第6話 前途多難な捜査隊 ①
新しい朝がやってくる。昨日は一晩中、家の中で警戒を解くことができなかった。そのため、本来は安らぎを求めるはずの睡眠に、その効果は望めなかった。
昨日の事件は取りあえず一段落がついた。国の裏、つまり超能力者を代表する政権組織、国裏政権協会に後処理を頼み、昨日の惨状は元通り、そもそもがなかったことになっている。この世の概念すらも捻じ曲げることが出来る力も存在する。
だが、問題は山ほど残っている。俺が何者かに狙われているというのは明確だ。早急に根本的な問題を解決しなくてはならない。
夜は警戒をしなければならなくて、毎日これが続くと思うとイヤになる。
朝の身支度を終え、電車に乗り、学校へ向かう。もはやここまで来ると丁寧に登校する意味も問われる話だが、今日に限っては目的がある。
それは、美幸から昨日の話を聞くことだ。今、敵の情報を得られる相手は美幸しかいない。それが不発に終わろうと、行動に移さなければ何も始まらない。それに、俺が学校に行かなければ、なにかと問い詰めてくる人物に二名ほど思い当たるところがある。予測できる面倒事の芽を摘まない理由はない。
毎日通る道をただ淡々と歩く。どうすれば怪しまれずに美幸から情報を聞き出せるか。だいたい美唯から昨日の出来事に疑問をもって俺に聞いてくるのではないか。そもそも美幸は昨日のことをどれだけ覚えているのか。
話相手がいないため、歩きながら考えごとを始めれば湯水のように止まることがない。
数歩先に見える曲がり角、コンクリートの壁に阻まれたその先は、こちらから見えることは無い。
考え事をしながらポツポツと歩みを進めていると何かとぶつかり、その衝撃で我へと帰った。
「きゃッ!」
か細く、華奢な声。声の先には同年代くらいの少女がいて、どうやら俺はその人と衝突してしまったらしい。
「悪い、大丈夫か?」
当然、俺もビックリしたが、向こうもそうだったのか、後ろによろめく姿が窺えた。俺こそ不注意であったが、ローペースで飛び出てきた俺と衝突したわけだから、相手も不注意な状態であったと推測できる。それを踏まえても、相手の華奢な反応が罪悪感を駆り立てた。
「すみません、音楽を聴いていて。不注意でした」
女は低い腰でそういうと慌てたようすで耳からワイヤレスのイヤホンを抜き出した。このようすだと俺がかけた謝罪の言葉は彼女の耳には届いていなかったみたいだ。
よく見ると近くの高校の制服を着ていて、見た目から受ける印象は清楚の一言。長く伸びた黒髪に着飾ることのない風体。真面目そうな人だな、と素直にそう思った。
「俺もちょっと考え事をしていて、悪いな」
あらためて謝罪の言葉を述べておく。
「ふふ、じゃあ同罪ですね」
少女はひまわりのような笑顔を見せ、快活にそう言った。
朝一番にこのテンションの落差を喰らうとどうも吐き気を起こしそうになる。そそくさとこの場を立ち去ろうとしたがタイミングを逃してしまい、続けて少女は口を開いた。
「私、
目の前の水野と名乗る少女は俺がこの場に不快感を抱いていることなど思いもしていないようす。これも何かの縁、と言わんばかりに距離を詰めてくる。苦手なタイプだ。
「
淡白な答えに水野は笑みをこぼすことで答えた。
「皇さん、ですか。皇さん、音楽はお好きですか?」
「は?」
唐突に投げかけられた言葉に疑問以外の感情はない。思わず間の抜けた声をこぼしたが、一体どういう脈絡でそうなった。
「いいですよね、音楽。音楽は感情に起伏を与えてくれます」
「なんの話をしている?」
「ふふふ、これ」
まったく、珍妙な少女に捕まってしまった。そう思い、頭を悩ませる俺の目に有り得ない光景が飛び込んでくる。
まさか、さっきぶつかった一瞬で俺から抜き取ったのか。いたずらを画策する子供のような笑みを浮かべ、水野は俺のポケットに入っていたはずのスマートフォンをヒラヒラと手で煽りながら見せつけてきた。
「なんッ⁉ 」
すると、水野は俺に背を向け走り去っていく。疑問に頭を支配されたまま、俺は追走を余儀なくされた。
学生鞄を深々と肩にかけ直し、目の前を走る少女を追いかける。
「待てッ!」
見た目にそぐわずかなり速い。突き放されることは無いが、なかなか間は縮まらない。まさか、朝っぱらから住宅街を疾走することになるとは思ってもいなかった。だいたい、この状況は何なんだ。疑問はやがて不審に変わり、そして恐ろしい発想へと姿を変えた。
まさか、水野という謎の少女は昨日の敵の仲間なのか。いつ敵が攻めて来ても可笑しな話ではないのだから、その仮説は正しいのかもしれない。
住宅街を抜けて商店街に突入する。朝の商店街は、まだシャッターに閉ざされていて殆んどの店がまだ開いていない。人気が少ないのが幸いだが、この状況は不味いかもしれない。
罠の可能性が高い。相手に逃げ切る意志を感じないからだ。もし本気で逃げようとするならば、もう少し入り組んだ道を選択するだろう。先に走り出し、距離というアドバンテージがあるのだから、逃げようと思えば逃げ切れるのだ。俺をどこかに誘導しているとしか思えない。
そろそろ商店街を抜ける。いったいどれだけの距離を走ったか。体感では5分以上は走っている気がする。よくもまあ速度を落とさず走り続けているものだ。ますます、敵の可能性が高まっていく。かといって、ここで追走を辞めてしまうと、手掛かりもスマートフォンも、失うものが多すぎる。癪だが追わないほかはない。
先を走る水野が丘に繋がる階段を駆け上がる。頂上は街を一望できるかなり高い丘。階段を登ればそのうち減速して捕まえることが出来るかと思ったが、その淡い期待は打ち砕かれた。
減速の予兆すらない。俺の仮説がさらに正解へと近づいて行く。いつでも返り討ちにする覚悟を決めなくてはいけなくなった。
目的の場所についたというのか、水野は足を止める。丘の頂上には、スポーツを行うには十分なほどの広場がある。足を止めて一息ついたところで、春の穏やかな風が、熱くなった身体をやさしく撫でた。
「何が目的だ」
「目的? ん~、あなたと追いかけっこがしたかったのかも。ここは私のお気に入りの場所なの」
目下に広がるこの街を背景に、水野は緩やかにそう答えた。
「ふざけるなよ。追いかけっこにしちゃ、ちょっとハードなんじゃないか? 御託はいい。昨日の今日とは随分と躍起なもんだ」
「昨日の今日、なんの話?」
「とぼけるなよ」
緊迫とした空気が全身を取り巻いていく。警戒は怠らない。この場所がどう相手の有利に働こうとも、後れを取るつもりは一切ない。なんならこっちから仕掛けてやろうか。
そんな俺の真剣さに比べ、水野は表情にクエスチョンマークを浮かべ、ずけずけと距離を詰めてくる。ブラフか、安易に距離を詰めても対応できるのか、それともそれこそが真価にあたいする能力なのか。一切油断は許されない。
水野が一歩踏み出せば衝突する距離まで近づいたところで、俺は攻撃を仕掛けた。百合姫を表へと顕在させ薙刀の大振りを放つ。
「敵意はない、本当だよ」
そう言って、水野は取ったスマートフォンを俺の胸へと突き付けて返した。目の前の、その少女には底知れない余裕を感じる。
百合姫の攻撃は、独特なオーラを放つ巨大なアフロが特徴のラッパーに阻止されていた。上裸でいて筋肉質な胸板にスピーカーのマークが刻まれている。肌は赤く、巨大であり、魔人を彷彿とさせるコイツは十中八九、水野の
「俺をどうするつもりだ」
「どうするって、どうもしないけど? なんで信じてくれないのかな敵意はないんだって、君とここに来たかっただけなの」
「そんなもん見せられたら素直に信じられるはずがないと思はないか?」
俺の視線の先を察した水野が気付く素振りを見せて自分の
「まあ、切りかかられたら守らなきゃでしょ。私に敵意はない。命にかけて誓うよ」
そういって水野は両手を上げる。降伏の合図、意味するところはそうなのだろうが俄かにも信じていいいものなのか。
「お前の命なんていらねぇよ」
「私の身の潔白って訳じゃないけど、これ見てくれたら信じてくれるかな」
自分の制服のポケットに手を突っ込み、勢いよく何かを取り出した。とっさに身構えた俺を見て水野は少し微笑んだ。
取り出したのはスマートフォン、目の前で画面を操作する水野。操作を終えたのち、こちらに画面を向けてきた。
『
「君も持ってるよねこれ、先週か先々週に第三支部にいたはずだよ、あの有名な鳥ちゃんと。それ見てたんだ私」
まだ疑いが完璧に晴れたわけじゃないが、ここまで身の潔白を証明されると敵意はないという言葉は嘘ではないのかもしれない。協会の人間が信用できるかと聞かれれば首をかしげるところだが、昨日の件とは全くの別件と判断していいだろう。
「まったく、紛らわしいな」
「えぇー、なんでそういうこというの。せっかく君の助けになろうと思ってるのに」
そう嘆く目前の少女はまだまだ謎に包まれている。もし助けが必要になっても素直に頼れるかどうか怪しいものだ。嘘は言っていないんだろうが、重要なことが見えてこない。まだコイツは俺に接触した目的を話そうとはしない。
「ま、そのスマホに私の連絡先入れといたから困ったらいつでも連絡してよ。すぐに駆け付けて力になるよ」
そう微笑むと水野はここから立ち去ろうと一歩を踏み出した。
「おいッ! どこ行くつもりだ。まだ聞きたいことが―――」
俺が引き留めようと声を張ると、水野は振り返って笑ってみせる。
「どこって学校に行かなきゃ。そっちも時間とか大丈夫? 聞きたいことあるなら連絡ちょーだーい」
それだけ言い残して小走りで水野は駆けて行く。はっと我に返って、スマホの画面を確認すると、時刻は八時を回っていた。普段なら教室についている時間のはずだ。遅刻、とまでは行かないが今から来た道を全力で引き返し通学路についても減速は出来ない。
「最悪だ」
朝から十分に目の覚める出来事であった。不快感が余韻となって広がっていく。昨日の今日で俺の厄日はまだ終わっていないのかもしれない。
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