊の元へと女の子を運び遂げた私は安全な場所を探して、能力発動の準備を始める。
救急隊が構えるテントの脇で腰を落として楽な体制を作った。そして、池田泰晴の顔を頭に思い浮かべて、静かに目を閉じて意識を集中させる。
全身を迸る電気信号は脳を活性化させ、頭に熱を込めて行く。黒く染まる瞼の裏をスクリーンのようにして。鮮明な映像が映写し始める。そして、私は能力を操作してその映像を5分後の未来からスタートした。
私の能力は一言で言えば未来予知である。私を含める、顔と名前が分かり私が触れたことのある人物に限り、最大5分後からの未来をスタートとして頭の中で見ることが出来る。その映像は私が視界を閉ざしている間、永続的に流れ続けて、ある些細な行動一つで未来は幾つものパターンを生む可能性を秘めている。
能力の使用対象は女の子の護衛任務についていた池田泰晴という同期の男の子。まるで、映画を見ているような感覚で池田くんを第三者の視点で見ることが出来る。
私の能力が映し出したのはここからIキロ弱程度離れた隣のアミューズメント街。池田くんを含めた男の子二人が何者かを追って走っている。
二人が追っているのは黒のパーカーを着た背の低い人物。顔は見えないが軽やかな身のこなしをしている。さしずめこの人物がテロの犯人なのだろう。
一週間、この事件の解決のために動き始めて、随分と長い仕事だった。その解決の糸口を見つけたことが素直に私の心を昂らせていた。
そんな私の心を掻き乱したのは次の瞬間の映像だった。テロ犯の追跡は5分間程続いた。そして、犯人が人目のない裏路地へと逃げ込んだ直後、基礎的な訓練が施されているはずの二人の調査隊員は小柄な犯人に圧倒され、地面に倒れ伏せたのだ。
二人の体には紫色の痣が現れていて、それはテロの被害にあった人物の肌と一致していた。このパーカーの人物がテロ犯であることは間違いない。
私は慌てて能力を解除して、瞼を開ける。そして、陽の光を瞳で取り込むと同時に教会の端末から調査隊員全員に応援要請を送った。
しかし、一向に返事が返ってこない。やはり、仲間を危険な目に合わせた私の応援など誰も来てくれないのだろうか。マツリンとシロくん先輩も返事してくれないし、どうしたらいいのだろうか。
このままでは、約10分後に二人は犯人によって制圧されてしまう。そして、犯人は逃走を難なくこなし、最悪のケース今回見つかったことにより雲隠れする恐れもある。今日、捕まえなくては協会を慢性的に危険な目に合わせてしまうこととなる。
だがどうしたものか、あの二人が敵わない相手に私が一人で敵うはずがない。自慢ではないが、戦闘面において私はあまりにも非力なのだ。
自分との葛藤が既に時間の無駄だった。移動のことを考えても、ここから先1秒も無駄にはできない。
恩人の言葉やお母さんの顔、そして今病院にいる
そして、アリスちゃんの背に乗って全速力で私は件のアミューズメント街へと向かった。
※
現在の状況に俺は重たい溜息を漏らした。
「どうしたのウジ虫? テロが不安で溜息ついてるの?」
緩やかで抑揚のある喋り方で茉莉は茶化し気味にそう言った。だが、その発言は全くの的外れで、俺が溜息を漏らした理由を挙げるのならば、それはファミレスに拘束されているこの現状のことを指すのだろう。
全くもって馬鹿馬鹿しい、そう思うと再び溜息が溢れてしまう。
「うわ、感じわるい」
意図せず、溜息で返事をしてしまった俺は度重なる批判の上に更なる批判を重ねることとなった。
「そろそろ、ここを離れたいんだが?」
強引に突破しようとすれば必ず反発を受けるので、仕方なく俺はそう訴えかけてみる。
「バカを言うな、今ここが危険なのは分かっているだろう」
「だから言っているんだ。危ないところに長居するつもりはない。帰らしてくれ」
俺がそう返すと、八威刃はバツが悪そうに言い淀む。
「お前ら、俺を撒き餌にしてるんだろ。特別調査隊員ってのは点数稼ぎが必要だもんな」
「お前、気づいていたのか」
過去の八威刃が放った、事件に新規会員が関わっていることを示唆する発言とコイツらの行動と目的の矛盾から、そういった思考に至ったがどうやら正解だったらしい。
そして、今起きているテロ行為。間違いなく、今日来たという、もう一人の新規会員を中心に起きていると推測できる。となれば、俺は被害にあっていない無関係だ、とのたうち回るのは傲慢というものだ。
大小どうあれ、今後その新規会員と似たような境遇になると考えておいた方がいいのはバカでもわかる。
「分かったなら俺を解放してくれ」
「それは出来ない」
「何だと?」
強情な奴だ、そこまでして出世したいか、そう思い目を向けると、八威刃の表情にはそういった考えは感じられなかった。随分と真っ直ぐな瞳が俺の目を捉えている。
「確かに関係ないお前を事件に巻き込んだのは謝ろう。すまなかった。だか、お前を危険から守るという意志に変わりはないし、今ここが危険だということにも変わりはない。前述したことには一度目を瞑って、ここは大人しく俺たちに守られてくれないか?」
八威刃は真摯にそう訴えてきた。俺としてもここまで真っ直ぐに進言してくる男を無碍にするつもりはないのだが、そう後手に回っておける状況でもなくなってきている。
俺の読みが正しければ、もうすぐ俺の体にも異常が見られ始めるであろうからだ。俺の呪能力でどうにかなるなら放置していても構わないが、そうでないなら早々に対処しなければいけない。そしてこの場合、敵の攻撃を既に受けていると想定して後者を選択するのが無難というものだ。賽は投げるべきではない。
故に適当に言い捲ってでも、この場を離れたいところなのだ。
「それは出来ない」
「何故だ⁉︎ そこまで俺たちが信用できないのか?」
そうだ、というのが本心だが今コイツを怒らしても話がややこしくなるだけだ。既にコイツらは必要最低限のコミュニケーションが必要な人物に入ってしまっている。煩わしいが、開きたくない口を開かざるを得ない。
「俺がテロに巻き込まれる可能性があるというなら、犯人に思い当たる奴がいる」
「なんだと⁉︎ 」
「そいつが今どこにいるかも大体の検討はつく。だから、ここから解放してくれ。俺が犯人を捕まえに行く」
「何馬鹿げたこと言ってるんだ。そういうのは俺たちに任せておけばいいんだ。場所の案内だけしてくれ、あとは俺とマツリで何とかするから」
そういう八威刃の発言は、もっともな意見だった。八威刃の視点からすれば俺の発言は無謀そのものなのだから。
「お前たちが犯人に接近すれば警戒されるだろう。ここまで上手く立ち回って身を隠し続けた相手だぞ。新顔である俺の方が警戒が薄く、作戦的には有効な一手だと思うんだがな」
「ぬッ、それも一理あるがやはり危険だ。俺たちは何も志だけで調査隊員をやっているんじゃない。協会により訓練を受けて前線を張っているんだ。素人が簡単に首を突っ込もうとするな」
それは俺だって同じことだ。むしろ俺の方がより精錬された訓練を積んでいたといえるだろう。だが、そのことは簡単には露見させてはいけない。俺にとっては忌まわしく、掘り返したくはない過去なのだから。
強情なこの男をどうやって言いくるめようか、と頭を悩ませていると、意外なところからの助け舟が投げられた。
「でも、これって千載一遇のチャンスってヤツじゃないですか? もし、ウジ虫の言うことが本当だとして、犯人捕まえたら私たち大手柄ですよね」
「何を言ってるんだ! 人を危険に晒して得る成果なんてない!」
「まあ、待ってくださいよ。先輩はともかく、私の
そう言って茉莉は俺に野球ボールほどの大きさをした薄茶色の玉を二つ手渡した。
「もし、接敵して危ないなあ〜って思ったら、コレを相手に投げつけて。起爆はこっちでするから」
「起爆?」
どうやら俺は手榴弾のようなものを押し付けられたらしい。
「それでもだな!」
「俺なら問題ない、自分で決めたことだ。何が起きても文句を言うつもりはない。俺はお前たちを信じている」
「ああ、もう分かった。仕方ない、その作戦でいこう」
俺と茉莉、二人係での説得はついに八威刃を黙らせることに成功した。
そんなところで俺の頭は次の議題へと移っていた。実のところ、テロ犯の居場所など見当もつかない。どうしたものか。
一番無難なのはデタラメに歩いた後に走って二人を撒くことだが、もし二人のうちのどちらかが索敵能力に長けていたら、捕まるのも時間の問題だ。それで捕まったのなら、怪しい人物として俺が犯人だと疑われてしまうかもしれない。それは厄介だ。
今ここで二人を気絶させて、その間に犯人を捕らえる、そんな荒くて粗い作戦を練り始めていると、茉莉と八威刃の携帯端末が鳴り響く。
「小雪ちゃんからの応援要請だ! 犯人の尻尾を掴んだみたい」
茉莉が嬉しそうにそう言った。
「好奇だ。これで危ない作戦を決行しなくて済む」
続けて、八威刃も嬉しそうにそんなことを口にする。
「マツリ、現場には俺が向かう。お前はココでコイツを守っていてくれ」
「分かりました。りょ〜かいです」
思いもよらないところから、場の展開はよくない方向へ動いている。これでは俺が自由に動くことができない。
「まて、俺も行くぞ」
「何を言ってるんだ?何度も言わせるな——」
「俺は自分の身を他人に委ねることはしない」
「分からずやがッ! 素人は黙って指示に従え!」
八威刃は声を張り上げて一喝した。人のことを分からずや、などと言っているが、自分も相当な分からずやだということを理解しているのだろうか。
「言うことが聞けないのなら、気絶させてでもここに拘束させてもらう」
俺を睨みつける八威刃に対して、黙って腰を深く据え構える。それを見た八威刃は一瞬驚きはしたものの、すぐに臨戦体制へと入った。
「どういうつもりだ」
「どうもこうもないだろ。俺の行手を塞ごうってなら、俺だって容赦はしない」
緊迫した雰囲気に甲高く床を蹴る俺の足音が鳴り響く。勢いを殺すことなく八威刃の顎を狙って回し蹴りを打ち放った。
俺の右足が穿ったそのものは日本古来から存在する伝統的な武器である日本刀。八威刃の手に握られたそれは俺の動きを上へと流し、跳ね除ける。
八威刃の高い技術を、目の当たりにしたと同時に蹴り足と軸足を即座に入れ換えて、敵の胴体に向けて的確に蹴り込んだ。
鳩尾を蹴り抜かれた八威刃はファミレフの壁まで吹っ飛んで叩きつけられる。しかし、俺を睨むその目には、まだ闘志が宿っていた。
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