第9話 前途多難な捜査隊 ④
美幸に案内され、例の場所へとたどり着いた。
公園の茂みを越えて、道路まで続く林のような場所。
「毎日、こんな場所を通ってるのか?」
最低限、道と呼べる土があるものの、足元には草が生い茂っていて、とても好んで人が通る場所には思えなかった。
「そうだよ。こっちのが近道だし、私こういう場所、嫌いじゃないから」
「変わってるな」
「それに関しては、皇くんには言われたくないかな」
美幸からイタイ指摘を受ける。
「確か、昨日はこの辺にいたはずなんだよね」
そういいながら美幸は足元や近くの木々を調べ始めた。俺も何か手がかりがないかと辺りを調べてみる。
例えば、能力を使用するための媒体。そんなものが都合よく落ちていたらいいんだが。そんなことを考えるが、能力使用の条件に媒体が必要かどうかも不明な点と、まず証拠は残すはずがない、という事実が幸先を曇らせる。
「うーん、やっぱり何も怪しいものはないかんじだね」
俺の目からもそれは同じ意見だった。
やはり、昨日の敵は証拠を残すような真似はしていない。
振り出しに戻された苛立ちが大きなため息を呼び寄せた。
「ねえ、皇くん」
真剣な顔立ちをした美幸が俺の前に立って尋ねてきた。
「やっぱり、昨日の件に皇くんは関わってるんだよね」
単刀直入に投げられた問いかけ。もちろん美幸がもう既に昨日の一件に俺が関わっていると、感づいていることは理解している。ここまで素直に問い詰められると、もう言い逃れが出来ない。
だが、俺は美幸の問いかけに対する正しい答えを未だに見つけられてはいなかった。長い沈黙が場を支配する。
「どうして話してくれないの? 昨日、私はどうして学校にいたの? アナタはどうして血だらけになっていたの? アナタはいったい何者なの?」
これまで抑えていたものが一気に弾けたように、美幸は質問を連ねていった。だが、俺が美幸に応えられるものは一つとしてなかった。
更に沈黙の時が流れる。
「もういい.........」
暗くうつむき、どこか怒ったような、それでいて悲しげで、呆れたようにも見える複雑な表情。暗く澱んんだ顔でそう言うと、美幸は目を合わせることもなく駆け足でこの場を後にした。
それから数秒の間、俺の時間は止まっていた。
こんな気分は初めてだ。今まで人を避け続けてきたからなのだが、誰かにあんなに失望された表情を向けらたことはない。
だから人と関わるのは嫌なんだ。誰とも関わらなければ、いざこざなんて起きることもない。
波風立たない凪のような平坦な道。そんな道を歩いていたはずなのに、どうしてこうなった。
特別大きなため息をついて、帰路につこうと顔を上げると、不気味なものが目に入る。
「ッチ、なんで今なんだ」
少し離れた直線状に黒く液体のような人型の物体が存在していた。大きさは男子高校生の平均身長くらいで、俺を狙った敵の差し金であることは考えなくても分かる。
またしても本体の能力者は見えない。まずは、目の前の不気味なブヨブヨを処理しなくてはいけない。
「お前の.........いや、お前らの.........お前らのせいで」
近づいてくるブヨブヨが何か言葉を発している。
「お前らのせいで俺は宮園さんにフラれたんだ」
「は?」
頭の中を疑問が走った。
少なくとも俺が生きてきた中で宮園と名乗る人物は華希しかいない。俺のせい、ということはコイツのいう宮園が華希である可能性は高くなる。何者だ。
まさか、この一件に華希が一枚噛んでいるのか。そんな考えも浮かんできたが、その考えは一瞬で取り払われた。
ゼリーのような体をした謎の存在。瞳もなく顔の区別などつかない、
目の前でハッキリと目で捉え、浮き彫りとなった顔は見覚えのある男の顔。
「小竹か?」
とっさに出た問いかけに返事はない。
距離を詰めてきた小竹は間を置くことなく殴りかかってきた。
「オイッ!」
一歩退き事なきを得るが、更に追い打ちをかけるように進行する小竹。ジャブのラッシュを見せながら、どんどん距離を詰めてくる。
「お前らのせいで.........」
まるで傀儡のように同じ言葉を繰り返している。短絡的に見ると、昨日に続き俺が華希への告白の場に現れたことで反感を買い、攻撃されているといったところだろうか。小竹の発する言葉は、そのまま行動原理となっているように思える。
ただ気になるのは、やはり人格を感じないところ。俺の脳裏で昨日、操られていた美幸の姿と今の小竹が重なった。
「まさかな」
幸い、相手の動きは鋭くない。敵の攻撃が俺にとって痛手になることは考えられない。
何度も攻撃をいなし続けていても仕方がない。そう判断した俺は敵が放った左腕が伸びきったタイミングで、右手に百合姫を重ねたアッパーカットのカウンタを放った。
放たれた一撃は敵の動きの点と点を断ち切り、無防備な顎へと炸裂する。しかし、全くの手ごたえを感じないない。
小竹の頭蓋は液体のように弾け散った。実体がない。
乾いた土の上に飛び散った黒いブヨブヨは一つ一つが振動し、驚異のスピードで俺目掛けて収束する。
俺の体に幾つものブヨブヨが張り付いていく。生暖かくて感触はゼラチン質、集合体恐怖症には見るも耐えられない数で俺の関節を抑止した。
やがて、俺が攻撃した頭部だけではなく、体全体がアメーバのような状態になって俺の体を足元から包み込んでいく。四肢の動きを制限され、力での抵抗が難しくなった俺の体は瞬く間に覆われていった。口と鼻をおさえられ、窒息という形で攻められると、俺の【呪能力】は発動しない。
「【百合姫】ッ!」
体表に纏わり付くブヨブヨを吹き飛ばしながら、体の内側から勢いよく清き乙女が顕現する。百合姫は直様、わざと薙刀を振り回し辺りのブヨブヨを弾き飛ばした。
「大丈夫ですか主様。油断は禁物です」
「ああ」
明らかな衰えを百合姫に指摘されてしまった。今日の朝しかり、戦闘における勘が鈍っている。再び危険に身を晒さなければならなくなった今、昔の感覚を取り戻さなければならない。
「いくぞ、百合姫」
「はい!」
人ならざる物体に向けて、百合姫を突撃させた。一気に距離を詰めた百合姫はブヨブヨの体を薙刀の連撃が切りつける。敵の反応を許さないスピードで加速する攻撃。みるみるうちに敵の体は粉微塵となっていった。
『お前らのせいで.........』
何度も何度も、操られたように放つ言葉が耳にへばりつく。奇妙な声色が不気味さを際立たせるが、その中に重要な部分があったことに気が付いた。
「お前ら?」
思い出すのは数分前、まだ学校の中にいた時間のこと。まさに今、小竹を模した敵に狙われている原因となった一件。俺は校舎の影で、華希に思いを告げる小竹を目撃した。結果的にそれが小竹を邪魔する結果になったのだが、その時、俺の隣にはもう一人、美幸の姿があった。
美幸が危ない。この結論に至るまで、そう時間は掛からなかった。
敵は小竹の形をしていることから、
「百合姫ッ! こっちは頼んだ」
急かす頭に順応するように足は地面を蹴り出した。美幸が帰った道は幸いにも一本道だ。今から全力で走ればまだ間に合うだろう。
しかし、とっさに飛び出した体をよそに、俺の頭には微かな疑問が渦巻いていた。自分の身を犯す敵を前にして、なぜ俺は他人の心配をしているのだろうかと。
あくまでも利己的に、そして他者には関心を持たない。それが俺のスタンスだったはずだ。肌で風を感じ、みるみると移り変わる景色をよそに、自分の行動に不信感を抱いた。一分もたたないころ、遠くの方で黒い影が見えた。その奥には美幸が歩いている。
やはり予想通り美幸も敵の対象に含まれていた。そして、俺を襲った小竹の形をした存在は複数いる。俺のもとに現れたブヨブヨとは違い、こっちの小竹は同じような見た目だが、体に張りがあり質量を感じられた。
美幸は背後に迫る敵には気がついていない。今にも美幸にに襲い掛かろうと、黒く光沢のある腕を振り上げた敵を目掛けて、走る勢いを、そのまま乗せて、敵の頭に縦回転から踵を叩きこんだ。
液体を想像して自傷も覚悟で蹴り抜いたが、手ごたえは十分にある。俺の足は地面に突撃するどころか、敵の頭蓋をめり込ませ、敵の頭を足場に体勢を戻す余力まで残っていた。
「キャッ!」
美幸の悲鳴が辺りに響く。声に反応し目を向けたその時、映ったのは考えたくもない奇怪な光景だった。
「よう、皇終夜。ご無沙汰〜。ま、昨日ぶりだがな」
「なんでお前が生きてんだよッ!」
ニタニタとニヤケ面を見せる目の前の男は、俺の日常を壊した張本人。俺の記憶では目の前で自害して肉片と化した筈だ。そんな男が今、美幸に刃を向け、人質をとるかたちで俺の前に存在している。
「美幸を離せ」
「出来ない相談だな。コイツはまだ僕の能力下にある。つまり僕の所有物だ」
心の底からとち狂ってやがる。
「離してよ」
美幸は震えながらも男の腕の中でもがいた。
「うるさいな。これが脅しだと思ってるのか? 僕は本気だぞ」
こめかみをわずかにピクつかせる男は、手に持っていた銀色のナイフを美幸の頬で走らせた。白く潤った美幸の頬から赤い液体が流れ落ちる。
「ヒッ!」
「うるさいって言っているだろう」
男は再度、青ざめた顔をした美幸にナイフを近づけ始める。
「やめろ!」
「へ〜、お前みたいなやつでも動揺するんだな」
ナイフをピタリと止めて男は俺を睨みつけた。
「まあいいや。昨日はあんなに手こずると思っていなかったから、名乗らなかったが再会を祝して名乗っておこうかな。僕の名前は
「なに?」
フライ・ハイト、初めて聞く名前だ。推測するに能力者を統べる、協会の非加盟団体といったところだろうか。調べる必要がある。
「なんだ、そのクエスチョンマークみたいな顔は。あー、そうか、なんで僕が生きてるのか気になってるんだったか」
気が高揚しているのか、俊光はペラペラと言葉を連ねる。
「あるんだよ、蘇りの能力が。僕の力ではないぞ。僕の【
「小竹か」
俺と美幸を襲った小竹の形をした黒色の敵は俊光の能力が生み出したものだったということだ。俊光が姿を見せたときからだいたい予想はついていたが、それは確実なものとなった。
「へ~、彼そういう名前なんだね。別にそんなことはどうでもいいんだけど。なにやら君たちに悪しき感情を抱いていたみたいだから都合よく利用させてもらったよ」
俊光の
それにしても、使用者を救済へと導くための力にしては俊光の求能力は、随分と異質のように感じられた。
「ふーん、やっぱりそんな顔するんだね。分かってたことだよ。僕の求能力は異質だろうからね。でもね、こんな能力でも僕には愛おしい能力なんだ」
気分の高まりが見て取れる俊光は更にスラスラと言葉を並べていく。その姿は狂気とも感じられた。
「フェチズムって思ってくれたらいいよ。僕は人が見せる感情に何より興味があるのさ。毎夜、毎夜、もっと愛おしい人の感情を手元で観察したい。そう願って得たのがこの力だ。こんな能力でも僕の心は潤いを取り戻すように救われた」
ああ、そうだろう。求能力は救いへ導く力だ。なのにコイツは更なる目的のために組織という能力者の徒党に所属している。
結局、人は己の欲との兼ね合いで、救いを手にしたとしても、本人の本質は変わらない。むしろ力を手にした分、行動範囲は広くなり、欲深く変異する、その分だけ苦難はどんどん積み重なるだろう。救いなんてものは紛い物だ。一時の幸福に過ぎない。
根拠もなしにこんな考えを持っている訳ではない。だから、俺は無となることを選んだのだから。
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