第20話 意気軒昂な運び鳥 ⑤

 アリスの背に揺られて、私は全身で風を感じる。テロ犯を追いかける二人の調査隊員がアミューズメント街の路地裏で鎮圧される未来を見た私は、それを阻止するべく件の路地裏から逆走してテロ犯が来るルートを進んでいた。


 私の能力で見た未来は些細な環境の変化で内容が変化する。例えば、5分後に転けてしまう人がいて、私が能力でそれを予知したとする。そして、私がその人を助けようと一歩を踏み出す。本来なら踏み出さない一歩、その意志のある一歩一つで、未来は別の姿を見せるのだ。


 既に時は差し迫っていて、時間に余裕のない私はもう未来を見ている暇もないので、この行動が善と出るか否か、それは分からない。しかし、協会を脅かすテロ犯を捕え、調査隊員の二人の身の安全を確保する、その覚悟に揺るぎはなかった。


 アリスの背に乗り駆け抜け始めてから2、3分が経った頃、遠い前方に三つの人影があふことが目視できた。テロ犯を含む調査隊の二人だろう。


 「アリスちゃん!」


 テロ犯に悟られる前に私は指示を飛ばした。

 アリスちゃんの背中をぎゅっと掴み、全力でしがみつく。その後、私を乗せたアリスちゃんは敵の視界に入らないくらい上空へと舞い上がる。そして、タイミングを計り、敵が真下を通過するのに合わせて急降下した。


 「なッ!」


 走るテロ犯の目の前に突如現れた私は、その動きを止めることに成功した。それから不意をつくようにアリスちゃんに乗ったまま、テロ犯に体当たりをかました。

 自分の体より3倍近くある巨大な鳥類に体当たりされたテロ犯は勢いを殺すことは出来ず、飛ばされて地面に叩きつけられる。


 「白鳥ッ⁉︎ 何でお前がここに?」


 そう声を上げたのは池田くんだった。隣に同様に驚いているのはそのバディの高橋くんだ。二人は池田くんの捜索能力と、高橋くんのフィジカルが売りのチームだったはず。


 二人が私の登場に驚くのも無理はない。


 「ドけえッ!」


 その声は荒々しい男の声だった。転倒の末、受け身を取って立ち上がり、再度走って逃げようと動いた。しかし、目の前に標的を見据えていて易々と取り逃す私たちではなかった。


 「【アルファ=ゴーレム】ッ!」


 テロ犯の行手を塞ぐように現れた石壁の巨兵は高橋くんの心移す体しんいたいである。その巨体はまさに壁であり、レンガが積み重なったような体は見た目から頑丈さがよくわかる。


 アルファ=ゴーレムが時間を稼いだ隙にテロ犯を取り囲むように3人で陣を作った。もし仮に敵が上空を逃げようとしても私なら追いかけることができる。


 「邪魔だ! ドけッつってんだろ!」


 囲まれているにも関わらず、テロ犯は全く怯むことはなかった。


 テロ犯は右手を地面にくっ付ける。テロ犯の右腕が紫色に変色し、その色は生きているかのようにうねりうねって、手を伝い地面に移植した。地面に広がる紫色は振動を始め、やがて紫色の煙となって吹き出してくる。


 テロ犯を追ってここまで来た私たち三人からすれば、この煙が毒ガスであることは考えなくても分かることだった。三人で囲むように陣を作ったことが裏目に出た。狭い通路でそれを完璧に交わすのは至難の業だ。


 身構える二人を他所に私は既に行動に移していた。アパレル街の毒ガスを払ったときのようにアリスが巻き起こす突風を使って、毒ガスを上空へと撒き散らす。


 我ながらナイス判断だ、そう思っていた矢先、テロ犯は次なる行動を見せていた。


 テロ犯の侵攻を塞いでいた石壁の巨兵、アルファ=ゴーレム。その体にテロ犯は右手を押しつけていた。

 アルファ=ゴーレムの胴体を中心に、その体が腐食していく。そして、もはや頑丈さなど見る影も無くなったボロボロの体は朽ち果てて、テロ犯はその奥へと足を踏み入れた。


 「ヘっ」


 テロ犯は嘲笑するかのような笑みこぼして、アルファ=ゴーレムの残骸に唾を吐き捨てる。そして、走ってこの場を去ってしまった。


 「野郎! 追いかけるぞ泰晴」

 「ああ」


 テロ犯を追って走り出そうとする二人の前に私は立ち塞がった。


 「何のつもりだ!」

 「行ったらダメだよ。私の能力で未来を見たの。このまま追いかけたら二人共やられちゃうよ」

 「なんだと?」


 二人が怖い顔をして私を睨みつける。だが、ここで怯んではいけない。このまま二人を追いかけさせるのは危険すぎる。


 「だから、ここは一度体制を立て直そ。池田くんの能力ならまだ犯人を追跡できるでしょ。ここは応援を待って——」

 「ふざけるなよ」

 「え?」


 高橋くんは冷たい声で、そう吐き捨てた。


 「適当なこと言ってんじゃねえぞ。そうやってまた手柄を取ろうって腹積りか?」

 「違う! そんなわけない!」

 「なにが違うんだ! 現にお前は赤坂あかさかを裏切ったんだろ!」


 それを言われて私はグッと息を飲み込んだ。目尻が熱くなり、口を開くと顎は震えているが、私はこの二人を止めなくてはいけない。


 「行っちゃ、ダメだよ。ホントに行ったらダメなの」


 私を超えて先を急ごうとする高橋くんの袖を掴むと、勢いよく振り解かれた。


 「コイツ!」


 そして、振り解いた腕で右肩を突き飛ばされる。地面に叩きつけられた私は、その勢いの強さゆえに受け身を取りきれず頭を強打する。


 「行くぞ、泰晴」

 「あ、ああ」


 揺れる視界のなかで遠くなる二人が薄らと見えた。


 「行っちゃ、ダメだよ......」


 か細い私の声は路地裏に吹いた風によってかき消された。


 それは意識が遠のいていくような感覚だった。視界はどんどん暗くなっていき、思考も鈍く沈んでいく。体に力が入らない。


 残された思考の中で自分が成すべきことが反復される。私は特別調査隊の任務を果たさなければならない。協会を脅かすテロ犯を捕らえなくてはならない。なによりも、今から傷付けられるあの二人を、仲間を助けなくてはならない。


 そんなことが何度も頭の中で繰り返される。しかし、体は言うことを聞かなかった。ガソリンが一滴も入っていない車のように、全く動こうとしない体。とうとう、意識が途絶えそうになった頃、遠くの方から聞き馴染みある二人の女性の声が聞こえてきた。


 『ありがとう、小鳥ちゃん。小鳥ちゃんのお陰で助かったよ。小鳥ちゃんは私のヒーローだね』

 

 恩人である、あの人があのとき、無力で無能な私に「ありがとう」って言ってくれたから、今こうして私は生きていられるんだ。


 『大成功だったね! 小雪ちゃん。次も二人で頑張ろうね!』


 特別調査隊員に選ばれてから、ずっと近くで千春が支えてくれたから頑張ってこれた。


 大切な二人に恥じる行いはできない。なにより、こんなところで足を止めているようじゃ、もう二度と千春は私と向き合ってくれないだろう。そんなのはイヤだ。

 

 そう思うと不思議と体に力が宿ってきた。生まれたての小鹿のような震える足で立ち上がり、二人が行った方の道を視界に捉える。


 「今、行くからね」


 そして、壁伝いに一歩づつ足を進めた。


 二人が倒れ伏す、と予知した時刻はあと1、2分で訪れる。私が、この路地でテロ犯と接触したことにより、すでに未来は変わっているだろうが私の経験上、明確に解決できる要因がないと未来はいい方向へと転ばない傾向にある。私がここで接触したことは大して影響力を持たなかった、というのが私の考えだ。いわゆる時間稼ぎというやつだ。

 

 ボロボロ且つ無力な私が行っても、結果は変わらないかもしれないが、それでも二人を見殺しにすることはできない。きっと、私が今こうして動いていることで誰かほかの調査隊委員の人が応援に来てくれるはず。前に進むしか未来を変える方法はないのだから、私はこんなところで止まってはいられない。


 約3分程をかけて、二人がやられてしまう例の場所までたどりついた。狭い路地裏の一本道を来て、右に曲がれば更に人気のない行き止まりがある。そこに入った犯人を追い詰めたと勘違いして攻め込んだ二人が返り討ちにあう。それが、私が予知した未来の詳細だ。


 あと一歩踏み出して、右に曲がり角を曲がろうとしたその時、私の目の前を何かが吹っ飛んで通り過ぎていった。それはまるでボールのように軌道の残像を残して壁に叩きつけられた。


 それが何なのかは考えなくても分かる。すでにその光景を一回、私は見たのだから。


 その正体は私の先を走っていった高橋くんだった。全身に紫色の痣を作り顔や体に殴り傷をつけられ意識が飛んでいる様子だ。


 慌てて曲がり角の先へ視線をやると、そこにはテロ犯と池田くんが対面していた。


 「うそだろ。やめろ、近づくな」


 そんなことを言いながらゆっくりと後退する池田くん。そんな彼にテロ犯はニヤニヤとあざ笑いながら、距離を詰めていく。


 「来るなッ、あっちいけェッ!」


 身を隠して犯罪行為を行っていたこと、その手口が毒であり直接的な破壊力に欠けていたこと、そんなことを踏まえて協会は犯人の思想と倫理かんこそ危険視したが、その本体はそこまで危険視していなかった。しかし、それは間違えであった。


 高橋くんは決して弱くはなかった。しかし、この犯人には及ばない。明らかに訓練が施されていて、能力の使い方にも長けている。今まで相手にしていた覚醒したての愉快犯や、魔が差した一般人能力者とはわけが違う。


 当然、私の手にもおえる相手ではないが、目の前で今にもやられそうになっている仲間を見捨てるなんてできない。


 数秒後には敵に鎮圧されそうな池田くんの加勢に入ろう、と体を動かしたその時、全身に異常なまでの激しい痛みが駆け巡った。


 あまりの衝撃に私は地面に倒れ伏す。そして、首を動かし自分の体を目視してみると肌が紫色に変色していた。

 

 いつ攻撃された? そんな疑問を抱いているうちに池田くんの悲鳴が私の耳に入ってくる。視界には入らないが何度も何度も声を大にして叫んでいる。それは見なくても痛めつけられていることは明白だった。


 結局、私は何がしたかったのだ。当たって砕けるつもりで加勢に来たのに、当たることもできなかったじゃないか。目の前で仲間が傷つけられて、なんで自分は地面に伏せているのだ。

 目尻が熱くなる。こんなときに千春がいてくれたら。誰かが私の応援要請に応えてくれていたら。自分が情けない。一人では何もできないし、誰かに助けを願うこともできない。本当になにをやっているんだ私は。


 「あれ? なんか増えてんじゃん」


 池田くんの声が止み、テロ犯はこちらに近づいてくる。そして、しゃがみ込んで、地面に伏せる私の目線に目を合わせてきた。


 「お前もオレを追ってるのか? ご苦労なこったねェ」


 そう言いながらテロ犯は私の髪の毛を強く握ってそのまま頭を持ち上げる。


 「無駄なんだよ、有象無象を集めたってオレにはかなわないんだぜ。俺は別に捕まるのが怖くて隠れてたんじゃないんだ。継続的に協会を攻撃して、一定期間協会の動きを抑制するってのがオレの任務なワケよ。わかるか?」

 「なんで、そんなこと............するの」

 「そりゃ、組織の仕事は今が山場なんでね。ここで他から邪魔されたら、たまったもんじゃねェんだわ」

 「そしき?」

 「そう、フライハイトっていうだ。せっかくだし、自己紹介しちゃおうかな。オレはフライハイト、蠍座星団の構成員。名は冲成おきな真沙花冲成しんさか おきなだ」


 フライハイト? 初めて聞く名前だ、協会の非加盟団体だろうか。


 「てか、どこかで見た顔だと思ったら午前中にここの入口で会った女か。通りでもう毒にやられてるワケだ。まさか、また会うとは奇遇だねェ」

 「なんの......こと?」

 「あれ、わからない? あんなに優しく立たせてくれたのに?」


 そう言う冲成の声は不思議なことに、どんどん老化していき、その見た目も腰の曲がった老人になっていた。その姿には見覚えがあった。確かに今日の朝、あの不愛想な子とぶつかりそうに転げたお爺さんだ。


 「思い出してくれたか? オレの求能力ぐのうりょくは老化を促す力だ。能力の幅には自由度があって、腐らせた分、もとに戻すことも可能だ。生物以外にも使えるんだぜ、便利な能力だろ」


 話しているうちに冲成は元の若さへと戻っていった。それから、私の頭を足で踏みつけて言葉をつづける。


 「お前から発信して毒によるパニックテロ第二弾って予定だったんだが、随分と予定が狂ったな。あの隣にいた男にも触れれはしたが大して触れれなかったからな、そこまで毒が周りに広まらねェんだよな」


 あの時、すでにテロ犯は接触してきていてもうテロの準備は完了していたのか。新規会員を守ると息巻いていたのに、あんな序盤ですでに任務が失敗していたとは思ってもいなかった。


 「オレがペラペラと喋ってる理由がわかるか? さっきの男二人があまりにも弱っちかったから退屈でね。喋らなきゃ、やってらんねェっつの。普段秘密にしてることって意外とストレス凄いんだぜ。諜報部隊の性だがな。だから、こうして確実に殺すって決めた相手に喋って発散してんだ。わかるか? ま、わかんねェだろな」


 私の体に異変が現れたということは今頃、あの男の子も毒に苦しんでいるはず。ここにきて私のダメダメさが色濃く浮き上がってくる。本当に誰も守れなかった。


 「泣いてんのか? 死ぬのなんて、そんなに怖いもんじゃねェぜ。むしろ、人生が終われるんだ、ラッキーじゃねェか。だから泣くなよ、幸せもの」


 死ぬのが怖くて泣いているのではない。そんなこと、今更どうでもいい。


 「じゃ、そろそろバイバイの時間だ。特別に楽に殺してやるよ。ま、もう十分毒で苦しんでるだろうがな」


 【フレン=ドワ=コペラ】

 

 禍々しくドロドロとした人型の心移す体しんいたい。体から滴る化学薬品のような液体は形状を変えて鎌のような鋭利なものとなった。


 「死ねるなんて、まったく羨ましいぜ。救いの時間だ」


 そう言ってフレン=ドワ=コペラは大きく鎌を振り上げた。

 

 今から殺されるというのに、不思議と恐怖は存在しなかった。それよりも、今もなお溢れてくる悔しさに心がいっぱいだった。


 鎌が風を切る音が耳に届いた瞬間、その音は大きな爆音によってかき消される。それから、誰かが私の体に触れたのが分かった。すると、不思議なことにさっきまでの激痛は一瞬で消え去り、体の疲労もさっぱり姿を消していた。


 現状を理解できぬまま勢いよく立ち上がり、前を見ると、テロ犯を殴り飛ばしている一人の男の子の姿がそこには存在していた。


 「え⁉ なんでキミがここに? ていうか、え⁉ どういうこと?」


 レストラン街でシロクン先輩とマツリンに保護されているはずの、彼がなぜここにいるのか。それよりも、どうやって彼はあのテロ犯を殴り飛ばしたのか。疑問は積み重なっていく。いったい彼は何者なのだろう。


 「まだ、生きてたか。危ないところだったな」


 表情を一切変えず、彼はたんぱくにそう声をかけてきた。それはとても素っ気ない態度だったが、間違いなく私の身を案じた言葉であり、彼なりの優しさであることを私は分かった。


 「う、うん。助けてくれてありがと」

 「ついでだ。俺に毒を擦り付けたお礼参りのな」


 そういうと不愛想な男の子はテロ犯との距離を詰めていく。その行動を見て私は思わず息を飲んだ。


 「ダメッ! その人はとてもキケンで、もうすでに調査隊員が二人やられてるから――」


 私の忠告を遮ったのは、これまた衝撃てきな光景だった。立ち上がり体制を立て直したテロ犯に対し、彼は正面から対じしていた。始めに動いたのはテロ犯の方で、右手に毒を纏った拳を彼に向って打ち放つ。それは決して遅くもなく鋭い一撃だったにもかかわらず、彼はそれを難なくかわして、返しの右ストレートをテロ犯の腹部に叩きこんだ。


 その動きは素人のそれとは逸脱していた。調査隊員のなかで、今の彼と同じ動きができる人材は数えれ程しかいないだろう。


 「グッ、なにもんだてめェ」

 「お前には関係ないだろ」


 夢を見ているようだった。さっきまでの劣勢が嘘のように覆る、彼が来たそれだけのことで。心移す体しんいたいを使った戦闘も、その応用である、高等テクニック移し籠手うつし ごても全てがテロ犯を上回っている。


 「すごいな」


 自然とそんなことを口にしていた。


 「ホントだね。まさか、こんなに動ける人だったなんてね」


 無意識に発した私の言葉に返事をしたのは、マツリンだった。気づかぬ間に、応援に来てくれていたらしい。

 そして、そのかたわらには何故か顔が腫れているシロクン先輩の姿があった。


 「あの野郎、ふざけやがって。あれだけ、戦えるなら始めから説明しとけ」

 「ハハハ、先輩ボッコボコにやられてましたからね」

 「うるさい。俺の能力はあまり人に向けて使うべきじゃないんだ」

 「ウジ虫も能力使ってなかったように見えましたけど?」


 状況はよく分からないけど、二人も加勢に来てくれたことはかなり心強い。それ以前に彼がテロ犯を圧倒しているし、決着のときはそう遠くないだろう。

 

 「そうか、わかったぞ、お前が何者なのかが」

 「なんだと?」

 「お前だったのか、例の奴ってのは。そうか、そりゃ光栄なことだ、こうして手合わせできるなんて」


 彼の攻撃をなんども受けて既にテロ犯は疲弊していた。このまま気絶に追い込んで捕縛、この流れが最適だろう。戦闘面では彼に劣っているかもしれないが、私だって調査隊員として今まで活動してきたのだ。それくらいの術は理解している。彼がテロ犯をノックアウトしたタイミングで迅速に動けるよう待機しなくては。


 そんなことを考えていた。しかし盤面は一波乱起きる。


 「悔しいが僕じゃ、お前には勝てそうにないな。本当に悔しいよ。でも、自分が蒔いた種くらいは摘んでおかないとね。フレン=ドワ=コペラッ!」


 テロ犯が心移す体しんいたいを表に出して私がいる周辺の建物に触れて回った。そして、その建物の外壁はみるみるうちに腐っていき、今にも崩れそうになっている。


 「僕はここで死ぬが、そこにいる女も巻き沿いだ。せいぜい一緒にあの世に行こうぜ!」


 頭上から建物の瓦礫が崩れ落ちてくる。思わず体が反応してその場で小さくうずくまってしまうが、そんなことでは解決策にはなっていない。


 「バカ、なにやってんだ!」


 彼のそんな声が聞こえ慌てて、逃げないと、と上を見るがそれはすでに近くまで迫ってきていた。


 そんなとき、彼のいる方向から野球ボールほどの大きさをした玉が投擲される。それは瓦礫の中心へと勢いよく投げ込まれ、そしてけたたましい音を上げて爆発した。


 体を熱気が覆い囲んで上空で火花が散る。燃えた残骸や、爆発の衝撃が私の体を襲うかと覚悟したが、そんなことは起こらなかった。なぜなら、私をかばうようにして彼が四枚の盾を背負って立っていたからだ。


 「大丈夫か?」

 「う、うん。また、助けられちゃったね。ありがと」


 私の側にいた二人も平気そうで一安心だ。そして、テロ犯はというと、てっきり爆発に乗じて逃走するのではと思っていたが不思議な行動をとっていた。


 「自害している」


 路地裏の行き止まりで、ぐったりと座り込んでいるテロ犯を見てシロクン先輩が冷静にそうつぶやいた。


 「とりあえず上に報告しておこう。白鳥、今回はお前の手柄だ。よくくらいついたな」

 「ううん、私はなにもできなかったよ。改めて、一人じゃなんにもできないんだって、分からされた」


 今までは隣に千春がいてくれたのに今はもういない。その事実がどれだけ影響しているのか今回でよく分かった。たとえ、一人でもやり通してみせると息巻いていた自分がどれだけ無謀だったのかも。

 

 「何度も助けてもらっていうのも何なんだけど、私と一緒に特別調査隊をやらない? アナタならすぐにでも役員になれると思うんだけど」

 「なんだと? お前、俺を使って出世しようとしてるのか? 浅ましいこと考えてるなよ」

 「え⁉ いや、そういうつもりじゃなくてね。これも何かの縁ていうか、ね。ほらアレだよアレ」

 「ドレだよ」


 私の気持ちはどうやらうまく伝わっていないようで、あまりいい返事は帰ってこなかった。


 そんなとき、この狭い路地裏の一本道に何者かの足音が近づいてくるのが聞こえた。


 「いいじゃん、組んじまえよバディ。お似合いだぜ、お前ら」


 その声はとても渋みのあるダンディーな男の声。声の主は声に負けず劣らず渋いおじ様で、着ている服の感じからも裕福さが伝わってくる。


 「誰だお前?」


 そんなおじ様に、彼は警戒心をむき出しにした。


 「おいちゃんか? 俺は協会役員5番隊隊長の三条空牙さんじょう くうがだ。よろしくな、皇終夜すめらぎ しゅうや

 「三条? なるほどお前が」


 協会の最高幹部の一人に対して、驚きの表情を浮かべる私たち三人とは打って変わって、皇終夜と呼ばれる彼は平然としている。


 「そそ、どうだ? お前ならいつでも俺が推薦してやるぜ」

 「結構だ、俺は生活支援金をもらう為にここに来たんだ。それ以外は協会と関わるつもりはない」

 「そうか、金が欲しいのか。んじゃこういうのはどうだ? 俺が特別に時給を支払ってやるよ」

 「いくら払う?」

 

 皇くんのその問いに三条さんは右手を前に突き出して指を三本立てた。


 「三万?」

 「三千だよバカヤロウ! いくら払わせる気だよ」


 時給三千円なんて初任給にしては破格の金額である。最高幹部がそんな条件を持ちかけるなんて、ますます皇くんが何者なのか分からなくった。


 「条件を付け加えるなら、そこの白鳥ちゃんとバディを組むこと、それと俺の仕事は優先して受けてもらうことくらいだ。やるか?」

 「なんで、コイツと組まないといけないんだよ」

 「なんだ、不服か? 相性いいと思うんだがね。いつもムスッとしてるお前と、いつもニコニコしてる白鳥ちゃん」

 「お前に俺の何がわかるんだよ」


 確かに三条さんの言う通り皇くんはムスッとしている。全然楽しそうにしているところを見たことがない。私が皇くんの力になれることなんて僅かもしれないけど、それでも皇くんを笑わせてあげるようにはなりたいな、と思った。


 「まあ、そうだなじゃあ時給のほかに、お前の裁量で人を動かせるように手配してやってもいい」

 「うさんくさいな、さっきから」

 「優秀な人材を自分の部隊に欲しい気持ちは当然だろう」

 「じゃあ、一つ条件を付け加えさせろ。辞任の権利をもらう。ここは譲れない。金が必要なのは確かだし、いらないオマケがついてるが条件は最高だ」

 「いいだろう。じゃあ契約成立だ」

 

 いらないオマケっていうのは引っかかるが皇くんがバディになってくれるっていうのは頼もしかった。私に足りない戦闘力を十分以上に有している。皇くんと一緒に仕事して私も成長出来たら、千春はもう一度、私を認めてくれるかもしれない。

 

 「面倒な手続きはこっちでやっておく。説明は白鳥ちゃんにでも聞いてくれ」

 「分かった。契約書を作っておいてくれ、条件はのんでもらうぞ」

 「安心しろ、裏切らねェよ」


 そんなやりとりをして三条さんは去って行った。


 「皇くん、これからよろしくね! これから二人で頑張っていこうね」


 私がそう声をかけたら皇くんは数秒間を開けて、そっぽ向く。


 「ちょっと、なんで無視するの⁉︎ 」

 「うるさい、俺と一緒に行動したいならもっと慎ましくなれ。うるさいのは嫌いなんだ。あと、必要最低限の会話はするな」


 口を開いたと思ったら、時代遅れの亭主関白のような態度で言葉を連ねていく。

 これはまともに対応していたら、こっちがもたないな、と素直にそう思った。


 「はい、はい。分かったよ皇くんよろしくね」


 ※


 「こうして私たちの関係は構築されたの。それから数日後、学校内でバッタリ遭遇して同じ高校に通っていることが判明したり、数週間の活動を重ねて、今の関係へと変わっていったんだよ」


 いつのまにか話の主導権を握っていた白鳥が話をまとめた。数週間前に起こった出来事をそのまま話したが、はたして華希が欲しい情報だったのだろうか。


 「なるほどね。でも、まさかこの国の裏でそんな組織が暗躍していたなんてね」

 「暗躍っていうか、政治活動だけどね。協会は立派な国の統制機関だよ」

 

 どうやら、華希は納得しているようだ。


 しかし、まさかあのテロ事件にフライハイトという組織が関係しているとは思ってもいなかった。白鳥の話を聞いて、あの事件と今回、俺の身に起こった事件の繋がりが判明する。


 協会の非加盟団体であるフライハイトはなにかと、協会の睨みを受けることが多いだろう。それをかわして俺を捕らえるという本命の仕事をこなすために、あえて協会を攻撃した、といったところだろう。


 三条に借りをつくりたくはないが、相談するのも一つの手かもしれない。


 「まあ、なんだ。黙ってて悪かったな」

 「ううん、今回の件は仕方ないわ。私も一人で暴走してごめんなさい」


 ひとまず丸くおさまったようだ。


 「よし! じゃあ事件解決ってことで三人でご飯でも食べに行く?」

 「俺は遠慮しておく」

 「ごめんなさい。私も今日は家で休みたいかも」

 「え⁉︎ 二人共、ノリが悪いよ」

 

 白鳥が駄々をこねているが、俺も立て続けに戦闘をして疲れている。今回は強引にでも帰らせてもらおう。


 「よし、解散」


 俺がそういうと、華希も帰宅の準備を始める。


 「え〜! ホントにご飯行かないの⁉︎」


 白鳥のそんな声を耳の中で響かせながら、俺と華希は会話をはさみながら帰路に着いた。


 改めて振り返ったが、随分と白鳥といる時間に慣れてしまっている。そう思った。本当にどうしようもないヤツだが、乗り掛かった船だ。仕方ないから面倒をみてやろう。不思議とそんな考えが頭の中に浮かんでいた。


 

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