第17話 意気軒高な運び鳥 ②
どこの都市にもある一般的な市役所。その室内のどこにあるかは、その市役所それぞれなのだが絶対に備え付けられている場所。
市役所の中を一通り確認した後、俺は三階の廊下の奥にある『立ち入り禁止』の看板の向うへと足を進めていく。そして、少し歩いた先に一つの扉が見えてきた。
取手に手をかけて右向きに回すと、それはロックされていて扉は開くことはなかった。少しあたりを確認してみると、見慣れない装置が壁に備えられているのが分かる。その形から推測するに目の網膜をスキャンするような装置だろうか。
少し疑いの気持ちを孕ませながら、ゆっくりとその装置に目を近づける。すると、カチッ、っという音が扉の方から聞こえてきた。さしずめ、
面倒なシステムだな、と文句を垂れつつ開いた扉の向うへと足を踏み入れる。そして、視界に飛び込んだものの印象は映画館の受付だった。薄暗く黒い雰囲気の受付。受付用のカウンターと受付の仕事をしている女性が一人、それだけがある小さな空間だ。
「こんにちは! 今回はどのようなご用件で?」
「協会の新規会員登録を」
「かしこまりました。どなたかからの紹介状はおありでしょうか?」
「ありません」
その一言で受付の表情に曇りがかかる。失念していたが、能力を開花させれば基本的には協会の役人がその人物に接触して協会の会員になるための紹介状を渡す決まりになっている。俺の場合は過去にその過程をすっ飛ばして別の団体として協会とは間接的な関わりを持っていたので協会の仕組みにだけは理解を持っていた。
今、俺は紹介状もないのに新規会員登録に来た怪しい奴というレッテルを貼られている。
どうしたものか、と困っていると迅さんの手紙に書かれていたことを思い出す。そして、その名を発すると同時にポケットからあるものを取り出してカウンターに置いて見せる。
「
受付は三条の名前、というよりはカウンターに置いた【国裏】と彫られた漆黒のバッチに反応を見せた。目を見開いて、それから何かを納得した様子を見せる。
「少々お待ちください。手続きの準備を始めます」
そう言った受付は手元を忙しそうに動かし手続きの準備を始めだす。
※
身分証明症を提示し、他複数枚の書類を記入して、1時間程で大まかな手続きを終える。書類一式を受付に手渡し、それに代わり一台のスマートフォンを渡された。
「こちら協会専用の連絡端末となっております。能力者の皆様が自由に交流できるフリーチャットや掲示板、そして、月々協会からの耳よりな情報提供もいたしますので、後ほどご自身で端末の個人登録をお願いいたします」
渡されたスマートフォンを手にとって、よく観察してみる。流石、国家指導の組織なだけあって、しっかりしている。表の政策よりも金がかけられているのではないだろうか。それもこれも、歴代の国裏政権協会の会長が尽力したお陰なのだが、能力という明確な武力がバックにあるのも大きな影響の一つだろう。
スマートフォンは表で使用している物のデータを移せるようで、俺のようなほとんど連絡先も存在せず使用頻度も少ないような人間にとって、その仕様は有難かった。朝にニュースを少し確認することくらいしか使い道に無いスマートフォンなんて一台持つだけでも手間なのに、二台持つ気が知れない。
「続きまして、
スマートフォンに気を取られていた俺に受付はそう言い放つ。
「国裏街とは、歴代協会役員の方の
説明を続ける受付が手元のパソコンを少し触ると、俺の手の中にあったスマートフォンが数秒振動を起こした。そして、その画面にはマップと思われるものが映されている。
「国裏街には飲食店、ショッピングモール、娯楽施設と、表の世界に存在する公共施設は全て完備されております。通貨は表と共通なので、ぜひ能力者様同士のコミュニティーの場としてお使いください」
国裏街の説明は俺には不要だが、受付の説明に素直に頷いておく。これで、全ての説明が終わっただろうか、晴れて解放されると思った矢先、受付から聞きたくない情報が飛び込んできた。
「最後に現在、国裏街で起きてる無差別テロの警告だけさせてください」
「テロ?」
「はい。本来このようなことは滅多に怒らないのですが、先週から不定期に国裏街にて、感染する毒を行使するテロ行為が行われているのです」
とてもじゃないが関わりたくない内容だ。国裏街でのテロ行為なら協会の会員が起こしている可能性が高い。第一、国裏街には協会の会員を含めた関係者しか入れないからだ。
それなら早く対処して欲しいが、それができない理由があるのだろう。
「ただいま、特別捜査隊員の方々が調査と街の警護に努めておりますので、国裏街のご利用には差し支えございません。ご自由にお使いください」
お使いくださいって言ったって、危ないと聞かされている場所に自ら足を踏み入れる俺ではない。もちろん帰宅する、と言いたいところだが、このまま帰ってしまえば生活費のあてである能力者手当が受けられない。国裏街の中にある、国裏政権協会本部に行かなければならないのだ。
仕方がないので国裏街に足を運ぶほかない。さっさと用を済ませれば、面倒ごとには巻き込まれないだろう。そう思い、受付の奥にある扉を開けると、俺を待ち受けていたのは全くの別世界。市役所の中にいたはずが、その扉の向うには青空と近未来的な都市が広がっていて、扉を媒介に別世界に足を踏み入れたのが分かった。
「こんにちは!」
直ちに目的地へと足を向けようと考えていた矢先、飛び込んできたのは若々しい女の声。その明るさは聞いただけでも不快になるほど、面倒臭さを孕んでいて、それは俺にとって胡散臭い壺を売りつけてくる悪徳セールスマンの様な存在であった。
「初めまして! 国裏政権協会、特別捜査隊員の
華希と比べて随分と背は低く、垂れ目で肌が異様に白い。俺が抱いた声の主の第一印象はちんちくりんだった。
「結構だ。長居するつもりはない」
「え⁉」
にこやかに話しかけていた白鳥とかいう少女は目を見開いて驚く。案内をこうもあっさりと否定されるとは思ってもいなかったらしい。
俺としてはこんな奴に関わる必要はない。この場にとどまって話を聞くのも時間の無駄なので即座に立ち去ろう、相手の言葉を全て無視してでも。
そう思い、少女の横を抜けて二歩三歩と足を進めると、正面から足取りが覚束ない老いた男性がこっちに向かって歩いてくるのが見えた。目に入れるだけ不気味な存在だったため大げさに進行の軌道をずらして歩いていると、その老人は俺のほうへと突撃するかたちで大きく転倒してしまう。俺はそれをかわして、老人は俺の手をつかもうと手を伸ばしてきたが、触れることしかかなわず結果的に地面へと転倒してしまった。
老人に触れられた俺の左手には、しわくちゃに干からびたその手の感触だけが残っていた。
「大丈夫ですか⁉」
その光景を見て慌てて飛んできたのは白鳥で老人にやさしく微笑んで手を差し伸べ、引き上げるとともに腰に手を添え、その行動はまさにお人よし以外の何物でもなかった。
「ありがとう」
「お怪我はありませんか?」
「ああ、大丈夫じゃ」
老人はそういうと一礼を残して、再び覚束ない足取りでどこかへ去っていった。
「ちょっと、なんでこけそうになったおじいさんを受け止めてあげないの?」
そんな言葉にかけるリソースはない。アクシデントが起きたといえ、俺の目的は変わらない。
「なんで、無視するの! ちょっとッ!」
無視を突き通して、歩みを進める俺を白鳥は追いかけてくる。
「今の国裏街は危険なの。とくに、今日初めて来たアナタはね。だから、私が案内を――って、だから待って!」
白鳥の声は大きく嫌でも人目を集める。本当に厄介な相手だ。
そんな白鳥の声を聞いてか、二人の男女がこちらに距離を詰めてくるのが見えた。
「どうかしたのか?」
鋭い目つきの男とやけに眠そうなふわふわした女。歳は俺と大して変わらなく見えるが、白鳥の知り合いだろうか。面倒な相手が増えてしまった。
「こんにちは~、小雪ちゃん」
「あ! こんにちは! マツリン」
楽しそうに両手でハイタッチをして、白鳥とは 挨拶を交わす女。そして、もう一人の方の男は鋭い目つきを俺に向けてくる。
「今日、教会の会員登録に来たという男だな。俺は特別捜査隊員の
よろしくではない。こんなに、いかにも堅物で我の強そうな男とは知り合いにすらなりたくない。
「そうか」
それだけ残して俺は立ち去ろう一歩踏み出した。すると、八威刃は右腕を伸ばして俺の歩みを抑止する。
「なんだその態度は? 初対面の人間に失礼じゃないのか?」
「そう思うなら関わらなければいい」
「そういうわけにはいかない。お前もテロの話は耳にしているだろ」
鋭い目つきと視線は交わり、八威刃はそのまま言葉をつづけた。
「我々、特別捜査隊員には協会の新規会員を国裏街にて護衛する任務が課せられている。今日、新規会員登録をしたのは二人、もう一人は他隊員が既に護衛についている。お前にも協力してもらうぞ」
「そんなこと俺には関係ないだろう」
「危険だと言っているんだ。現に数日前も新規会員がテロの被害にあっている。それを未然に防ぐ義務があるんだ」
「じゃあ勝手に防いだらいい。俺には話しかけるな。視界にもうつるな。後を追うなら50メートル以上距離を開けろ」
「なんだと」
俺と八威刃の間に険悪な雰囲気が流れ始める。そこに仲介人として割って入ってきたのはマツリンと呼ばれる眠たげな少女。文字通り、八威刃と俺の間に立って距離を取らせた。
「目を離したすきになんで喧嘩してるんですか~? この人は大事な重要参考人なんですよ」
「それはコイツが――」
「ハイハイ、わかりましたから先輩は黙っててください。それと、アナタももう少し心開いてくれませんかね? あ、私は
さっきまでの殺伐とした雰囲気とは打って変わって、茉莉の影響で場の空気には和みと眠気が漂い始めた。茉莉は随分とおっとりしたペースで言葉をつづり、俺に和解を求めてくる。しかし、コイツともかかわる気はない。
「開かん」
「え~、取りつく島もないね。お名前は?」
「教える義理はない」
「ハハハ、じゃあウジ虫って呼んじゃおうかな~」
「かってにしろ」
一切にこやかではない目をしながら乾いた笑いを零した茉莉。その姿には隣の八威刃も顔を引きつらせていた。
「おいおい、どうしてそうなった」
茉莉はその表情のまま大きくため息を吐き捨てた。なぜか、ウジ虫と呼ばれるようになったが、そんなことはどうでもいい。そろそろ、この場から立ち去らしてもらう。
強引に突破しようとした俺の行方を塞いだのは白鳥で、幾度となく進行を遮られ、少しだけ腹が立ってきた。
「分かった。もう10時半だよ! ちょっと早いけど、ご飯にしよう。私が奢るから、ね?」
白鳥が発言の最後に小さく「お小遣いもうなくなりそうだけど」、と心の声をこぼしたことには触れないでおく。
何が分かったのかは知らないが、10時半に昼食をとる習慣はないし、別に腹もすいてはいない。当然断ろうと口を開く刹那、背中から異様に力強い圧力がかけられる。
「ほら、黙って。いくよウジ虫」
茉莉が背中を押してくる。その細い腕のどこから力が加えられているのか不思議だった。
「おい、やめろ押すな」
抵抗しようと振り向くと、見た目にそぐわない鋭い眼光を茉莉に向けられる。それは背筋に痺れを覚えるもので、俺の第六感が敵に回すと非常に厄介だと訴えかけているようだった。
そしてあえなく俺は三人に連行されるのだった。
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