第11話 孤独なお姫様 ①

 学校のチャイムが鳴り響き、7時間目の終了を知らせる。私がクラスの全体に号令をかけ、今日最後の授業は幕を下ろした。放課後を迎えるまで、あとは担任の先生が終礼を行うだけだ。


 今日を振り返り、とても異質な一日だったことを改めて思い出す。いつものように終夜しゅうやに朝の挨拶を済ませた後、通例なら私の友人と終夜は全く接しようとはしない筈なのに、今日は言葉を交わし、あまつさえ昼食も一緒にとった。いったいなにがあったのか、その変化が不思議でしょうがなく、そしてとても不安な思いにさせるのはしょうがないことであった。そう、皇終夜すめらぎ しゅうやは私、宮園華希みやぞの かのんにとって唯一信頼できる心の依り代なのだから。


 思い出すのは昔の記憶。まだ小さくて、非力だった頃の記憶。惨憺たる人生において、私と同じ目線になって手を差し伸べてくれた二人のうちの一人、それが終夜だ。もう一人とは、二度と会うことは出来ない。私が小学生の頃、既に他界している。だから、終夜まで失ってしまったら、私は誰も信用することが出来なくなってしまう。


 私は、友達なんて必要ない、そういった孤高的な意見を終夜に通じて持っている節がある。正確にいうと表と裏の使い分けだ。私は美幸や曜子を一度たりとも友人などとは思ったことがない。


 他の誰にしても、私にとっては何らない人間関係で構わない。私の立場を守るためのコミュニケーションは、いとわないが、それ以上は踏み込む必要は全くない。


 だって、友人なんていっても、いずれは簡単に裏切るような存在なのだから。


 程なくして、担任の先生が教室にやってきて事務報告を行ったのち、例に漏れず解散の流れとなった。


 普段なら放課後は学校に用事もないため、すぐに帰宅して家での時間を過ごすのだが、今日はやらなくてはいけないことがある。それは、終夜の変化に関係があると思われる、白鳥小雪しらとり こゆきの調査である。


 昼食の前に終夜のスマホに送られていた白鳥小雪からのメッセージをもとに、情報は調べてある。標的がこの学校の生徒であれば、調べることは私にとって容易いなこと。私はこの学校の同学年全員、総勢数百名の顔と名前を記憶の中で一致させることが出来る。伊達に人当たりよく交友関係を広げてきたわけじゃない。


 今から白鳥小雪の家という、商店街のカフェへと足を運ぶつもりだ。そこで白鳥小雪に接触し、終夜との関係を洗ったあと、必要と判断すれば、どんな手を使ってでも、その関係を破壊してやる。


 私にとって、は終夜ただ一人、そんな終夜を変えてしまう要因があるならば、私の手で排除しなければならない。


 ※


 学校を出て、他に目もくれず目的の場所へと向かった。学校から数分歩いたところにある商店街。私の住むマンションと終夜の家の間は歩いて行ける距離なのだが、学校からはかなり離れていて、電車で50分以上かかる程に遠い。なので、この近辺には詳しくはなく、初めて足を運ぶこととなった。


 特別錆びれている、という訳ではないのだが、どうしても見た目の印象は古めかしく、目的なしでは足を踏み入れることはないだろう、そう思わせるものがあった。並ぶ店々は年季が入っていて、肉屋や八百屋、魚屋に洋服屋、と続くなか、一際新しく外装がキレイなカフェを発見した。


 『鳥の巣』


 外に居てもコーヒーのいい香りが鼻孔を駆け巡る。外から中の様子を確認し、エプロンを着けて働く、白鳥小雪の姿を確認した。

 髪の毛を一本に後ろで括り、垂れ目の少女は満面

の笑みで客にアイスコーヒーを運ぶ。そんな白鳥の姿を見ながら客のお婆さんも嬉しそうにしている。


 私がカフェの扉を開け、それに付いているベルを鳴らす。


 「いらっしゃいませ!」


 中に入ると白鳥が快活に迎えてくれた。


 「あ!」

 「あ?」


 私の顔を見た途端、そんな声を発した白鳥に思わず疑問の声を漏らす。


 「宮園華希ちゃん、だよね!」

 

 私が制服姿であることから、同じ学校の人、という繋がりで声をかけられることはあるかと予想していたが、どうやら向こうも私のことを知っていた様子。上辺の友好関係を広げるために、様々な人と接している私としては目立つのは必至。ときには根も葉もない噂も飛び交うことがあるのだから、白鳥が私を知っていても可笑しくはない。

 

 「う、うん。初めまして、だよね。どうして私のこと?」

 「え⁉ え~っと、皇くんと仲良いよね。ミヤちゃん有名人だし、私も仲良くなりたいな~って思ってたんだ」


 早くも地雷に飛び込んできた、昼のメッセージもそうだが、この女が終夜との何かしらの関係にあることは間違いない。ならば、早々に手を打たなくてはいけない。


 「そうなんだ。ちょうどよかった。私も終夜から話を聞いてて、ぜひお近づきになりたいって、そう思ってたの」

 「え! 皇くんが私の話を? それは何だか意外だね」


 白鳥は乾いた笑いを溢したあと、私を席まで案内した。メニューを開きザっと目を通す。それから手短にオリジナルブレンドのコーヒーを注文した。程なくして、白鳥がやってきて私の前にコーヒーのカップを二つ置く。


 「友達が来てるって言ったらお母さんが休んでいいよって」


 そういうと、白鳥は私の目の前に腰を落ち着かせた。


 「そうだ! あのね、あのね。ミヤちゃんに聞きたいことがあったんだ!」

 「なに?」


 随分と距離感が近い。色々な人と接してきたが、ここまで初対面で距離を急速に詰めてくる相手は珍しい。変なあだ名で呼ばれてるし。

 相手のペースに乱されないようにペースを保ちつつ、勢いが死んだところで、こっちのペースに持って行く。相手が心を許したときが最後だ。引き出すだけ情報を引き出してやる。


 「皇くんってさ、笑わないよね。アレって昔からなの?」

 「そうね。中学のころを通しても、笑ったところは見たことないかも」

 

 私と終夜との関係は浅からずも深くはない関係である。接点は中学校三年生の夏頃、夏休み明けの、とある事件がきっかけだ。その事件を通して、私は終夜こそが信頼をおける人間だと確信した。それからは持ちつ持たれづの関係で互いのために適した距離感で接している。その間、確かに終夜が笑ったところは一度も見ていない。


 「やっぱり、そうなんだね。アタシね! 皇くんを笑顔にさせることを目標にしてるんだ! 皇くんって、いつもムスッとしてるでしょ。なんだか、人生楽しくなさそうだし。笑顔の方がいいに決まってるしね」 


 なんとも身勝手な目標だな、と思いながらも目の前で楽しそうに笑い、そして話す白鳥に、そのことはツッコまないでいた。


 「それが終夜との接点なの?」

 「え? う~ん、なんていうか説明しづらいんだよね。仕事仲間って言ったらいいのかな?」

 「同じバイト先ってことかしら」

 「う~ん、まあそんな感じかも」


 終夜が最近バイトを始めた、という情報は私の耳には届いていない。もし、仮にバイトの話が事実だとしても、白鳥は何かを隠している。そして、その、とかいう発言から白鳥以外の原因がある可能性が生まれてきた。その点が何なのか、私には知る必要がある。


 どの道、白鳥は終夜に外的干渉を行おうとしている。終夜の変化にも少なからず関わっているのは確かだ。このまま、懐に入り込んで更に情報を集めなくてはいけない。そして、白鳥含め、その他にも終夜に関わる全ての外的要因を排除するのだ。そう、心の中で硬く決意する。


 それから数時間、白鳥は接客の仕事を挟みながら私の前にやってきては、楽しそうに話し続けていた。それに対して、私は普段通りいつもの私で対応し続けた。


 


 

  

 


 

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