第13話 孤独なお姫様 ③
白鳥の自宅を訪問した日から一日が経つ。昨日の晩は白鳥の家で後日、制服を取りに行く約束を取り付けて、その日は帰宅することにした。帰宅後、終夜から奇妙なお願い事をされ、それを完遂させるが、終夜と美幸の関係に新たな懸念点を感じる結果となった。
実際、今日の昼も私が声をかける前に二人は昼食を持ってどこかに行ってしまったし、事態は確実に悪い方へと進展してしまっている。もっと早くに事態を把握できていれば、と嘆きたいところだが泣き言は言っていられない。美幸に注意しつつも、早急に白鳥小雪の対処をしなくてはならない。
連日、小竹からアプロ―チをされて、余裕もなく
男子の告白に対して、アレくらいの対応をする女子も、きっといるはずだ。あまりその辺の事情は分からないが、そう思うことにしよう。
終夜と美幸と別れてから私は白鳥小雪の家に向かった。二度目の訪問という事もあって、すんなりと目的地に到着する。
「ありがとうございます!」
「昨日は、ごめんなさいね」
白鳥の母親に深々と頭を下げながら、私は紙袋に入った制服を受け取った。
隣に立つ白鳥小雪が制服姿でニコニコと笑っている。校内で一緒に帰ろう、と誘われたのだが小竹に突入されて、結果的に別々に帰ることとなった。私服に着替えてもよかったのに何故か着替えていない。私物のリュックサックを背中に背負っている。
「ねぇ、ミヤちゃん。今から散歩しに行かない?」
「え⁉」
白鳥のそれは突拍子もない提案であった。散歩ってなんだろう。目的もなく歩くのだろうか。
「いいけど、どこに行くの?」
「え~っとねぇ。この辺にお気に入りの場所があるんだ」
白鳥の提案で、一緒に出掛けることとなったが、その提案がなければ私の方から出かける誘いを入れる予定だった。昨日の今日で接触できれば距離は必然的に縮まるはずだ。隙さえあれば直ぐにでも作戦を練って行動に移してもいい。そういう判断だ。
「早く帰って来なさいよ」
「うん! 分かった」
白鳥の母親に一礼して私は白鳥小雪の隣を歩いた。
「ミヤちゃん! ミヤちゃん! 学校の廊下で会った男の子って誰⁉ もしかして意味深な関係?」
美幸や曜子を見ていても思ったが、どうやら女子は色恋沙汰の噂話が好物らしい。私はその辺の会話には疎い方だが、現状の話題としては悪くないだろう。
「意味深って、別にそんな関係じゃないわよ。第一、そんなに話したこともないし、やっぱり急に距離を詰められると怖いから、逃げて来ちゃった」
「そうなんだ。でも、うらやましいな。私は告白されたことないよ。よくされるの?」
「そんなわけないでしょ」
「そうかな。ミヤちゃんなら、無限にアプローチされると思うんだけどな」
くだらない話を続けながら航路は白鳥に委ねて歩き続けた。商店街を抜けて、丘のような場所に繋がる階段を登って行く。
半分くらい登ったところで、手すりを握った。お世辞抜きにかなり高層な位置にいる。横向きに吹く春の風がやさしく肌を撫で去った。
頂上に到着すると、街が一望できる高さまできていて、緑が広がる開けた公園のようなスペース。学校が終わるこの時間にもなると、小学生や中学生など幅広い年齢層に溢れている。
「到着だよ」
「ここは?」
「いい景色でしょ。この辺じゃ結構有名なスポットなんだよ」
高さだけでいうと、私の住むマンションの方が高層なので桁が違うのだが、なんといえばいいのだろうか自然が織りなす景色というのはまた違った味があるように感じた。
「そうね。春風が気持ちいい」
私が風になびいた前髪を掻き上げて後ろに整えていると、白鳥が自前の鞄の中から水筒を二本取り出した。
「ハイ! これ」
「なにこれ?」
白鳥に手渡された水筒を両手で受け取ると、程よい温もりが手の平から伝わってくる。どうやら暖かい飲み物らしい。
「昨日、ミヤちゃんが美味しいって言ってくれたから。家のコーヒー水筒に入れて持って来たんだ!」
「そうなの? ありがとう」
渡された水筒を開け、中から溢れだした白い湯気を鼻孔で感じながら、コップになっているフタにコーヒーを注いで口へと運んだ。
香ばしいコーヒーの香りが鼻の方へと抜けていき、味わい深いコクの後に程よい酸味が口内を一周する。春風にさらされる自然の中というロケーションがコーヒーの味を幾倍にも高めていた。喉へと伝わる温もりが全身に巡る。
「美味しい」
「えへへ、でしょ」
コーヒーを飲みながら、近くのベンチに腰をかけて私は白鳥と他愛のない話をしていた。昨日もずっと話していたのに、まだ話題は尽きないらしい。全く大したものだ。
昨日の夜、白鳥家のお風呂場で思わず話してしまった私の触れられたくない話。その後、私は足早にその場から退散したが、追って来た白鳥は何も聞いて来なかった。白鳥も、私と似たような話をしていたし、その点の理解には共通するところがあるのだろうか。
お風呂から出た後、夕食に誘われたが、私はそれを断った。その場に留まることは私にとって毒だと判断したからだ。
白鳥といると不思議な感覚を覚える。昔の自分を思い出さされるような、懐かしい感情が私の奥から飛び出ようと暴れている。まるで自分が弱くなってしまった様な気さえしてくる。それが切なくて、そして不快でしょうがない。
「ねぇ、アレ」
白鳥が指さした方向に目をやると、そこには一人の女の子がうずくまって泣いていた。誰かが指摘しなくても、ただならぬ状況であることは間違いない。
こういう時、どういった行動をとればいいのか、私が考えを張り巡らしている間に白鳥は席を立ち行動していた。私は白鳥の後を追う。
「どうしたの?」
泣いている女の子の目線に合わせてしゃがみ込んだ白鳥は優しくそう声をかける。そして私はその様子を一歩後ろに立って眺めていた。見た目からして小学生、それも低学年と言ったところか。近くに親御さんの姿はないが、迷子だろうか。
「だれ?」
突如、話しかけてきた白鳥に対し、あからさまに警戒心をむき出しにする少女。そんな少女の眼差しを受けても、白鳥が怯むことはなかった。
「私は白鳥小雪だよ。この近くの
「宮園華希よ」
「アナタは? どうして一人で泣いているの?」
白鳥の健気な対応に心を許したのか、涙を必死にこらえながら鼻水をすすり、少女は言葉を声にしようと口を動かし始めた。
「ゆっくりでいいよ」
そんな少女に白鳥はポケットからハンカチを取り出して溢れる涙を拭ってあげた。
「私は
白鳥に諭されながら美音はゆっくりと続けた。
「さっきまでクラスのお友達と鬼ごっこして遊んでたんだけど............美音ちゃん、足遅いから............一緒に遊べないって......追い出されて............それで――」
そこまで話して美音は再び瞳を涙で埋め尽くした。
そんな姿を見ていると、またしても昔の自分を見せられているような気にさせられる。胸の奥が締め付けられるような気分を味わった後、それはそのまま怒りへと変わっていた。
「なにそれ! そんなこと言うのはどこのどいつよ。許せない。私が目にもの見せてやるわ」
「ちょっとミヤちゃん! 落ち着いて、思想が過激だよ!」
白鳥の声を聞いて我に返る。思わず頭に血が上っていた。泣きじゃくる美音の姿を瞳に捉えて、私は冷静を取り戻す。
「とりあえず事情を聴きかなきゃ、あっちのベンチに移動しましょう」
私はそう提案し、白鳥と美音を先に移動させた。それから少し寄り道をして、二人が座るベンチへとたどり着く。
「はい、コレ。飲んで落ち着くといいわ」
「ありがとう」
私が手渡した、自動販売機で購入した紙パックのオレンジジュースを飲んで、美音は小さく礼を言った。そんな美音の隣に腰を下ろし、白鳥と美音を挟む座り方となった。
「どういたしまして」
「優しいねミヤちゃん」
「別に、私たちだけコーヒー飲んでるのもアレじゃない」
そういって水筒の中のコーヒーを口に含めると、白鳥は満面の笑みを向けてくる。美音も受け取った紙パックのストローに口をつけ、喉を潤わせたところで、少し嬉しそうな表情を見せてくれた。
「落ち着いた?」
「うん」
白鳥の優しい問いかけに美音は、頷いて答えた。
「事情を聞かせてくれるかな?」
それから美音は自分の身に起きた事を話し始めた。
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