第18話 意気軒昂な運び鳥 ③
三人に連れてこられたのは表の世界にもあるファーミリーレストランの大手チェーン店。適当に注文を済ませ、テーブルには三者三様の食卓が形成されていた。
トマトソースのパスタを口に運びながら、俺は黙って過ごしていた。白鳥は主に茉莉と会話をし、八威刃にも時折、声をかけたりと場をうまく回している。
俗にいうファミレスという場所で食事をするのは初めてかもしれない。俺を引き取った爺さんは夜に飲みに行く程度の外食しかせず、俺はそれに同行しなかったので、外食をすることがまずない。初めて、口にするファミレスの食事には大して言葉にするほどの感想は抱かなかった。ただ無色透明にエネルギーを補給するだけだ。
「白鳥、そっちは最近の調子はどうなんだ?」
「う~ん、あんまりよくはないかな。やっぱり一人だと、私の場合行動範囲が狭くなっちゃうからね。はやく、新しいパートナーを見つけなきゃなんだけど、もう誰も私とは組んでくれないんじゃないかな」
「あの噂のこと、気にしてるの?」
「気にしてるっていうか、やっぱり第三者の意見ってのは私にはどうしようもないっていうか、みんなが私のことをそう思うんなら仕方ないのかなって」
「そんなの気にしちゃだめだよ。私たちは小雪ちゃんが頑張ってること知ってるから。それに、あの子だってほんとは分かってるはずだよ」
「あの子、
「うん、ありがと」
何の話をしているかは分からないが、俺には関係ないことだ。今、考えなけらばならないのは、目の前の会話のことではなくこの場から逃げ出す方法である。
先週から起きているという感染系の毒による無差別テロには絶対に巻き込まれたくはない。かといって、こいつらに護衛を頼んだところで大事なところで足手まといになる可能性がある。
護衛なんてじれったいことしてるくらいなら、そもそもの元を絶ってくれたらいいものを、特別捜査隊員なんて大層な名前をぶら下げている割には役に立たない。所詮は役員見習いといったところか。
さっき、受付から受け取った協会の専用端末に目を通す。
【特別捜査隊員】、定期的に志願者を募り、様々な能力を査定ののち選別される。いわば協会役員の登竜門で、基本は二人一組のペアを作って行動するらしい。明確な理由を証明できる場合は一人で行動してもいいらしいが、協会の評価は変わらなという。仕事の成果によって役員の道が開かれていくという分かりやすい制度だ。
「あれ? コイツ、噂の白鳥ってやつじゃね?」
俺たちが座る席の脇の道を通った二人の男が白鳥を視界に入れるなり、そんなことを口にした。
その声には嘲笑の意図が孕んでいるように感じられ、白鳥もそれを理解しているのか、バツが悪そうに苦笑いを浮かべる。
「アレだろ、協会役員のコネで特別調査隊員やってるってやつ」
「そうそう、だってコイツ大した成果も出してないし、組んでたバディを病院送りにしたんだろ。実力足りてないのに一丁前に役員志願してんじゃねーよ」
一度ついた導火線の火は止まることはなく。白鳥に対する暴言はその激しさを加速させていた。
「ちょっと、誰だか知らないけど辞めてくれるかな、私たちの友達の悪口言うの」
茉莉は強気な表情で男たちに反発する。八威刃も口にはしないものの、その表情は一段と鋭いものだった。
「ヘッ、何が友達だよ。俺たちが言ってることは紛れもない事実だろ」
「そうだぜ、てかそっちの男、見慣れない顔だがまさか、白鳥の新しいバディってんじゃないだろうな」
黙って外の景色でも眺めていたのだが、ついに俺にも火の粉が飛んできた。見当違いもいいところだが、別に否定してやることもない。こういうときは無視に限る。
「ッチ、シカトかよ。ま、こんな弱っちそうな根暗野郎じゃこの女は手に負えないだろうがな」
いかにも頭の悪そうな男は俺の怒りを買いたいのか執拗に絡んでくる。なにを言われても、俺の心は響かない。男には目も合わせず、あからさまに視線を窓の外に逃した。
「またコイツ、シカトして!」
「やめないか。これ以上騒ぐつもりなら、営業妨害で俺が上に報告する」
目に余ったのか、ずっと黙って聞いていた八威刃が口を開く。その発言は思いのほか男たちに効果があったようで、渋い顔をして去っていった。
その後、八威刃は俺に視線を向けてくる。
「別にトラブルを激化させたいわけではないが、言われっぱなしでいいのか? 悔しくはないのか」
その発言に対し、一度だけ視線を八威刃に向けて、再度視線を外すことで応えとさせてもらう。
「お前、この期に及んでまだそんな態度を」
「まあまあ、私たちの目的は一応果たせてるんだしここは水に流して」
荒れる八威刃を茉莉が宥める。
そろそろ食事も大詰めの頃、俺としても早く目的の場所へと足を向かわせたいところだ。
それを察したのだろうか、行動に移そうとした俺の動きを遮るように白鳥は口を開いた。
「私がコネで特別捜査隊員をやっているって話。アレね、意外と本当かもしれないんだ」
しっとりと白鳥は言葉を続ける。
「私にはとっても大切な恩人がいて、その人みたいになりたいって心からそう思ってるの。その人は協会の役員をやってて、だから私もってその人に相談した」
それがコネかもしれない理由になる、と言いたいのだろう。
「でもね、コネだったとしても私は気にしないよ。理念うんぬんの前に私にはお金が必要だから」
白鳥が語りかけている先は明らかに俺であった。語りかけることにより、俺の心を開こうとしているのか。もしくはただ話しているだけか、その真意はわからない。
「私のお母さんは女手一つでバカな私を私立高校に入学させてくれた。お金だって全然足りてないのに、色々を削ってね。だから、私の夢は恩人の様になることと、お金を稼いでお母さんに恩返しすること。そのことに手段は選ばない」
言い切った白鳥の瞳には熱い炎のようななものが宿っていて、それは他者にも伝染するほどの熱量だった。かといって、だからどうしたというのか。
「そうか、頑張れよ」
「え⁉︎ う、うん」
そう言い切って俺は離席し、店を出ようと歩き始めた。
「あ、また勝手に」
「待て、まだ行ってもらっては困る」
その強行突破に呆れるように驚いた茉莉と八威刃は急いで俺をおいかけようとする。その時、白鳥、茉莉、八威刃の携帯からけたたましいアラームが鳴り響いた。
「なんだ、こんな時に」
地震などの災害を知らせるような音が店内に鳴り響く。その音があまりにも迫真であったため、一歩止まって三人の様子を確認すると、そろって驚いた表情をして額には一粒の汗を浮かべていた。
「ウジ虫くん、外に出るのはお勧めしないよ。今、アパレル街の方でテロが起こったらしいから」
茉莉は焦った表情ながらも冷静にそのことを俺に伝える。
非常に面倒なことになった。さっさと用事を済ませて帰宅出来ていればこんなことにはならなかったのに。
そんな愚痴を心の中で唱えていると、一つ不可解なことが頭をよぎった。
そもそも、こいつら特別捜査隊員は俺がテロの被害にあわないように、と接触してきたはずだ。それなのに長々と国裏街に留まらせようという、その考えは矛盾しているのではないか。本当に俺の安否を心配しているなら、国裏街の紹介は後日にして帰るように促すのが正しいはずだ。ならば、きっと他の目的があるに違いない。
特別捜査隊が警護以外で俺に接触してくる目的。
脳を回転させ、思考を張り巡らせる。そして、コイツらが掲げるそもそもの目的と数分前の八威刃の発言から、その一つの仮説を導き出した。となると、思い当たる節がある。
自分が置かれている状況をようやく理解した俺は深いため息を零すと共に、最低限の覚悟を固めた。
「二人はこの人の警護をお願い! 私はアパレル街の方へ行ってみるよ。犯人の情報がつかめるかもしれないから!」
そう言って白鳥は足早に店を後にしようと動き出した。
「待て、行ってどうする? 犬死するつもりか」
俺のそんな忠告に心は一切揺るがない、白鳥の瞳がそう訴えてくる。
「誰かが困ってるかもしれない。動ける人間が動かないとでしょ」
そういうと、白鳥は店を出て走って行ってしまった。
「へ~、なんやかんやで心配してるんだウジ虫、以外だね」
茉莉はそんなことを言うがそうではない。心配などではなく俺は事実を言ったまでに過ぎなかった。このまま何も手を加えず一人で向かわせると、テロの現場に向かった白鳥はやがて犬死する。それが俺にはわかっているのだ。
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