第15話 孤独なお姫様 ⑤
「なによコレ!」
自分の血の気が引いていくのが分かる。どうして白鳥は傷を負って倒れているのだ。そして、自分の傍らにいるこの現実離れした存在は何者だ。傍らの女騎士は右手に大剣を携えており、その先端には明らかに血が付着している。誰がどう見ても、この剣で白鳥を傷つけたと分かる。
自分の身の丈に合わない事象が縦続きに起こり、私の頭は既にパンク寸前になっていた。そんな状態にも関わらず、女騎士は再び剣を振りかざし白鳥を切りつけようと動いた。
「危ない!」
女騎士が大剣を振るう刹那、地面に倒れる白鳥を抱えて、進む勢いをそのままに前方へと転げ飛んだ。
「ミヤちゃん、大丈夫?」
「は?」
誰が見ても白鳥の方が重体なのにもかかわらず、なんで人の心配なんてしているんだ。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! アレは何なのよ! アナタ何か知ってるの?」
「ミヤちゃんも、アレが見えるの⁉︎」
「見えるも何も、そこにいるんだから当たり前じゃない」
白鳥は弱った声で訳のわからないことを口にする。その発言と、驚いた表情とを加味して思考するに、アノ女騎士を黙示できない人がいる、と言うことがわかる。イヤ、恐らく逆だ。
特別な条件に当てはまる人にだけ見えるのだ。そこから更に思考は加速して、私の中の疑問という点と点が線で繋がっていく。
その特別な条件、と言うものが白鳥と終夜を繋げるキッカケになっているのだろう。私が条件を満たさない人間だった為、終夜は私に白鳥との関係を告げることをせず、更に白鳥は終夜との関係を濁していたというわけか。
「そっか、じゃあアレはミヤちゃんの
「
「うん、でもミヤちゃんの
「暴走状態?」
「そう。
白鳥の説明を聞いて一つ分かったことがある。本当に、この女騎士が私の
私が一瞬でも白鳥なんていなくなればいいのに、と考えてしまったせいで、その思念が
血が引いて冷静になった頭で再度、考える。
私がしたかったのはこういうことではない。これではただの殺人鬼だ。私はただ、自分の居場所を守りたかっただけなのに。
思考は言い訳となって、冷静さは焦りへと変わっていく。
「安心してミヤちゃん。ここは私が何とかするから」
「何言ってるの⁉︎」
「大丈夫、私にも味方になってくれる子がいるから」
白鳥がそういうと、付近から陽炎のようなオーラが漂い始めた。
「来て、アリスちゃん」
全長3メートルにも及ぶ大きな鳥類。一般的な鳥類には似合わない爪や牙を有しており、その姿は白亜紀の恐竜を彷彿とさせるところがあった。白く澄んだ翼を大きく羽ばたいて、白鳥の
「本名は【ケープォアリス】。戦闘は苦手な子だけど、何とかしてみせるよ」
空を舞うアリスは空中で照準を合わせると、女騎士に目掛けて無数の羽を発射する。まるで、マシンガンのように放たれた白い羽は先端が鋭利になっているようで、女騎士の鎧の隙間に刺さりはするが、その様子は無傷と変わらなかった。
暴走した私の
飛行することが出来るアリスと、人型の女騎士では空中での機動力には差があるようだ。しかし、女騎士は空振りに終わった大剣の一振りを流れるような動きで横に振りに変えて、大剣の腹でアリスを殴打した。
「アリスちゃんッ!」
空中でグラりと揺らめくアリスはそのまま力を失い、重力によって私の
「アハハ........思ってた数倍、強いみたいだね。どうしよ」
「そんなことより、アレ大丈夫なの⁉」
消えたアリスがいた場所を指さして問うと、白鳥は特別焦った表情はせず、冷静に口を開いた。
「大丈夫、
生物学的な仕組みは分からないが、どうやら大丈夫なようだ。
「にしても、これはマズいかもね」
白鳥が額に汗を浮かべながらそう言った。
「ねぇ、ミヤちゃん。ちょっとスマホ貸してくれるかな?」
「え?」
「いや、なんていうか私のスマホから、かけたら出てくれなそうな気がするから」
言っている意味はよく分からなかったが、現状で無意味なツッコミは時間の無駄になると思い、黙ってそれに従った。白鳥は誰かと通話をしている様子だが、女騎士は丁寧にそれを待ってくれる訳がない。
大剣の柄を再び握りしめ、こっちに向かって直進してくる。それをいち早く察した私は、誰かに電話をかけ終わった白鳥を両手で抱えて、女騎士から全速力で逃げ出した。
「わわ! ミヤちゃん凄い、力持ち」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
幸い見た目通りに軽量でよかったと胸を撫で下ろす。40㎏もないのではなないだろうか。これなら抱っこして更に走ることも可能だ。しかし、敵も見た目通りな常軌を逸脱した身体能力で、当然のように白鳥を抱っこした私の足が女騎士を上回ることはなかった。スタートダッシュこそ決めたものの、その差は徐々に詰められていき、あと一歩で射程範囲に入る距離まで詰められていた。
「ミヤちゃん降ろして」
「は?」
「敵の狙いは私だよね。さっきから私しか攻撃されてないし。私は自分で何とかしてみせるから。ミヤちゃん一人なら逃げきれるでしょ」
自分は手負いのくせになにを言っているんだ。いや、それよりも自分が標的だと分かっていて、なぜ私を助けようとする。それが分かっているなら、目先の敵はアノ女騎士だとしても、その裏には私という黒幕が存在することを既に理解している筈なのに。私が白鳥を消すように願ったから
「バカ言わないで。私はアナタを陥れようとしていたのよ。終夜とアナタの関係を壊すために、自分の身可愛さに浅ましくアナタに接近したの」
私の唐突な告白に白鳥は目を丸くしたが、それ以上表所を変えることは無かった。
言葉を続けようとしたら、息が詰まる。胸が苦しくなって、目尻が熱い。
「今襲われてるのだって............もう分かってるんでしょ! 私はアナタが大嫌いなのよ!」
そう言うと白鳥は凄く辛そうな顔をして、そしてゆっくりと私の顔に左手を伸ばした。思わず目を閉じると、白鳥の柔らかい左手が私の目の下に優しく触れる。
「じゃあ、どうして泣いてるの? そんな顔しないでよ」
言いながら白鳥は笑って見せた。
「どうして⁉ 右腕まで怪我して、とても危険な目にあってるっていうのに、その原因が目の前にいるのよ。どうして、そうやって笑えるの⁉︎」
「だってミヤちゃん、二回も助けてくれたでしょ」
「え?」
地面に倒れ伏せる白鳥を一回、電話をし終えた白鳥を一回で計二回。そんなことで許されるわけがない、そもそもの原因を作った私こそが咎められるべきなのだ。
「それに、友達の間違えを許せないなんて、そんなの寂しいじゃん」
その言葉が、私の心の中でずっと引っ掛かっていた栓のようなものを開放した。一つ認めてしまったら、何年間もずっと我慢してきたことが心の奥から溢れてくる。目元の熱は冷めることを知らず、流れる涙は既に大粒の域を超えていた。
美音に相談されたとき私は、自分を裏切った友達のことなんて無視して一人で強くなることを勧めた。それが今まで生きてきた私の唯一の処世術で、それが自分を自分としてつなぎ留めておくことが出来る唯一の方法だったから。だけど、認めようとしなかっただけで、私も初めから分かっていたはずなのだ。
私はずっと怖がっていた。昔のように人に裏切られて、疎外されて、人として扱われないあの日々を。だから、一人で強くあろうとしたし、実際に高校ではそれでうまくいっていた。けど、心のどかでは周りのように、私にも信頼し合える友人が欲しい、そう思う気持ちが存在していた。
そう、私が本当に求めていた救いとは、一人で強くなることではなく、白鳥小雪のような自分を信頼してくれる友人だったのだ。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
「うん、許す」
無様に溢れる鼻水を啜りながら、心の底から出た言葉だった。
「そうだ! じゃあさ、せっかくだし一つだけお願いごとしてもいいかな?」
「なに?」
白鳥は少し言い淀んで、それから気恥ずかしそうに笑いながら、口を開く。
「私のことは、小雪って呼んでよ! それで改めてお友達だよ」
柄にもなく恥ずかしそうに言ったその表情がどこか可笑しくて、思わず笑ってしまう。それから、胸の辺りに溢れる、感じたことのないような満たされていく感覚を噛み締めながら、私は声にした。
「うん、ありがと小雪」
互いに顔を合わせて笑い合っていると、背後の敵はその存在を殺気に乗せて知らせてきた。
大きく振り上げられた大剣は影となり地面に写される。横に飛んでかわそうかと考えるが、地に落とされたアリスの姿が脳裏に浮かんだ。かわした先に二段構えの攻撃をされると、私たちでは一溜まりもない。
なんとかして身を防がなければ、そう強く心に刻んだそのとき、体にまたもや何かが抜けていくような疲労感がのしかかった。
まるでそれは破裂した風船のような音。乾いた爆音は女騎士の大剣が弾かれた音で、目の前には真っ黒でいて、スライムのような人形の物体が五体、存在していた。
「今度は何⁉︎ 」
私が発する疑問の叫びに、小雪は顎を触るそぶりを見せ、考える。
「【
「次から次へと何なのよ! どうしちゃったの私?」
「どうやって使うの?」
「えっと、体の一部だと思って動かすように考えてみるといいかも、普段通り両手両足を動かすみたいに」
「なるほど」
言われた通りに行動すると、その操作は意外と簡単で、五体のスライム人形を女騎士に向かって進軍させる。
すると、2秒後には見るも無惨な姿となって、原型も留めず地面に叩きつけられた。
「弱いッ! 弱すぎるよミヤちゃん!」
「分かんないわよ。私に言わないで!」
しかし、更に2秒後には復活していて、再度女騎士の前に立ち塞がる。そして今度は女騎士が五体のスライムに攻撃した。
その大剣は五体の胴体を切り裂いて、またもや液体のように原型留めぬ姿へと変えてしまうか、と思われた瞬間のこと。大剣の力がスライムに加わった刹那、衝撃波のようなものが生まれ、スライムの爆散と共に、女騎士を弾き飛ばした。
「やった! カウンターだよカウンター!」
どうやら、私の呪能力はそういう力らしい。まだまだ謎な点は多々あるが、現状打破には役立ちそうだ。
「よし! あの子たちの名前は【クロコダマ】にしよう」
「え? 能力に名前って必要なの?」
「う〜ん、あったほうが愛着湧かない?」
「なるほど」
よく分からないが、そうらしい。勝手に変な名前をつけられてしまった。
クロコダマによって弾かれた女騎士は幾度となく立ち上がる。カウンター攻撃が効いていない、ということはないようだが、動きのキレが落ちることもなく、小雪を狙って攻め続ける。
「キリがないわね」
「もう、そろそろだと思うんだけどな」
「何が?」
小雪との会話に気を取られ、クロコダマに任せきっていた防衛だが、私の
クロコダマを攻撃するのではなく、掴み宙に投げ飛ばすことで、その存在を物理的に遠ざける。随分と力業だが、数少ない優秀な突破法だった。
そして、幾度目かの危険に身を晒され、身を挺することを視野に入れた瞬間、振り切られた大剣は金属音をたてて、純白の盾に弾かれる。
「【六天花弁】」
その声はよく聞きなれた、安心する声であった。
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