第16話 意気軒昂な運び鳥 ①

 「まったく、どうしてお前はいつもトラブルの渦中にいるんだ」

 

 フライ・ハイトとかいう組織の戦闘員を名乗る、古賀俊光を国裏政権協会へ引き渡した後、俺は華希のスマホから着信を受け、この場に呼び出された。


 それには白鳥が一枚噛んでいるようで、一週間のうちに、どうしてこう何度も似たような場面を経験させられているのか、と不満の声を漏らしてしまう。


 しかし、今回はそう文句だけを言っていい場合ではない。今回の件は華希が関わっていて、俺には華希を守る義務がある。たとえ今がどうであれ、は果たさなければならない。


 「皇くん! 気を付けて! 暴走してるけどミヤちゃんの心移す体しんいたいは規格外の強さだよ」


 そんな声を受けて一度、白鳥を視界に入れると右腕にかなり大きな傷跡が見える。そして、なぜか華希に抱えられている。


 随分と仲良くなったもんだな、と思いながら百合姫を表に顕在させ目の前の女騎士に進軍させた。そして、本体である俺は華希と白鳥のもとへと近づくことにした。


 「大丈夫か?」


 白鳥の肌に触れ、呪能力を発動して傷の治療を行う。昨日から立て続けに、この能力を使用していることもあって、使用上限は既に上回っている。能力の代償に払っていた六天花弁は破壊され、残ったダメージは俺の体へと移される。


 顔には出さないが、白鳥の傷が癒えると同時に俺の右腕は切り裂くような激しい痛みに襲われた。外傷はないが痛みだけが右腕に染み付いている。懐かしく、そして苦しいこの感覚を俺の脳はハッキリと思い出した。


 「大丈夫?」

 

 白鳥が心配そうにそんなことを言ってきた。


 「なにが?」

 「ううん、やっぱり何にもない」


 表には出していないつもりだったが、白鳥は第六感のようなものを持っているのだろうか。なんにせよ、今は痛みに気を取られている場合ではない。目の前の相手に集中するべく、視点を百合姫へと向けた。


 俺の心移す体しんいたいである百合姫は攻守ともに優れている。だが、暴走した華希の|心移す体の攻撃力は、それをはるかに上回っていた。

 攻守ともに優れているといっても、百合姫の本分は六天花弁と薙刀術を駆使した守りである。己を上回る攻撃を繰り出す相手には後手にまわることは必至だった。それをカバーする為の呪能力だ。


 自らの右腕に痛みを抱え培った、白鳥を治療した分の正のエネルギー。それを根こそぎ百合姫へと注ぎ込む。

 呪能力によって強化された百合姫は大きく薙刀を旋回させ一閃することで、目の前の女騎士を一歩退かせた。相手に距離を取らせた百合姫は、すかさずその距離を詰めて標的の胴体を薙刀で切りにかかった。


 呪能力の力を得て、敵のパワーを上回ったかと思われたその時、女騎士は百合姫の薙刀を左手で受け止めて、あえて大剣を手中から離し右ストレートという返しの一撃を打ち放つ。その攻撃は百合姫の左わき腹に命中し、女騎士の凄まじい怪力により右方向へと飛ばされかける。刹那、百合姫は薙刀を地面に突き刺しストッパーにすることで相手との距離を保ったまま、薙刀を軸に上へジャンプし、女騎士の背後に回り込む。そして、女騎士の頭上からドロップキックをお見舞いした。


 後頭部を蹴りぬかれ前方に揺らめく女騎士、その隙を百合姫は逃さなかった。薙刀を回収し、呪能力の力を全て解放し会心の一撃を放つ。目にも見えない速度で放たれた一撃は女騎士の上半身と下半身を分離させる。そして、女騎士は光となって表から霧散した。


 「やったー! ありがとう皇くん。ありがとうユリちゃん!」


 華希の腕の中から離れ、地面を何度か踏み、ジャンプして白鳥は感情を表現する。

 

 「ありがとう終夜、助かったわ」


 既に白鳥から説明を受けたのか、華希は俺の呪能力や百合姫の存在には特別驚いた様子を見せない。果たして白鳥がどれだけ上手く説明できたのかは考えなくてもだいたい予想はつくが、どうであれ優秀な華希のことだ、推測と現状を擦り合わせて理解しているのだろう。


 「あの皇くん。今回の件なんだけど、国裏政権協会こくりせいけんきょうかいには報告しないでおこうと思うんだ」


 俺の近くにやってきて目を見て白鳥はそう告げる。


 「役員昇進の大手柄になるが、それでもいいのか?」


 俺が率直な疑問を投げかけるが、白鳥は一切の迷いもなく強い眼差しで頷き、そして口を開く。


 「うん。今回の一件、上に報告すると、どうしてもミヤちゃんに事情聴取とか経過観察とか負担をかけちゃうでしょ。経過観察に関しては近くに私と皇くんがいるから安心だし、報告しないのが一番かなって」

 「そうか。お前がそれでいいなら俺は何も言わない」

 「うん!」


 どこで知り合ったかは知らないが、俺の知らないところで白鳥と華希は仲を深めていたらしい。

 華希の性格は俺としても、よく理解している。過去の苦い経験に、中学の頃のアノ事件、それらが原因で華希は他人に心を閉ざしていた。しかし、白鳥がその心の扉をこじ開けたらしい。華希の様子を見ていて、それがよく分かった。八方に振りまく見栄えのいい笑顔ではなく、本当に楽しそうに笑っている。


 「終夜、その国裏政権協会こくりせいけんきょうかいってのは一体何なの。私、まだまだ知らないことがいっぱいあるみたい。呪能力や心移す体しんいたいってのもまだまだ未知数だし、なにより終夜と小雪の関係だってなにも知らない」


 華希は訴えかけるような表情で、そう言葉連ねた。当然の疑問である。能力の話はまた追々として、白鳥との関係についてだ。確かに、華希と俺の間には中学三年の夏に結んだ幾つかの決まりごとがある。それに順ずれば、俺が白鳥と接触したときに華希に一言、情報の共有を入れるのが筋であった。しかし、能力関係の話が関わってくると話は別で、俺はその点を隠す選択をとった。


 随分と昔から能力覚醒の片鱗が見られていた華希だが、ここに来てようやくといったところか。こうなれば上記の決まり事に従う他はない。


 白鳥との関係を説明するため、俺は一周間前のことを鮮明に思い出す。映し出される光景は丁度一週間前、自宅で目を覚ました後のこと。全ての始まりは俺の生活における顕著な変化であった。



 築50年と、ボロボロの一軒家に住んでいる俺だが、たった一人一緒に住んでいた家族のような人がいた。厳密にいうと俺が居候なのだが、その人の名前は皇迅すめらぎ じん、今年で58にもなる初老の男性である。俺が12の頃、行く宛てが無かったところを拾われて俺に新しい名前と住処を提供してくれた。

 それから、月日は経ちその日の朝。皇迅は姿を消した。


 リビングに置き手紙と、【国裏】と彫られた漆黒のバッチを残して、何も言わずどこかへ旅立った。手紙の内容は、俺に築50年のボロ屋を譲り渡すというものと、生活費は国裏政権協会こくりせいけんきょうかいの能力者手当を頼りにすること、そして極めつけは困ったことがあれば三条空牙さんじょう くうが、という男を頼ることというものだ。 


 それは明らかに俺を国裏政権協会と結び付けようとする内容だった。俺は昔から国裏政権協会の存在は知っていたし、四代目である現会長のキナ臭い噂を耳にしたことがあったので、あまりいい印象は抱いていなかったのだが、恩人の残した言葉を素直に受け入れる心くらいは俺にも残っていた。

 

 その日俺は国裏政権協会に向かうべく、市役所へと尋ねた。


 

 


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る