第7話 前途多難な捜索隊 ②

 8時25分、ギリギリのタイミングで教室にかけ込んだ。


 自分の席へとトボトボと歩き、椅子に座ると、ドッと疲れが肩にのしかかる。椅子に座り、体が溶けていくのを感じていると、俺が教室に入ったことに反応した一人の少女が急いでこちらに駆けつける。


 「終夜、大丈夫⁉ どうしたの今日はずいぶん遅かったけど。それに昨日も夜中にあんなお願いを」


 華希だ。昨日の夜、華希にはかなり世話になった。意識を失った美幸を安全な場所に運ぶ手助けをしてもらった。結局、詳しい話は聞かず手を貸してくれた華希だが不審に思うのはむりのない話だ。


 一日の出来事で俺の周りの環境に変化が訪れ始めている。


 「昨日は悪い。正直、助かった。でも、昨日も言ったが詳しいことは話せないんだ。分かってくれ」

 「う、うん。何だかちょっと終夜、雰囲気変わった?」


 不審気味に俺の顔を見つめる華希。昨日のこともあって今、俺はかなり切羽詰まった状態にある。自分では隠しているつもりだが、張り詰められた緊張感のようなものを華希は感じ取ったのかもしれない。


 「そうか? とくには変わってないと思うが」

 「ううん、昨日もなんだかフレンドリーだったというか。触り丸くなった感じがしたし。第一、昼食だって―――」


 スラスラと言葉を連ねる華希の言葉を遮ったのは、この場に現れた美幸だった。今日は登校していないか、とも考えたが登校していたようだ。


 「ねぇ、皇くん。後でちょっといいかな?」


 どこか表情の堅い美幸が目の前に立っている。


 「分かった。昼休みでいいか?」

 「うん、いいよ」


 昼休みほどの時間があれば聞きたいことは聞けるだろう。だが、聞きたいことがあるのは美幸も同じ。だいたい聞かれる内容については予想がつくが、それに対する応えも考えておかなくてはならない。


 「ちょっと終夜―――」

 「華希、チャイムなってるぞ」


 華希の言葉を遮りながら華希の席を指さした。故障を起こしたロボのように固まった華希の表情は少し寂しげなものだった。本人は見せまいとしているようだが、それが分かるくらいに。


 「うん」


 それ以上なにも言い返すことなく華希は自分の席に戻って行く。都合のいい話なのは分かっている。だが、昨日の事件を説明しても華希には理解できない次元の話だ。華希には悪いが、こればかりは分かって欲しい。


 華希に関しては、が怪しまれる。この一件でその部分が露呈してしまわないことを切に願っておく。今の俺には願うことしか出来ないのだから。

                  

 ※


 半日のカリキュラムが終え、件の昼休みへと突入する。朝に交わした約束を果たそうと、教室を見渡して美幸の存在を探していると、俺の背後から目的の少女が声をかけてきた。


 「皇くん場所、移そっか」

 「ああ」


 右手には弁当箱が入った包みを持っていて、どうやら昼食も同時に済ませるつもりらしい。合わせて俺も昼食が入ったビニール袋を手に取った。


 昼時に昼食をとれるスポットなんて決まって人が集まるものだ。そんななか、美幸は話の場所にどこを選ぶのか、そんなことを考えながら俺は美幸の隣を歩いていた。


 階段を上って辿り着いた場所は学校の屋上。ここも例にもれず、昼食をとろうと集まった生徒達でごった返していた。


 校舎全体の屋上を開放していてかなり広い。その全貌は巨大な世界ネットに覆われていて安全性も完備されている。下は人工芝生で、辺りにベンチや屋根付きの団らんスペースなども備わっており、さすが私立校と納得させる作りだ。二年目にして初めて使用目的で屋上に足を運んだ俺には新鮮な光景だった。


 「あそこの席が空いてるね」


 美幸が指を指した遠くの先には、まだ何席かの空きベンチが見受けられる。周りを見るだけでも校内でヒエラルキーの高そうな生徒が、備え付けのベンチを占領するなか、美幸はスタスタと空いている席へと足を運ばせた。


 「さ、ただ話すってだけじゃ味気ないし、ご飯でも食べよっか」

 「そうだな」


 俺としては味気なくて結構なのだが、と思いながら、ここは美幸に合わせる。


 「いただきます」


 美幸は小さな弁当箱を太ももの上にのせて、小さな口で食事を始めた。色とりどりな美幸の弁当に対して、俺の昼食は面白味もない。朝は時間が無かったので、休み時間の間に購買で適当に買った菓子パンである。


 食事を進めていくにつれ、屋上は人で溢れてきている。男子だけが集まった大きな集団や、女子のグループがいくつも周りにあるのが一見して分かった。特に多いのはベンチに横並びになるカップルの姿。その群なかには建前上、俺達の存在も含まれているに違いない。


 なるほど賢いな、と素直にそう思った。『木を隠すなら森の中』、とはよく言ったもので、こうして溶け込むことで目立つことを避け、同時に一緒に行動していることへの不信感も回避できるというわけだ。


 これだけの人が居れば取り分けて俺たちのことを見るやつも、そうそういない。それに、周りが騒げば騒ぐほど会話も他者には露見しにくくなるという二重構え。美幸の聡明な判断に頭が上がらない。


 「さて、本題に入ろうかな。変なこと言いだした、なんて思わないでね」


 うるさくなった頃合いを見てか、美幸が箸を止めた。昨日の朝に見せたマイペースで落ち着いた調子のまま、美幸は言葉を連ね始めた。


 「皇くんは知ってるか分からないんだけど、実は私、昨日の放課後に気絶して、その時の記憶がほとんどないの。だけど、一つだけ覚えてることがあってね。それは、あなたが血だらけの姿で四階の空き教室にいたことなの」


 突拍子もなく奇妙なことを語っている。そういう自覚があるのか、何度か言いよどみながらも昨日、自分が見たであろう不思議な光景とその体験について説明を続ける。


 「本当にそれだけを覚えてて気がついたら家にいた。昨日、一緒に帰ってた華希ちゃんが家まで運んでくれたって、それだけ聞いて」


 それは俺が華希に頼んでついてもらった嘘だ。昨日の夜に美幸を校外に運び出しその後、華希に託した。その時に俺が頼んだ内容の一つ。


 「でも、なにかおかしいの。第一、昨日は華希ちゃんと一緒に帰った気がしないし。私が見た夢だって、そう言われれば否定はできないけど、どうしても気になって。皇くんに話を聞きたくなったって訳」


 話を聞いた限りでは、昨日の事件のことについて美幸、自身は詳しいことは分からないということになる。敵に操られていた時の記憶はなく、美幸にとっては支配が及んでいなかった場面しか見えていなかった。その為、とても不可解な状況になっているということだ。好奇心旺盛という性格上、俺には計り知れないほど気になって仕方がなかったのだろう。


 「またずいぶんと、現実離れした話だな。昨日の放課後といえば俺も気を失ってたみたいで保険室にいたはずだ。学校で美幸のことは見ていないし、体も見ての通りピンピンしている。血なんてもちろん出てないし、健康そのものだ」


 わざと両手を派手に動かして見せて健康ということを証明する。ここで正直に話したところで、いま健康なことには変わりないし、その理由も説明できない。華希にもそうだが昨日の事件のことをには説明のしようがないのだ。美幸は覚悟を決めて、馬鹿げた話を俺に質問したようだが、俺がそんな踏ん切りをつける必要は全くない。


 「でも、いたんだよね学校に」

 「え?」

 「昨日の放課後、保健室で目が覚めたってことは、私が学校にいたとして、そのとき皇くんも学校にいたんだよね」


 俺の上げ足を取らんとばかりに、気になることにはズケズケと容赦がない。言っていることの信憑性から向こうの方がよっぽど疑わしいはずなのに、一歩も譲る気を感じない。昨日の昼もそうだったが、鋭いうえに執念が強い。


 「いたとしても時間帯が違うはずだ。俺は学校が終わってお前らが帰った後すぐに目を覚まし、あとを追うように学校を出たんだ。華希と帰ったのなら、そのとき俺はもう学校にいないだろ」


 俺の反論に唇を尖らせる美幸。思っている以上に美幸は頭がキレて、思っている以上に俺は人と話すとボロが出る。三、四年間の対人拒否生活がこんなところで響くとは思ってもいなかった。


 「でも、じゃあなんで私の誘いを断らなかったの? 朝、断わらないものだから、てっきり思い当たる節があるのかと午前中、気が気じゃなかったんだけど」

 「ほら、あれだ。女子の誘いを勘違いして一喜一憂する男子的な発想」


 突拍子もない俺の発言に美幸は驚きの表情をみせる。自分で言っていて、流石に無理があるかと思ったが、意外なことに美幸の笑いのツボに刺さったらしく、なんとか事なきを得た。


 「ふふふ、なにそれ。嘘ってすぐに分かるよ。だいたい去年、誘ったときは口すらきいてくれなかったじゃない」

 「去年、そんなことあったか?」

 「しかも忘れてるし。あったよ、昨日も言ったけど同じクラスだったし皇くんって面白そうだな~って思ってたもん。一学期に話しかけて門前払いされたんだよ。まあそのおかげで華希ちゃんと仲良くなったんだけど」


 少し美幸の雰囲気がさっきよりも砕けたような気がする。人との接触を避けていた俺からすると新鮮な体験だった。


 「でも、皇くんよね。昨日、私びっくりしちゃったもん。だって教室に入ったら曜子ちゃんと仲良さそうに話してたし」

 「アレが仲良さそうに見えたのか?」 

 「見えたよ。だって、いつも誰とも喋らないじゃん」


 仲が良いというのはよく分からない。だが昨日のアレがそうであるとは考えにくい。


 「ま、いいや。さっきの話は私の面白エピソードだと思って忘れちゃってよ」 

 「分かった」


 美幸がそう割り切ってくれるのなら話が早い。俺の方も聞きたかったことは美幸の口からきけそうにないし、敵の情報は得られなかったが追々解決していくしかない。初めから予測していた展開だ。


 「さらに面白いとこ加えるなら、私ね、皇くんは超能力者や魔法使いとかなんじゃ~みたいなことまで考えちゃってたんだよ。超能力を使って、傷を治したり出来るの。笑えるよね」


 冗談にならないな、と美幸の鋭さに恐れまで感じてくる。


 「そうだ、昨日は曜子ちゃんが悪ふざけしてたみたいだけど、今度の終末、ホントに遊びに行かない? なんだか今なら来てくれる気がするし」


 そんな話をする美幸と俺の前に、大きな影が現れた。


 「おお、誰かと思えば昨日のイタイ子ちゃんじゃん」


 ガラの悪そうな男子生徒が三人、一列になって俺たちを囲んでいる。そういえば、と記憶の底から蘇るのは昨日の記憶。越智をいたぶっていた三人組だ。


 昨日、俺は敵の攻撃を回避するべくコイツ等の前で移し籠手うつしごてを使用した。その姿を気の狂った奴だとバカにされていたのだった。目前の敵に集中していたため、コイツ等のことは失念していた。 


 「なんだ女連れで、お昼ご飯とはいいご身分じゃないか」

 「越智はどうした? 一緒じゃないのか」


 目の前で挑発をしてくる男に対し、俺は率直な疑問を返す。


 「ッチ、アイツなら俺らのメシ買いに行ってるよ。お仲間に会えなくて残念だったな」

 「別に仲間じゃないんだが。で、なんのようだ」


 俺の強気な態度が面白くないのか、男の顔はどんどんと強張っていく。俺としても昨日のことを思い出すと少し腹が立ってきた。


 「昨日、お前が尻尾撒いて逃げやがったせいで、こっちはムカムカしてんだぜ。きっちり落とし前つけてやるってんだよ。越智、一人に残して情けなかったなあ」


 ポキポキと拳を鳴らし、今から思う存分やっちまうぞ、と言わんばかりの男。後ろには二人の味方を付けて、今にも俺に殴りかかって来そうな勢いだ。


 「いいのか? 昨日とは訳が違う。ここには多くの目がある。こんなところで事を犯せば停学、ましてや退学なんてこともない話じゃ無いと思うが」

 「なんだと?」


 相手も本気で殴る気など元からなかったのだろう。昨日の印象から、こうすれば俺が萎縮すると思って、やっているパフォーマンスのようなもの。こうやって越智のような気弱な奴を手中に収めてるというわけだ。


 俺の楔は思いのほか効力を発揮したようで、目の前の男は行き場のなくなった怒りで今にもはち切れそうになっていた。


 それを見ていた後ろの一人が一つの行動に出た。


 「おい、こんな陰キャ野郎とメシ食ってないで俺たちとメシ食おうぜ」

 「チョッ、やめてよ。イタイ」


 美幸の腕をガッシリと掴み、無理やり自分たちの方へと引きずり込んでいく男。遠慮もなく力いっぱいに美幸の腕をつかむ男の腕をすかさず握り取った。


 男の手首を力いっぱいに握りしめる。相手もやっていることだ誰にも文句は言わせない。


 「イテテテテテ」


 美幸の腕を離し、後ろにたじろぐ男。それを見た中心の男は勢いよく俺の胸倉を掴み上げた。


 「なにしやがる」


 それはこっちのセリフだ、と既視感のある状況のなか、睨む相手の目に同等のものを返却する。

 

 「俺に関わるな」

 「お前が虚言吐きながらみっともなく逃げ散らかしたこと学校中に言いふらされたいのか?」

 「さっさと帰れと言っているんだ」


 一歩も引かない俺の態度にこれ以上は殴り合いに発展すると判断を下したのか、男たちは舌打ちを残してこの場を去った。


 「ありがと」


 消耗した様子で美幸はそう呟く。

 それから真剣な顔つきになって、俺の目に自分の目を合わせてきた。


 「ねぇ、皇くん。さっきの人たち、って言ってたよね。話聞いてたらだいたいわかるよ。やっぱり昨日のあの時の、まだ皇くんは学校にいたんだね」


 男たちが去り、落ち着きが取り戻されたころ、美幸がそんなことを口にした。


 「もしかして本当に皇くんは超能力者なのかな」

 「......そんなわけないだろ」


 ここまで来れば頭のいい美幸に対して、そんな否定の言葉に効力なんて一切ないだろう。


 「そうだよね。本題からあり得ない話だもんね。また、笑わせちゃったね」


 以外にも、食い下がる美幸に驚きを抱く。


 空いた沈黙のときを得て、鈍い俺でも流石に気がついた。少しだが美幸の手が震えている。嘘みたいな話に信憑性が生まれ、美幸としては不安でいっぱいなのだろう。


 昨日の出来事が嘘じゃないと分かれば、イヤでも恐ろしくもなる。しかも、美幸の立場からしてみれば、思い当たる手掛かりと言えば俺しかいない。俺が美幸に危害を加えたと思われても仕方がない状況だ。


 ああそうか。俺は今、コイツに怖がられているのか。


 美幸は好奇心だけでこんな奇怪な話を問い詰めていたんじゃなかった。俺の身の潔白を証明しようと美幸は粗を潰していたのだ。それで、嘘だと判断して俺に心を打ち明けた。


 俺はそれを裏切ったんだ。


 初めて感じる感覚だ。胸の辺りが痛くなる。よく知る鋭い体の痛みじゃなくて、重く広がって行くような暗い胸の中の痛み。


 初めから正直に話していればこんなことにはならなかったのか、だがあんな話とてもじゃないが話せない。それに、俺が狙われているなんてことは他者に口外するべきじゃない話だ。弁解が出来ない状況に歯がゆさを感じる。


 「さ、早く食べて教室に戻ろ」

 「ああ」


 そんなことを言う美幸はどんな気持ちでいるのだろうか。真実を模索し葛藤しているのか。溢れる不安に苦しんでいるのか。俺への不審で埋め尽くされているのか。どれであろうと、さっさと俺から離れたいはずだ。自分の身に危険になりうる相手を側に置いておきたい奴はいない。


 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る