第14話 孤独なお姫様 ④

 「なによそれ! そんなの裏切りじゃない!」


 美音に事情を聴いたところ、小学二年生の美音は一年生の頃から仲の良かった友達と遊んでいたらしいのだが、二年生に進学して新しく出来た二人の友達に爪弾きにされてしまった、という解釈が出来た。


 「一年生の頃から仲良くしてた友達なんでしょ。なんで、アナタをないがしろにするのよ。酷い話じゃない」

 「ミヤちゃん落ち着いて! また、頭に血が上ってるよ!」


 白鳥に言われて、美音を追い詰める程に前のめりになっていたことに気が付く。姿勢を正し、下をうつ向く美音の頭を人撫でして落ち着きを取り戻す。


 「強くなりなさい美音。アナタを裏切るような友達なんて気にしなくていいわ。人は心持ち次第でどうとでもなるんだから。誰にも裏切られないように強くなるの。勉強も運動も人付き合いも、全てはあなたの努力次第よ」

 「難しくて分かんないよ」


 私の言いたいことが伝わらなかったようで、美音は更に俯いて顔を曇らせた。そんな美音の頭を今度は白鳥が優しく撫でた。

 

 「大丈夫だよ。私が仲介人になってあげるから! その友達はどこにいるの? きっと話せば分かってくれるよ」


 白鳥は、そんな確実性のない話を美音に持ち掛ける。


 相手は美音をのけ者にしようと考え、それを実行し、美音の友達はそいつらを選んだ。それが分かっていて話し合いなど馬鹿らしい。向こうに悪意があるのは明確なのだから、話合いをした程度で解決するなんて、そんな優しい話はあり得ない。

 相手に謝らせることが出来たとしても、美音とそいつらの関係が修復されなければ意味がないではないか。


 「ホント?」

 「うん! まかせて!」

 

 目の前に垂らされた救いともとれる蜘蛛の糸。登った先に必ずしも救いがあるとは限らない。むしろ今より酷い状態にもなりかねない。そんな糸を美音は掴もうとしている。

 

 「ちょっと! なにを根拠にそんなこと」

 「分かってる。大丈夫だよ。ミヤちゃんの言いたいことも分かる。けどね、美音ちゃんは何も悪くないんだよ。そんな美音ちゃんが辛い思いをし続けるなんて、そんなのおかしいよ」


 私を見る白鳥の目は強いなにかを宿している。それは一手、私を黙らせるに十分なもので、そのうちに白鳥は美音を連れて話し合いに出向いてしまった。


 二人の遠くなる背中を見ると胸が痛くなる。どうしてそんな選択が出来るのか、向こうに悪意があるのになぜこっちから和解のために擦り寄って行く。そんな手を貸したって事態は悪化するかもしれないのに、どうして立ち向かうことが出来る。白鳥小雪、アナタは一体何者なの。


 ※


 白鳥と美音の背中を追って、丘上の公園の中でも一際開けた広場までやってきた。見渡すと男子小学生や中高生がいる中、女子小学生が三人でグループを作り、楽しそうに鬼ごっこをしている姿見が目に入る。


 「あの子たち?」


 白鳥のそんな問いかけに、美音は少し怯えた様子で頷いた。


 そんなやりとりを後ろで見ていた私の視界がとらえたのは、白鳥の目に炎のような強い闘志が灯る瞬間だった。

 静かに白鳥は三人の少女のもとへ近づいていく。


 「こんにちわ!」


 開口一番に白鳥の元気な挨拶が飛び出した。それには、鬼ごっこをして遊んでいた少女たちも驚きの表情を見せ、白鳥は一気に注目を浴びる。


 「お姉さん、だれ?」


 三人のうちの一人が、当たり前の疑問を投げかけた。それに対し、白鳥は少女たちに目線を合わせるべく、しゃがんで人当たりのいい笑顔で話し始めた。

 

 「私は白鳥小雪っていいます。キミたちのお友達の、お友達だよ」


 私と話すときとは違い、弾丸のような前のめりになることはなく、落ち着きのある雰囲気で白鳥は答えた。しかし、少女たちは白鳥の発言がよく分からなかったのか、間の抜けた表情になってしまう。


 「姫路美音ちゃん、分かるよね。一人で泣いていたよ。どうして、仲間外れにするの?」


 実名が出たことにより、ようやくピンっときたのか、少女たちはそろってバツが悪そうな顔をした。


 「だって.........だって、美音ちゃんがいると、鬼ごっこできないんだもん。美音ちゃん足遅いから、すぐ捕まるし、鬼になってもだれも捕まえられないから、つまんない!」


 バツの悪そうな顔から一変、三人のうちの一人が逆上し声を荒げて反論する。

 少女に強く返されてしまったが、白鳥の闘志はまだ死んではいない。


 「よし! 分かった。じゃあ、私が足が遅くても楽しめる鬼ごっこを教えてあげるよ!」


 自分たちが咎められていると思っていたであろう少女たちは、白鳥のそんな素っ頓狂な発言を聞いて目を丸くさせる。それから、白鳥は間髪入れずに、後ろにいた私と美音を近くに呼びつけて、無理やり場を仕切り始めた。


 「今から始めるのは色鬼だよ! 鬼が最初に一つ色を決めて、その色は触れたら無敵の安全地帯になるの。そして、逃げてる側は二人以上で同じ安全地帯を使うのなしで、鬼は全員に聞こえる場合に限り、途中で色を変更可能! ルールはいい? じゃあ、初めはミヤちゃんが鬼! 色は?」

 「え⁉ 私? え~っと、じゃあ赤で」


 私がそう答えると白鳥はパンっと手を叩き乾いた音を響かせ、私に背を向け走り出した。

 初めこそ、この場にいた全員が困惑していたが、白鳥の話方の勢いもあって、私が追いかける素振りをしたら三人の少女らは声を上げて逃げ出した。


 「美音、あなたも逃げなさい。不安なのは分かるけど、どうせなら楽しまないと」

 「うん」


 美音は不器用な笑顔で頷いてから、みんなの方に走っていった。


 色鬼、というもの事態は今日初めて行うが白鳥の言ったルールを聞く限り、美音でも工夫一つで楽しむことが出来るだろう。


 それを提案した白鳥は冴えているといえるが、それよりも驚いているのは場の空気の作り方だ。数秒前まで険悪だった雰囲気を、声と話し方だけで楽しい雰囲気に変え、場の勢いで少女らを無理やり遊びに参加させた。


 事前に伝えていなかったことはいただけないが、私を鬼に指名したのも最善の手だといえる。白鳥がまず手本となって逃げることが出来るし、もし美音と少女らが衝突しても白鳥が自由に動けるなら対処のしようがある。

 

 狙ってやったのか、それとも感覚でやってのけているのか、どちらにしろあなどれない相手だ。


 頭の中で現状を整理しながら、一度ため息を漏らして、しばしば私は鬼としての役目を果たすため足を動かした。思うところはあるが、涙を流す少女に罪はないという意見には素直に賛成せざるを得ないから。


 

 色鬼が始まってから小一時間くらいが経つ。相手が小学二年生ということもあってか、白鳥の作戦はバッチリ決まり、少女らは美音と共に楽しそうに笑っている。


 私はそんな光景を、青色の自動販売機に触れながら冷めた気持ちで見つめていた。そんなところに白鳥が近寄って来る。

 

 「えへへ、上手くいったね」

 「そうね」


 白鳥は心底嬉しそうに笑みを零しながら、もう一つ隣の同じ色をした自動販売機に手を振れた。


 「ミヤちゃんの協力のおかげだよ! 息ピッタリだったね」

 「私はなにもしてないわ」

 「いやいや、あそこでミヤちゃんが追っかけてくれなかったら、私だけ逃げて場の空気が完全にシラケちゃうところだったよ」


 白鳥はそういうが、本当に私はなにもしていない。私が追いかけたのも、所詮は白鳥の計画の一部、言い方は悪いが手の平の上といえる。


 それに、私ではこの状況は生み出せない。それが、白鳥と私の明確な差だ。そう考えると、不満はどんどん積み重なっていく。


 「どうして、こんなことが出来るの?」

 「え?」


 不意に漏れた私の疑問に、白鳥が表情を困らせていると、少女のうちの一人がこっちにやって来きた。

 

 「次、黒!」


 少女はそう大々的に宣言をし、私たちを標的に定める。そのため別の場所に移動しようと身を乗り出したその時、丘上の公園全域に午後6時を告げるアナウンスメロディーが流れた。


 「あ! 家に帰らないと!」


 18時が門限らしく、美音を含めた少女らはそろって慌てだした。私と白鳥も少女らに別れの挨拶をするべく、一度全員同じ場所に固る。


 「あの.........美音ちゃん。えっと、ごめんなさい」


 私たちが促すことなく、少女らは各々で美音に謝罪をした。

 

 「ううん、また皆で遊ぼ」


 そう言った美音の笑顔には一切の曇りはなく、そこには四人人の少女の笑顔だけが存在していた。


 「小雪ちゃん、華希ちゃん、バイバイ~! また遊ぼうね~!」

 

 晴れて仲直りをした少女らは私たちに手を振りながら、この場を後にする。そんな彼女らに、白鳥は元気よく両手を振って応えていた。




 本当に白鳥は美音を再び友達の輪に戻してしまった、私は絶対に不可能だと思っていたのに。


 「いや~、美音ちゃんが仲直り出来てよかった! ね、ミヤちゃん!」


 どうして...............私は何年間も悩んで.........絶望して.........今だって、どうしたら救われるのかって、もがき苦しんでいるというのに。


 どうして、アナタはそんなに容易く解決させてしまうの。


 そんなことがあっていいはずがない。私の十数年を否定するな。


 私から終夜を奪い、それだけに飽き足らず私の人生も否定するなんて、こんなヤツ存在していいはずがない。


 「ズルい」

 「え?」


 頭が痺れる。体が熱い。全身から湯気が立ちあがるような感覚。体の底からなにか大きな力が溢れて来そうな感じがする。


 「ズルい! アナタなんて大嫌いよッ! 消えてなくなればいいのにッ!」

 

 思いの丈を言葉にしてぶつけると、辺り一面に嵐のような暴風が吹き荒れた。周りの木々や草花を限界まで靡かせたそれに驚いて、我に返ると目の前に非現実的な光景が広がっていた。

 

 草々に飛び散る生々しい血液。目下には右腕に深い切り傷を抱える白鳥小雪がうずくまるように倒れている。そして、私の傍らには、赤かい西洋の鎧を見に纏う、目に瞳がない巨大な女騎士が宙に浮き、顕現していた。

 


 


 

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